収益向上を企図したAIトランスフォーメーションをともに推進
ChatGPTが一般公開されてから2年後の2024年冬、KPMGは26ヵ国の2,450人の上級管理職者を対象に、企業のデジタルトランスフォーメーションに関する調査※を行いました。
調査では、「AIをビジネスに実装して価値を生み出している」と回答した企業が全体で74%(日本66%)、「AIを本番環境にて大規模に展開して投資に見合う収益を上げている」が31%(日本23%)という結果が明らかになり、AI活用の進展に応じ収益性が増加するトレンドが確認できました。また、「自組織が競合他社に後れを取っていることに不満を感じている」が80%を占め、個々の企業におけるAI活用の進展がさらに加速することを予見させる結果となりました。同時に、「AIのブラックボックス化が従業員の不安を引き起こしている」が78%、「AIが既存のオペレーション構造に課題をもたらすと予想している」が77%となり、AI活用の進展に伴うリスクを継続的に見極めながら、常に先行アクションが必須となることが認識できます。
我々の日常生活は、ロボット掃除機やスマートフォンなど、AIが組み込まれた製品・商品に囲まれています。個々の企業におけるAI活用の進展に伴い、意識するか否かに関わらず、我々の日々の生活においてAIは当たり前の存在になっています。企業の視点では、AIサービス利用企業はAIを事業活動に実装して、顧客・サプライヤ・パートナー・従業員・株主など、すべてのステークホルダーへの価値創造を進め、AIサービス提供企業は汎用・特化型AI等のSLM・LLM開発を推進して、AIサービス利用企業の価値創造を牽引する未来が予想されます。
また、国や地域の視点では、欧州、米国、中国等が各々のスタンスで投資と規制のバランスをとりながらAIを推進し、関税や安全保障などの国際関係に重要な影響を与えるアクションが、相互けん制しながら発動されると考えています。
※ 出典:「KPMGグローバルテクノロジーレポート2024」
我々の近未来とAIの共存・協働を見据え論点を整理してともに考える
本稿では、多元的で柔軟な仮想現実の構築により現実世界の不確実な経営環境に対するシミュレーションを高度化する世界モデル、さまざまな仕事を人間同等に実現する汎用AIや、物理的な身体と五感を持ち心理的な振る舞いを表現する身体AIが融合するロボティクス、これらのテクノロジーと我々が安心・安全に共存・協働するためのガバナンスとアラインメントにかかる論点を紐解きます。
また、サステナブルなAI活用を進展するための電力問題、ならびに従前と異なる力学で変容しつつある地政学的なパラダイムを背景に、企業が今後考慮すべき論点をご紹介します。
コンテンツ
※全文はPDFをご覧ください。
1.汎用AIの実現化に向けて
汎用AI(AGI:Artificial General Intelligence)は、「さまざまな仕事を人間と同等かそれ以上のレベルで遂行できる能力を持つAI」と定義され、現在のAIはこの実現に向けて進化しています。近年、機械学習モデル(LLM)の発達により、AIの汎用性は飛躍的に向上していますが、真の汎用AI実現のためには数多くの課題が存在します。
汎用AIに必要な身体性
「身体性AI」とは、物理的な身体を持ち、現実世界と相互作用しながら学習・行動するAIのことです。従来のAIは、デジタル空間内のデータ処理が中心でしたが、身体性AIは、ロボットなどの物理的な身体を通じて、環境を認識・操作・反応することで、実世界と直接的に連携することが可能となり、それによって理解がより深く体系的になると考えられています。身体性AIは、以下の3つの利点から注目されています。
汎用AIに必要な身体性
「身体性AI」とは、物理的な身体を持ち、現実世界と相互作用しながら学習・行動するAIのことです。従来のAIは、デジタル空間内のデータ処理が中心でしたが、身体性AIは、ロボットなどの物理的な身体を通じて、環境を認識・操作・反応することで、実世界と直接的に連携することが可能となり、それによって理解がより深く体系的になると考えられています。身体性AIは、以下の3つの利点から注目されています。
- 人間の認知や実体験をより正確にモデル化できる
- 抽象的概念を具体的な実世界を通じて学習していくことが可能となる
- 現実世界へのインターフェースの役割を果たせる
学習的アプローチの必要性
実現には、機械工学や情報科学に加えて、認知科学や心理学など多様な学問分野の視点が必要です。これらを取り入れることで、人間とロボットの相互作用(Human-Robot Interaction:HRI)をより自然で持続的なものとすることができ、AIの行動や感情を理解し、それに適切に対応できるロボットの開発につながると期待されます。
課題
しかし、このような技術的な革新が急速に進み応用されるにつれ、技術的な課題だけでなく社会的な問題も浮かび上がっています。たとえば、AIの意思決定が倫理的に適切かどうか、AIが人間の仕事を奪う可能性があるといった懸念が指摘されています。
これらの問題を解決するためには、技術者だけではなく、社会学者、倫理学者、政策立案者、そして一般市民が参加する社会的な対話が必要です。AIの発展や応用が進むと同時に、それが社会にどのように組み込まれるべきかを議論する必要があります。
AIとロボティクス
AIとロボティクスの融合は、人間の生活をより豊かに、そして便利にする可能性を秘めた技術革新です。しかし、AIの能力拡張に向けて、いくつかの課題も残されています。たとえば、さまざまな環境に適応できる能力は学習データに大きく依存しており、すべての状況に対応できるデータを揃えることは困難です。
また、AIが判断をすべきことと、すべきでないことをはっきり定義するのは難しく、AIがその処理能力の限界を超えて無限に計算し続けることで、機能停止してしまう「フレーミング問題」が存在します。AIは現在のハードウェア技術の限界に能力を制約され、計算能力の進化だけでは克服が難しい状況があります。
社会的課題と未来展望
社会的な観点では、汎用AIが人間の労働を代替することで、労働市場への影響や、AIが人間に代わって倫理的な判断をする際の責任の所在が曖昧になるなどの課題が想定されます。これらの問題は技術的な問題に留まらないため、社会全体での慎重な議論が必要となります。
今後、社会が汎用AIをどう受け入れるかによって、その普及や実装のスピードが左右されるでしょう。
ロボットAI技術企業の比較: Figure AI社とPhysical Intelligence社
Figure AI社は2022年設立の企業で、Brett Adcock氏が創業し、ヒューマノイドロボット「Figure 01」と「Figure 02」を開発しています。Figure 02はNVIDIA GPUを搭載、高い計算能力と重量物を持ち上げられる16自由度の手を備え、バッテリー性能も向上しています。BMW工場での実証が進み、将来は家庭支援や介護も視野に入れており、OpenAI社等から675百万ドルの資金調達に成功しました。
Physical Intelligence社は汎用ロボットAIシステム「π0」を開発し、多様なロボットを制御できる基盤モデルを構築しています。8種類のロボットデータと視覚言語学習を組み合わせ、テキスト指示で直接モーター制御を実現し、洗濯物の折りたたみや片付けなど、複雑なタスクを実証しています。
両社はAIロボット技術を開発していますが、Figure AI社は独自ハードウェアに、Physical Intelligence社は汎用ソフトウェア基盤に重点を置いている点が特徴的です。
結論
AI技術の進化は、今後さらに加速していくと予想されます。企業にとって、汎用AI、身体性を持つAIはさらに革新的な価値提供をもたらすでしょう。
一方で、実装にあたっては、慎重に検討すべき多くの社会的責任やリスクが発生します。AI技術の進歩を私たちの社会に受け入れていくためには、社会全体が総合的・学際的な視点からAIに向き合っていくことが重要です。その先に、変革をもたらす真の汎用AIの実現が見えてくるでしょう。
2.その他トピック
生成AIの世界モデルと多元的リアリティ
- 世界モデルの基本概念
- 世界モデルの主要機能
- 古典的人工知能との比較と世界モデルの意義
- シミュレーション能力と実用的応用
- 現実認識への影響
- 課題と編纂展望
AIガバナンスとアラインメントの関係
- AIガバナンスとは
- AIアラインメントとは
- アラインメントの必要性とその形態
- ガバナンスの再考-共進化の視点から
生成AIの自己学習と エネルギー問題
- 自己学習における技術的課題と環境影響
生成AI時代における 地政学的パラダイムシフト
- パラダイムシフトの本質と生成AIの地政学的影響
3.融合する知能:AIと人間の新たな挑戦
AIはもう後戻りすることのない存在
事例で見てきたように、AIは日々急速に進化しています。この進化のスピードを生み出しているのは、これまでに類をみない、世界レベルでの多額の投資です。では、そもそも何故、AIが多額の投資に値するものと考えられているのでしょうか。1つには、その中心的な技術であるディープラーニングが、人間の脳の神経ネットワークを模倣していることにあります。投資に関わる人は、自らの脳神経ネットワークを模したAIに大きな可能性を感じています。また、その進歩が一過性ではなく、決して後戻りしないことを直感的に理解しているといっても過言ではありません。2つ目は、既にAIがさまざまな領域で社会実装されており、自動化や高い効率性といった実証結果が確実に積み上がることで、多くの人が、AIを不可欠な技術として認識するようになっていることです。さらに、ビジネスが近年、データ駆動型にシフトし、データと高い親和性を持つAIもビジネスの可能性を広げる存在と捉えられていることが挙げられます。
しかし、自らの脳神経ネットワークを模倣し、データと高い親和性を持つことで、自動化や高い効率性を生み出すAIの存在が、職業浸食への不安を掻き立てていることもまた事実です。AIは、もはや反復的で単純な作業に置き換わるだけでなく、より複雑なタスクをこなすようになっていて、適応領域は年々拡大しています。既に多くの職種で人間の労働力が不要になる可能性が囁かれています。一方、AIか人間かといった二者択一ではなく、AIと人間が融合することが必要であるとの考えも有力で、今後は、AIと協業できるスキルが労働者に求められます。しかし、多くの労働者はこれらの新しいスキルを持っておらず、再教育やスキルアップが必要です。しかし、そもそもどのようなスキルが必要か明確ではなく、教育整備が不十分であることも、労働市場における不安の高まりにつながっています。
AIと人の融合によりさらなる高みを目指す
2025年2月に国際AI交渉コンペティションであるANAC(Automated Negotiating Agents Competition)が開催されました。全世界から50を超えるチームが参加し、各チームのAI同士に交渉力を競わせる競技で、合理性を重視し、最新のAI技術や高度なデータアナリティクスに基づいた戦略を採る米国、カナダ、英国が上位を占めました。しかし、全く異なる戦略を取った東京大学チームが4位に食い込んだだけでなく、特別賞も受賞するという興味深い結果となりました。東京大学チームは、感情認識の精度や共感、協力を重視したAIを作り上げ、高い交渉成功率や満足度の向上といった、日本で日常的に行われている温かみあるアプローチにより、非常に高い評価を受けました。この東京大学のアプローチを発端に、AIの強みを活かしつつ、人間の交渉技術を補完することで、より効果的な交渉を実現するAI時代の新しい交渉理論の研究が既に始まっています。東京大学チームは、AIだけ、人間だけといった二者択一では決して到達できない、両者が融合することで初めて目指せる高みがあることを示してくれました。このことは労働者に対する再教育やスキルアップの内容を明確にするヒントになると考えています。
これからもKPMGでは、AIと人間の融合を推進し、AI技術の進化と人間の能力を最大限に活かした未来の企業経営の在り方を提案できるよう活動を続けていきます。共に新しい高みを目指していきましょう。
執筆者
KPMGコンサルティング株式会社
デジタルトランスフォーメーション
株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンス