世界各国で激甚化する気象災害等への対策として「気候変動への適応」の注目度が高まっています。本稿では、「気候変動適応の現状と将来展望:持続可能な未来への道筋」と題して、「気候変動への適応」を通した各国・企業・自治体等の動向について、シリーズで解説します。

1.はじめに~気候変動適応とは?~

(1)気候変動適応とは?

GHG排出量は19世紀頃の工業黎明期より増え続け、地球温暖化を引き起こしています。排出量の急増に伴う温暖化の加速により、近年、海面上昇や生態系の破壊、異常気象や気象災害、感染症といった事象が「気候変動問題」として表出しています。表出した気候変動問題への対処として、各国は現在開催中のCOP29といった場で解決に向けた議論を行っていますが、日本の年平均気温は過去100年あたりで、「1.35℃上昇」していると言われています(2024年現在)。

図:気候変動適応とは?適応に向けて企業に求められる対応の方向性_図表1

出典:(左)CO2 and GHG Emission ReportsおよびIPCC 第6次評価報告書等を基にKPMG作成、(右)中央環境審議会地球環境部会「気候変動に関する国際戦略専門委員会提出資料」等を基にKPMG作成

地球温暖化の対策は、大きく「緩和」と「適応」の2つに分けられます。「緩和」はいわゆる「脱炭素・カーボンニュートラル」と呼ばれるもので、温暖化の原因物質である温室効果ガス(GHG)排出量を削減する(または植林などによって吸収量を増加させる)ことを言います。

一方、「適応」とは、顕在化している気候変動の影響を回避・低減する備えを行うものであり、気候変化に対して自然生態系や社会・経済システムを調整することにより気候変動の悪影響を軽減する(または気候変動の好影響を増長させる)対策を言います。気候変動による悪影響を軽減するだけではなく、気候変動による影響を有効に活用することも含みます。たとえば農業では、気温の上昇に伴ってこれまで作物を栽培できなかった場所で新たな農業ができるようになる、付加価値の高い品種に転換することができるようになるなどの機会を活かしていくことも適応の1つとなります。

図:気候変動適応とは?適応に向けて企業に求められる対応の方向性_図表2

出典:気候変動適応情報プラットフォーム「気候変動と適応」および「適応ビジネスの事例」を基にKPMG作成

(2)気候変動の緩和の限界

気候変動への対応として、各国・各社が二酸化炭素(CO2)の排出量削減を目指し活動していますが、パリ協定で設定された2030年までの排出量削減目標の達成は困難であると言われてきています。1.5℃目標を達成するためには、CO2排出量を2020年から2030年まで毎年7.6%を削減し続ける必要がありましたが、世界中の経済活動が休止したコロナ禍でも年8%しか削減できなかったことは、世界中に衝撃を与えました。コロナ禍から経済回復しつつある現在、CO2排出量は2022年に過去最高水準に到達し、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は2030年までに削減が必要な世界のCO2排出量を45%から60%と上方修正しました。

IPCCは、このままでは2035年までに1.5℃に到達する可能性が高いと分析しています。実際、2023年2月~2024年1月の間では世界の平均気温が産業革命前に比べて1.52℃上昇しました。もはや一刻の猶予もなく、世界中で危機感が強まっていると言えるでしょう。このような状況においては、「緩和」だけでは企業の気候変動への対応は十分であるとは言えず、「適応」への取組みが急務となっています。「緩和」と「適応」の両輪で気候変動への対策を行うことが必要です。

図:気候変動適応とは?適応に向けて企業に求められる対応の方向性_図表3

出典:IEA「CO2 Emissions in 2022」およびIPCC 第6次評価報告書を基にKPMG作成

2.気候変動による事業者への影響

気候変動はさまざまな要因が複雑に絡み合っており、単一要因を解決するだけでは気候変動を止めることはできません。また、気候変動の悪影響は地球環境の過酷化にとどまらず、限りある資源をめぐる全世界的な争いの激化にまで及ぶことが想定されます。

図:気候変動適応とは?適応に向けて企業に求められる対応の方向性_図表4

出典:IEA「CO2 Emissions in 2022」およびIPCC 第6次評価報告書を基にKPMG作成

このような環境変化を踏まえ、事業者が気候変動から受ける影響はさまざまなものになることが予想されます。

(1)政治的観点

(ア)政策および規制遵守の必要(炭素排出量削減規制等)
(イ)排出権取引制度や再生可能エネルギー導入
(ウ)気候変動適応法への対応

(2)経済的観点

(ア)気象災害・渇水等による供給チェーンの混乱
(イ)海水温度の上昇による魚類生態系の生息域の変化や、利用可能な天然資源の減少などに伴う原材料の価格上昇や供給不足
(ウ)空調費などの電力コスト増
(エ)気候変動対策への初期投資コスト増加
(オ)海面上昇による排他的経済水域(EEZ)の消失による事業影響

(3)社会的観点

(ア)消費者の環境意識の高まり
(イ)持続可能な製品や、環境に配慮した企業活動の開発、実践
(ウ)今後増えていくと予想される環境難民の受け入れ増

(4)技術的観点

(ア)再生可能エネルギーや、リサイクル技術等のイノベーション加速
(イ)新規市場およびビジネスモデルの開拓

(5)法的観点

(ア)環境関連法および規制遵守
(イ)法規制違反による罰金・訴訟リスク、およびレピュテーションリスク

(6)環境観点

(ア)干ばつによる食料不足やダム水の枯渇による水力発電の電力供給不足
(イ)台風や洪水、熱波による物理的な影響
(ウ)感染症の増加

上記のように、気候変動の影響は非常に多岐にわたるため、1つの部門が対応するものではなく、すべての部門で対応すべき問題であると言えます。特にバリューチェーンには大きな影響を与えるため、具体的にバリューチェーン上にどのような影響が生じるかをアセスメントしたうえで、計画的に対策を講じていく必要があります。

3.適応において企業に求められる対応

これまでも、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)などの国際ガイダンスへの対応において、気候変動リスクやその対応策の検討を実施している企業は多くありました。しかし、気候変動対策や温室効果ガスの排出抑制に向けた緩和施策には技術的な解決策があっても、国際目標の達成は一企業の努力だけでは困難であり、エネルギー需要の増加や政治的な国際目標の合意についても難航しています。そのため、今後は先進国の責務として緩和施策と適応施策の同時推進が求められると推察されます。

各企業は、TCFDの提言に沿った気候変動リスクと機会に関する情報開示を実施してきています。2024年現在、世界では約4,000社以上の企業、日本では約1,000社以上が情報開示を行っています。シナリオに基づいた「物理リスク」の影響分析・対策が開示されており、企業における気候変動適応の取組みの1つであると言えます。一方で、開示の対応としては十分であっても、詳細な事業分析結果に基づいたリスクや機会の特定・評価や、具体的な対応策の検討・実行までを推進できている企業は少ないのが実態です。

適応に向けて各企業が実施すべき対応はいくつかの種類に分けられます。
主な対策は以下のとおりです。

(1)リスクに対する予防的対策

激甚災害などの発生を見据えた対策の開発、推進および計画立案・実践を通じた対応能力の強化
例:災害リスクマネジメント(BCP構築)、インフラ改善(行政による域内の早期警戒情報システム構築など)、地域資源の利用可能性検討 など

(2)既存製品・サービスの改良による適応対策

ハザードの増加や、環境変化を見据えた既存技術の活用や改善・改良による適応
例:農作物・動物品種改良、土壌保全技術の開発 など

(3)新規事業・サービスの開発

気候変動による環境変化・リスク事象を機会として捉え、新事業開発や行動変容を自発的に推進
例:環境変化を予測するツール開発、行動変容を起こすような新規サービスの開発 など

4.まとめ(経営層に求められること)

(1)緩和だけでなく「適応」をサステナビリティ経営・気候変動戦略のメインシナリオに組み込む

各社とも脱炭素(緩和)への取組みは経営課題として対応を進めていると思われますが、適応を重要な経営課題として定義している企業はまだ少ない状況です。気候変動がすでに顕在化しており、いかなる温度上昇シナリオであっても、それが加速していくという危機感を持ったうえで重要な経営課題であると捉え、経営戦略・事業戦略のメインシナリオとすることが重要です。

(2)環境・社会・経済の適応に向けて自社で何ができるか棚卸しを行う

気候変動の温度上昇シナリオを踏まえ、物理的リスクへの対応はもちろん、派生する社会・経済の影響に対して自社の事業・サービスや保有するリソースを活用し、「自社として何ができるか?」について棚卸しを行い、ワークショップなども通じて検討することが重要です。

(3)事業視点・現場視点のレジリエンス強化を奨励する

気候変動への適応はリスク主管部門(サステナビリティ・リスク管理・総務など)による分析・開示・方針だけでは成しえず、事業・現場との継続的な共同が不可欠です。全部門が取り組むべき課題として、トップからのメッセージとリソースを提供することが重要です。

(4)グローバルに広がる機会として捉える

さまざまな地域・産業が直面する適応に関するニーズを事業機会と捉え、自社の強みを活かして解決できるか?というイノベーションテーマとして位置付け、探索を行うことも有効です。

気候変動を自分事として捉え、緩和と適応の両輪で気候変動に向き合い対応していくことが企業として求められています。
本連載では、「気候変動適応」の最新動向やステークホルダーの動向など、持続可能な経営に必要な視点について、連載形式で解説していきます。

※本文中における数値については、以下の資料を参考にしています。

執筆者

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪

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