【連載】AIを活用した不正会計リスク検知モデルの開発―青山学院大学との共同研究 (第2回)
青山学院大学とあずさ監査法人との共同研究について、青山学院大学の矢澤憲一教授と、あずさ監査法人 Digital Innovation本部の宇宿哲平パートナーとの対談をシリーズでお伝えしています。第2回は、研究成果の実務への応用可能性やAIを用いた不正リスク検知研究の将来について紹介します。
あずさ監査法人はAIを用いた不正会計リスクの検知モデルを青山学院大学と共同で研究しています。対談の連載第2回では、研究成果の実務への応用可能性や将来の展望について紹介します。
不正会計リスクの検知におけるAI技術の進展は、企業の透明性を高め、金融市場の健全性を維持するうえで重要な役割を果たすと期待されています。青山学院大学とあずさ監査法人はこの期待に応え、AIを用いた不正会計の検知モデルを共同で研究しています。共同研究の成果が現場で役立つだけでなく、その開発プロセスや得られた知見が、将来的にさらに広範な領域に応用できると考えられます。
本企画では、研究をリードする矢澤憲一教授(青山学院大学)と宇宿哲平パートナー(あずさ監査法人)にインタビューを行いました。共同研究の背景や概要にフォーカスした第1回の要旨は、以下のとおりです。
- 財務データを補完するかたちでテキストデータを用いることで、不正リスクの検知モデルの精度が向上する。これは、有価証券報告書などで企業が提供するテキストに、数値データでは捉えきれない企業の意図や隠蔽の兆候が含まれている可能性を示唆している。
- 不正を行った企業が開示するテキストの特徴として、(1)MD&A(経営者による財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況の分析)のトーンがネガティブ、また複雑で比率などの割合に関する表現が少ない、(2)リスク情報がポジティブで第三者への言及が多い、(3)コーポレートガバナンスにおいてポジティブワードが少なく、読みやすいが企業固有の表現が少ない、という特徴が見出された。
第2回となる今回は、研究成果の実務への応用可能性や、生成AIを用いた不正リスク検知研究の将来について紹介します。
矢澤 憲一氏 青山学院大学 経営学部経営学科 教授 会計・監査・ガバナンスに関する実証分析、財務報告に関するテキスト分析が専門。テキスト分析の可能性に魅せられ本格的にプログラミングを学び、現在は研究のメインフィールドとしている。大学では財務会計、簿記の講義を担当。ゼミではテキストマイニングやAIなど最新の分析ツールを用いて研究活動に取り組み、大学生の研究発表大会「Accounting Competition」において2年連続で最優秀賞獲得などの実績がある。 |
宇宿 哲平 有限責任 あずさ監査法人 パートナー 金融、商社、IT等、幅広い業種の会計監査業務に従事し、現在は、Digital Innovation本部にて会計監査向けデータ分析、AI研究開発・活用をリード。不正リスク検知モデルの開発や生成AIを活用したソリューション開発を推進している。AI開発やガバナンスの知見を活かし、AI Assurance Groupリーダーとして、大手企業、金融機関向けにAI/AIガバナンスの評価、ガバナンス構築アドバイザリーを提供。 |
不正会計の検知モデルは次のアクションにつなげられるかが重要~研究成果の実務への応用
矢澤氏:共同研究では、双方で実務への意味付けなどを議論しながら研究ができたことに価値を感じています。基礎研究と応用研究を同時に進めているような状況でした。通常、学術的な研究は基礎研究として、理論として一般化できるか、我々の知識にどういった新たな知見を得られるかが評価基準になっています。一方、実務家の方は、ビジネス、クライアントに価値提供できるかの視点、つまり応用研究の方から物事を見ているのが良い刺激になりました。
宇宿:我々実務家は、開発したモデルを使って実務がより良く変わることを求めています。会計不正リスクへの対応に社会の期待が高まっているなか、不正リスク検知で予測結果が的中するというだけではなく、より深堀すべき領域を示すなど、次のアクションにつながるモデルが必要とされています。すでに法人で活用しているFraudRiskScoring_aiでも、より有用なアクションにつながるよう改良を重ねてきました。最近追加した機能では、会社ごとにスコアへの影響が高い要因を特定でき、必要な監査手続につなげることができます。さらには、どの過去事例の影響でスコアが高くなっているかを示す手法も開発しており、この手法を用いると不正の未然防止・早期対応にも有用で、例えば、不正調査報告書を読んで、似たような状況にあるクライアントに対して注意喚起するなどの具体的な対応ができます。
本研究の成果は、これまで活用してきた財務データではなく、テキストデータという新たな切り口で不正リスクへアプローチできることを示せたことです。この結果を活用して、さらなるアクションにつながるモデルができることは大きな価値と考えています。
生成AIの進化と活用可能性
宇宿:矢澤先生は、モデルができたら「できたモデルで何が見えるか」を重視しておられました。我々実務家も、研究を通して得られる知見が重要であると感じています。今回の研究で、モデルに使用する変数を作成する過程で生成AIを活用したことで、さらにモデルの精度が上がることがわかりました。こうした研究プロセスから得られた知見が、将来にさらに広く応用できる可能性があると期待しています。
矢澤氏:今回の研究で大きな可能性が見られたのは、生成AIを活用したテキストのトーン分析ですね。これは、GPT-4o mini1を使用し、テキストのトーンを判定するものです。これまでの手法では文脈が考慮できないという課題がありましたが、生成AIを活用することで、同じ単語が使われていても文脈によって異なるトーンを捉えた分析が行えるようになりました。具体的な手順としては、テキストを文単位に分割し、生成AIでポジティブ、ネガティブ、ニュートラルの判定を行い、割合を計算します。この生成AIで生成した言語変数を加えることで、精度評価の基準であるAUC(1に近いほど精度が高い)が0.907から0.912に向上しました(第1回)。今後、他の変数への展開が期待されています。
機械学習モデルの魅力~テクノロジーが変える不正リスクとの向き合い方
矢澤氏:生成AIの活用も含め、機械学習では事前に仮説を設定しなくても、データがあれば有効な変数を探し当てることができるため、「こんな変数が不正の兆候になるかもしれない」という知見を得られることによって、我々の知識もアップデートされます。現場でも監査リスクとの向き合い方が変わるのではないでしょうか。
宇宿:実務の観点から言いますと、現時点では、AI(機械学習)だけで不正をすべて発見できるわけではありません。しかし、デジタルの活用は有力な武器であり、リスクをタイムリーに示すことで早期発見につなげられることを期待しています。さらに、モデルの精度を高めることで不正のけん制効果も期待しています。そして、モデルを通じた知見の蓄積と活用により、将来的には不正の予防にもつながると考えています。
矢澤氏:私は、研究によって得られたデータが企業の将来の業績にどのように関連するかを検討してきましたが、先述のテキストのトーンが業績に与える影響について注目しています。1~2年後の業績に影響があるとする海外の研究成果がありますが、日本に当てはめると4~5年先に影響が見られるという結果でした。トーンには企業の本質が現れ、長期的な業績予測に役立つ可能性があります。一方で、「こういうことを発表したら、情報の出し手の行動が変わるのではないか(トーンをコントロールしよう)」「イタチごっこではないか」などと言われることがあります。そういう時によく私が言うのが、ヒトの行動は、完全に制御できない場合や、意図せずやっている場合もあるということです。機械学習モデルはヒトが意図せざるものがわかったりするのが魅力です。今後も生成AIなど、最新のテクノロジーを使った不正発見の可能性を探求していきたいと考えています。
宇宿:有価証券報告書や統合報告書で企業が開示する非財務情報、特にテキストデータはますます拡充されています。現在は有価証券報告書内の文章を対象にしていますが、将来的にはより幅広いテキスト情報を活用することが可能となると期待しています。例えばIRや広告などの文章でも生かせそうで、このような分野でも発展させていきたいですね。
知見の融合とリスペクト~共同研究成功の秘訣
矢澤氏:我々は、共同研究の成果を2024年8月の日本会計研究学会で発表しました。日本の会計研究の領域では、まだまだ共同研究の文化が根付いていません。しかも、実務の方との共同研究というと、私は数えるほどしか知りません。そのようななか、発表に多くの研究者の方に足を運んでいただけたのはひとつの収穫だったと思います。学会のフリーディスカッションでは「どうやって共同研究を進めているか」という質問が多く寄せられました。これは、実務家と研究者が異なる視点から協力して研究に取り組む価値を再確認するものでした。
宇宿:発表する前は、ニッチな領域の発表で興味を持つ人はどれくらいいるだろうと不安がありましたが、多くの方に聞いていただき、質疑も時間に収まらないくらい頂きましたね。
矢澤氏:研究が成功かどうかは我々で判断するものではありませんが、当初の計画通り、またそれ以上の成果が得られていると、現時点では思います。プロジェクトの目的が明確であったこと、「良いプロジェクトにしよう」という気持ちが双方にあったことが大きかったのではないでしょうか。お互いにリスペクトし合う姿勢も重要でした。知人から「研究者一人で、実務家の先生方と進めるのは大変ではないですか」と聞かれたことがありますが、「いやいや、教えてもらえることがたくさんあり、とても楽しいです」と答えました。
宇宿:矢澤先生はこれまでも企業の開示情報のテキスト分析に取り組まれているため、このエリアに関する幅広い知見をお持ちです。過去の研究で構築されたテキストのデータベースも活用させていただきました。一方、法人内には不正対応の専門家もいますので、そうした専門家の意見も取り入れながら、随時ディスカッションし、モデルをアップデートしていきました。矢澤先生からの学術的知見と、我々の実務的知見を融合させたことが成果に結びついたと思います。
最終回となる次回は、若手メンバーも交えた対談形式で、共同研究において印象に残った出来事や研究の進め方の工夫について紹介します。
1:GPT-4は、米Open AI社の登録商標です。
執筆者
あずさ監査法人
Digital Innovation本部