本連載は、2024年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
「不確実性の高い世界」とは、国際情勢や事業環境の変化を予測しづらく、見通しが困難な状況を示します。不確実な状況下では今後の見通しや予測に関心が向きがちですが、事業の安定性は環境変化に対する対応力の強さによりもたらされるものです。
本稿では国際輸送に注目し、対応力を備えた物流ネットワークの確立および維持について解説します。
【「不確実性の高い世界」の主な要因】
紛争 | 世界の分断 | 経済 | 金融政策 |
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出所:KPMG作成
自動車関連製品の輸送に影響を及ぼすさまざまな運航障害
世界の貿易額は、地政学的緊張の高まりや米国等の保護貿易主義的措置の強まりなどの不確実性を伴いながらも拡大傾向にあり、これを支える国際輸送の重要性は増しています。世界貿易額において相応のシェアを有する自動車産業でも、国際輸送は事業を支える重要な基盤といえるでしょう。
世界の海上輸送の10%以上が通過するという国際輸送の要衝であるスエズ運河では昨今、運航障害が続いています。大型貨物船の座礁により約1週間にわたり運河が封鎖される事態となり、これにより400隻を超える船舶が待機を余儀なくされました。また、スエズ運河を航行する貨物船が武装勢力の攻撃を受けたことで、アフリカ南端の喜望峰を経由する代替ルートに船舶が集中する状況です。
現在、喜望峰ルートは船舶の集中により混雑が発生し、運航遅延が大きな問題となっています。代替ルートである喜望岬ルートで新たに発生したこの問題により、多くの荷主企業は航空輸送のほか、北米大陸を横断し欧州に輸送する「アメリカランドブリッジ」(ALB)や、中国と欧州をつなぐ陸上輸送など、輸送ルートの切り替えを検討せざるを得ない状況です。
さまざまな代替ルートが検討される中、ALBは北米港の港湾争議による物流混乱の懸念が続いているほか、中国と欧州をつなぐ陸上輸送はコンテナの増加に加えチャイナリスクが内在します。また、日本企業でも利用ニーズが高まっていたシベリア鉄道を活用し欧州へ輸送する「シベリアランドブリッジ」(SLB)は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻により日本や欧米諸国が利用を見合わせる状況です。
国際輸送における一連の運航障害は、当然ながら自動車関連製品の輸送にも影響を及ぼしています。コンテナ・船腹不足、輸送日数の増加、海上運賃・保険料の上昇、航空機への輸送モードの変更による運賃の大幅上昇など、物流費の増加や消費者への納期の長期化の一因となっている状況です。
対応力を備えた物流ネットワークの重要性
このように、「不確実性の高い世界」における国際輸送は極めて脆弱であり、対応力を備えた物流ネットワークの確立および維持が重要です。
対応力は、6つのステップを経て実現すると考えます。
【対応力を備えた物流ネットワークの確立・維持に向けた6つのステップ】
ステップ1 | 現状の貿易関連業務の標準化 |
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ステップ2 | 不確実性に係るリスク分析 |
ステップ3 | 想定されるリスクに対する代替ルートの調査 |
ステップ4 | 代替ルートの実証輸送 |
ステップ5 | 国際輸送ルートの分散化 |
ステップ6 | 各社の取組みを他社との連携につなげる物流コンソーシアム活動等の推進 |
出所:KPMG作成
ステップ1では、現状の貿易関連業務や情報システムから柔軟性を疎外する要因を取り除きます。ステップ2では不確実性に係るリスクの評価を行い、顕在化の可能性、影響の大きさ、復旧の難度などを分析し、重要度や優先度を明らかにします。ステップ3では評価したリスクに基づき代替ルートの調査を行い、ステップ4では調査結果に基づき実際に実証輸送を行います。実証輸送では、「通関・トランジット手続き」「輸送キャリア」「輸送モード」「周辺の情勢」「輸送計画の精度」「輸送品質(温度、湿度、振動、ダメージ)」「輸送能力」などの確認を行います。ステップ5では、国際輸送ルートの適切な分散化(レジリエンス)の検討を進めるほか、供給制約を想定した在庫の積み増しも合わせて行います。
ここまでのステップ1から5までは企業ごとの取組みですが、ステップ6では、物流コンソーシアム等の活動に拡大し企業間の連携の強化につなげます。
ルート分散化など未然の措置が必要
国際輸送における運航障害の事例分析から、事業の安定化に向けては対症療法では問題の解決が難しいことがわかります。本質的な対応としては、あらかじめリスクを見極め輸送ルートの分散化を行うなど、ルートの特徴を踏まえたうえで未然の措置を講じる必要があります。
日本企業におけるグローバルサプライチェーンのレジリエンスに関する認識は拡大していますが、自動車産業においてもステップ4(実証輸送)は十分とはいえません。さらに、非常時に代替ルートを機能させるにはルートを育てる取組みが必要であり、ステップ5(平時からの分散化)、ステップ6(他社との連携)の取組みが重要です。
日刊自動車新聞 2025年1月6日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 伊勢田 伸