本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
EV充電器市場は、車両の普及を左右する主導的存在へと進化しています。中国と欧州の整備戦略の違いや急速充電の導入拡大、2030年に向けたインフラ整備の課題、そして運用力が問われる次の競争フェーズについて解説します。
充電器市場の変化
グローバルの充電器市場は、これまで車両の普及に左右される「従属的な存在」でしたが、現在ではむしろ車両の普及を左右する「主導的な存在」へと変化しつつあります。2018年から2024年にかけて、BEV(バッテリー式電気自動車)とPHEV(プラグインハイブリッド車)の累計台数は段階的に急増しました。
特にBEVが、この成長をけん引する中心的な存在となっています。公共充電器は、「普通充電」と「急速・超急速充電」の2つのタイプで拡大を続けていますが、地域ごとにその整備戦略には違いがあります。
【図表1】
出所:「Estimated number of electric vehicles in use worldwide between 2010 and 2024, by type」(Statista)、「Global EV Outlook 2025 」(IEA)を基にKPMG作成
グローバルの充電器の約6割は中国に集中しており、その中国では、主要15都市だけで全体の57%を占めています。つまり、中国の公共充電器は都市部に偏って設置されている傾向があります。これは、都市部に集中する充電需要と、政府主導による面的なインフラ整備がうまくかみ合った結果です。
こうした中国の集約型アプローチに対し、欧州ではより分散的で、規制を調和させながら進める手法が取られています。実際、欧州の公共充電インフラでは、上位15都市の設置割合は23%にとどまっており、都市への偏りが比較的少ないことがわかります。
【図表2】
出所:「Global EV Outlook 2025 」(IEA)、「Charging up China’s transition to electric vehicles: A dive into China’s public charging infrastructure deployment and comparison with Europe and the United States」(icct)を基にKPMG作成
2024年は大きな転換点となりました。グローバルで新たに設置された充電器の数が、2020年までの累計を上回ったのです。これは、充電インフラの供給側において、産業構造が「実証段階から量産フェーズへ」と移行し始めていることを示しているのではないでしょうか。
【図表3】
出所:「Global EV Outlook 2025 」(IEA)を基にKPMG作成
急速・超急速充電の導入比率には地域差がありますが、2030年に向けて多くの国がその比率を高める方針を打ち出しています。これは、長距離移動や商用車の電動化が次の成長ドライバーとみなされているためです。家庭外での充電については、「滞在型の普通充電で広くカバーし、移動型の急速充電で混雑や不足を解消する」という二段構えの整備が、世界的な標準となりつつあります。
【図表4】
出所:「Global EV Outlook 2025 」(IEA)を基にKPMG作成
各国が掲げる政策シナリオに沿ってBEVの普及が進むと仮定すると、今後少なくとも6年間、毎年100万基以上の公共充電器を新たに設置する必要があると試算されています。これは単なる数の目標ではありません。系統への接続、用地や電源の契約、設置場所の選定、決済システムの相互運用、そして保守・稼働率の最適化までを含む、複雑に統合されたプロジェクトを、各国市場で同時並行に進めていく必要があるということです。
そのため、競争優位を築くには、充電器機器メーカーやEPC(設計・調達・建設)企業だけでなく、地域の電力会社や配電網の運営者、決済・ID連携のプラットフォーム、そしてフリート事業者との連携力が重要になります。とりわけ充電器の稼働率の管理は、事業の収益性を左右する重要な要素です。設置密度や充電出力、駐車時間、周辺施設による集客効果などを、どれだけ精度高くモデル化できるかが成功の鍵となります。
【図表5】
出所:「Global EV Outlook 2025 」(IEA)を基にKPMG作成
結論として、グローバルの充電器市場は、これまでの「台数を増やすフェーズ」から、今後は“運用力”が問われる段階へと移行する可能性があります。具体的には、充電器の品質、相互運用性、そして電力インフラとの統合といった要素が、競争の中心軸になっていくと考えられます。
各国の政策シナリオどおりにBEVの普及が進むとすれば、今後6年間にわたり、毎年100万基以上の公共充電器を新設する必要があります。これは、単なる設備投資にとどまらず、施工・運用まで含めた前例のない規模のプロジェクトを、精緻に連携させながら進める“オーケストレーション”が求められるということです。
今後の競争で評価されるのは、単に充電器の設置台数ではなく、稼働率の高さ、優れた顧客体験、そして電力市場との連携によって生まれる付加価値を提供できるプレーヤである可能性があります。充電ネットワークが、自動車の付加価値の一部という位置付けから、都市インフラや電力システムの重要な構成要素へと進化するにつれて、事業の不確実性(ボラティリティ)は低下し、資本コストも抑えられるようになります。
今後は、充電インフラの価値を再定義し終えた地域や企業が、次の拡張フェーズを主導するポジションに立ち始めていくのでしょう。
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光