2025年に入り、国・公的機関が電力の長期需給想定を相次いで発表しました。2月に資源エネルギー庁の「第7次エネルギー基本計画」が閣議決定・公表され、7月には電力広域的運営推進機関(以下、OCCTO)が将来の電力需給シナリオを公表しました。これらのなかで、わが国の2040年、2050年における電力需要の見通しが示されています。

最大のポイントは、「第6次エネルギー基本計画」等の従来の想定と異なり、電力需要が中長期に増加傾向になるとしていることです。本稿では、2つの長期需要見通しの内容や考え方から、電力需要の将来像や事業者が取り組むべき課題について解説します。

1.「第6次エネルギー基本計画」における電力需要の想定

エネルギー基本計画は、エネルギー政策の基本的な方向性を示すためにエネルギー政策基本法に基づき政府が策定するものです。この計画に基づいて、事業制度の設計や投資・補助金等のエネルギー政策が立案・実行されます。エネルギー基本計画は原則としておおむね3年ごとに見直されることになっており、2025年に公表された「第7次エネルギー基本計画」までに6度策定されました。

2021年に公表された「第6次エネルギー基本計画」に伴って「2030年度におけるエネルギー需給の見通し」が公表されています。これによると、2030年度の電力需要は、8,640億kWh程度と想定されており、これは想定時直近の需要量として参照された2019年度の9,273億kWhから減少しています。東日本大震災以降の需要量ピークである2013年度の9,896億kWhからは13%程度の減少ということになり、2015年に想定された2030年度想定の9,808億kWhよりも大きく下回っています。

ただし、この想定には、「省エネの野心的な深掘り」という要素が織り込まれており、省エネが進まなければ需要は増えるとされています。省エネの織り込みはこれまでの実績を踏まえてかなり上乗せされており、CO2排出量や同時に想定されている電源構成との整合が意識されているとも考えられます。

電力需要は、今後の経済成長や電気自動車(以下、EV)・ヒートポンプ等の普及拡大等による電化の進展による増加要因があるものの、人口減少や東日本大震災以降の省エネの急激な進展による減少が大きく上回り、中長期にわたって減少傾向が続くと想定されました。

2.「第7次エネルギー基本計画」と2040年度の電力需要想定

「第6次エネルギー基本計画」から3年強を経て策定された「第7次エネルギー基本計画」では、2040年度の長期エネルギー需給の見通しが初めて想定されました。電力需要の想定に関しては、「第6次エネルギー基本計画」(2021年)時の2030年度の長期エネルギー需給見通しと大きく変わった点が2つあります。

1点目は、今後のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)やグリーントランスフォーメーション(以下、GX)の進展という社会情勢の変化に応じて、電力需要が増加すると想定されたことです。2021年時点の想定では、省エネルギーの文脈でEVの導入がもたらす燃料転換による省CO2化や、サーバーを含む機器の省エネ性能向上といった今のGXに含まれる内容が一部取り入れられていましたが、DXはもちろんデータセンターや半導体工場等デジタル化投資による需要の変動については言及がありません。この3年間のAI等デジタル技術の進化において、電力がいかに重要な役割を果たしているかがわかります。

もう1点は、2040年度の想定において、技術革新の動向に応じて複数のシナリオを用意し、今後の技術動向によって電力需給の量に幅を持たせたことです。2040年度だと想定時から15年も先で、技術革新が起こる余地は十分あることから、確度の高い見通しについて単一の前提を置くことは難しいと考えられるためです。

需要側の技術としては、精算プロセスの高効率化、家庭用電気機器の高効率化、EV等の導入などが考慮されていますが、長期エネルギー需給見通しは供給側の想定も含まれているため、再生可能エネルギーの拡大や新燃料の活用等供給側の技術革新の織り込み方でシナリオが設定されています。

結果として、2040年度の需要想定は、「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」において、シナリオ別に9,500億~10,800億kWhと想定されています。想定時の足下需要である2022年度需要実績の約9,000億kWhに対して、数%~20%ほど高い想定となっており、シナリオによっては2013年度の需要を上回るとされています。

技術革新の不確実性を織り込んだ長期エネルギー需給見通しですが、ここには含まれていない重要な不確実性が存在します。需要増の主要因であるDXについて、特にデータセンター等の電力需要拡大は「将来の不確実性が大きい」としているものの上記の想定にはその不確実性は反映されていません。参考として感度分析が行われており、とあるシナリオにおいては30%程度の振れ幅になるとの試算が提示されています。

このように長期需給エネルギー見通しでは、「電力需要がDXやGXの進展で今後増加する蓋然性は高いが、その変動の不確実性は従来よりもかなり高くなっている」ということが示されたと言えます。

3.「将来の電力需給シナリオに関する検討会」報告書における電力需要モデルケース

2022年11月の第56回電力・ガス基本政策小委員会において、供給力の維持・開発を計画する枠組みの形成が必要であるとして、10年後までの需給を想定する供給計画とは別のかたちで、「10年超先の電力需給のあり得るシナリオ」を検討することとなりました。

それを受けて2023年4月に「将来の電力需給に関する在り方勉強会」が発足しました。勉強会は2023年9月に「シナリオ策定に向けた方向性」を取りまとめ、11月のOCCTOに「将来の電力需給シナリオに関する検討会」が設置されました。検討会は1年半ほどの議論の結果、2025年7月に報告書を提出しました。

報告書では、2040年および2050年の電力需給について、前提としてさまざまな要素を考慮し、需要・供給それぞれのモデルケースを複数想定しています。需要側の要素としては、人口・世帯数やGDP・鉱工業指数等経済指標に基づく基礎的需要に、データセンターや半導体を含むさまざまな個別産業の将来予測を踏まえた需要想定を加味し、さらに省エネや電化の進展度合いを勘案して算定しています。また、民生用、産業用の各予測について、関係する業界団体等にヒアリングを行い、想定の評価・見直しも実施しています。

検討会の想定は、エネルギー基本計画やOCCTOが取りまとめる供給計画等との整合を前提としないこととされています。また、需要側と供給側は原則独立して分析・検討され、それらの任意の組み合わせをモデルケースとして設定しています。また、デマンドレスポンス(以下、DR)も考慮した1日当たりの需要カーブの想定も行っていることが特徴です。

OCCTOの「将来の電力需給シナリオに関する検討会の報告書」において、最終的な電力需要想定モデルケースとして、2040年に9,000億kWhおよび11,000億kWhの2ケースと、2050年に9,500億~12,500億kWhの4ケースが提示されています。これは、比較対象としている2019年度の電力需要実績8,800億kWhからは増加する見込みとなっています。なお、長期需給見通しと検討会想定では、需要の定義が若干異なるため実績の数値も違うものとなっています。

この想定においても、民生用(家庭用および業務用)需要は、人口減少等の影響で減少、産業の在来型需要も一部電化が進展するものの生産等経済活動に基づく伸びは限定的で、シナリオによって微減から若干増になっています。一方で、データセンターや半導体工場等DX関連や自動車の電動化、高炉の電炉化等の産業用GX関連の需要増が見込まれることで、全体の需要は増加することとされています。

【電力需要の長期想定】

電力需要の長期見通しと事業者が取り組むべき課題とは_図表1

4.各種電力需要長期見通しにおける共通点

2025年に発表された国・公的機関の長期電力需要想定を見てきましたが、異なる前提、考え方に基づいた想定であるにもかかわらず、両想定はかなり近い結果になったと言えます。共通点は下記のとおりです。

  • 電力需要は長期的に増加する
  • ただし、需要の不確実性は高まっており、需要量の増加についてはかなり振れ幅がある
  • 人口減少や省エネの進展で家庭用(民生用)需要は減少するが、DX、GXに伴う新しい需要が大幅に増加する

両想定以外にもさまざまな機関、事業者が電力需要を想定していますが、およそこれらの点については共通していると言えます。

また、世界的にも電力需要は増加傾向にあり、国際エネルギー機関(IEA)が発表している「World Energy Outlook 2024」でも、近年の電力需要は他のエネルギー需要の2倍の伸びとなっています。今後も電化の進展に伴い、途上国を中心に堅調に増加する可能性が示されています。一方で、データセンター需要は今後伸びると見込まれるものの、2030年までは電力需要に占める割合が大きくないこと、その伸び率には「不確定要素があり、市場動向、アルゴリズム開発、ハードウェアとソフトウェアの効率改善などの要因に影響される」と予測しています。実際に光電融合等の革新的技術の導入によりデータセンターの電力需要は現在よりも減少するという見方もあるほどです。

5.電力需要の変化が事業者に与える影響

電力に関する事業者にとって、このように長期需要想定の見込みが大きく転換することは、中長期のビジョンや戦略策定に影響するものと考えられます。

小売電気事業者にとって、「電力需要が中長期的に増加する蓋然性が高い」という想定は、これまで需要が減少するなかでゼロサムもしくはマイナスサムゲームで市場参加者がシェア奪い合いを行うという状況から、拡大する市場でより成長を図れる可能性が生まれてきたということを意味します。そして、将来にわたる事業の在り方やそこに至る戦略を状況に応じて変更する必要があります。

想定では、人口減少に伴い家庭用電力需要はほぼ確実に減少すると見込まれるなど、需要家のカテゴリによっては必ずしも需要増の見通しではありません。今後の事業成長を図るにあたっては、こうした長期想定を踏まえて、どのような領域に注力していくか、その領域にどのような料金戦略、商品戦略で臨むのか検討していくことが求められます。

また、小売電気事業者は主に1年単位の電力供給契約を需要家と結び、発電事業者等からこちらも1年程度の卸調達契約を締結します。そのため、2040年・2050年の需要想定が当面の事業運営に影響することはほぼありません。

しかし、電力システム改革の検証議論のなかで、「小売電気事業者の責任・規律」を重視する観点から、「量的な供給力確保」を義務付ける制度の導入が検討されており、自社が供給する需要の見込み想定やそれを踏まえてどのように電源を調達するかの議論が必要になります。

需要が増加すれば、電源調達競争も激しくなり、電源調達コストに上昇圧力がかかることも考えられます。より長期的な目線で需要に応じた電源調達戦略と、さらには、DRやバーチャルパワープラント(以下、VPP)等需要側リソースの活用による供給力確保の実施が求められるでしょう。

6.さいごに

2025年に入り発表された長期の電力需要想定は、これまでの想定と異なり、総じて「将来的に需要が増加する」というものになりました。ただし、増加が期待されているDX・GX領域の需要見通しの不確実性は高く、実際に増加するのか、どれくらい増加するのかは不透明です。

長期エネルギー需給見通しは、エネルギー基本計画の見直しに伴って3年程度で見直され、検討会の需要想定も3~5年を目安に見直すこととされています。小売電気事業者は、時々刻々と変化する事業環境(見通し)をつぶさにチェックして、柔軟に目標・戦略を修正していかなければなりません。

長期需要の動向は、発電事業者の戦略・行動にも大きく影響を与えますが、それについては、次回で考察します。

KPMGは、需要想定や制度改革を含めた事業環境変化において小売電気事業者が取るべき中長期戦略の策定はもちろん、電気事業者の需要の増加が見込まれるなかでますます重要度が高まる省エネルギーや安定供給、電源調達コストの低減に資するDR、VPP事業の実行支援を行います。また、需要量の見通しに関するリスクに対して、小売事業者としての電源調達の在り方やリスク管理を含むエネルギートレーディング高度化支援など、電力需要の増加、不確実性の高まりに対応した事業者向けサポートを行っています。

執筆者

KPMGコンサルティング
リードスペシャリスト 桑原 鉄也

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