本稿は、KPMG英国のBoard Leadership Centerが2024年12月に公表した記事「Post Election: Observations from around the world」を日本語訳したものです。本稿に記載の見解は、KPMG英国によるオリジナル記事の公表時点のものです。

英国

英国では14年ぶりとなる政権交代があり、すでに政策の様相が変わりつつあります。財政見通しは依然として厳しく、英国企業は雇用主の国民保険料引き上げ、キャピタルゲイン税の増税、そして国の最低賃金の引上げに直面しています。労働者の権利を強化する提案も、経営者にとってさらなる逆風と見なされるかもしれません。新たな現代産業戦略や国富ファンド、そして規制当局の成長重視の姿勢は、CEOの重要な関心事となるでしょう。また、政府のネットゼロ目標達成のための継続的な取組みも重要なテーマとなります。

Timothy Copnell – Leader、 KPMG Board Leadership Center – 英国

欧州連合(EU)

新たなEU立法期の開始にあたり、ブリュッセルの雰囲気は重苦しいものとなっています。ドラギ報告書は、ヨーロッパ経済が後退し、特に増大する地政学的な課題にさらされていることを明示しています。これに対し、欧州委員会は生産性を倍増させることにコミットしつつ、既存のグリーンコミットメントを維持しようとしています。企業は、ヨーロッパの産業基盤の強化やイノベーションギャップの解消に焦点が置かれることを歓迎するでしょう。しかし、EUの戦略的自律性を確保する動きは、グローバルに展開する企業に影響をおよぼす可能性があります。広範に求められている規制要件を削減する動きは既に見られていますが、これにより立法の枠組みが不安定で不確実なものとなる可能性があり、取締役会はそれをうまく乗り切ることが求められます。

Susanna Di Feliciantonio - Director of Global Public Affairs

日本

10月の総選挙で連立与党が敗北した結果、どの政党も議席の過半数を確保できず、いわゆる「ハング・パーラメント(宙吊り議会)」の状態となりました。これにより、国会における政策決定の迅速性が損なわれることが想定されます。非正規雇用者に対する実質的な減税政策の採否が注目されているものの、良くも悪くも前政権から急激な政策変更は生じないと考えられます。日本企業にとってはむしろ、経済的にも政治的にも関係の深い米国のトランプ政権が打ち出すであろう、さまざまな政策変更の影響が大きく、米国における関税率の引き上げ、それに伴うドル高・円安のさらなる進行やインフレの深刻化、米中関係の緊張による中台間の地政学リスクの高まり等、急激な環境変化に備えたバリューチェーン全体での備えが、経営陣と取締役会の関心事となると考えられます。

林 拓矢 – マネージング・ディレクター、 有限責任 あずさ監査法人 – 日本

米国

米国の大統領選挙に向けて、すでに関税、減税、財政政策に対する鋭い関心が寄せられており、インフレや金利への潜在的な影響も注目されています。関税や貿易協定はサプライチェーンの再構築やコスト増を引き起こす可能性があります。また、移民規制の強化は人材プールや労働コストに影響を与え、成長の鈍化を招くことも考えられます。規制負担の緩和や関連コストの削減、そしてM&Aの機会や活動の増加の可能性も、多くの取締役会において重要な議題となるでしょう。

John Rodi – Co-Leader、 KPMG Board Leadership Center – 米国

インド

2024年のインドの国政選挙の結果をふまえ、規制改革、経済成長、そして進化するグローバル貿易パートナーシップの動態に対する関心が高まると予想されます。インフラ開発、デジタルイノベーション、サステナビリティの重視は引き続き取締役会での議論を牽引すると考えられ、企業は経済復興への政府の優先事項に整合することを目指します。「アートマニルバール(自立)」と「ヴィクシット(発展)」という国家のアジェンダのもとで、自立とローカライゼーションの推進が続くでしょう。グローバルな文脈では、米国選挙の結果やEU、オーストラリア、インド太平洋経済圏との進化する貿易協定が貿易、サプライチェーン、市場の多様化に関する戦略的な議論を生じさせる可能性があります。国内では、コーポレートガバナンスや税制改革、労働法改革を対象とした規制改革が引き続き取締役会の注目を集めるでしょう。さらに、タレントマネジメントは依然として重要な分野であり、グローバルな移民政策、国内のスキル育成イニシアティブ、イノベーション駆動型の労働力に対する需要の高まりの相互作用に対する取締役会の対応が求められます。地政学的な変化が世界のサプライチェーンを再編するなか、インドの取締役会は新たに浮上する多極的貿易における自らの役割を評価し、変化するグローバルアライアンスに対するレジリエンスと競争力を確保する必要があります。

Ritesh Tiwari - Leader、 KPMG Board Leadership Center – インド

カナダ

カナダ経済が米国と密接にかかわっている状況(カナダの全輸出の約75%が米国向け)を考慮すると、今後の貿易交渉、潜在的な関税、税の競争力、エネルギー安全保障は、カナダ企業の取締役会の議論の中心となるでしょう。カナダ企業のCEOは既に事業戦略を見直し、予想される米国の政策転換から生じる潜在的リスクを軽減し、機会を捉える方法を模索しています。ESG(環境・社会・ガバナンス)および脱炭素化戦略の実行は、依然としてカナダ企業の議題の上位にありますが、生産性の伸び悩みが技術や労働力への投資を促している状況です。カナダドルの弱体化は輸出業者には恩恵をもたらすものの、さまざまな影響が考えられ、M&A計画への影響も考えられます。取締役会は、これらの変動要因を組織の投資や戦略的な意思決定に完全に取り込むため、短期的には動向を見守る必要があるでしょう。

Janet Rieksts Alderman – Chair、 KPMG Board Leadership Centre – カナダ

コロンビア

長く右派勢力によって統治されていたコロンビアは、新政府がさまざまな分野で改革をもたらし、変革を経験しています。経済、サステナビリティ、社会的公平性の政策も刷新されています。民間セクターは国の発展に重要な役割を果たしており、国家競争力報告書によれば2024年はサステナビリティ関連の投資が17%増加しました。しかし、課題は依然として存在しており、労働の非正規性には農村部と都市部の間で35%の格差があり、デジタル接続性が限られているため、国の地域の約半分でブロードバンド普及率が10%未満です。今後、取締役会はサステナビリティ目標に焦点を当て、不平等の解消や人的資本への投資を行い、高い非正規雇用率に対処し、包括的な成長を確保する必要があります。これらの分野での進展を促進するために政府と協力することが、より公平でつながりのある社会を築く鍵となるでしょう。

Camilo Bueno H – Leader、 KPMG Board Leadership Center – コロンビア

スペイン

米国選挙および新たなEU政府の形成プロセスの後、スペインに浮上している主要な課題は、新たなグローバル環境においてスペインがどのような役割を果たすか(もし役割があるならば)ということです。厳しい規制の影響により、ESGに関する問題に限らず、欧州の競争力と他国がその産業やサービスを支援するための手段について議論が生じる可能性があります。雇用を守るために、EUのサステナビリティ法令のタイムラインを延長するよう求める声が高まっています。さらに、スペインや他の欧州企業は成長戦略や新しい市場開拓のために、中東や湾岸諸国など、異なる地域の新たなパートナーを探しています。スペインでは、連立政府(社会主義政党と共産主義政党)が金融セクターや公益事業(および個人資産)に課税する「企業に好意的ではない」税制改革を準備しています。

Pedro Leon Francia Ramos - Leader、 KPMG Board Leadership Center – スペイン

ブラジル

ブラジルでは5,569の自治体で市長選挙や議会選挙が行われ、その大半で右派および中道右派の政党が勝利しました。政府によるコストの大幅削減がまもなく発表される予定ですが、急速な必要経費の増加が、政府の維持管理や資金調達能力を損なう可能性があります。ブラジルの第2の貿易相手国である米国との貿易協定の見直しが想定されるなか、この財政リスクは為替市場を著しく不安定にしています。2024年、ブラジル通貨レアルはドルに対して世界で7番目に大きく価値を下げた通貨となりました。現在のブラジルは完全雇用状態となっており、これがインフレを引き起こし、人材の保持を巡る議論が激化する可能性があります。地政学リスクはあるものの、特に穀物や鉱石などのコモディティセクターの強力な存在感と国際準備金がブラジル経済にポジティブな成果をもたらす可能性が高いと考えられます。

Fernanda Allegretti – Leader、 KPMG Board Leadership Center – ブラジル

フランス

2023年6月の「予期せぬ」フランス国民議会の解散と夏の立法選挙の結果として生じた断片化した議会、そして最近の首相の辞任により、フランス経済は一層の不確実性に直面しています。2025年には、フランス企業は税制、政府支出、および規制環境の潜在的な変化に対応しなければならず、それが財務計画、投資意思決定、採用方針に影響を与える可能性があります。最近の経済研究では、企業倒産が過去最高水準に戻る可能性があることが警告されています。このような状況において、取締役会はトップマネジメントがこれらの新たな課題を評価し、適切な対策を講じ、とりわけ戦略計画を維持するうえで、重要な支援的役割を果たすことが求められます。

Jean-Marc Discours – Leader、 KPMG Board Leadership Center – フランス

ベルギー

ベルギーでは連邦政府を発足するための交渉が進行しています。主要なテーマには、コスト削減プログラムと増税を通じた公的赤字と債務の削減が含まれると想定されています。欧州の防衛力強化の必要性を考慮し、軍事防衛への投資水準が議論されることも予想されます。さらに、対外貿易は米国の新大統領による措置による影響を受ける可能性があります。

Olivier Macq – Leader、 Board Leadership Center– ベルギー

ポルトガル

世界各地の最近の選挙結果を受けて、KPMGポルトガルのボード・リーダーシップ・センターは、いくつかの重要課題がポルトガルの取締役会で大きな注目を集めると予想しています。まず、グローバルな地政学的変化が貿易協定やサプライチェーンに与える影響が主要な関心事となるでしょう。ポルトガルは欧州や国際市場との強い結びつきを持つため、関税、輸出入規制、二国間貿易協定の変化が企業の事業運営や競争力にどのように影響するかを慎重に考慮する必要があります。次に、ESGへの注目が高まることが予想されます。世界中の政府や消費者がサステナブルな慣行を求める圧力を強めるなかで、ポルトガル企業の取締役会は野心的な気候目標や社会的責任の基準に合致する戦略を優先するでしょう。これには、カーボンフットプリントを削減する革新的なソリューションの模索、企業の社会的責任(CSR)イニシアティブの推進、進化するサステナビリティ規制の遵守が含まれます。これらのグローバルおよびローカルの要因が交差するなかで、急速に変化する世界の複雑さを乗り越えるために、ポルトガル企業の取締役会は迅速に対応し、十分な情報に基づいた積極的な戦略計画を維持する必要があります。

Paulo Paixão – Leader、 KPMG Board Leadership Center – ポルトガル

メキシコ

メキシコ史上初の女性大統領が誕生し、歴史的に重要な節目を迎えました。彼女の勝利はまた、圧倒的多数を占める議会の支持を得たことで、過去30年間で最も強力な大統領となることを意味しています。これにより、政府は憲法改正を推進することが可能となり、与党がこの権力をどのように利用するかに注目が集まっています。最近の調査によれば、経営トップは国の主要な課題として、法の支配の確立、安全の強化、経済の確実性の提供を挙げています。近年進行しているニアショアリング(近隣国への生産移転)は、米国とメキシコの選挙結果や新政府の政策の影響を待って投資決定が遅れているため、進行が滞っています。また、第二次トランプ政権との米国-メキシコの二国間関係や、メキシコ、カナダ、米国との貿易協定の再交渉にも焦点が当てられることとなるでしょう。

Ricardo Delfin - Leader、 Board Leadership Center – メキシコ

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