本連載は、2024年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

ADSの登場による「緊急対応」の見直し

近年、自動運転車(ADS)の商業運行が急速に現実味を帯びてきています。まるでスマートフォンが一気に生活必需品へと進化したように、私たちの足元で“移動”の概念が塗り替えられようとしています。しかし、その一方で交通社会における“安全と安心”を支えるファーストレスポンダー(FR)にはこれまで想定していなかった新たな課題が押し寄せています。ここで言うFRとは急病や事故が起こった場合に、救急車などが到着するまでに職務上で救急の措置が求められる専門家をさします。内燃機関車(ICE)やハイブリッド車(HV)、さらに電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)が共存するなか、ADSの登場で「緊急対応」の在り方を根底から見直す必要が出てきています。

たとえば、EVやFCVでは高電圧バッテリーや水素燃料を扱うため、火災や感電のリスクが高まります。加えて、ADSの車両システムは従来の自動車と異なるため、ドアの開閉手順や停止スイッチにいたるまで、緊急時にどう操作すればいいのかを明確に把握しなければなりません。救助の場で少しでも判断を誤れば、要救助者だけでなく、FR自身も危険にさらす可能性があります。

【自動車の種別と想定される危険性】

自動運転車普及が迫る社会インフラの新潮流_図表1

出所:消防庁「 令和2年度救助技術の高度化等検討会報告書」を基にKPMG作成

FRとADSの3つの相互作用

こうしたリスクや対応の複雑化を背景に、FRとADSの相互作用は大きく3つに分類できます。

第一に「直接的相互作用」では、衝突事故などの現場でADSに取り残された乗客を救出したり、システムを強制停止させたりと、物理的接触が主となります。ADS独特の内部構造に習熟することは、まさに“新しい救助の教科書”を学ぶようなものですが、これが今後の安全確保の鍵となるでしょう。

第二に「間接的相互作用」では、パトロールカーのサイレンや消防車の警告灯といった信号をADSが正しく認識し、進路を譲れるかという課題があります。ここで重要なのは、AIによるセンシングやアルゴリズムが人間社会の合図をどの程度理解し、臨機応変に行動できるのかという点です。

第三に「情報的相互作用」は、車両ナンバーや運行記録などの情報を瞬時に収集し、必要に応じて的確に共有することが求められます。事故原因の解析や治安維持には欠かせませんが、プライバシー保護とのバランスも無視できません。

最先端の技術と人間の判断力のハイブリッド

さらにリモートアシスタンス(RA)の存在は、自動運転車社会を裏から支える“縁の下の力持ち”といえます。たとえば、ADSがトラブルに直面したとき、リモートオペレーターがカメラ越しに周囲を確認し、安全な経路を指示できれば、現場の混乱を最小限に抑えられるでしょう。また、緊急時には警察や救急隊と連携し、車内の乗客へ最新情報を提供したり、心理的なサポートを行ったりするなど、“人間ならでは”の細かな対応が期待できます。最先端の技術と人間の判断力のハイブリッドが、高度化した交通網での安全確保を強力に支えると言えます。

【ADS、RAおよびFRの連携の流れ】

自動運転車普及が迫る社会インフラの新潮流_図表2

出所:SAE「AVSC Best Practice for ADS Remote Assistance Use Case」を基にKPMG作成

しかし、まだまだ普及に向けて多くの課題が山積しています。センサーやAIの信頼性をどのように担保するのか、あるいは車両間通信や車両とインフラとの通信規格をどのように標準化していくかなど、技術的なハードルは少なくありません。社会全体としても、FRが受ける教育プログラムの標準化や、RA運営者の認証体制の整備など、法規制や制度面での後押しが不可欠です。さらに、ADSが事故を起こした場合の責任の所在をどう定めるかや、緊急事態として車両データの利用をどこまで認めるかといった法的課題もクリアにしなければ、人々の不安は払拭できないでしょう。

おわりに

自動運転技術が本格的に普及するかどうかは、単なる機能の進化だけでなく、社会全体がどこまで安心感を得られるかにかかっています。FRがADSの特性を理解し、訓練を積んで即応力を高めると同時に、RAと有機的に連携できる体制が確立されることで、自動運転の新時代をより安全に迎えられると考えます。そこには技術やデータを超えた、人々が“命や暮らしを預ける”社会インフラとしての責任感が求められます。あたかも過去に鉄道や航空が“移動革命”と呼ばれる転換期を迎えたように、自動運転もまた、社会インフラに新たな視点と使命をもたらそうとしています。

日刊自動車新聞 2025年2月3日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光

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