本連載は、「自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~」と題したシリーズです。

前回の第8回では、走行中ワイヤレス給電のメリットやインフラ整備の考え方について論じました。第9回となる本稿では、走行中ワイヤレス給電の経済合理性や将来展望について多角的に考察します。

1.ユーザーにとってワイヤレス給電EVは長期的にはリーズナブルな選択肢

ユーザーの観点からの経済合理性について考察します。
従来のEVは、大容量バッテリーを搭載するため車両価格が高額になりがちです。従来のEVはICEよりも燃料費を削減できる効果があるものの、車両価格が高くなる影響の方が大きくなることから、TCO(総保有コスト)としてはICEよりもEVの方が高くなる傾向があります。

他方、ワイヤレス給電EVは大容量バッテリーに依存しないためバッテリー容量を削減することができ、車両価格の上昇を抑えることが可能となります。また、バッテリー小型化の影響は、車両価格だけでなくバッテリー交換費用を抑えることにもつながります。その結果、EVはICEよりも高いというこれまでのTCOのコスト構造に変化をもたらす可能性があります。

KPMGの試算によると、ワイヤレス給電対応EVのTCOはICE以外の車で最も低くなり、大型トラックにおいてはICEを含めた選択肢で最も低くなる可能性があるという結果となりました。トラックは乗用車よりもTCOに占める燃料費の割合が高いことから、ワイヤレス給電EVの経済性はトラックの方が高くなる可能性があります。

【TCO(乗用車)】

走行中ワイヤレス給電が切り開く次世代モビリティインフラ Part2_図表1

【TCO(大型トラック)】 

走行中ワイヤレス給電が切り開く次世代モビリティインフラ Part2_図表2

出典:KPMG作成

※KPMGによる試算の前提は以下のとおりです。

TCO内訳:車両価格、燃料費、バッテリー交換費用、台当たり充電設備設置コスト、税金
ワイヤレス給電単価:35-50円/kWh(一般家庭の平均的な電気料金および急速充電スタンドの電気料金を基に設定)
年間走行距離:大型トラック5.9万km、乗用車1.0万km(「自動車輸送統計月報」国土交通省)
車両所有期間:大型トラック18.3年、乗用車12.8年(「自動車の平均使用年数」一般社団法人自動車検査登録情報協会)

商用ユースを想定すると、上記TCO計算では考慮されていないワイヤレス給電EVのメリットに車両稼働率の向上があります。従来のEVは急速充電であっても数十分の充電時間を要するため、業務効率が悪化する懸念がありました。ワイヤレス給電が導入されれば、充電時間がゼロになる可能性もあることから、車両稼働率が改善し収益性の向上が期待できます。

2.インフラ整備コストはその後の売電収入で回収可能

走行中ワイヤレス給電のインフラ整備の投資規模と経済合理性について考察します。KPMGの試算によると、1km当たりのインフラ整備コストは2.2億円となり、新東名高速道路の3分の2を電化する場合、初期投資額は792億円に達する見込みです。多額の投資ではあるものの、長期的な視点で見ると売電収入を通じてこの投資を回収するモデルを考えることも可能です。

本試算では、給電インフラの利用率、電力単価、EVの電費など複数の要因を考慮してEVへの売電に伴うCF(キャッシュフロー)を算出しました。試算の結果、初期投資の回収期間は約8.4年となりました。これは、インフラの耐用年数を考慮すると十分に採算がとれる水準です。ただし、この試算には多くの仮定が含まれており、実際の回収可能期間はインフラ利用率や充給電技術の進展、国による政策支援の有無などによって大きく変動する可能性があります。

【新東名高速道路を電化した場合の投資回収シミュレーション】

走行中ワイヤレス給電が切り開く次世代モビリティインフラ Part2_図表3

出典:KPMG作成

※KPMGによる試算の前提は以下のとおりです。

道路電化割合:道路全体の3分の2(道路電化割合については、第8回参照)
電化道路の利用率:トラックの30%、乗用車の20%が利用すると仮定
EVへの売電単価:45円/kWh(一般家庭の平均的な電気料金および急速充電スタンドの電気料金を基に設定)

上記分析の母集団としての高速道路の走行車両台数については下記資料を参考にしています。

全国道路・街路交通情勢調査」(国土交通省)

3.ワイヤレス給電が切り開く未来と自動車業界に求められるケイパビリティ

ワイヤレス給電は、EVの充電課題を解決するだけでなく、モビリティ、エネルギー、都市システムが融合する新たなプラットフォームを支える革新的な技術です。本稿では、給電という側面にフォーカスして経済合理性を考察しましたが、この技術で着目すべきは給電インフラが未来のモビリティインフラとなり、モビリティの新たな価値を創出する基盤になり得るという点です。

未来のモビリティ社会では、EVは単なる移動手段ではなく、エネルギーマネジメント、都市交通の最適化、自動運転との連携といった多様な領域と結びつく存在となります。

(1)再生可能エネルギーの活用と電力需給の最適化

EVの普及が進むなかで、電力の需要増加が課題として指摘されています。しかし、ワイヤレス給電インフラを適切に設計すれば、EVと再生可能エネルギーを連携させ、より持続可能なエネルギーの活用が可能になります。

  • 再生可能エネルギーの有効活用
    現在出力抑制が行われているような余剰電力を活用しEVに供給
  • 電力のピークシフト促進
    EVへの給電のタイミングを最適化し、電力需要のピークを分散

(2)給電インフラから次世代交通プラットフォームへの進化

ワイヤレス給電インフラは、EVへの電力供給だけではなく、都市交通の最適化にも寄与するインフラへと進化するポテンシャルを秘めています。

  • 自動運転との統合
    V2I(Vehicle to Infrastructure)通信技術を用いてレーンキープをサポートする等、車自体の自動運転技術をプラットフォームによって強化
  • 交通の最適化
    プラットフォームに集約されたリアル走行データを用いたダイナミックルーティング
  • 信号の最適制御
    走行データと連携した信号制御。不要な赤信号の時間を減らすことは減速によるエネルギーロスの防止にも効果あり
  • 走行安全機能向上
    プラットフォームが自動運転のもう1つの目に。車の死角の情報をプラットフォーム経由で取得することで安全機能を強化

(3)「無限自動輸送」が現実に

物流業界におけるワイヤレス給電EVの価値は、本稿で考察したようなTCOだけで語れるものではありません。ワイヤレス給電×自動運転が実現すれば、物流業界の運用モデルを根本から変える新たな価値が創出される可能性があります。

  • 24時間稼働が可能な無限自動輸送
    自動運転技術が進化すれば、2交代3交代制といったドライバーの交代等が不要となり稼働率上の制約は今より少なくなります。それに加え、走行中・停車中のワイヤレス給電によって給電オペレーション上の課題も解消されれば、稼働率を極限まで高めた「無限自動輸送」という物流ソリューションも遠い未来の話ではなくなります。
  • 物流コストの削減とカーボンニュートラルの両立
    給電インフラが最適に配置されれば、充電のために最短ルートを外れるという非効率なことはなくなり、輸送の最適化(ルート/積み合わせ)を図ることが可能となります。また、上述した再生可能エネルギーの活用や、バッテリー容量の削減によって、よりカーボンニュートラルな輸送が可能となります。

(4)自動車業界に求められるケイパビリティ

ワイヤレス給電の普及により、自動車業界のドメインは「車の製造販売」から「モビリティプラットフォーム事業」へと進化・拡大する必要があります。この変革を実現するためには、EV、給電インフラ、再生可能エネルギーを統合したエネルギーマネジメントの確立とデータドリブンなMaaS戦略の構築といったケイパビリティの確立が不可欠です。

未来に向けて、自動車業界は「デジタルとモビリティを統合した業界」へと進化することが求められています。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 城越 智弘

自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~

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