本連載は、「自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~」と題したシリーズです。

第8回となる本稿では、走行中ワイヤレス給電のメリットや世界動向、インフラ整備の考え方について分析し、それらを踏まえた上で自動車業界が備えるべきケイパビリティについて、2回にわたり考察します。

1.走行中ワイヤレス給電がEVの価値を底上げする

走行中ワイヤレス給電は、道路に埋め込まれた送電コイルと車両に搭載された受電コイルを通じて、走行中のEVに電力を供給する技術です。

(1)EV普及のゲームチェンジャーとしてのポテンシャル

EVの普及が進む一方、EVには多くの課題も指摘されています。航続距離の短さや充電時間の長さ、充電インフラ不足といった課題は、EVの普及ペースが鈍化する要因となっています。走行中ワイヤレス給電は、これらの課題を一気に解決し、EV市場のゲームチェンジャーとなる可能性を秘めています。

【走行中ワイヤレス給電の主なメリット】

走行中ワイヤレス給電が切り開く次世代モビリティインフラ Part1_図表1

出典:KPMG作成

この技術は、EVの魅力を高めるだけでなく、持続可能な交通社会の実現にも貢献するポテンシャルを有しています。

(2)物流業界ヘのインパクト

走行中ワイヤレス給電は、特に物流領域に大きな影響を与えます。現在、物流領域では、カーボンニュートラルへの取組みとしてEVトラックや燃料電池車の開発が行われていますが、コスト面や積載効率の課題もあり現実解となり得る技術はまだ見つかっていないのが現状です。

EVトラックが普及しない最大の要因は、大容量バッテリーを搭載することによる車両価格の高騰です。走行中ワイヤレス給電が普及すれば、重くて大きなバッテリーを搭載しなくてもよくなります。これにより、車両価格の抑制、積載スペースの確保、輸送後の充電時間の大幅な短縮が実現し、物流企業は運行コストを抑えつつ環境負荷を低減することが可能になります。

トラックや乗用車のTCOについては次回の連載で言及します(4月初旬公開予定)。

2.社会実装検証フェーズに入った走行中給電

走行中給電の実用化に向け、世界各地で実証実験が行われています。
特に欧州では、環境意識の高さや規制、再生可能エネルギーの利用率の高さといった背景があることから、走行中給電に前向きな国が多く、電化道路の敷設距離や導入時期等の目標を設定している国もあります。

【走行中給電に関する実証実験プロジェクトが実施されている主な都市】

走行中ワイヤレス給電が切り開く次世代モビリティインフラ Part1_図表2

出典:KPMG作成

給電方式については、国際的な標準規格はまだ整備途上です。実証実験で用いられている給電方式は複数存在し、主に下記の方式が検証されています。

【主な給電方式】

  接触式 ワイヤレス方式(非接触式)
架線方式(パンタグラフ方式) 路面レール方式 磁界共鳴方式
概要 パンタグラフを用いて架線から電力を受け取る。電車やトロリーバスで採用されている方式 道路表面に設置したレールに車両の充電用アームを接触させて電力を受け取る コイル間の磁界の共鳴現象を利用し、ワイヤレスでエネルギーを伝送
メリット
  • 大電力の供給が可能
  • 技術成熟度が高い
  • 大電力の供給が可能
  • トラックも乗用車も利用可能
  • 強風や積雪といった環境下でも給電可能
デメリット
  • 乗用車への適用が困難
  • 景観が悪化
  • 強風に弱い
  • 障害物との接触等、安全面での懸念あり
  • 走行難易度が高い(シビアな位置合わせ)
  • 技術成熟度が低い

出典:KPMG作成

給電方式をめぐっては、スウェーデンなど走行中給電の導入を宣言している国がどの方式を採用するかに注目が集まっています。

3.どれだけ電化すべきか?ワイヤレス給電インフラの最適設置割合

どれだけの道路を電化すべきか?この問いに対する答えは、前提条件や利用シーンによって大きく異なります。
以下のKPMGの試算は、SOC(電池残容量)を維持するという前提で分析しています。

(1)高速道路では道路全体の2/3以上を電化する必要あり

高速道路のように長時間走行し続けるような道路においては、電費によって必要な道路電化割合が決まります。KPMGの試算によると、乗用車よりも電費が悪い大型トラックが走行し続けるためには、道路全体の2/3を電化する必要があります。

【SOCの維持に必要な道路電化割合と電費の関係】

走行中ワイヤレス給電が切り開く次世代モビリティインフラ Part1_図表3

出典:コイル出力:50kW、走行速度80km/hとして試算し、KPMG作成

(2)一般道では信号手前での停車中給電がメイン

高速道路と違い、一般道では赤信号で停車する時間が発生します。KPMGの試算によると、30秒停車すれば乗用車であれば3km以上、トラックでも1km以上走行できるだけの電力を充電することができます。赤信号では1分程度停車することもあることから、これだけ充電できれば信号手前の道路を電化するだけで多くの車両がSOCを維持しながら走行し続けることが可能となります。

【充電時間と走行可能距離の関係】

走行中ワイヤレス給電が切り開く次世代モビリティインフラ Part1_図表4

出典:KPMGによる試算を基に作成

4.モビリティプラットフォーム化する給電インフラ

これまで、充電はユーザーが意識的に行うものでした。しかし、ワイヤレス給電が普及すればEVは走行中あるいは停車中にエネルギーを受け取ることができるようになり、シームレスな充電環境が実現します。

ワイヤレス給電が社会実装されれば充電に関する懸念は軽減されますが、給電インフラは単に電力を供給するためのインフラにとどまりません。むしろ、給電インフラが持つデータ収集・解析機能こそが、未来のモビリティ社会における新たな価値創造の起点となります。そして、この変革に対応するためには自動車業界にも新たなデジタルケイパビリティが求められることになります。

(1)給電インフラは「データの集積地」になる

給電インフラには、車両の走行データ、充電パターン、エネルギー消費の傾向、バッテリー残量、交通量、車両位置情報など、膨大なデータがリアルタイムで蓄積されていきます。このようなデータの活用が、自動車メーカーにとって競争力の源泉となっていくことは間違いありません。車単体のバッテリー容量や電費性能を競うことよりも、どれだけ最適なエネルギーマネジメントを実現できるか、プラットフォームを活用してユーザー体験をどれだけ向上させられるかといった点が問われることになります。

(2)自動車業界に求められるデジタルケイパビリティ

  • リアルタイムデータ収集と統合管理
    EVの走行データや充電データを一元管理し、最適なエネルギー供給
  • 充電最適化
    車両ごと(ユーザーごと)の充電ニーズに応じた給電インフラとの最適連携
  • V2I(Vehicle to Infrastructure)通信技術の開発
    EV・インフラ間のデータ共有を円滑にし、エネルギーと交通の最適化を実現

ワイヤレス給電が実現した社会では、自動車メーカーは単に「EVをつくる」だけでなく、データを活用し、モビリティ、エネルギー、都市システム全体を統合する存在となることが求められます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 城越 智弘

自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~

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