国内の労働市場は、長期的には生産年齢人口が減少し、企業の人手不足がますます深刻化していくことが予想されます。前回は、スポットワークの今後の広がりについて考察し、スポットワークは市場として拡大しているだけでなく、生産年齢人口減少という社会課題を抱える日本において、重要な役割を担うと定義しました。今回は、スポットワークについてさらに考えを進め、スポットワークの利用が、企業における単純な労働力確保にとどまらず、各社の競争力の源泉となっていく点から考察します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りしておきます。
目次
1.はじめに
企業の競争力向上の可能性として、専門性/スキルを持つ「ベテラン人材」の確保が挙げられます。そのためには、労働力人口に占める割合が大きく、かつ長年の業務経験で蓄積された専門性/スキルの保有が期待できるミドル(40~54歳)およびシニア(55~64歳)層のポテンシャルを有効活用していくことが重要です。
「令和2年賃金構造基本統計調査の概況」(厚生労働省)によると、ベテラン人材の専門性やノウハウを持つと考えられる係長・課長級の年齢は40代であり、かつ「マイナビ 企業人材ニーズ調査2024年版」(マイナビ)によると、採用にあたって期待する点は、ミドル(40~54歳)・シニア(55~64歳)ともに「経験値・スキル」がトップ(それぞれ50.2%、44%)であることから、本稿ではミドル・シニアをベテラン人材として定義します。
現在、AIをはじめとする技術革新等の影響で企業の求める専門性/スキルは急激に変化しています。社内のミドル・シニア層が持つ既存のノウハウをそのまま活かし続けることが困難になっている一方、ミドル・シニア層の流動性の低さから中途採用で新たに獲得することも難しい状況であるため、このままでは企業の競争力低下が懸念されます。
そのため、本稿では、「ベテラン人材として活躍できるミドル・シニア層」の新たな確保に向けたスポットワークの活用可能性に注目し、そのために企業が取るべき対応について検討します。なお、今回の検討では、すでに存在する顧問紹介等のハイレイヤー向けプロシェアリングサービスの対象とはならないものの、一定の専門性/スキルを有するベテラン人材層を、主なスコープとして想定しています。
2.人材獲得に関する企業の課題
ビジネス環境が激しく変化するなかで、競争力向上に向けた「一定の専門性/スキルを有するベテラン人材」の確保の必要性が高まっています。しかし、こうした人材を、中長期雇用を前提とした採用・育成のみで確保することは難しくなっています。
また、企業が必要とする専門性/スキルの変化もあり、社内人材の持つポテンシャルだけではすべてのニーズに応えるのが容易ではなくなっています。しかし、新卒の若手社員は人材流動性の懸念があり、採用後の長期的な育成によって新たに必要となる専門性/スキルの獲得を図り続けることは困難になっています。
中途採用においても、「ベテラン人材」として一定の専門性/スキルの保有が期待されるミドル・シニア層に関しては、45歳以上の年齢別転職者比率は過去10年間で微増傾向にあるものの、依然として20代後半~40代前半と比較すると低位にとどまっている※1ことから、相対的に人材マーケット自体が活性化しておらず、獲得が難しい状況だと言えます。
年齢階級別の転職者比率を下図に示します。ここでの「転職者」とは「就業者のうち前職のある者で、過去1年間に離職を経験した者」のことです。「転職者比率」とは「就業者に占める転職者の割合」のことを指します。
【年齢階級別の転職者比率(25歳以上)】
出所:「労働力調査(詳細集計)2024年(令和6年)平均結果」(総務省統計局)を基にKPMG作成
3.ベテラン人材の働き方の変化
なぜベテラン人材マーケットが伸び悩んでいるのか、原因について供給・需要各サイドの観点から考察します。まず、供給サイドであるベテラン人材側からすると、(1)キャリア終了への意識の強さ(2)ラーニング意欲の低さ(3)新規就業環境へのチャレンジ意欲の低さにより、積極的に人材マーケットに進出しようとしていないことが考えられます。
50代の多くが60代前半での就業終了を想定し、40代後半以降は過半数の人がキャリアの終わりを意識していることから、ベテラン人材は自身のキャリア終了に対する意識が強い傾向がうかがえます※2。
(2)ラーニング意欲の低さ
20代以上の労働者における自己啓発の実施割合は年代が進むにつれて低くなり、40代、50代は60代に次いで低位となっていることから、ベテラン人材のラーニング意欲は相対的に低い状況です※3。
(3)新規就業環境へのチャレンジ意欲の低さ
20代以上の労働者の転職意向および独立・起業意向は年代が進むにつれて低くなり、20、30代と比較して40、50、60代は低位であることから、ベテラン人材の新規就業環境へのチャレンジ意欲は相対的に低いと言えます※4。
次に、需要サイドである企業側から考察してみます。ベテラン人材に対する(1)条件の不一致(2)人材コスト高(3)求める水準の曖昧さ、などの懸念等により、外部からの獲得に慎重になっていることが想定されます。
(1)条件の不一致
ベテラン人材は専門性が高い一方で、変化適応力は相対的に低く、長期的に満足のいくポジションや役割を提供し続けられるかが懸念されます。「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(パーソル総合研究所、2021年)によると、20代以降の変化適応力は40、50代が他の年齢層と比較して低位であり、50代前半が最も低くなっています。
(2)人材コスト高
ベテラン人材は一般社員と比較して人件費単価が高く、採用後の長期的な給料等の支払いによりコストが増加することが懸念されます。「マイナビ 企業人材ニーズ調査2024年版」(マイナビ)によると、採用にあたっての懸念点は、ミドルは労働対価(給与)が23.3%でトップとなっています。
(3)求める水準の曖昧さ
ベテラン人材には、専門性を要する業務や、単純作業ではない企画/管理等の業務の遂行が期待されるため、成果物に求める品質や、その担保に必要な専門性/スキルの水準を明確に定義することが難しく、保有する経験と知識を自社内で最大限に活かすことができるかが懸念されます。
今後のベテラン人材の働き方の意向の変化
一方、今後は、(1)就業期間の長期化(2)キャリア自律の促進(3)副業・兼業の促進(4)AI等の急激な技術革新、といったマクロ環境の変化により、ベテラン人材のキャリア終了に対する意識が薄くなり、ラーニング意欲や新規就業環境へのチャレンジ意欲が向上することで、積極的に人材マーケットに出ることを志向する人が増えると予想されます。
(1)就業期間の長期化
人手不足が続くなかで、2021年に施行された高年齢者雇用安定法の一部改正により企業には70歳までの就業機会確保の努力義務が課せられ※5各社の対応も進むことから、今後は労働者の就業期間が長期化し、ベテラン人材のキャリア終了意識は低下すると考えられます。
(2)キャリア自律の促進
労働者が仕事の目的ややりたい仕事を自身で考えて設計し、実現に向けて行動できる「キャリア自律」に向けた支援が厚生労働省の委託事業として行われており、かつ企業における取組みの検討も進められていることから、ベテラン人材の自主的なキャリア検討・形成が進むと考えられます。
(3)副業・兼業の促進
2018年に厚生労働省による「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が発表された後、副業・兼業を容認する企業が増加しています。たとえば、「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」(パーソル総合研究所、2023年)によると、2023年時点における企業の副業容認率は60.9%であり、2018年より10pt増加しています。副業・兼業を通じて社外の労働機会の探索を図ることができるベテラン人材が増えると想定されます。
(4)AI等の急激な技術革新
AI等の技術革新によりビジネス環境が急激に変化し、企業の事業戦略/戦術が変わることで、ベテラン人材がこれまで培ってきた専門性/スキルを所属企業内では活用できなくなる可能性があります。
4.企業のベテラン人材確保におけるスポットワークの新たな可能性
【現在のスポットワーク利用状況】
出所:「スポットワークは働き手「31.4万人」分の力を生み出している(2024年11月26日)」(リクルートワークス研究所)、「スキマバイト/スポットワークに関する定量調査」(パーソル総合研究所、2025年)を基にKPMG作成
上図が示すとおり、現在のスポットワークはミドル・シニアの利用者は少なく、専門性/スキルを要しない仕事が主となっています。
しかし、今後はベテラン人材のマーケット進出が活発化することで、専門性/スキルを有するベテラン人材のスポットワーク登用が増加するかもしれません。スポットワークであれば、(1)条件の不一致(2)人材コスト高、といったベテラン人材特有の企業側の課題が解決され、大きな市場ポテンシャルにつながる可能性があります。
(1)条件不一致の解消
スポットワークはその性質上、長期的に満足のいくポジションを提供し続ける必要はありません。雇用期間中に限り必要なポジションの一致を図ればよく、ベテラン人材の求める条件との不一致は起こりにくいと考えられます。
(2)人材コスト高
スポットワークであれば必要な期間に限った契約となるため、長期的な雇用に求められる継続的な人件費の支払いが不要であり、コスト削減が可能です。
ただし、ベテラン人材の登用には、単純作業を超えた管理/企画系業務の遂行も考えられるため、時間/日次単位の単発契約を前提とした現在のスポットワークの在り方ではなく、短期ではあるものの一定期間の継続を前提とする契約や、企業/人材双方のニーズマッチ次第ではアサイン終了後に長期雇用/委託契約へシームレスに切り替えられる仕組みができる等、新しいスポットワークの在り方に変わっていくことが前提となります。
また、ベテラン人材に対する企業側の懸念点の1つである、(3)求める水準の曖昧さの解消に向けては、「タスク明確化」により今後対応していく必要があります。これについては、詳細を次項で解説します。
【供給/需要サイド双方の変化を踏まえたスポットワーク市場でのベテラン人材確保の可能性】
出所:KPMG作成
5.スポットワークでのベテラン人材獲得に向けて企業に求められる対応
【スポットワークでベテラン人材を獲得するために必要となる企業の対応】
出所:KPMG作成
(1)業務の切り出し
タスク明確化:
業務の内容/進め方が明確な定型業務に限らず、非定型業務の領域まで業務の切り出し範囲を拡大することで、ベテラン人材のポテンシャルを有効活用できると考えられます。そのためには、非定型業務についてもタスクを明確化すべく、アウトプットや期待値、遂行方法を定義したうえで、一定期間内で遂行可能な単位にまで分解することが必要です。
なお、労働条件や契約内容が不明確な場合、労働者とのトラブルが発生するリスクもあるため、明確にしたうえで、ワーカーに対して事前に丁寧な説明を行うことも重要です。
(2)業務遂行における品質管理
前提となるナレッジ/情報の提供:
外部のベテラン人材が保持する専門スキル/ノウハウを十分に発揮してもらうためには、業務遂行に必要となる業界特有のナレッジや社内情報(関係各部署/チームの所管事項や過去の検討経緯等)の範囲を定義し、事前にインプットする仕組みを構築することが必要です。
達成状況の監督:
限られた契約期間内での業務達成担保に向けては、監督者が成果物状況を管理し、適宜指示・修正できる状態にしておく必要があるため、あらかじめ、作業マイルストンをすり合わせる、共有クラウド上で作業を行う等、成果物作成状況を監督者が適宜確認できる環境を整えておくことが重要です。
(3)契約終了後のリスク管理
情報漏洩リスク管理:
共有した社内情報を、契約終了後に社外で悪用されない仕組みづくりが必要です。
ベテラン人材は所属元企業にて一定の権限のある役職(現場リーダーポジション等)や、専門性・重要性の高い領域(研究開発等)に属している場合もあるため、秘密情報を社外で悪用された場合は企業競争力低下につながるリスクが高いと言えます。
漏洩リスク低減に向けては、あらかじめ共有すべき情報範囲を必要最小限に限定するとともに、秘密保持契約の締結や、現在のスポットワークの主流である直接雇用型の場合は就業規則上の規定等により、業務期間終了後の秘密保持義務を明確化しておくこと、およびテクノロジー活用による情報持ち出し防止対策を実施すること等が重要です。
(4)受入の土台作り
円滑なチーム体制構築:
ベテラン人材は、高い専門性/スキルを有する一方、長年の経験に基づく自身のやり方へのこだわり等からチームワークをうまく発揮できないケースもあるかもしれません。そのため、個人の成果管理だけでなく、社内人材も含めた「チーム」としてのパフォーマンス最大化に向けた受入体制の構築が必要です。
チームパフォーマンス最大化に向けては、ベテラン人材に対してチームの達成目標をしっかりと共有したうえで、業務遂行中にチーム内でフラットな意見交換を行えることが重要です。あらかじめ社内チームメンバー向けに、ベテラン人材に対するコミュニケーションマインドの浸透を図るなどの対応も有効でしょう。
スキマバイトに関するサービスを提供するタイミー社でも、ミドル・シニア層の専門性/スキル活用の重要性について言及しており※6、ベテラン人材のスポットワークへの活用は、企業の競争力向上につながる人材確保の可能性の1つになるかもしれません。
6.おわりに
※1:「労働力調査(詳細集計)2024年(令和6年)平均結果」(総務省統計局)
※2:「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(パーソル総合研究所、2021年)によると、50代のうち、就労希望年齢が65歳以下と答えた人の割合は67.4%でした。また、「日本で働くミドル・シニアを科学する」(パーソル総合研究所、2017年)によると、45.5歳以降、「キャリアの終わりを意識している」人の割合が「キャリアの終わりを意識していない」人の割合を上回っています。
※3:「令和5年度能力開発基本調査 調査結果の概要」(厚生労働省)
※4:「グローバル就業実態・成長意識調査」(パーソル総合研究所、2022年)によると、日本における転職意向は20代:41.5%、30代:30.5%、40代:25%、50代:18.5%、60代:14%であり、独立・起業意向は20代:27%、30代:26.5%、40代:19%、50代:16.5%、60代:11%となっています。
※5:「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」(厚生労働省)
※6:「タイミーが切り開くミドルシニア・シニア世代の新しい働き方」(スポットワーク研究所(株式会社タイミー))
※図表【年齢階級別の転職者比率】参考資料:「労働力調査(詳細集計)2024年(令和6年)平均結果」(総務省統計局)
※図表【現在のスポットワーク利用状況】参考資料:「スポットワークは働き手「31.4万人」分の力を生み出している(2024年11月26日)」(リクルートワークス研究所)、「スキマバイト/スポットワークに関する定量調査」(パーソル総合研究所、2025年)
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執筆者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 井城 裕治
アソシエイトパートナー 松本 友之
アソシエイトパートナー 山田 伸一
ストラテジーマネジャー 高野 啓介
ストラテジーアソシエイト 岡本 真奈