【連載】AIを活用した不正会計リスク検知モデルの開発―青山学院大学との共同研究(第3回)

青山学院大学とあずさ監査法人との共同研究について、青山学院大学の矢澤憲一教授とあずさ監査法人 Digital Innovation&Assurance統轄事業部の宇宿哲平パートナーの対談をシリーズで紹介しています。第3回は若手メンバーを交えた鼎談を通じ、共同研究での工夫や印象に残った事を紹介します。

あずさ監査法人はAIを用いた不正会計リスクの検知モデルを青山学院大学と共同で研究しています。対談の連載第3回では若手メンバーを交え、共同研究の進め方の工夫について紹介します。

AIを活用した不正リスク検知モデルの開発には、企業の透明性を高め、金融市場の健全性を維持するうえで大きな期待が寄せられています。青山学院大学とあずさ監査法人が共同で実施した不正会計リスクの検知モデルの研究について、研究をリードする矢澤憲一教授(青山学院大学)をお招きして行った本対談では、これまで以下のような研究成果について紹介しました(第1回第2回)。

  • 財務データに加えテキストデータを活用することで、不正リスク検知モデルの精度が向上する
  • 不正を行った企業が開示するテキストの特徴を分析することで、具体的な対応策が導き出される可能性がある
  • 生成AIの活用により、テキストのトーン分析が可能になり、研究の進展が期待されている

さらに、研究者と実務家による共同研究は事例が少ないものの新たな知見をもたらす可能性があり、注目が集まっている一方、その過程には独自の課題や難しさも存在します。最終回である今回は、あずさ監査法人の宇宿哲平パートナーに加え、若手メンバーも交えて、共同研究において印象に残った出来事や進め方の工夫について語り合います。

AIを活用した不正会計リスク検知モデルの開発―-青山学院大学との共同研究 (第3回)図表01

矢澤 憲一氏

青山学院大学 経営学部経営学科 教授

会計・監査・ガバナンスに関する実証分析、財務報告に関するテキスト分析が専門。テキスト分析の可能性に魅せられ本格的にプログラミングを学び、現在は研究のメインフィールドとしている。大学では財務会計、簿記の講義を担当。ゼミではテキストマイニングやAIなど最新の分析ツールを用いて研究活動に取り組み、大学生の研究発表大会「Accounting Competition」において2年連続で最優秀賞獲得などの実績がある。

AIを活用した不正会計リスク検知モデルの開発―-青山学院大学との共同研究 (第3回)図表02

宇宿 哲平

有限責任 あずさ監査法人 パートナー

金融、商社、IT等幅広い業種の会計監査業務に従事し、現在は、Digital Innovation&Assurance統轄事業部にて会計監査向けデータ分析、AI研究開発・活用をリード。不正リスク検知モデルの開発や生成AIを活用したソリューション開発を推進している。AI開発やガバナンスの知見を活かし、AI Assurance Groupリーダーとして、大手企業、金融機関向けにAI/AIガバナンスの評価、ガバナンス構築アドバイザリーを提供。

AIを活用した不正会計リスク検知モデルの開発―-青山学院大学との共同研究 (第3回)図表03

服部 大地

有限責任 あずさ監査法人 アシスタントマネジャー

Digital Innovation&Assurance統轄事業部で、データサイエンティストとして会計監査向けのデータ分析やAI研究開発を担当する。AI開発の知見を活かし、不正リスク検知モデルの共同研究に参画。自然科学分野の研究に携わっていた経験から環境問題に関心があり、現在はサステナビリティ関連の業務にも多く携わっている。

共通の目標は明確にし、後はディスカッションをしながら進める~共同研究の進め方

矢澤氏:もともと「不正リスク検知モデルを作る」という共通の目標があって、後はディスカッションをしながら進めていきましたね。研究契約を最初に結び、ベースを守りつつ修正しながら取り組みました。それほど意見の相違なく合意ができ、特に問題もなく進められた印象です。長期的なプロジェクトであり、かつ双方の所属機関も異なることから、スケジュールやタスク管理を効率的に行うことが重要なのですが、あずさ監査法人の方々はプロジェクトベースの活動に慣れておられるので心強く、よく助けていただいています。

宇宿:大きな分析の方針は双方で話し合って決めていますね。矢澤先生と私はリーダーとして、異なる視点から分析の方向性や進行を管理しています。あずさ監査法人側のチームは、データサイエンティストと公認会計士が混在しています。分析の方向性が決まった後はアイデア出しやブレインストーミングを行い、具体的なタスクを決めていきます。作業については特定の分担を設けず、公認会計士のメンバーにもプログラムの作成を担当してもらうなど、フレキシブルに進めています。

矢澤氏:企業では役割分担ががっちり決まっているかと思っていたのですが、おっしゃるように役割がフレキシブルで、始めのころは具体的に誰が何をしているのか戸惑うこともありました。

宇宿:データサイエンティストも公認会計士もどちらも有価証券報告書を読むし、どちらもプログラミングをしますからね。それぞれがやりたいタスクに手を挙げる、という感じなので戸惑われたかもしれません。

矢澤氏:しかし、やっていくうちにお互いの得意分野がわかり、進めやすくなりましたね。そういう人の能力開発はどうしているのですか。大学でも1年生、2年生にプロジェクトベースの学習をさせていますが、個人の主体性と教えることのバランスを取るのが難しいです。

宇宿:データサイエンスの領域では特に決まった形はなく、希望する人は自分たちで調べながらやっています。また、チーム内で勉強会・輪読会を開催し、データサイエンティストも公認会計士も隔たりなく学んでいます。

服部:チームメンバーはセミナー動画などを見て自主的に学び、実践で経験を積んでいます。学ぶ意欲が高い人が多いですね。生成AIの背景を理解したいですし、ビジネスモデルなども都度理解しながら、嗅覚を鍛えつつ実務に努めています。

矢澤氏:タスクと分担が決まっていない場合、忙しい時の分担が問題になることがありますが、どうしているのですか。

服部:皆、高いモチベーションを持って取り組んでいるため、密にコミュニケーションとりながら分担を決め進めています。とはいえ、忙しい時は時間の使い方が難しいのも事実です。やれるときに何をやればよいのか、タスクの洗い出しをして明確にしておくことを意識しています。

矢澤氏:興味があるメンバーを集めることも重要ですね。

AIを活用した不正会計リスク検知モデルの開発―-青山学院大学との共同研究 (第3回)図表04

共同研究のメリット・デメリットと工夫した点

矢澤氏:共同研究では異なる視点から現象を分析することが重要と感じました。特に、監査の現場でモデルを開発し、自分たちで使用する前提に立った場合にどのような課題が生じるかを知ることができるのは、学術的な研究にとっても非常に有意義です。もちろん、共同研究には難しい点もありました。例えば、不正リスクが高まった要因を特定するデータが知りたくても、監査法人の守秘義務があるために具体的なデータが提供されないことがあります。こうした場合は、不完全なデータを使うための工夫が必要になることもあります。

服部:共同研究では組織内のプロジェクトに比べ頻繁なコミュニケーションは難しいという課題もありました。研究の対象としているのは自然言語であるため、パターンの抽出などが難しく、分析に関する試行錯誤が必要でした。しかし、試行錯誤するうえで細かなやりとりをしたくても、矢澤先生とのコミュニケーションは頻繁にはできません。このため、あずさ監査法人側では週次でミーティングを行い、試行錯誤の過程や地道な基礎分析などの情報をまとめておくことで、共同研究のミーティングの生産性を向上させるよう努めていました。

宇宿:アジャイル的な進め方を取り入れ、出てきた結果を見てから次のステップを決めていくことが多かったですね。こうした経験はチームメンバーの成長にもつながったと思います。服部さんは研究を通じてどのようなことを感じましたか。

服部:自然言語のパターン抽出は一筋縄ではいかず、大量の開示やベストプラクティスとなるテキストを読む必要があります。その過程で、どのような記述が読みやすいかといった「ものさし」が自分の中で形成されてきました。この研究では、生成AIを用いてテキストから特徴を抽出することを試みていますが、具体的な指示を出さないとAIは良い回答を返しません。そのため、チーム内で人間が考えた仮説をデータに基づいて具体化することの重要性を実感しています。

それぞれの立場から目指す研究のゴール

矢澤氏:5年前の自分に「5年後何をしているか」を問いかけても、テキストマイニングやAIを使った研究をしているとは思いもよらなかったです。私が好きな言葉として、スティーブ・ジョブズのスピーチにもあった
“connecting the dots”があります。人生は一つひとつの点をつなぐことでストーリーが生まれます。このプロジェクトもその一部と考えています。私自身の研究もそうですし、今回の共同研究も、点と点をつないでいくプロセスのひとつであり、生成AIの発展で論文の書き方や研究のやり方も変わっていくことを楽しみにしています。

宇宿:私たちは、不正リスク検知モデルが実務に具体的なアクションをもたらすことを目指しています。改良を重ね、不正会計の予防や早期発見の効果を期待しています。

服部:公認会計士とデータサイエンティストの視点を融合させることで、新しい発見や知識の獲得を目指していきたいです。

AIを活用した不正会計リスク検知モデルの開発―-青山学院大学との共同研究 (第3回)図表05

あずさ監査法人は、これからも大学などの研究機関と協力し、企業・社会への提供価値を高めていきます。

執筆者

あずさ監査法人
Digital Innovation&Assurance統轄事業部

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