本連載は、「自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~」と題したシリーズです。
自動車メーカーによるSDV(Software Defined Vehicle)投資が加速しています。日本政府においても日系メーカーのグローバル市場におけるSDVシェア3割を目標に掲げ、主要領域(SDV・モビリティサービス、データ利活用)と横断領域について具体的な取組みを進めています。
第11回となる本稿では、SDVがもたらす自動車業界の変化に着目し、自動車メーカーで進むSDV投資の背景を、Part2ではサプライヤーへの影響・打ち手について考察したいと思います。
1.SDVがもたらす変化
近年、次世代の自動車を表す用語としてSDVという考え方・表現が広がり、定着しつつあります。SD“X”という呼び方は、もともとはIT業界の技術概念で、SDN(Software Defined Network)や、SDS(Software Defined Storage)など、ハードウェアの機能をソフトウェアで定義、制御、管理しようとする考え方を表します。これが2010年代後半から、自動車の設計思想、開発アーキテクチャやビジネスモデルの変化を包括的に表す概念の1つとして使われるようになりました。現時点でも各企業や団体により各様な定義がなされていますが、総じて“車両の機能や性能がソフトウェアで定義され、かつアップデート可能な能力を備えた次世代自動車”と言えるでしょう。
SDVにおいては、従来のハードウェア主体の車両開発からソフトウェア主体の車両開発にシフトし、販売後も車載システムの更新や機能追加がOTA(Over the-Air)を通じて可能になります。つまり、ハード売り切りを前提とした“やり切り型開発”から、アップデートを前提とした“やり続け型開発”になるということです。また車両が常時、外部のインフラ、サービス、クラウドと接続され、車両のみならず周辺のサービスもアップデートされることで、新たな走行体験や価値創出も可能にするなど、自動車を中心とした新しいモビリティ社会を形成する中心的な役割が期待されています。
一方で、SDVは“クルマのスマホ化”とも言われるように、ソフトウェアの更新や機能追加、また外部サービスやクラウドとの接続など、すでにスマートフォンの世界では実現している技術でもあり、消費者にとってもさほど目新しい話ではありません。走行中に外部サービスを利用したければ、SDVに乗らずとも既存のコネクテッドやスマホから利用できるでしょう。また自動車メーカーにとっても、アフターサービス収益の拡大といった観点からは、車載システム更新や機能追加を呼び水にして、ディーラーやサービスショップに立ち寄ってもらうほうが、一見合理性があるように考えられます。それではなぜ、自動車メーカーはSDVに巨額の投資を行うのでしょうか?
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2.自動車メーカーの巨額投資の背景
なぜ自動車メーカーはSDVに巨額投資を進めるのでしょうか?
理由の1つは、自動運転社会がより現実的になっていることが挙げられます。すでに世界各国で自動運転技術の社会実装が始まっており、一部地域ではレベル4(ドライバー不要の高度な自動運転)の商用サービスも開始しています。また昨今のAIテクノロジーの飛躍的な進歩が、自動運転技術を急速に後押ししており、今後これまでにないスピード感で進んでいくと予測されます。主に米中の新興メーカーが開発に取り組んでいたAIベースのE2E(End to End)自動運転モデル*も、昨年米国自動車メーカーで実装されました。
自動運転にとって、SDVは単なる技術的な要件ではなく、実現のために不可欠な基盤そのものと言えます。自動運転では、カメラ、LiDAR、レーダー、高精度三次元地図などから大量のデータをリアルタイムで処理し、瞬時に判断、車両を制御する必要があり、それは高性能なゾーン/セントラル型ECUにより制御されるSDVにおいて実現が可能となります。また、自動運転における精度や安全性を担保するには、継続的な学習と改善が不可欠であり、SDVに具備されるOTAによるソフトウェア遠隔アップデートはその不可欠な機能と言えるでしょう。
もう1つの理由は、ソフトウェアファーストの開発手法を取り入れることで、車両開発プロセスそのものの短縮が可能になることです。すでに中国の新興自動車メーカーにおいては、アジャイルな開発プロセスや組織体制、また労働集約型の開発リソース配分などにより、新車投入のリードタイムを、従来から数ヵ月、場合によっては年単位で短縮している事例も聞かれます。これは既存の自動車メーカーにとっては脅威であり、追い付けないメーカーは、SDVの本格実装を待たずとも、市場からの退場を迫られることでしょう。
SDVによる車両開発においては、OTAによるアップデートを前提としたアジャイル開発、ハードウェアとソフトウェアのデカップリングによるハードとソフトの並行開発、またデジタルツインやシミュレーション環境の活用による物理的なテストプロセスの削減などが実現します。SDVの開発においてはソフトウェアが主導となることで、柔軟性・並行性・自動化が高まり、結果として新車投入までの開発期間の短縮が実現すると見られます。
*従来からのプログラムされた運転ルールに基づくルールベースの自動運転に対して、カメラやセンサーからの情報をAIが直接判断、処理する自動運転技術。高度な運転技術を安価に実現できる反面、AIの判断根拠がブラックボックス化されるリスクが懸念されている。
3.SDVでも主役はハードウェア
このように自動運転と開発プロセスの短縮を、自動車メーカーにおけるSDVのモチベーションと考えると、1つの示唆が導き出せます。それは、SDVでも主役はハードウェアたる自動車ということです。確かに、SDVではソフトウェアファーストで開発が進み、車両もソフトウェアによって制御されていきますが、その目的はあくまでも自動車の性能を高め、安全性、快適性を担保し、自動車の価値を上げていくことにあります。
つまりSDVは、自動車メーカーにとって従来と同じハードウェア競争の延長線上にあり、その意味ではSDVにかかわる巨額開発費をいかに回収するかが最大の課題です。下記に欧米自動車メーカーのSDV関連投資額とR&Dコストを示しましたが、これまでの車両販売やアフターサービス収益だけに頼っていれば、これだけの投資を回収するのは難しいかもしれません。既存のコネクテッドサービス拡充に加え、モビリティ領域の新サービスや外部プロバイダーと連携した新たなサブスクモデルなど、多様なレベニューソースが求められます。一見逆説的な言い方ではありますが、新たな収益源を創出し、SDV開発投資原資を確保できた自動車メーカーこそが、SDV時代のリーダーになるでしょう。
【SDVを含んだ成長領域への投資とR&Dコスト推移】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- Annual Report(General Motors)
- Annual Report(Volkswagen Group)
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 石井 奨