本連載は、「自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~」と題したシリーズです。

近年、生成AIを代表とする大規模言語モデル(LLM: Large Language Models)の技術が急速に進化し、自動車産業の中核業務領域への適用が加速度的に進んでいます。従来のデジタル技術やAIとは異なり、LLMは知識の再構築、文脈理解、複雑な推論などの高度な知的処理を実現し、単なる「車両を支援する補完ツール」から「自動車の中枢知能を担うエンジン」へと進化を遂げています。

本稿では、「汎用モデル」「業界特化型モデル」「シナリオ特化型モデル」の三層アーキテクチャに基づき、LLMが自動車バリューチェーンに与える影響と、企業・国家レベルの競争構造に与える戦略的示唆を体系的に整理し、KPMGのグローバルなプロジェクト経験を踏まえて、具体的な提言を行います。

1.三層LLMの機能的ポジションと価値創出メカニズム

(1)汎用モデル(General-purpose LLMs)-L0層

ChatGPTに代表される汎用LLMは、幅広い知識領域をカバーし、カスタマーサポート、社内文書作成、市場調査支援などの業務領域で汎用的に活用されています。これらのモデルは一般にAPI連携やクラウドサービス経由で導入され、自社開発を要さず、迅速な実装とコスト最適化が可能です。

(2)業界特化型モデル(Domain-specific LLMs)-L1層

自動車業界特有のエンジニアリングデータ、法規制、設計図面、素材特性などの深層専門知識に基づき構築されるモデルで、製品開発、品質管理、コンプライアンス対応などの中核機能において高度な効率化と最適化を実現します。OEMやティア1サプライヤーにとって、中長期的な競争優位性を構築するための知的資産となります。

(3)シナリオ特化型モデル(Scenario-specific LLMs)-L2層

ユーザーとの接点に直結するアプリケーション層に位置付けられ、車載音声アシスタント、整備ガイダンスAI、店舗での対話ナビゲーターなどのシナリオ別に最適化されたモデルを指します。モデルサイズが小さく、OTA(Over-the-Air)による高頻度更新が可能であり、ブランドの個性化、UX最適化、業務効率向上に直結する差別化要素です。

2.バリューチェーン全体にわたる知能化の飛躍とデータ資産の戦略的価値

LLMは、自動車バリューチェーン全体にインテリジェントな変革をもたらしています。

  • 研究開発領域:設計文書の自動生成、新素材の特性分析、シミュレーション結果の要約支援などにより、「品質向上」と「開発速度の加速」の両立を実現。
  • 製造現場:業界特化型モデルによる異常検知・予兆保全を通じ、スマートファクトリーの実現を加速。
  • 販売・マーケティング:汎用モデルを用いた顧客対応の自動化、行動パターン分析により、パーソナライズ化された提案が競争軸に。
  • アフターサービス:シナリオ特化型モデルが予約受付や故障診断の自動化を担い、顧客満足度と運用コストの最適化を両立。

こうしたLLMの真価は、企業が保有するデータ資産をいかに制御・活用できるかにかかっています。
主要なデータソースは以下のとおりです。

【LLMに利活用する主なデータソース】

大規模言語モデル・LLMが再定義する自動車産業の競争地図_図表1

出所:KPMG作成

これらデータのタグ付け・構造化・匿名化を軸とした統合的データ基盤の構築は競争力の源泉となります。そのうえで、これらデータを活用した「企業専用の業界モデル」の開発に注力し、公的汎用モデルへの依存を回避することで、精度・安全性・業務適合性の三立を図ることが可能となります。

3.グローバル競争のなかで進む技術進化と産業戦略の分岐

以下に、中国、米国、日本別に、自動車産業におけるLLM活用の状況をまとめます。

  • 中国:汎用LLMベンダーは、ローカルのオープンソースエコシステムの構築を加速。特に新興EVメーカーは、L0層の通用モデルを基盤に、L1・L2モデルの内製化に踏み出しています。
  • 米国:高性能のクローズドモデルを主導し、EVメーカーは独自のAIスタックを用いて、ADASおよびロボタクシー分野において先行的な優位性を確立。グローバルでのLLM商用展開を積極推進しています。
  • 日本:製造基盤および業界特化データの蓄積において優位性があるものの、AI人材層の脆弱性やPoCから大規模展開へのスケールアップに時間を要する傾向が課題。組織構造の変革と展開速度の向上が急務です。

4.KPMGが提言する5つの戦略アクション

LLMを軸とする産業変革のなかで、自動車企業が競争優位を確保するため、KPMGは以下の5点を提言します。

【LLMを軸とする5つの戦略アクション】

1.汎用モデルの協業型導入 APIやSaaSを活用し、オープンソース汎用モデルの早期私有化導入を推進。コアデータの流出防止とコスト抑制を両立。
2.業界専用モデルの本格構築 業界特有の知識・歴史的データを活用し、L1層の業界専用LLMを整備。データインフラの整備とモデル精緻化を並行推進。
3.シナリオ型アプリケーションの迅速展開 L2層のユースケースをユーザー接点に優先配置し、差別化された体験を提供。企業保有の独自データを反映し、継続的に高度化。
4.AI倫理とデータガバナンス体制の構築 車載データや個人情報を対象とする高感度データの管理体制を確立し、国際的な倫理・法規制水準への適合を実現。
5.部門横断型のAI推進体制整備 AI活用をIT部門に留めず、業務部門と連携するクロスファンクショナル体制を確立。全社的な変革機動力を向上。

出所:KPMG作成

今後、自動車産業を牽引するのは、もはや「エンジン」や「シャシー」ではなく、「データを燃料とし、モデルを知能とする」ソフトウェア定義型のモビリティです。LLMが駆動する“データ定義型自動車”の構築こそ、次世代の中核戦略となります。

KPMGは、三層構造(汎用×業界×シナリオ)に基づく大規模言語モデルの戦略的設計・実装において、データ価値の再構築、シナリオベースの業務統合、AIガバナンス体制の整備に至るまで、豊富な知見を有しています。

グローバルAIプロジェクトの経験を通じて、クライアント企業とともに、次世代モビリティの定義者として持続的成長への道を共創してまいります。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 胡原 浩

自動車産業変革のアクセルを踏む~取り組むべきデジタルジャーニー~

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