コンテンツIP分野の強化や新規参入を検討・推進する動きが拡大するなか、企業は国内・グローバル市場の双方での競争力向上という課題に直面しています。
本稿は、2025年7月3日に実施した技術評論社とKPMGコンサルティングの共催セミナー「コンテンツIPビジネス推進の要諦~新規事業開発におけるIP活用の最新動向~」を基に編集しました。
コンテンツIPの最前線を多角的な視点で考察し、また「稼ぐ力」を強化する知的財産・無形資産の活用に焦点を当てながら、コンテンツIPビジネスの未来を展望していきます。
1.コンテンツIPビジネスを日本経済全体の成長力向上につなげる
木村 みさ
KPMGコンサルティング 執行役員 パートナー
コンテンツIPを含む知財・無形資産の戦略的活用は、現在、日本企業の間で急速に関心が高まっているテーマです。
その契機の1つとなったのが、経済産業省の「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」が2025年4月に取りまとめたガイドラインです。未来の社会の在り方を見つめ、そこに向けて事業をどう転換していくかを考えるうえで、知財戦略の重要性を強調する内容となっています。
日本国内における知財・無形資産への投資は現在のところ、欧米などに比べて低調ですが、中長期的な戦略に整合的な知財戦略を打ち立てることは、事業ポートフォリオの転換や成長戦略を実現するうえで重要な要素となります。一方、具体的にどう取組みを進めていけばよいのか、多くの企業で明確な解がない状況であるといえます。
KPMGコンサルティング 木村 みさ
「稼ぐ力」の向上に向けた知財戦略の立案のためには、まず自社がどのような知財コアアセットを保有しているかを洗い出し、可視化することが必要です。次に、自社を取り巻くビジネス環境のなかで、それらの知財コアアセットが戦略実現や競争優位性にどう役立つかを分析し、将来的なビジネスモデル転換への活用イメージを具体化します。あわせて、キャッシュアロケーションの考え方との整合性を検討し、さらには創出されたキャッシュの再投資を検討することが求められます。知財戦略の遂行のためには、適切なKPIを設定したうえで進捗をモニタリングし、PDCAサイクルを回していくことも大切です。
これら、一連のプロセスについて、事業部門と知財部門とでそれぞれ個別に戦略等を検討し、取組みを実施しており、一体的に動いているケースはごく少数です。また、中長期的な戦略と知財戦略の一体的な議論が、取締役会等で行われるケースも稀な状況です。コンテンツIPビジネスにおいて、知財・無形資産は非常に重要なアセットであり、中長期的な戦略と整合した知財戦略の議論については経営アジェンダとして、取締役会など経営層の主導のもと、大局的な方向感を含めて議論を進めることが重要であると認識しています。
自社の知財・無形資産を通じて「稼ぐ力」を向上させ、持続的に成長し続けるストーリーを打ち立てることは、投資家との対話を深化させるうえでも有効な手段です。コンテンツIPを起点に将来のビジネスモデルを明確に描き、今後の戦略方向性を定め、推進すると同時に、その内容を、投資家をはじめとするステークホルダーに広く開示することで、企業価値のさらなる向上に資するものと考えられます。
私からは、コンテンツIPビジネスのビジネスパターンと最新動向についてご紹介します。
コンテンツIPを活用したビジネスは、自社のIPを活用する場合と、他社のIPを活用する場合の2つに大別されますが、これをさらに、実態に合わせて
- メディアミックス
- シリーズ化
- ライセンスビジネス
- 他社IP活用コンテンツビジネス
- 他社IP支援
の5つに類型化したいと思います。
KPMGコンサルティング 福岡 慶太郎
1つ目のメディアミックス推進には、各メディア分野が抱える構造的な課題の克服も背景として存在します。たとえば漫画雑誌の低収益を補うコミックス化や、映画・ドラマの優良な脚本不足を補う漫画原作の活用といった事例が挙げられます。投資効率の観点から、戦略的にメディアミックスの順序を設計することも大切です。比較的低い投資で多くの作品が生み出されるメディアから、大きな投資が必要なメディアへと展開することが有効でしょう。一般的には、漫画や小説といった個人でも制作可能な小投資コンテンツから、組織的制作が必要な映像系メディアへと進むことで、リスクを抑えた効率的な投資が可能となります。
2つ目のシリーズ化は、特に映画やゲームなど莫大な予算が掛かる作品において、自社IPを活用し、中長期にわたり安定した収益を上げることを目的として実施することが一般的です。映画や、開発費が数百億円規模に上るゲームの分野では、売上上位作品のほとんどがシリーズ化の対象となっています。1つのヒットコンテンツIPを生み出すことができれば、既存ファンに加えて新規ファンを獲得し、大衆的なコンテンツへと昇華する可能性があるからです。ただし、供給過多となってファン離れを誘発しないように、どのように展開していくかが非常に重要となります。
3つ目のライセンスビジネスの主なプレーヤーには、ライセンサー、ライセンシー、エージェンシーの3者が挙げられます。ライセンサーは自社のIPを貸し出し、利益率の高いビジネスを目指します。ライセンシーはそのIPを使った商品化や映像化によって収益獲得を狙います。エージェンシーは両者の間に入り、契約代行やプロデュースを行います。各プレーヤーが円滑かつ確実にビジネスを前進させるためには、ライセンサーとライセンシー間で、IP貸出時の許諾範囲や制限事項を明確に設定し、しっかりと合意形成を図ることが大切です。
ライセンスビジネスの具体的な展開パターンとしては、「コト消費」、「モノ消費」、「タイアップ・広告」が挙げられます。コト消費の分野では、近年のテクノロジー進化により、作品の世界観を表現する難易度が下がったことで、ゲームや漫画の映像化や舞台化、テーマパーク活用が活発化しています。モノ消費では、「推し活」需要の高まりを受け、単価が低く大量生産が可能なアクリルスタンドや缶バッジなどが増えています。また、タイアップ・広告の領域では、自治体と連携し、コミュニティバスの車内放送にキャラクターの音声を用いるなど地域・作品の双方を盛り上げる取組みもみられます。
4つ目の他社IP活用コンテンツビジネスの最大のメリットは、自社で多大な時間や労力をかけてIPを創出することなく、ヒットIPの力を活用できる点です。知名度の高いIPを活用することで、他社との差別化や自社サービスの認知度向上、潜在顧客との接点創出に繋がります。
5つ目の他社IP支援については、IPビジネス市場の活況によって、他社のIP展開を支援する関連ビジネスが多様化しています。銀行や個人投資家らによるコンテンツファンド、広告代理店や商社らによるIPプロデュース、専門業者によるIPコラボレーションの仲介業務やIP管理代行業務など、新たなプレーヤーが市場に参入してきています。
行政側からの後押しも、欠かせない要素です。日本政府はコンテンツ産業を国の基幹産業と位置付け、複数の省庁が連携してさまざまな支援に取り組んでいます。各機関で一部の支援が重複・類似している点が見受けられるため、近年では統合的な支援組織の構築についての議論・検討も進められているようです。
良質なコンテンツを保有しているはずの日本企業が、現在、必ずしもグローバル市場でコンテンツを十分に収益化しきれていないとすれば、それは知的財産と無形資産のかけ合わせによる活用が不十分であるためだと考えられます。
コンテンツIPに関連する知的財産権には、その代表格と言える著作権だけでなく、近年活用事例が増えている特許権や、模倣品対策としての商標権、デザイン保護としての意匠権などが挙げられます。
グローバルビジネスを展開するうえでは、これらの知財権に加え、マネタイズ先とのネットワークや、コンテンツを実際に活用するローカライズナレッジといった無形資産の活用が不可欠です。たとえば、各地の宗教・文化・慣習などに関する知見を含め、海外進出のノウハウが組織内でナレッジ化されているかという点も重要です。
KPMGコンサルティング 中川 祐
まずは、自社が保有する知的財産権だけでなく、無形資産についても、どのような性質・種類の活用可能な無形資産を持っていて、それが現在どのような状況にあるのかについて可視化することからスタートとなります。可視化する際には、事業への収益貢献度、他コンテンツへの活用可能性(IPファン層の広さ)を軸に置き整理することで、収益性が高く、ファン層が広いコアアセットや、コアなファンにより収益性が保たれており、ファン層の広がりによってコアアセットに成長可能な活用候補アセット、ファン層は広いが収益化できていないリフレーミング候補アセット、収益化・ファン層ともに評価不能な休眠IPなどといった整理が可能になります。
可視化によるアセットの整理ができれば、次にどのようにビジネスを成長させていくかのストーリーを描き、現状と将来像のギャップを埋めるための知財・無形資産戦略を具体的に考えていくというプロセスが有効です。たとえば、メディアミックスや映像化、グローバルでのコラボレーションを通じた世界観を拡大・深掘りすることにより、収益化とファン層の拡大を両立させ、コンテンツをコアアセットへと成長させる成長ストーリーを描くこともできます。
また、一部をフリー素材化するなどして幅広い顧客とのタッチポイントを増やし、認知を拡大する「オープン」なアプローチと、権利を厳重に確保し、収益化につながる部分を独占する「クローズ」なアプローチを並行して行うオープン・クローズ戦略を実行する組織体制の整備も重要です。こうした一連のプロセスにおいて、KPMGコンサルティングではIPの収益性や集客力、そしてIPを支えるナレッジやパートナーシップといった無形資産をマッピングし、コアアセットを明確にしていく基礎的な作業を含め、万全のサポート態勢をご用意しています。
訴訟に関する動向についても、注視しておく必要があります。最近は、特許権や著作権に関する訴訟がコンテンツ業界で活発化しています。これは、権利者側から見れば権利が活用されている状態ですが、参入を考える事業者にとってはリスクとなる側面があります。従来は技術特許が中心でしたが、画面UIやプログラムなどビジネスモデルに近い「ビジネスモデル特許」でも高額な請求額を伴う国内企業の訴訟も増えてきています。従来、著作権を中心に語られがちだったコンテンツIPですが、こうした状況を背景として、最近では特許権に関しても戦略的なアプローチが求められているのです。
著作権に関しては、これまで、日本国内の権利処理の煩雑さも問題視されてきました。現在、政府主導で権利処理業務の効率化施策が進められており、権利情報を集約したデータベースの設置を通じて、手続きの効率化への期待感が高まっています。このような環境変化を通じて今後、他社のIPや著作権の利用がますます活発化し、各業界でライセンスによる収益機会が拡大していくと考えられます。
<お知らせ>
セミナーに登壇したKPMGコンサルティングの木村 みさ、福岡 慶太郎、中川 祐が著者として執筆した書籍『60分でわかる! 最新IPビジネス超入門』が、今年3月から技術評論社より発売されています。
書籍の詳細はこちらから(外部サイト)。