2025年3月、内閣府より「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」が公表されました。また、最近では鹿児島県での新燃岳噴火やインドネシアでの噴火が発生しており、噴火への関心が高まりつつあります。富士山噴火はいつ発生してもおかしくない状況ですが、首都圏企業における富士山噴火への危機意識や対策は不十分であると言わざるを得ないのが現状です。

本稿では、「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」も踏まえ、富士山噴火に対して首都圏企業が行うべき事前対策について解説します。

目次

1.内閣府「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」の概要
2.富士山噴火の影響
(1)富士山噴火の歴史
(2)降灰により首都圏が受ける影響
3.首都圏企業に求められる対応
(1)各企業の対策の現状
(2)富士山噴火への事前対策のポイント
4.おわりに

1.内閣府「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」の概要

2025年3月、内閣府より「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」が公表されました。本ガイドラインは、大規模噴火が発生した場合に首都圏を含む地域が広く降灰に見舞われ、国民生活や社会経済活動に大きな影響を及ぼす懸念があることから策定されたものであり、広域降灰対策の基本方針、および、国、関係機関、地方公共団体等が具体的な対策の検討を進めるに当たっての考え方や留意点が取りまとめられています。

2.富士山噴火の影響

(1)富士山噴火の歴史

気象庁によれば、富士山の噴火は有史以降17回記録されており(詳細不明なものを含む)、詳細な記録が残っている直近の富士山噴火は1707年の宝永噴火です。宝永噴火は、日本最大級の南海トラフ巨大地震である宝永地震の49日後に発生したものであり、有史以来最も激しい噴火だったと言われています。実際、約2週間噴火活動が継続し、日中でも暗くなるほどの降灰が江戸を含む関東一帯に広がったと記録されており、当時の噴火推移や降灰被害データが、現在の噴火対策の基盤となっています。

内閣府は2025年1月、南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率をこれまでの「70~80%」から「80%程度」に引き上げました。地震と噴火の因果関係は完全には立証されていないものの、多くの研究者からその関連性が指摘されています。今後南海トラフ巨大地震が発生した場合、宝永噴火と同様に、地震発生後、数日~数ヵ月後に富士山噴火が発生する可能性は十分にあると言えます。

【図表1:富士山の噴火史】

800年 延暦大噴火
  • 「日本紀略」の記事によると、800年(延暦19年)、(旧暦)3月14日から
    4月18日にかけて大規模な噴火が起こったとされる。
  • 2年後の802年(延暦21年)1月8日にも噴火の記録がある。
864~866年 貞観大噴火
  • 864年(貞観6年)富士山の北西斜面(現在の長尾山)から大量の溶岩を流す噴火が発生。
  • 流れ出た溶岩の一部は当時あった大きな湖(せの海)を埋めて西湖と精進湖に分断し、大部分は斜面を幅広く流れた。
1707年 宝永大噴火
  • 1707年(宝永4年)大量のスコリアと火山灰を噴出した宝永大噴火が発生。
  • その日のうちに江戸にも多量の降灰があり、川崎で5センチメートル積もった。
  • 日本最大級の地震である宝永地震の49日後に始まった。噴火の1~2ヵ月前から山中のみで有感となる地震活動が発生し、十数日前から地震活動が活発化。

出所:富士市ホームページを参考にKPMG作成

(2)降灰により首都圏が受ける影響

富士山噴火が発生した場合、首都圏は降灰による被害を受けることが想定されています。
「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」では、降灰量に応じて被害様相がステージ1~4まで分類されており、ステージごとにライフライン・交通機関・人への影響が想定されています(図表2参照)。

噴火の種類やその時の風向きによって降灰の様相は異なるため、正確な降灰量を予測することは困難ですが、2020年に内閣府が公開した被害想定では、首都圏に最も降灰被害が出る場合、噴火から15日後には新宿区付近に累積10cmの降灰(ステージ2に相当)が発生することが予測されています。

【図表2:降灰量別の被害予測】

首都圏企業に迫る富士山噴火リスク対策と事業継続のポイント_図表1

出所:「⼤規模噴⽕時の広域降灰対策について -⾸都圏における降灰の影響と対策- 〜 富⼠⼭噴⽕をモデルケースに 〜」(内閣府)を参考にKPMG作成

火山灰によるライフライン、交通機関、人体へのさまざまな影響は、以下のような特徴を火山灰が持つことから発生するものであり、その特性を踏まえた対策が必要となります(影響詳細は図表3参照)。

  • ガラス片、鉱物結晶片から成る火山灰
    火山灰は、炭が燃えて残る灰とは異なり、マグマが噴火時に破砕・急冷したガラス片・鉱物結晶片から成り、硬く角ばった形状をしています。そのため、人の目に入ると角膜を傷つけたり、車のフロントガラスに当たれば傷がつくなどの被害が生じます。
  • 導電性がある
    火山灰は、水を含んで湿った状態になると、導電性を持つことがあります。そのため、雨が降り、湿った火山灰が電柱の碍子等に付着すると、碍子部の絶縁性が弱くなり、ショートを起こし停電が発生することがあります。
  • 除去しない限りなくならず、雨により固まる
    火山灰は、雪や雨とは異なり、人の手で除去しない限り、堆積したままその場に残り続けます。また、雨が降り水を含むと、堆積した場所にこびりついたり、乾燥後に固まったりするため、除去の手間がかかることが想定されます。

【図表3:インフラ別の影響予測】

電気
  • 降雨時、電柱の碍子等に3mm以上の火山灰が堆積すると、絶縁性能が低下しショートを引き起こし広域停電につながる。
  • 火山灰は微細な鉱物粒子を含み、湿気を帯びると導電性を持つため、屋外の電気機器(特に高圧機器)に付着すると漏電やショートを引き起こす。これが変電所や配電盤の故障につながり、地域的な停電を誘発。
  • 降灰が広範囲かつ厚く堆積した場合、除灰作業に時間がかかり、送電設備の復旧が遅れることで停電が長期化することも想定される。
物流・交通機関
  • 鉄道:鉄道車両は、車輪とレールの間で電気を通して位置検知や制御を行っている。火山灰がレール上に堆積すると、この通電が妨げられ、車両の位置検出や信号制御が正常に機能しなくなる。
  • 航空機:火山灰は微細な鉱物粒子を含み、ジェットエンジンに吸い込まれると高温で溶融し、タービンブレードに付着して固まる。これによりエンジン停止や火災のリスクが高まる。
  • 道路降灰が道路に堆積すると、視界不良やスリップ事故のリスクが高まり、車両の通行が困難になる。特に10cm以上の灰が積もると、二輪・四輪車の通行が制限され、物流トラックの運行が停止。
水道
  • 火山灰は微細な鉱物粒子であり、湿気を帯びると粘着性や導電性を持つ。これが設備に侵入すると、フィルターの目詰まり、バルブの動作不良、センサーの誤作動などが発生。
  • 降灰が水源(河川、ダム、地下水)に直接降り注ぐことで、水質が悪化し、浄水処理が追いつかなくなる可能性。
  • 排水管や下水管に灰が混入すると、詰まりや腐食の原因となり、断水や排水障害が発生
  • 停電による上下水道施設停止(浄水場、ポンプ場、下水処理場など)。
インターネット・通信
  • 降灰が通信基地局のアンテナに付着することで、通信障害を引き起こす可能性。
  • 通信設備は電力供給に依存しており、降灰による広域停電が発生すると、基地局やデータセンターが機能停止。
  • 噴火直後には、固定電話、携帯電話について、利用者の増加による輻輳が生じる可能性がある。
  • 降灰侵入による被害を防ぐため、降灰予報が発出された時点でデータセンターが閉鎖される場合もある。

出所:「⼤規模噴⽕時の広域降灰対策について -⾸都圏における降灰の影響と対策- 〜 富⼠⼭噴⽕をモデルケースに 〜」(内閣府)を参考にKPMG作成

3.首都圏企業に求められる対応(富士山噴火BCP)

(1)各企業の対策の現状

これまで、富士山から遠方の首都圏等に所在する企業の多くでは、地震等の他の災害対策と比較して富士山噴火への対策が十分でないケースがよく見られました。しかし、2025年3月に内閣府より「首都圏における広域降灰対策ガイドライン」が公開されたことをきっかけに、対策に取り組む企業が増えています(富士山噴火にも対応したBCPの策定、BCP訓練等)。

そこで本章では、首都圏に本社が所在する企業に求められる富士山噴火に備えた事前対策のポイントを解説します。

(2)富士山噴火への事前対策のポイント

首都圏企業が富士山噴火に対応したBCPを策定する際は、大きく以下の4つのステップに沿って検討を進めていくことを推奨します。また、BCPを形骸化させず、実効性を持つものとして活用するためには、一度文書を策定して終わりではなく、訓練で得られた課題等に基づいて、定期的に改善を繰り返すことが重要です。

首都圏企業に迫る富士山噴火リスク対策と事業継続のポイント_図表2

出所:KPMG作成

i.被害シナリオ分析~自社への影響を認識する~

まずは、上記で解説したような、降灰によって生じるライフライン・交通機関等への影響をもとに、自社の事業継続に与え得る被害シナリオを分析します。
企業の事業継続に生じる影響としては、主に、以下が考えられます。

  • オフィスでの業務継続困難
    交通機関麻痺の影響で、多くの社員が出社不可になることで、オフィスでの業務継続が困難になることが想定されます。
  • テレワークにも限界
    停電や通信障害の影響で、自宅からのテレワークも制限されることが想定されます。
  • 自社設備(データセンター、工場等)の稼働停止
    火山灰侵入、停電等の影響で、データセンターや工場の稼働が停止する可能性があります。実際、噴火後に都内での閾値以上の降灰予報が発出された時点で閉鎖することを取り決めているデータセンターも存在します。

ii.リスク洗い出し

次に、被害シナリオ分析で認識した自社への影響に基づき、自社の既存BCPや危機管理体制では対応できない(具体的な対応策や代替リソースが策定されていない)事項=リスクを洗い出します。
リスクの例としては、主に以下のような例が挙げられます。

  • 出社方針の未策定
    • 噴火予報が発出された場合の全社としての出社方針が定まっていない(気象庁から噴火警戒レベル5が発表された時点で社員の在宅勤務を推奨する、等)。
  • 代替拠点の未整備
    • 都内での業務継続が困難になった場合でも継続すべき重要業務の特定や、その重要業務を継続するための代替拠点や、代替拠点への移動手段、必要リソースが検討されていない。
    • データセンターや工場が稼働不可になった場合の代替拠点・DR(Disaster Recovery)サイトへの切り替え基準が策定されていない(噴火予報が発出された時点で切り替えるのか?噴火後、降灰予報が発出された時点で切り替えるのか?等)。

iii.リスク対策の検討・実行

洗い出したリスクに対する対策の検討および実行に向けて、検討すべきポイントは以下のとおりです。

  • 出社方針
    噴火は地震とは異なり、多くの場合、噴火が予想される数日前に噴火警戒情報・警報が発出されるため、実際の発災まで一定期間の猶予があることが特徴です。そのため、噴火警報が出た時点で出社制限を行う等、発災前に出社方針を決定の上社内に周知することで、より確実に社員の安全を確保することが可能になります。そのためには、噴火してから検討するのではなく、予め出社方針の判断基準・発出タイミングを策定しておくことが必要となります。
  • 備蓄品
    一方で、オフィスでの勤務中に降灰が発生する可能性もゼロではありません。その場合、交通手段麻痺により帰宅困難者が発生することも考えられるため、企業は従業員を一定期間事業所内に留めておくために必要な物資の備蓄を行うことも重要です。

    首都直下地震対策では3日~1週間分の備蓄が推奨されていますが、降灰対策においては、噴火や降灰の影響の長期化の可能性もあることから、可能であればそれ以上の備蓄を行うことが望ましいとされています(実際、前回の富士山噴火である1707年の宝永噴火では2週間噴火が継続しました)。また、他災害に備えた備蓄品に加え、防塵マスクや防塵ゴーグルなどの噴火時特有の備蓄品を用意しておくと安心です。
  • 代替拠点の整備・切り替え基準の策定
    前述のように、降灰の影響で、都内での出社が困難になり必要な業務が停止する、データセンターや工場が停電等の影響で稼働不可になる可能性があります。そのような状況でも事業を継続するためには、事前に代替拠点を設置し、切り替え基準(どのような状況になったら拠点を切り替えるか?)を定めておくことが重要です。

    また代替拠点は、ワーストケースシナリオに備えて複数用意しておくことが理想的です。富士山噴火は南海トラフ地震に誘発されて発生する可能性があり、南海トラフ地震が発生した場合、大阪は甚大な被害を受けることが想定されています。首都圏の代替拠点を大阪に設定している企業は多く存在しますが、上記のようなワーストケースシナリオが発生した場合、大阪は代替拠点として機能しなくなる可能性があります。そのため、南海トラフ地震の影響が少ない北海道や海外など遠隔地に代替拠点を整備し、バックアップ体制を構築しておくことが重要です。

iv.教育・訓練

富士山噴火は誰も経験したことのない大災害のため、有事のイメージを膨らませるための模擬体験を行うことが極めて重要となります。座学の研修に加え、策定したリスク対策やBCPの課題を洗い出すことを目的とし、富士山噴火の被害シナリオを策定した訓練を行うことが重要です。

実施形式としては、シナリオを元にBCPの読み合わせを行うウォークスルー訓練や、具体的な被災シナリオを想定した設問をワークショップ型で討議する訓練などが有効です。訓練による実行性の検証を行うことで、BCPの課題抽出だけではく、役員や従業員の有事の対応力(レジリエンス)強化も期待できます。

4.おわりに

富士山の噴火は、多くの企業にとって未経験の災害であり、その影響の大きさを実感しにくい、かつ首都圏企業にとっては溶岩流などの影響が直接ないため、自分事として捉えることが難しい災害と言えます。一方、本稿で解説したように、降灰によるライフラインへの影響は非常に大きく、対策の遅れは発災時の事業停止リスクを引き起こすことになります。

活火山である富士山は「いつか必ず噴火する」ということを改めて認識するとともに、近い将来発生することが想定される南海トラフ地震との連動のようなワーストケースシナリオも見据え、対策を早急に進めることが今首都圏企業に求められているのではないかと思料します。内閣府からガイドラインが公表されたタイミングを良い機会として捉え、経営陣を巻き込んだレジリエントな企業体制の構築に向けた第一歩を踏み出していくために、本稿がその一助となれば幸いです。

執筆者

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪
コンサルタント 久保 花怜

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