2025年4月30日、経済産業省より「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会取りまとめとして、「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」や「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」等が発信されました。
「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則 」では、「稼ぐ力」の強化を「中長期的かつ持続的な収益性・資本効率の向上」と捉え、これを実現するため、企業経営においては「価値創造ストーリー」を構築し、それに基づき事業ポートフォリオの組替えや成長投資(設備投資、研究開発投資、人材投資、知財・無形資産投資等)を実行していくことが不可欠であるとされています。その検討主体は取締役会ならびにCEOをはじめとする経営陣であり、監督・執行双方が「稼ぐ力」強化に向けた役割・機能を意識し、体制や仕組みを構築し、運用していくことも必要となります。
本稿では、仕組み面、とりわけ取締役会等におけるアジェンダと議論活性化にフォーカスをあて、デジタルツール等を活用した高度化の事例を紹介します。
1.取締役会議題の重要な経営テーマへのシフト
東京証券取引所の「コーポレートガバナンス白書2023 」によると、取締役会実効性評価における実効性のキーワードとして6割近くの企業が「運営(運用)」を挙げ、4割近くの企業で「審議」が挙がっている等、取締役会の運営や議題のさらなる高度化に向けた課題認識が強いことが伺えます。
その背景として、昨今のコーポレートガバナンス改革議論を意識し、取締役会における議題が個別的な案件からより中長期的かつ全社的な経営テーマ(長期戦略、事業ポートフォリオ、サステナビリティ、ガバナンス等)にシフトしてきており、有限な時間のなかでいかにこれらの難しいテーマを議論するか、多くの企業が試行錯誤の段階にあると考えられます。
2.AIを活用した議題・審議内容の分析
そのようななか、自社の取締役会等の議題の傾向について、デジタルツールを活用して分析する企業が増えてきました。具体的には、過去の取締役会の年間のアジェンダやテーマごとの所要時間等を可視化し、より時間をかけるべき議題や効率化を図るべき議題を検討している事例があります。その際、AIを活用すると、大幅な時間短縮ができ、このような定量分析が効率的に行えます。さらに、大量かつ議論内容が持つ「意味合い」そのものに対する分析も、AIにより可能になります。
取締役会等(オフサイトミーティングや関連する会議を含む)の議事録を活用し、議題ごとにどのような属性の取締役が「意見」「質問」「説明」等を行っているかを可視化し、関心度や理解状況等を把握し、議会運営に活かしている事例もあります。特に社外役員からの「質問」が多いテーマ等は、事前説明の充実やよりわかりやすい資料を提供する等、データを活かしスムーズに審議が行われるよう取り組まれています。
さらに、役員ごとの発言傾向や相関性についてAIを通じて分析することで、人間では気付けないようなインサイトを得ることができ、新たな視点から取締役会での議論活性化に一石を投じることが可能となります。たとえば、キーワードの相関性を見た結果、今まで1つの論点で検討していたテーマについて、複数論点を掛け合わせたテーマとすることで、より多角的な議論に発展したり、キーワードの時系列的な傾向分析により、議論が進みやすいアジェンダの順番等が明確になったりする等の事例が挙げられます。
中期経営計画の検討年度等、大きなイベントがある年度は、特にこのような分析を事前に行い、取締役の関心事や押さえるべき論点を明確にしたうえで、戦略的に年間の議題設定を行うことが有用となります。
【AIを活用したキーワード分析のイメージ】
出所:KPMG作成
3.社外取締役に提供すべき情報の検索容易性の確保
近時、プライム上場企業を中心に社外取締役の存在感が高まっています。実際、プライム上場企業において独立社外取締役3分の1以上選任している会社は98.1%にのぼり、社外取締役と共に取締役会の実効性を高めることが必須となっています(経済産業省「第1回 「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 」より)。
一方、社外取締役が知り得る情報は社内取締役に比べて限りがあるため、監督・意思決定機能を高めるため、より質の高い情報を効果的に得る必要があります。
取締役会をはじめ、経営会議、その他重要会議体の資料や議事録を電子化し、社外取締役のみがアクセス可能なサーバに格納し、時系列やテーマ・キーワード等で検索可能な状態とし、いつでも知りたい情報を効率的に取得できる仕組みを導入しているケースが増えてきています。
情報保存機能を付与したり、AIを利用し内容を要約・分析させ、より早く概観をつかむことを可能とさせたりする等、社外取締役がストレスなく情報へアクセスし、また初期検討を実施しやすくすることで、議論の質が上がったとの声を聞くこともあります。
コーポレートガバナンス・コードが発効して以来、取締役会運営のあり方は大きく変容してきています。複雑かつ重要なテーマについて深度をもって活発に議論するためには、相応の準備が必要となります。デジタル技術やAIを駆使し、より効率的な仕組みとすることで、人間が思考するべき時間を十分に捻出し、取締役会運営をより価値あるものとしていくことが、「稼ぐ力」を創出する強靭な取締役会を創り上げていくものと考えます。
執筆者
執行役員 パートナー 木村 みさ
リードスペシャリスト 佐藤 基右
シニアマネジャー 松田 洋介