本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
自動車産業はいま、大きな地殻変動の真っ只中にあります。電動化の加速、環境規制の強化、そしてグローバル市場の競争激化。こうした状況で「パワートレイン戦略をどのように構築し、どのように運用していくか」は、経営の根幹を揺るがす大きなテーマと言えるでしょう。そこで本コラムでは、「パワートレインの機種数を削減する戦略」と「機種数を多様化する戦略」の二軸を整理しながら、それぞれのメリット・デメリット、さらには両者を組み合わせるハイブリット戦略について考えます。
1.パワートレイン機種数削減戦略
メリット
- コスト削減
開発・生産ラインを集約し、部品の共通化を進めることでコスト構造を大幅に低減できます。スケールメリットが効いてくると固定費負担も軽減され、よりリーズナブルな価格設定を実現しやすくなります。 - 品質向上
限られたパワートレインに開発リソースを集約するため、テストやチューニングに工数を投じやすくなり、信頼性を高める好循環をつくりやすくなります。 - 市場スピード
車台(プラットフォーム)や主要ユニットが少数になれば、モデルチェンジや新技術の投入も高速化できます。変化の速いBEV市場に対してタイムリーな対応が可能となることは、メリットの1つです。
デメリット
- 市場の多様性に対応しづらい
画一的なパワートレインだけでは、多様な地域・顧客ニーズを満たすことが難しい場合があります。競合との価格競争や燃費競争には有利でも、ニッチ市場でのブランド力が低下する可能性があります。 - ブランドの差別化の喪失
「どのクルマも似たようなフィーリング」となってしまうと、ブランド独自の個性を出しづらくなるリスクがあります。エンジンサウンドや加速特性など、感性的な要素で訴求したいブランドには、やや物足りない戦略となる可能性があります。
この戦略を進める上での成功のキーポイント
- グローバルでの大規模投資やシェア拡大を前提とした需要予測が重要となります。
- 電動化に関する技術の進化スピードを織り込んだ設計・開発体制を持つことが競争優位性につながります。
2.パワートレイン機種数多様化戦略
メリット
- 顧客ニーズへの柔軟な対応
地域ごとに異なる燃費規制や嗜好、価格帯、ライフスタイルに合わせた製品ラインナップを組めます。小型車から高性能スポーツまで、多彩なパワートレインの展開が可能です。 - ブランド価値向上
「あの会社はユニークなエンジンを出している」「走りの味がブランド独自のものだ」と認識されれば、価格競争に巻き込まれにくいブランドを確立できます。 - 市場占有率の拡大
競合がカバーしきれないニッチを確実に抑えることで、小さいながら利益率の高いセグメントを取得し、長期的にはブランド全体の存在感を高める戦略がとりやすくなります。
デメリット
- 開発・生産コストの増大
多様化によってプラットフォームが増えるほど、開発費・在庫管理・調達コストなども増加の可能性があります。投資リスクをコントロールするためには、きめ細かい財務管理が欠かせません。 - 開発リソースの分散
多彩なパワートレインを同時並行で開発するため、十分なリソースが確保できない場合には、それぞれの完成度や品質がばらつく可能性があります。どこまでポートフォリオの「幅」を広げるかの戦略構築と判断が難しいポイントとなります。 - 市場予測の難しさ
個別のニーズを取りに行くということは、その分外れるリスクも抱えることになります。想定どおりに需要が伸びず、在庫リスクを背負うケースがあります。
この戦略を進める上での成功のキーポイント
- 顧客・市場セグメントに基づいた綿密なデータ分析が重要となります。
- コスト低減はこの戦略においても重要となります。共通部品等のサプライチェーン戦略も成功のための重要なポイントです(下図参照)。
【機種数削減戦略と機種数多様化戦略の比較】
3.ハイブリット戦略
- グローバルプラットフォーム+部分的なモジュール化
パワートレインそのものはグローバル共有のコア部品を中心に集約し、ソフトウェアやチューニング領域で地域ごとのニーズやモデル別の嗜好に応える仕組みを構築する方法です。内燃機関のバリエーションにおいても、シリンダ・ピストンの寸法を同様に、気筒数だけを変化させるモジュール設計も有効な方法です。主要コンポーネントやコンセプトは統一し、周辺部品や制御ロジックで差別化を図ることで、削減と多様化の両立を狙います。
- 適用市場の明確化
先進国市場では燃費規制やエミッション規制が厳しく、機種数削減でコスト効率を最大化しやすい状況です。一方、新興国市場やプレミアム・スポーツセグメントなどでは、多様性戦略によって各地域・顧客の嗜好をすくい上げるほうが有効なケースもあります。地域特性・顧客特性を見極め、それぞれに最適な戦略を使い分ける発想が重要です。また、エミッション規制が異なる地域でも最も厳しい市場の規制にあわせて開発し、オーバースペックを許容しつつ開発費を下げるといった前述のモジュール共有化戦略との組み合わせも1つの方策として存在します。
4.まとめ
機種数削減戦略は、効率性とコスト競争力、品質向上を軸にした「規模の経済性」志向です。スピード感と投資効率の良さが魅力ですが、多様な顧客ニーズへの対応力とブランドが損なわれる可能性は否定できません。
機種数多様化戦略は、顧客の多様なニーズとブランド差別化を狙う「選択と集中」志向です。少数で熱烈なファンを獲得できれば、利益率の高いセグメントを占有することが可能です。しかしながら、開発費増大や需要予測の難しさをどのように解いていくのかが、本戦略の成功ポイントとなります。
機種数削減戦略と機種数多様化戦略を組み合わせたハイブリット戦略は、両者をバランスよく組み合わせるアプローチであり、現在の多くの自動車メーカーが採用している戦略です。グローバルで標準化する部分は徹底して統一化しつつ、一部のモジュールやソフトウェアで差別化を図ることで、効率性と多様性の両面を実現します。
結局のところ、「どちらが正解か」ではなく、「どの領域・どの顧客に何を提供するのか」を柔軟に仕分けることが要となります。経営資源やブランド・ポジショニング、各市場の特性に応じて取捨選択し、求める成果に最大限フォーカスすること。当たり前といえばそのとおりですが、このことが自動車産業の大競争時代におけるパワートレイン戦略の肝となることを改めてお伝えします。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光