これだけ海外赴任準備 -必ず押さえておくべきポイント- 第7回 中東・カンボジア

アラブ首長国連邦(UAE)のテーマでは、主に湾岸協力理事会(GCC)加盟諸国の最新の規制動向について解説します。カンボジアのテーマでは、2023年7月のフン・マネット首相の就任後に公表された施策について解説します。

アラブ首長国連邦(UAE)のテーマでは、主に湾岸協力理事会(GCC)加盟諸国の最新の規制動向について解説します。カンボジアのテーマでは、2023年7月のフン・マネット首相の就任後

アラブ首長国連邦(UAE)に進出する日系企業は中東を中心に広いエリアをカバーすることが一般的です。各国で各種規制はさまざまであり、近年改正や新しい制度の導入が頻繁に見られますので、コンプライアンスに準拠し、ビジネスの最適化を図るためには常に最新の情報を入手するよう心がけることが大切です。
本稿では、主に湾岸協力理事会(GCC)加盟諸国の最新の規制動向について解説します。

また、カンボジアでは、法規定が充分に整備されていないことを背景として、税務調査で理不尽な指摘がなされることが少なくありません。このような状況を改善するために、2023年7月のフン・マネット首相の就任後に公表された施策について解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
 

Point

中東

1.広いカバーエリアでの各種規制
GCC6ヵ国をはじめとする各国の外資規制、税制、労働関連規制などさまざまな規制を理解することが必要である。

2.UAE進出時には各種規制の改訂や新しい制度の導入の情報を入手
昨今、さまざまな改正や新しいルールの導入が見られるので常に情報をアップデートすべきである。

カンボジア

1. 税務調査の不透明性とその背景
税務調査の不透明性が高いと言われるカンボジアの状況と、新首相就任後に公表された施策の理解が重要である。

Ⅰ.中東の最新規制の動向<GCC諸国>

1. はじめに

ドバイ首長国およびアブダビ首長国を含むUAE(アラブ首長国連邦)には数多くの日系企業が進出しています。UAEに進出している日系企業がビジネスでカバーするエリアはUAEだけではなく、サウジアラビアを含むGCC諸国、さらにはレバノンやヨルダン、イラクなどを含むGCC以外の中東地域や北アフリカ、中央アジアもカバーしているケースがあります。このような広いエリアにおけるそれぞれの国の税制をはじめとする規制を理解することはとても重要です。

2. GCC諸国内での各種規制の特徴

(1) 概要

この広いエリアのなかで特に日系企業の関心が高いGCC諸国について説明し ます。

GCCにはUAE、サウジアラビア、カタール、バーレーン、オマーン、クウェートの6ヵ国が含まれます。これらの国は豊富な天然資源からの収入により、税収に頼らず、税金のない国というイメージがありました。ところが現在では以下の表( 図表1) の通り多くの国で法人税および付加価値税(VAT)が導入済みです。

GCC諸国は比較的小さな国が多く、最も大きなサウジアラビアでも人口3 千万人強でGDP規模は世界で20 位ほどです。このため1つの拠点で複数国をカバーすることになりますが、どの国にどのような形態で進出するかは重要です。各国でのビジネス環境や物流の利便性などに加えて税制や労働法、外資規制などの各種規制を比較検討しなければなりません。

図表1 GCC諸国の主な税金

  UAE サウジ
アラビア
カタール バーレーン オマーン クウェート
法人税率 0%、9% 20% 10% 未導入(注1) 15% 15%(注2)
VAT税率 5% 15% 未導入 10% 5% 未導入
個人所属税率 未導入 未導入 未導入 未導入 未導入 未導入
源泉税率 0% 5% 、15% 5%、0% 未導入 10% Retention Tax 5%

※注1:炭化水素関連企業のみ課税
※注2:GCC を除く外国企業にのみ課税
出所:KPMG作成

(2) 外資規制

たとえば、過去にはバーレーンが地域統括拠点として選ばれることがありました。しかし、昨今オマーンやUAEで外資規制が緩和され、その優位性は薄れています。一方、サウジアラビアでは地域統括拠点(RHQ)ルールが導入され、政府系企業との取引を行うにはサウジアラビアでの拠点設立を検討しなければなりません。

(3) 税制

税制についてはさらに注意が必要です。先ほどの表のとおり、法人税はほとんどの国で導入済みですが、UAEのように法人税率0%の可能性がある国もあればサウジアラビアのように20%の国もあります。そして、OECDの「税源浸食と利益移転」( いわゆるBEPS )2.0第二の柱のグローバルミニマム課税制度が各国で順次導入されており、このGCCでも順次導入が検討されています。バーレーンでは2025年1月から15%のミニマムポップアップ税が導入される予定ですし、UAEではまだ未導入ですが、15%のトップアップ税導入が決まっています。クウェートでもグローバルミニマム課税を意識した法人税法の改正が予定されています。このように今後各国で15% のミニマムポップアップ税が導入されますと進出国による法人税負担に差がなくなってくるかもしれません。

(4) 労働関連規制

一方、労働関連規制は各国で相違が見られます。GCCでは人件費は比較的高く雇用に関する規制には留意が必要です。サウジアラビアやUAEでは自国民雇用促進ルール(サウダイゼーション、エミラティゼーション)があり、自国民を雇用する一定のルールがあります。これが年々厳格化しており、コストアップ要因となっています。ただし、フリーゾーン内では規制が及ばないなど各フリーゾーンのルールも把握する必要があります。オマーンでは外国人の職業規制の範囲が拡大されてきてい ます。

(5) その他留意点

税金の話に戻りますが、GCCでは現在個人所得税を導入している国はありません。しかし、オマーンで個人所得税の導入が検討され、すでに法案が国務院に提出済みです。個人所得税が導入されると従業員の手取りが減り、会社が補填のため給与金額を上げるとコストアップとなり ます。

その他、詳細は省きますが、GCCでは近年、経済的実態規制(ESR)や究極の親会社規制(UBO )、国別報告書(CbCR ) などさまざまなルールが導入され、準拠すべきコンプライアンス事項が増えています。

(6) 近年の規制変更

このようにコンプライアンス違反とならないよう常に最新のルール改正などには敏感になる必要があります。ルールに従うだけではなく、場合によっては進出地域や進出形態にも影響を与えるような大きな改正もありますので、最新情報を常に入手できるような体制が必要です。2023年6月からUAEで法人税法がスタートし、3月決算会社には2024年4月1日から法人税が適用されています。このため、個々の企業の所得に課せられる法人税率が0%なのか9%なのかチェックが必要ですし、ガバナンスの在り方によってはUAE国外企業であってもUAEで法人税が課せられる可能性もあります( 恒久的施設、いわゆるPE が存在するケースやUAE国内でコントロールされているUAE国外企業など)。

ご参考まで過去4 年間におけるGCCでの規制の変更について主なものを以下に掲載します( 図表2参照)。

図表2 GCC諸国における最近の主な規制変更

  UAE サウジ
アラビア
カタール バーレーン オマーン クウェート
2020年1月         外資規制緩和
国別報告書導入
 
7月   VAT税率を5%から
15%へ引上げ
BEPS行動計画13に沿った移転価格文書化導入      
9月 外資規制緩和     商事会社法改正    
10月   不動産取引税導入        
2021年2月     国別報告書導入      
4月         VAT導入  
10月      

 

不動産取引に関するVATガイダンス公表  
11月     ESR規制導入      
12月  

電子インボイス制度導入

       
2022年1月      

VAT税率を5%から10%へ引上げ

 

   
2月 労働法改正          
4月 内部通報制度導入          
2023年1月 VAT法改正

電子インボイス制度フェーズ2開始

       
6月 法人税導入          
10月         VAT規則改正  
2024年1月   RHQルール開始        
9月         外国人就業規制改正  
11月 VAT法改正予定          
2025年1月       ミニマムポップアップ税導入予定    
2025年中   法人税法改正予定 VAT導入予定   個人所得税導入予定 法人税対象拡大予定

出所:KPMG作成

以上のように、変化の大きい複数国をカバーするのは簡単なことではありません。複数国の最新の情報を提供できる信頼のおける専門家に常に相談できるようにしておくことをお勧めいたします。

Ⅱ.税務問題と政府の施策 <カンボジア>

1. 経済環境

カンボジアは、すでに多くの日本企業が進出している隣国のタイ、ベトナムと比較して人件費が安く、労働集約型の日系企業の進出先として優位性があると考えられています。

また、GDP成長率については、コロナ禍前は8%前後、コロナ禍後も5%前後で推移しており、今後は市場としての魅力も増してくると考えられます。

そのため、近年ではタイ+1、ベトナム+1 の投資先として検討される機会も増えてきている状況です。

2. 税務調査の不透明性

このように、日系企業にとっても魅力的な経済環境となっている現在のカンボジアではありますが、税金に関する法規定が充分に整備されていないため、税務調査において法規定に基づかない理不尽な指摘がなされることが少なくありません。

税務調査での指摘により不測のキャッシュアウトが発生するケースも多く、事業運営の不透明性を高めています。このことが、新規進出を躊躇させ、既進出企業の撤退を後押ししてしまっている要因となっています。

3. 投資環境の整備

そのような状況のなか、2023年7月に、38 年間首相を務めてきたフン・セン氏が辞任し、息子であるフン・マネット氏が新たに首相に就任しました。

フン・マネット氏の首相就任後に公表された施策は、現在の課題を解決し、外資企業の投資を呼び込むことを目的としたものが多くなっており、税務に関する具体的な施策を紹介します。

(1) 首相直轄の税制改革 タスクフォース

2024年2月にフン・マネット首相が自ら主導するかたちで、税制改革タスクフォースが結成されました。

税制改革タスクフォースは、税務調査を自ら実施することはないものの、海外企業から改善要望の多い税制関連の課題のヒアリングを行い、租税総局(GDT)や関係省庁と調整を行い、課題を解決することを目的としています。また、その過程で認識された課題は首相に報告され、今後の政策に活かされることになっています。

GDTの指摘事項に対して何度も異議申し立てを行っても進展が見られなかった事案が、税制改革タスクフォースが介入することで早期に解決するなど、すでに一定の成果が見られています。

(2) 税務調査の標準作業手順書

税務調査において、担当官によって税務調査の方法にばらつきがあることも大きな問題点となっていました。

税務調査官が遵守すべき一定の基準として、税務調査の標準作業手続書が2024 年4月に公表されました。税務調査の対象企業の選定方法、税務調査が免除される基準、税務調査の流れが明文化され、納税者にとっても税務調査の透明性を高めるものとなっています。

(3) Special Tax Audit Unit(STAU)

税務コンプライアンスを遵守している企業に対して、適切な税務調査を行うことを目的として、GDTと同等の地位を有するSTAUが2024年7月に創設されました。

税務コンプライアンスを遵守していると判断された企業の税務調査は、GDTではなくSTAUが実施することになっています。STAUには、より経験豊富なスタッフが配属されるといった話を聞きますが、具体的な運用はまだはじまっていないため、現時点では効果はまだ表れていません。

しかしながら、日系企業の多くは税務コンプライアンスを遵守しているため、STAUにより適切な税務調査が行われ、今後理不尽な税務指摘が減少することが期待されています。

4. まとめ

最近の税制関連の新たな施策を見ると、海外企業、特に税務コンプライアンスを遵守している既進出企業を大切にし、新規進出を呼び込もうとするカンボジア政府の姿勢が明確に表れています。

今回紹介させていただいたのは、税務に関連する施策とさせていただきましたが、税務以外の投資環境を改善する施策も公表されています。

投資環境の改善に向けた政府の新たな施策は、今後も継続すると考えられます。

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