組合等の市場価格のない株式の時価評価~VCファンド等への出資に関する金融商品実務指針の改正の概要~
旬刊経理情報(中央経済社発行)の2025年5月1日号(No.1742)にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
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この記事は、「旬刊経理情報(中央経済社発行)2025年5月1日号(通巻No.1742)」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
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【この記事のエッセンス】
- 移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」の改正により、一定の要件を満たす組合等への出資は、当該組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者の子会社株式及び関連会社株式を除く)を時価評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とすることが認められることとなった。
- 適用時期は、2026年4月1日以後開始する年度の期首からであり、2025年4月1日以後開始する年度の期首からの早期適用が認められる。また、適用初年度の経過措置が設けられている。
はじめに
企業会計基準委員会は、2025年3月11日に改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」(以下、「本改正実務指針」という)を公表した。本改正実務指針により、一定の要件を満たす組合等への出資は、当該組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者の子会社株式および関連会社株式を除く)を時価評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とすることが認められることとなった。
本稿では、本改正実務指針の概要を解説するとともに、想定される実務への影響について述べる。なお、本稿は2025年3月末時点の情報に基づいており、文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを申し添える。
改正の背景
1.改正前の会計処理
移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」(以下、「金融商品実務指針」という)132項のもとでは、企業が投資する組合等の構成資産が金融商品である場合、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下、「金融商品会計基準」という)に従った構成資産の評価額が組合等への出資者の会計処理の基礎となる。したがって、組合等の構成資産が市場価格のない株式である場合、当該株式は取得原価で評価され、それを基礎として組合等への出資者の会計処理が行われる。(図表1)
(図表1)改正前の金融商品実務指針に基づく会計処理イメージ
出資者 | |
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諸資産 | 諸負債 |
出資金 100 | 純資産 |
上記出資金 100を20%出資した場合、以下の純資産 500に追加される。
組合 | |
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非上場株式A 100 (取得原価) |
諸負債 |
非上場株式B 200 (取得原価) |
純資産 500 |
: |
(出所)改正前の金融商品実務指針132項に基づき筆者作成
- 原則として、組合等の財産の持分相当額を出資者の貸借対照表に出資金として計上し、組合等の営業により獲得した純損益の持分相当額を当期の純損益として計上する。
- 組合等への出資者の財務諸表上、金融商品会計基準に従った組合等の構成資産の評価額を基礎として、組合等への出資者の会計処理を行う。
- 金融商品会計基準に従うと、組合等の構成資産である非上場株式は取得原価で評価する。
- 組合等の構成資産が組合等の決算において時価評価されたとしても、出資者は、非上場株式を取得原価で評価した組合の財務諸表を基礎として、組合出資の会計処理を行う。
2.改正の背景
近年、非上場株式を組み入れたベンチャーキャピタルファンド(以下「VCファンド」という)等が増加しており、VCファンド等に組み入れられた非上場株式を時価評価するニーズが高まったことが改正の背景にある。時価評価によって、財務諸表の透明性が向上し、投資家に対して有用な情報が提供されることになり、その結果、VCファンド等へより多くの成長資金が供給されることが期待されるため、速やかに会計基準を改正すべきとの要望が聞かれた。こうした状況を受け、組合等の出資持分に係る会計上の取扱いの検討が行われ、本改正実務指針が公表された(本改正実務指針308-2項)。
改正の内容
1.組合等の構成資産の時価評価およびその要件
本改正実務指針では、次の要件を満たす組合等への出資は、当該組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者の子会社株式および関連会社株式を除く)を時価評価し、当該組合等への出資者の会計処理の基礎とすることが認められる(本改正実務指針第132-2項)。
(i)組合等の運営者は出資された財産の運用を業としている者であること (ii)組合等の決算において、組合等の構成資産である市場価格のない株式について時価をもって評価していること |
審議の過程においては、本改正実務指針の対象とする組合等をVCファンドに相当する組合等として直接的に定義することも検討されたが、VCファンドに相当する組合等とその他の組合等を明確に区分することは困難と考えられたことから、直接的に定義することは見送られた。代わりに前述の要件(i)(ii)が設けられた。これらの要件により、市場価格のない株式の時価の信頼性を担保することが意図されている(本改正実務指針308-3項)。
要件(i)における、「組合等の運営者」とは、わが国におけるVCファンドの多くで用いられている投資事業有限責任組合の形態においては、無限責任組合員が該当すると考えられるとされている。また、他の法形態に基づく組合等については、投資事業有限責任組合における無限責任組合員と類似の業務を執行する者が該当すると考えられるとされている(本改正実務指針308-3項)。
要件(ii)は、市場価格のない株式の時価評価に関する体制の整備状況に関して監査人、財務諸表作成者および財務諸表利用者から示された懸念に対し、組合等の決算において時価評価している場合には、懸念を一定程度緩和できるとして設けられた要件である。「時価をもって評価している」場合とは、組合等が適用している会計基準により市場価格のない株式について時価評価が求められている場合のほか、市場価格のない株式について時価評価する会計方針を採用している場合が含まれると考えられるとされている。また、時価評価の方法としては、企業会計基準30号「時価の算定に関する会計基準」に基づく時価で評価する場合のほか、IFRS第13号「公正価値測定」または米国財務会計基準トピック820「公正価値測定」に基づいた公正価値で測定する場合も含まれると考えられることが本改正実務指針の結論の背景に示されている(本改正実務指針308-3項)。
組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者の子会社株式および関連会社株式を除く)の時価評価を行う場合、評価差額の持分相当額は純資産の部に計上する(図表2)(本改正実務指針132-2項)。
(図表2)本改正実務指針に基づく時価評価のイメージ
【時価評価前】
出資者 | |
---|---|
諸資産 | 諸負債 |
出資金 100 | 純資産 |
上記出資金 100を20%出資した場合、以下の純資産 500に追加される。
組合 | |
---|---|
非上場株式A 100 (取得原価) |
諸負債 |
非上場株式B 200 (取得原価) |
純資産 500 |
: |
(出所)本改正実務指針132項および132-2項に基づき筆者作成
【時価評価後】
出資者 | |
---|---|
諸資産 | 諸負債 |
出資金 160 | 純資産 うち、組合出資の評価益60 |
上記出資金 160を20%出資した場合、以下の純資産 500に追加される。
組合 | |
---|---|
非上場株式A 150 (取得原価) |
諸負債 |
非上場株式B 300 (取得原価) |
純資産 800 うち、評価益300 |
: |
2.構成資産の時価評価を行う組合等の選択
1で述べた要件に従って、組合等の構成資産に含まれる市場価格のない株式を時価評価し、当該組合等への出資者の会計処理の基礎とするかどうかは組合等の単位で選択することができる。企業は、市場価格のない株式を時価評価する組合等の選択に係る方針を定め、出資時に当該方針に基づき時価評価するかどうかを決定する。当該決定を出資後に取りやめることはできないとされている(本改正実務指針132-3項)。
時価評価すると決定した組合等については、原則として、構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式を時価評価することとなる。ただし、企業が直接出資する組合等について時価評価することを選択しており、かつ、ファンド・オブ・ファンズのように組合等が別の組合等に出資している場合、企業は組合等が出資する別の組合等ごとに本改正実務指針の適用要件(前述1の(i)および(ii))を満たすか判定を行い、要件を満たした別の組合等についてのみ、その構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者の子会社株式および関連会社株式を除く)を時価評価し、その組合等への出資者の会計処理の基礎とすることになると考えられるとされている(本改正実務指針308-5項)。
3.組合等の構成資産の時価評価を行う場合の減損処理
市場価格のない株式を時価評価すると決定した組合等の構成資産である市場価格のない株式(出資者の子会社株式および関連会社株式を除く)には、市場価格のない株式等の減損処理に関する定め(本改正実務指針92項)ではなく、時価のある有価証券の減損処理に関する定め(本改正実務指針91項)に従った減損処理を行うこととされている(本改正実務指針132-4項)。すなわち、組合等の構成資産である市場価格のない株式の時価が著しく下落したときは、回復する見込みがあると認められる場合を除き、当該時価を貸借対照表価額とし、評価差額を損失として処理することとなる。
4.開示
貸借対照表に組合等への出資の持分相当額を純額で計上している場合には、金融商品の時価等に関する注記を行っていない旨、および当該出資の貸借対照表計上額の合計額の注記が要求されている(企業会計基準適用指針31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」24-16項)。組合等の構成資産である市場価格のない株式を時価評価する場合、この注記にあわせて次の事項を注記することが求められる。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表での記載を省略することが認められる(本改正実務指針132-5項)。
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適用時期および経過措置
本改正実務指針は、2026年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用される。また、2025年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首からの早期適用が認められる(本改正実務指針195-20項)。
本改正実務指針は、組合等への出資時に、企業が定めた方針に従って組合等の構成資産に含まれる市場価格のない株式を時価評価するかどうかを決定することを求めているが、適用初年度の期首時点においてすでに出資している組合等については、出資時において決定することができない。そのため、適用初年度の期首時点においてすでに出資している組合等の取扱いについて経過措置が設けられている。具体的には、適用初年度の期首時点において企業が定めた方針に基づいて市場価格のない株式を時価評価する組合等を決定し、次の会計処理を行うこととされている(本改正実務指針205-2項)。
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実務への影響
1.組合等の構成資産を時価評価することを選択するかの検討
本改正実務指針に基づき、組合等の構成資産である市場価格のない株式を時価評価することを選択すると、出資者の財務諸表に投資の成果が期末日ごとに反映されることとなる。このような財務報告が、組合等の構成資産である市場価格のない株式を取得原価で評価する場合と比較し、投資家に対してより有用な情報を提供することとなるのか、企業の状況に則して検討する必要があると考えられる。組合等の構成資産である市場価格のない株式を時価評価することとした場合、その決定を取りやめることはできないことにも留意する必要がある。
2.構成資産を時価評価する要件を満たす組合等
本改正実務指針では、次の要件を満たす組合等への出資ついて、その構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者の子会社株式および関連会社株式を除く)を時価評価し、当該組合等への出資者の会計処理の基礎とすることが認められる(本改正実務指針132-2項)。
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組合等の構成資産である市場価格のない株式を時価評価することを望む場合、企業がすでに出資している組合等がこれらの要件を満たしているか適用開始以前に確認することが有用であると思われる。
3.市場価格のない株式を時価評価する組合等の選択に係る方針の決定
企業は、市場価格のない株式を時価評価する組合等の選択に係る方針を定め、当該方針に基づき、各組合への出資時に時価評価するかどうかを決定しなければならない(本改正実務指針132-3項)。そのため、企業による既存の組合等への投資にどのような性質の投資が含まれるか把握し、企業の投資の目的を踏まえて、市場価格のない株式を時価評価する組合等の選択に係る方針を定めることが重要と思われる。
4.出資の形態による会計処理の相違
企業が、市場価格のない株式を自ら直接保有する場合は、金融商品に関する会計基準に従い取得原価で評価される。一方、本改正実務指針に従い時価評価することを選択した組合等を通じて市場価格のない株式を保有する場合は、時価評価を行うこととなる。したがって、組合等を通じて保有することにより、出資者の財務諸表において市場価格のない株式の会計処理に相違が生じることとなった。
市場価格のない株式への投資を検討する際、企業が自ら市場価格のない株式を保有するのか、当該市場価格のない株式を保有する組合等へ出資するのか、会計処理へ影響にも留意して検討する必要があると思われる。
5.市場価格のない株式の時価評価
市場価格のない株式の時価の信頼性を担保するため、前述のように構成資産に含まれる市場価格のない株式を時価評価することを選択できる組合等には一定の要件が設けられている。しかしながら、企業は、自らの財務諸表において組合等の構成資産に含まれる市場価格のない株式を時価評価する場合、時価の信頼性が担保されていることを確認する必要があると考えられる。市場価格のない株式については、直接的に時価を市場で観察することができず、見積りを行うこととなる。市場価格のない株式を時価評価するためには、時価評価に必要となる正確な情報を適時に入手し、時価評価あるいは時価の検証が可能な体制を整える必要があると考えられる。
6.組合等が連結子会社に該当する場合の連結財務諸表における取扱い
できるだけ速やかな基準開発が期待されること等から、本改正実務指針においては、組合等が連結子会社に該当する場合の連結財務諸表における取扱いの明確化は特段行われていない。企業会計基準委員会による公開草案の審議の過程においては、組合等の構成資産である市場価格のない株式を時価評価する場合に、連結上は取得原価に戻す考え方と、個別財務諸表における時価評価を連結上も引き継ぐ考え方が検討された。
連結上は取得原価に戻すという考え方は、連結上は組合等の構成資産である市場価格のない株式を直接保有しているのと同じ状況であるという考えに基づいている。一方、個別財務諸表における時価評価を連結上も引き継ぐという考え方の根拠としては、組合契約の定める期間内で構成資産である市場価格のない株式が売却されることを踏まえると、時価評価が有用であると考えられることなどが審議の過程で検討された。
本改正実務指針においては、特段の明確化は行われていないため、組合等が連結子会社に該当する場合の連結財務諸表における会計処理が論点となり得ると思われる。
7.いわゆる「総額法」「折衷法」を適用している場合の取扱い
組合等への出資については、原則として組合等の財産の持分相当額を出資金として計上し、組合等の営業により獲得した純損益の持分相当額を当期の純損益として計上する(いわゆる「純額法」)こととされているが、経済実態を適切に反映するため、いわゆる「総額法」や「折衷法」が用いられることもある(金融商品実務指針308項)。
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本改正実務指針においては、組合等への出資の会計処理に関して、いわゆる「純額法」を採用していることを前提としており、いわゆる「総額法」、「折衷法」を採用している場合についての対応は特段行われていない。これは連結上の取扱いと同様に、できるだけ速やかな基準開発が期待されること等を考慮した対応である。いわゆる「総額法」、「折衷法」を採用している場合の取扱いが論点となり得ると思われる。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
会計・開示プラクティス部
シニアマネジャー 公認会計士
渡辺 真理(わたなべ まり)