1.はじめに
「大学ランキング」……思わずつられてしまう人は多いでしょう。
2000年代以降、大学のグローバル化にともない、教育研究力を国際的な指標で測る大学ランキングが急増しました。評価基準の妥当性には議論の余地があるものの、ランキングは情報としてわかりやすく、世間の関心を引きやすいもの。上位を目指す大学や圏内にある大学には無視できない存在となっています。
しかし、今は「大学ユニバーサル化」の時代です。
アメリカの高等教育研究者マーチン・トロウは、大学の「エリート・マス・ユニバーサル」という三段階の展開説を打ち出し、進学率50%を超えたら「ユニバーサル化」に移行するとしました。大学進学率が59%を超える日本はすでにユニバーサル化の段階にあります。しかも、大学数は増加するのに少子化で進学者数は減少の一途です。
このような社会において、大学の質とはどうあるべきでしょうか。大学ランキングに見るような従来型の指標だけで、大学の価値は決まらないのではないでしょうか。
この大きな問題提起に対して、まずは大学がどのように質を担保しているのか、現状を見ていきましょう。
2.大学教育の質
日本の大学は、その設立や学部設置に際して文部科学省の認可を必要とする制度設計がなされています。1991年の大学設置基準の大幅な緩和以降、大学には教育課程や運営に関する裁量の自由が拡大されました(第2回参照)。同時にどのように大学を点検していくかが問われることになりました。
その答えの1つとして制度化されたのが「大学認証評価」です。2004年から義務化されたこの制度は、大学が教育・研究機関としての機能をいかに果たしているかを、自己点検と外部評価を通じて確認するものです。評価は、文部科学大臣が認定した5つの評価機関が担い、現在は制度開始から第4期(2025年度~)に入っています。
期を経るごとに、大学や関係機関は大学に内在する課題を認識し、自己点検・評価(内部質保証)の手法を模索してきました。教育課程の設計や教員の責任、ガバナンス体制、学生の学習成果の可視化といった観点が焦点化されてきましたが、その実質的な運用には依然として多くの課題があります。現在、ほぼすべての大学が認証を受けており、結果として認証評価が「選別」の機能を果たしていません。そのためか、社会における認証評価制度への関心も高くありません。今後は、質保証の実質化に加えて、社会に向けたわかりやすさの観点からも、分野別の体制や機能の評価が重点化される予定です。
【大学認証評価の変遷】
出所:KPMG作成
入学者の質管理から教育課程の管理へ
日本の大学入試は、個別入試を基本とする選抜制を取り、大学が独自に設定する試験により学生を選抜しています。一般入試が中心だった時代は、激しい受験競争を通じて一定の学力層を確保し、それによって大学教育の質が担保されてきた面がありました。しかし、現在の大学数は800を超え、少子化によって学生の確保が困難になっています。私立大学を見れば、入学定員を満たせない大学が半数以上にのぼっています※1。
こうした状況を背景に、総合型選抜(旧AO入試)や推薦入試など、多様な入試制度が拡大しています。これらは本来、大学の教育理念に沿った学生を選抜する手段であるべきですが、実態として早期囲い込みの手段となっているケースも少なくありません。結果として、多くの大学で入学者の学力水準にばらつきが生じ、従来の入口管理による大学教育の質の担保は難しくなっています。
このような環境下で大学に求められるのは、「入学を認めた学生に対して、適切な教育目標をかかげ、どのように目標を達成するのか」です。そこで、3つのポリシー(ディプロマ・カリキュラム・アドミッション、第2回参照)を明示し、教育課程全体で質を保証する方向に転換しています。また、オープンキャンパスでの模擬授業や高校への出前授業などで教育内容の事前の可視化を行い、大学の教育ポリシーに共感する学生とのマッチングを重視しています。
GPAによる成績の可視化
では、教育課程による成果はどのように示されているのでしょうか。
教育による学生の蓄積を可視化する手段として、ほぼすべての大学に導入されているのがGPA(Grade Point Average)です。これは、授業の成績を数値化し、一定の基準で平均を出す仕組みです。授業ごとの評価を4~0のスケールで表すことで、学生個人の学習成績を定量的に把握できます。
ただ、実際には企業は採用時にGPAはあまり重視していません。なぜなら、大学の成績評価は担当教員に委ねられており、採点の厳しさや評価基準が教員によって異なるため、GPA平均の意味を理解しにくい面があります。また、大学による絶対評価・相対評価の違いもあり、大学間の比較も容易ではありません。何より、GPAはあくまで「授業単位での知識の習得度」を示すものであり、授業内容を理解しない限り、社会的文脈での評価が難しいことがあげられます。大学は、シラバス(授業計画書)に授業目標や評価基準を明記して公開していますが、企業にそれらを読み込んで個別の判断を求めるのは現実的とは言えません。
学習成果を可視化するマイクロクレデンシャル
そこで、学習者が知っていること、できることを証明する「マイクロクレデンシャル」を、教育プログラムや履修証明に導入する大学も出てきました。マイクロクレデンシャルは、企業等の研修プログラムの証明にも使われ、大学と企業とのコンテンツ互換の可能性もあります。
こういった学習内容を証明する手段としてデジタル証明が普及してきており、代表例が「オープンバッジ」です。これは、受講者が身につけたスキルや学習成果をデジタルで証明する国際標準の仕組みであり、日本でも履修証明やスキル認定などへの導入が増加しています。オープンバッジは、企業との接点において視認性が高く、企業側も受講者が何を学んだかを把握しやすいという利点があります。ただし、バッジ自体が授業の質を保証するものではなく、あくまで「何を履修したか」の証明であるため、大学側がバッジの信頼性を高めるために教育設計を工夫する動きも見られます。
測定困難な力の証明
社会が求める能力は、知識だけではありません。論理的思考力、課題発見力、主体性、コミュニケーション力など、いわゆる「汎用的能力」は、大学教育の成果として明確に期待されていますが、その測定や証明は容易ではありません。
そのため、汎用的能力を測定することを目的に開発された民間のテストを導入する大学もあります。この場合も、テストで測れるのは汎用的能力の一部であり、受験者の心理状態やテストの設計思想に左右されるといった問題があります。
また、大学によっては、社会連携の取組みなどを通じた学生の実績を証明するため、大学公式の認定プログラムとして設定し、連携マイスターなどの称号を授与する取組みも見られます。このようなプログラムの多くは構想力や協働力といった汎用的能力を伸ばすものであり、知識習得以外の力を評価する側面もあります。しかし、関係する地域内や業界に限定されるため、全国的・横断的な可視性はあまり期待できません。
大学教育の可視化は何のためか
このように見てくると、現在、大学が社会に向けて提示している評価や証明の手段は、基本的に従来の大学の枠組みのなか、もしくは延長線上に成り立っています。
大学認証制度は、本来、自由化により生まれた大学の個性や強みを強化するものであるはずが、現行の制度は一定の枠組みのなかで改善を求める性質が強く、結果的に各大学が教育理念や地域性を育めるものとはなっていません。マイクロクレデンシャルは、企業と社会の単位互換には可能性がありますが、これも現状は、技術的スキルなど測定、可視化がしやすいプログラムが中心です。GPAは知識の数値化、オープンバッジは履修の記録です。今、社会が必要とする汎用性能力や人間力といった可観測でない力の証明方法はなく、これからの大学が果たすべき価値も伝えきれていません。
大学教育の可視化は、大学と社会との対話のきっかけです。単に成果を見せるのではなく、大学で今何が起きているのかを社会が知り、大学教育の変革プロセスそのものを共有すること。そして、そこに社会がどのように関与できるかという共創の仕組みを促進することが可視化の心髄ではないでしょうか。
次回は、大学の可視化の実践方法の1つ、大学の社会連携について取り上げます。
※1 「令和6(2024)年度私立大学・短期大学等入学志願動向 」(日本私立学校振興・共済事業団)
執筆者
KPMGコンサルティング
スペシャリスト(リードスペシャリスト) 田中 智麻