1.はじめに

大学とは・・・

「大学」と聞いて、どんなイメージが浮かぶでしょうか。
この質問に、多くの人は、自分自身の経験に照らして語り始めます。文部科学省の職員でも、企業の人事担当でも、そして大学の教員ですら例外ではありません。

しかし、果たしてその「経験」は、今の大学を的確に表しているのでしょうか。たとえば、いわゆる偏差値の高い大学を出た人が、現在の大学も当時と同じように機能していると思っているとすればそれは一面にすぎず、実際、今の大学は、かつての「大学」とはずいぶん異なる姿をしています。加えて大学全体に占める「偏差値の高い大学」の比率も、以前とは大きく変わっています。

その変化を知らずに語られる大学像が、政策や教育ビジネス、そして社会人の大学観に影響を与えているとしたら――。それは、大学の問題というよりも、社会全体にとってのリスクになりかねません。

本連載は、「大学教育とは何か」という根本的な問いを起点に、大学の内側にあるリアルとそれを取り巻く社会との関係を紐解いていきます。連載を通じて、両者のズレを可視化し、大学を社会の“公共財”として再構築する視点を、産業界をはじめとする社会の皆さまと共有できれば幸いです。

2.日本の大学の特徴

日本の高等教育は学部中心

大学教育について論じる前に、日本の大学の現状を簡単に整理しておきます。なお、高等教育機関とは、高等専門学校、専修学校、短期大学、大学(大学院)を含みますが、本連載では大学(大学院を含む)のみを対象として進めます。

現在、日本で大学として認定されているのは813校(2024年度、令和6年)。内訳は、国立大学86校、公立大学103校、私立大学624校です。大学は、1947年(昭和22年)に制定された学校教育法により、文部科学大臣の定める設置基準に基づいて設置することが義務付けられ、1956年(昭和31年)には、大学設置に必要な最低限の基準として「大学設置基準」が策定されました。大学数は、1947年の設置基準制定以降、一貫して増加を続けており(図表1参照)、1991年の大学設置基準の大綱化によって、大学の開設が容易になり、学部や学位の名称も大幅に自由化されました。

【図表1:大学数の推移】

日本の大学~世界と比較して見えてくる特異性_図表1

出所:「学校基本調査」(文部科学省)を基にKPMG作成

在学者数(学士から博士課程まで)は約290万人で、そのうち91%が学部生です。さらに、学部生のうち78%が私立大学に在籍しており、対照的に、博士課程在学者の68%は国立大学に在籍しています(図表2参照)。

【図表2:在学者の内訳】

日本の大学~世界と比較して見えてくる特異性_図表2

出所:「学校基本調査」(文部科学省)を基にKPMG作成

国際比較では、人口1,000人あたりの高等教育機関在学者数を見てみます。日本は30.4人に対し、アメリカは59.8人、イギリス42.8人、韓国61人と大きな差があります。さらに、大学院に限ると日本はわずか2.02人。一方、アメリカ9.38人、イギリス11.11人、ドイツ13人、韓国6.19人と、ここでも差は歴然です。世界では「高学歴」と言えば大学院修了者を意味するのに対し日本の高等教育は学部中心であり、その構造は国際的に見ると特異と言えます(図表3参照)。

日本も1990年代後半に大学院の重点化を図り、博士号取得者は一定数増加しました。一方で、博士号取得後の暫定雇用の研究者(ポストドクター)が増えた結果、行き場のないポスドクの実態が社会問題となり、2000年代半ばからは逆に博士課程進学者が減少に転じています。博士取得者の就職先は主に大学や国立研究機関に偏り、企業での受け皿は依然として限定的です。人材育成を社内で行う文化が根強く、博士人材の採用には慎重な企業が多いのがその理由です。こうした状況を受け、文部科学省は2024年、企業での博士人材活用を促す「博士人材活躍プラン」を打ち出しています。

【図表3:人口千人あたり高等教育機関在学者数と大学院在学者数】

日本の大学~世界と比較して見えてくる特異性_図表3

出所:「諸外国の教育統計」(文部科学省)を基にKPMG作成

少子化と大学入試

「在学者数」という言葉に馴染みがない方もいるかもしれません。日本では、高校卒業後の大学入学が通例で、2024年の大学入学者も98%以上が18歳または19歳です※1。そのため、従来「18歳人口の進学率」が大学の指標とされてきました。

しかし、18歳人口は、2022年の112万人から、2030年には105万人、2040年には81万人※2へと大幅に減少する見通しです。2024年度の大学進学率は過去最高の59.1%であり、専門学校等を含めた高等教育全体では87.3%です。大学進学率は今後も上昇傾向としても、そもそもの母数が減るため大学の存続そのものが危ぶまれる状況にあると言えます。

にもかかわらず、大学数は減るどころか増え続けています。この事実に違和感を覚える人もいるでしょう。大学の設置には文科省の認可が必要ですが、廃止については学生が在学中である限り、即時に閉鎖とはなりません。最近では学生募集停止のニュースも見られますが、大学は基本的に在籍学生の卒業まで責任を負う必要があります。とはいえ、入学者が減る一方で、現在の大学すべてが存続できるはずもなく、今後は淘汰が避けられないでしょう。

こうした現実を背景に、「大学全入時代」とも言われるようになりました。しかし、これは求人数が多くても就職希望者が減らないのと同様、「選ばれる大学」と「選ばれない大学」がはっきりと分かれることを意味しています。大学は“選ばれる”ためにさまざまな工夫をしており、その代表例として入試改革が挙げられます。

日本の大学入試は、大学の規模を問わず「推薦入試」「総合選抜」「一般入試(学力試験)」という3つの方式に大別されます。このうち、推薦や総合選抜は、高校3年生の12月までに入試を終えることができ、共通テストを経ずに進学が決まるため、早期に安心したい受験生や保護者に好まれる傾向があります。その結果、入試改革といえども多くの大学が他校と同様の方式を採用し、その方法は横並びとなっています。

4年で卒業はほぼ確実

この点はすでに大学を卒業した社会人の経験と大きくは変わらないでしょう。日本は比較的多くの卒業要件単位数を課していますが、新卒一括採用という雇用慣習は続いておりむしろ就職活動は年々早期化・長期化しています。

そのため、大学の多くは「キャリア教育」の名の下、初年次からの就職支援を行っています。インターンシップ教育と称する企業体験も、世界では主流の企業の一員として業務を体験するインターンシップとは異なる日本独特の“インターンシップ”であり、実態は早期就職活動の色彩が強いものです。

3年生になると実質的エントリーが始まり、就職ポータルサイト経由で簡単に多数の企業に応募できるため、学生は就職活動に膨大な時間を割くことになります。もはや大学4年間のうち後半2年間は就職活動が優先され、学業は後回しになることも珍しくはありません。

こうした状況に疲弊する学生を前に、教員も過度な負荷をかけることはできず、「就職が決まった学生を何とか卒業させたい」という思いが働くのも人情だと言えます。卒業論文の有無は大学により異なりますが、多くの大学で所定の単位と卒論で卒業が認められ、結果として大半の学生は4年間で大学を終え、社会に出ていきます。

今回は、大学の全体像を、入口(入試)と出口(卒業・就職)という社会との接続点から捉えました。では、大学の中身、すなわちその4年間で学生は何をしているのか。次回は、教育改革の実態に踏み込みます。

※1 「学校基本調査 令和6年度 」(文部科学省)より集計
※2 「人口動態調査 」(厚生労働省)より推計

執筆者

KPMGコンサルティング
スペシャリスト(リードスペシャリスト) 田中 智麻

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