1.はじめに
近年、さまざまなハラスメントの事案が報道され、企業によるハラスメント対応への要請が高まっています。ハラスメントは従業員の尊厳ならびに職場環境の心理的安全性を損なう行為であるだけでなく、企業価値を毀損するリスク要因でもあります。
このようなハラスメントへの関心の高まりを受け、国内外でハラスメントに関する規制の整備が進んでいます。国内では、2020年に施行された改正労働施策総合推進法により、職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)を防止するために、就業規則へのパワハラ禁止の明記、相談窓口の設置、事実関係の調査、加害者の適正な処分、再発防止策の実施、関係者のプライバシー保護が企業に求められています。
さらに、2025年の労働施策総合推進法の改正によって、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)、就活ハラスメント(以下、就活ハラ)、性的指向や性自認(SOGI)に関するハラスメント(以下、SOGIハラ)対策も義務化されるなど、企業にとって対応が必要なハラスメントの範囲が拡大しています。
また、海外でも米国のハラスメント指針や欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の 社会的要件(S1)等を通じて、ハラスメントを重要リスクと捉えてリスク管理や被害者救済の取組みを整備することが求められています。
こうした背景から、多岐にわたるハラスメントに対して組織的な対応策を設計することは、従業員の尊厳保護だけでなく、企業のコンプライアンスにとって重要な取組みです。
本稿では、国内外のハラスメントに関する規制を整理しながら、今企業に求められる未然防止の取組みとハラスメント発生時の対応の要点を解説します。
【図表1:主なハラスメントと対策義務の根拠法令】
| ハラスメントの類型(括弧内は略称) | 対策義務の主たる根拠法令 |
| 共通※1 |
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| パワーハラスメント(パワハラ) |
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| セクシュアルハラスメント(セクハラ) |
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| マタニティハラスメント(マタハラ) |
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| カスタマーハラスメント(カスハラ) |
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| 就活ハラスメント(就活ハラ) |
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| 性的指向や性自認(SOGI)に関するハラスメント(SOGIハラ) |
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ここで注目すべきは、2025年の改正で追加された労働施策総合推進法の内容です。カスハラおよび就活ハラが追加され、顧客・取引先や就職活動中の学生に対するハラスメント対策も事業者の義務となりました。
また、SOGIハラがパワハラおよびカスハラに該当し得ることが明示されたことも重要です。企業は、自社のハラスメント防止指針において社内外問わずSOGIの開示(カミングアウト)の禁止または強要の防止を徹底する旨を明記し、周知啓発を行うことが求められます※2。
さらに、国外でも同様にハラスメントに関する主要な国際規制・ガイドライン・規格等の整備が進んでおり、海外子会社等においても、ハラスメントを未然に防ぎ、発生時に迅速かつ公正な救済を行うことが求められています。
【図表2:国外の主要なハラスメント規制・ガイドライン・規格等】
| 国・地域 | 規制・ガイドライン・規格等名 |
| 共通 | OECD多国籍企業ガイドライン |
| 共通 | ILO C190 |
| 共通 | ISO45001(労働安全衛生システム) |
| アメリカ | EEOC 2024最終ガイダンス |
| EU | CSRD/ESRS S1 |
ハラスメント対策の失敗は、単なる規制違反にとどまらず、関係者からの訴訟や、人材の採用・定着への深刻な悪影響等にもつながるため、企業は国内外の規制や潜在リスクを踏まえ、周到に対応していく必要があります。
では、企業はどのようにハラスメント対策を講じればよいでしょうか。以下、ハラスメントの未然防止および被害軽減を目指す平時の対応と、ハラスメント発生時に迅速な事態収拾を目指す有事の対応に分けて解説します。
【図表3:ハラスメントに対する平時対応の要点】
(1)方針・規程の統合
まず、ハラスメントに該当する行為および事例を明確に示すことが重要です。自社の就業規則や人権方針において、どのような行為が各種ハラスメントに該当するのか自社の解釈を示し、顧客ならびに取引先に周知し、ハラスメントの未然防止に取り組むこと、ハラスメントの通報に対する報復を許容しないことを打ち出す必要があります。
(2)組織体制整備・役割分担
ハラスメントに関する社内方針・規程を整備した後には、適切な対応に向けた社内組織を整備する必要があります。社内組織の整備にあたり、経営層のコミットメントを求めることと、部門間の職掌を明らかにして役割分担を進めることが重要です。
(3)リスクアセスメント
社内組織の整備が完了すれば、ハラスメントが発生するリスクの高い業務や部門を特定します。ハラスメントに関するリスク評価では、組織、労働環境、設備、業務内容などさまざまな要素を考慮することが必要です。
(4)教育・訓練
社内でのハラスメント防止だけでなく、顧客ならびに取引先が関与するハラスメントの防止および対応に関する教育・研修も重要です。特に、カスハラは現場担当者が一次的に対応しなければならず、一次対応は従業員の保護だけでなく企業のカスハラに対する姿勢表明という点でも重要であるため、一次対応のマニュアル等を作成して現場担当者に教育を行うことは不可欠です。
(5)通報・相談設計
ハラスメントを早期に発見し対応措置を講じられるように、ハラスメント相談窓口は社内のみならず社外からの通報も受け付け、多言語で相談対応ができるように整備することが望ましいです。グローバル企業の場合、本社と海外子会社の相談窓口を連携させ、海外子会社から本社にハラスメントに関する情報が共有させることも重要です。
なお、ハラスメント相談窓口を設計する際、公益通報者保護法に基づく内部通報対応との違いに注意が必要です。ハラスメント対応と内部通報対応には、相談者を適切に保護し事実関係を調査するといった共通点はありますが、ハラスメント対応はすべての事業者の義務であり、ただちに法令違反となるわけではない行為についてもハラスメントに関係していれば相談を受けなければならない点に注意が必要です。
【図表4:ハラスメント対応と内部通報対応の比較】
(6)データ管理
最後に、ハラスメントに関する通報があった場合や、ハラスメントが発生した場合には、通報ならびにハラスメントに関するデータ(通報件数・通報内容・処理に要した日数等)を保管することが望ましいです。こうしたデータは企業内でハラスメント防止や対応に活用できるだけでなく、ハラスメントに対する取組みの開示にも活用できます。
4.企業に求められる有事対応の要点
【図表5:ハラスメントに対する有事対応の要点】
(1)初動対応
まず、被害者の安全確保と加害者からの隔離が必要です。安全確保と隔離が完了すれば、産業医やカウンセラーなどの専門家と協力しながら被害者のケアを行います。同時に、当事者間のメッセージや音声記録などハラスメントに係る証拠の保全を行います。
(2)公正調査
ハラスメントの調査は、当事者と利害関係を持たないハラスメント相談窓口の担当者や人事部門等によって行われることが重要です※3。当事者との面談だけでは事実を確認することが困難な場合には、関係する第三者からも事実関係を聴取する必要があります。
(3)判断・対応
調査の結果、ハラスメントが発生した事実を確認できた場合には、自社のハラスメントに関する規程に基づき、企業は加害者への懲戒措置を検討します。顧客や取引先によるハラスメントに対応するためには、取引停止や入構制限も含めた措置を想定して規程を整備しておくことも重要です。
(4)救済・再発防止
次に、被害者の救済および再発防止に向けた取組みが必要です。被害者のカウンセリングや復帰に向けた支援を行います。企業風土の改革や再発防止策の実践を通じて、ハラスメントのない環境を実現することも重要です。
(5)情報公開・コミュニケーション
ハラスメントの事案が重大であり、社外のステークホルダーからハラスメント対応の情報公開を求められている場合には、事案調査結果や再発防止策等について情報を適切に公開する必要があります。情報公開の際は、自社の広報部門やIR部門と連携し、記者会見を開く場合には、記者会見で提供する情報の管理、会場設営、各種メディアへの案内を行う必要も生じます。情報公開の要否をまず検討し、続いて情報公開の手段(ニュースリリース、記者会見等)について検討することが現実的です。
(6)カスタマーハラスメント特化対応
カスハラの発生時には、現場担当者による一次対応が必要となるなど、社内のパワハラやセクハラとは異なる対応が必要です。カスハラの発生に備えて、平時からカスハラと正当な苦情を分ける基準を設定することや一次対応に係る方針・マニュアルを作成して担当者への研修を実施することが効果的です。
5.おわりに
※1 公益通報者保護法に基づく報告対象は法令違反に限られ、他の関連法令が定める報告対象と性質が異なることに留意が必要です(詳細は本文中の図表4もご参照ください)。
※2 「第217回国会閣法第50号 附帯決議 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議 」(衆議院)
※3 ハラスメント事案の影響が深刻であり、社外からも適正な対処を求められている場合には、独立した外部の第三者委員会を組織して調査を行うことも想定されます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
シニアコンサルタント 中畑 良丞
コンサルタント 上野 寧々
コンサルタント 大野 康晴