KPMGでは、グリーントランスフォーメーション(Green Transformation、以下、GX)を起点とした新規事業をテーマとしたセミナーを開催しています。
SXテックハブセミナー連載シリーズ「GX推進のためのオープンイノベーションと技術情報管理・知財」では、セミナーの内容を踏襲しつつ、さらにオープンイノベーションやそこでの技術情報管理に論を広げて、全3回にわたり解説します。
第1回ではGX推進の意義と取組みアプローチ、第2回ではGX領域でのスタートアップの動向および大企業との協業について解説しました。第3回となる今回は、オープンイノベーションにおける技術情報管理と知的財産について解説します。
<SXテックハブセミナー連載シリーズ>
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【技術情報管理が求められる3つの視点】
1.自社技術情報のクローズ管理 |
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2.他社技術情報とのコンタミネーション回避 |
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3.経済安全保障法制に基づく要請 |
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(1)オープンイノベーションの推進の前提としての技術情報管理
i.自社技術情報のクローズ化の視点
オープンイノベーションを実践する際には、必然的にパートナー同士での情報連携(オープン化)が求められます。知的財産(知財)を含む技術情報は、他社との差異化を実現するための重要な経営資源の1つであり、競争優位の源泉です。たとえば、高機能材料開発の実験データや合成ノウハウ、ソフトウェアのソースコード、AIの学習データなど、幅広い情報が技術情報に該当します。これらの無形資産を活用した新たな顧客価値の創出等により、市場における差異化を実現して事業拡大・高収益化を図ることができます。
他方で、自社の強みとなるコアな技術情報を開示することは、自社のリスクとなるため、適切に秘匿管理(クローズ化)する必要があります。特に技術情報は、複製・移転が容易である場合や、第三者による利用に気がつきにくいケースもあり、その漏洩は大きなリスクをはらみます。自社の技術情報が意図せずに流出してしまい模倣されることで、競争力の喪失につながる場合もあります。
このため、オープンイノベーションにおいては、技術情報のオープン/クローズのコントロールが重要です。すなわち、顧客価値の創出・新サービスの実現などの情報のオープン化という「攻め」の観点を実現するために、どの情報が重要な(競争力の源泉となる)技術情報かを特定し、クローズ管理する「守り」の観点が非常に重要となります。
ii.他社情報とのコンタミネーション回避の視点
他社とのオープンイノベーションに伴う情報流通自体もリスク要因となります。協業による新たな顧客価値創出や新サービスの実現等の目的のために、協業先企業と情報の連携・共有をする必要がある一方、情報のコンタミネーション(情報の混濁)に留意が必要です。
たとえば、自社の製品開発・特許出願・対外発表などにおいて、協業先企業の秘密情報が混じってしまうことで、パートナーからの信頼喪失だけでなく、訴訟での損害賠償請求や、社会全体からのレピュテーション棄損といった財務・非財務両面での損失につながるおそれがあります。
また、技術情報管理が不十分であると、協業開始前から自社が保有していた知財(バックグラウンドIP)と、協業先と共有すべき協業の成果(フォアグラウンドIP)であるか否かが不明確となり、自社の正当な権利主張ができなくなるリスクがあります。特許出願におけるコンタミネーションがあった場合は、知財の盗用・冒認出願であるとして、特許の無効化や、相手方との共有権利への切り替えが必要になる可能性もあります。
(2)経済安全保障法制の要請
近年の地政学リスクの高まりを受けて、2022年5月に経済安全保障推進法が成立し、「重要物資の安定的な供給の確保」「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保」「先端的な重要技術の開発支援」「特許出願の非公開」に関する4つの制度が整備されました。
先端技術開発支援は、先端的技術のうち、不当利用された場合に国家や国民の安全を損なう事態を生じ得るものを「特定重要技術」と定義し、産官学を超えたパートナーシップで研究開発を推進する仕組みです。ここでの研究開発成果等の情報については、パートナーが参画しやすい間口を備えつつも、適切な技術流出対策・安全管理措置を実施することが求められています※1。また、研究活動の国際化・オープン化が進むなかでの「研究インテグリティ」「研究セキュリティ」に関する取組みのさらなる強化も求められています※2。
特許非公開制度は、安全保障上のリスクのある「特定技術分野」の発明につき、国が「保全指定」を行い、発明内容の開示や外国への特許出願を禁止するなどの一定の制限を課す制度です。特許出願人は、制限により生じる損失の補償を国から受けることができます。
規制と異なる枠組みではあるものの、機密情報管理が求められるルールとして、2024年5月に成立した重要経済安保情報保護活用法で方針が示された、「セキュリティクリアランス制度」も挙げられます。国が指定する「重要経済安保情報」を取り扱う業務を行うためには、国による「適性評価」を行い、事業者・従業員に情報漏洩のおそれがないことの確認・認定が必要となり、重要経済安保情報を漏洩した場合には、罰則が科されます。認定を受けることは、諸外国の研究機関や企業からの信頼を獲得し、共同研究やビジネスに参画するチャンスを得るエントリーチケットの役割も果たすため、注目されている制度の1つです。
このように、オープンイノベーションに伴う情報流通の増加によるリスクや、経済安全保障法制の要請に適切に対応できるような技術情報管理体制の構築が求められています。
2.技術情報管理の取組みプロセス
【技術情報管理の取組みプロセス】
(1)ステップ1:保有する情報の可視化
まず、初めのステップとして、保有する情報の可視化が重要です。自社が保有する技術情報を正しく把握し管理できている企業は、そう多くはありません。散在する技術情報やノウハウを整理し棚卸するとともに、それらをグルーピング/カテゴリー分けし、タグ付け等を行うことが必要です。それにより、バリューチェーンや事業領域に沿って分類することができ、目的に応じた管理が可能な状態になります。
(2)ステップ2:自社重要情報の基準整備
次に、機密情報管理の統制対象とする重要情報の基準整備を行います。自社技術の優位性の源泉となるコア技術があるか特定し、それらの技術情報を重要情報として特定することで、クローズ化すべき範囲(オープン化してはならない範囲)を明確にするためです。自社技術の優位性を判断するためには、IPランドスケープなど知財情報を活用した相対評価を行うことも有効です。
さらに、法制度上の重要情報にも配慮する必要があります。たとえば、「経済安保法上の規制対象情報(先端技術開発支援における「特定重要技術」、特許非公開対象となる「特定技術分野」「重要経済安保情報」など)、「秘密保持契約の下で他社から受領した情報」「不正競争防止法上の営業秘密として保護すべきノウハウ情報」「金融商品取引法におけるインサイダー情報」、に該当する情報は、意図しない取扱いを回避するために、一定以上の重要度をもって管理する必要があります。
(3)ステップ3:管理体制の構築
基準整備ができれば、最後に、管理体制の構築を行います。「人的管理」「技術的管理」「物理的管理」の観点も踏まえ、ルール策定・人材育成などの体制を構築します。「管理ルールは作ったが現場の実態と乖離した内容であったため形骸化してしまった」という事態を避けるためにも、運用可能な仕組みとすることが重要です。
なお、技術ノウハウ等について不正競争法上の営業秘密としての保護を得るためには、一定の要件を充足する必要があります。営業秘密と認定されるためには、(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2)事業活動にとって有用であること(有用性)、(3)公然と知られていないこと(非公知性)、の3つの要件を満たす必要があり、技術情報管理体制構築の際には、秘密管理性要件を担保することが特に重要になります(秘密表示、電子データへのアクセス権限管理や、物理的な書類保存場所への施錠など)。
3.コンタミネーションリスク回避のための取組み
(2)コンタミネーション回避に向けた取組み例
下記では、コンタミネーション回避に向けた取組み例を示しています。
【コンタミネーション回避に向けた取組み例】
プロジェクトの進捗に応じて、他社情報の受領前と受領後でそれぞれ対策が必要であり、受領前は(i)自社情報の特定、(ii)受領情報範囲の確定、受領後は(iii)受領情報の保管、(iv)受領情報の廃棄がポイントになります。
(i)自社情報の特定
他社情報受領前のフェーズにおいて、まずは、バックグラウンドIPを明確化することを目的に、対象プロジェクトにおける自社情報の特定を行います。
協業による成果と関係なく存在していたことを証明すべき技術情報がある場合には、公証取得・タイムスタンプ付与や特許出願を検討します。公証やタイムスタンプは情報を開示したまま自社情報の存在を証明できるのに対し、特許出願は原則として技術情報が一般に公表されてしまうため、事業戦略・知財戦略を考慮して許容できるかの判断が必要です。
(ii)受領情報範囲の確定
次に、取得する情報内容を明確に特定するために、受領情報の範囲の確定を行います。協業目的を実現するために必要な情報を特定し、それに照らして受領情報の一覧を作成することや、目的に不要な情報を不用意に受領しないことが重要です。協業先とコミュニケーションを行う実担当者に対するルールの周知・徹底も必要となります。
(iii)受領情報の保管
そして、実際に相手方からの情報を受領した後には、不適切な情報の使用や漏洩を防ぐために、受領情報の保管を行います。受領した情報は、自社の営業秘密と同様に、その他の情報とは分離して管理する必要があります。
また、受領した資料自体を転用していないとしても、渉外担当者の記憶にたまたま残っている情報の取扱いについても、協業契約において規定されている場合があります(残留情報条項)。このため、対象情報に接するメンバーを適切に選定し、関係ないメンバーは情報に触れさせない等の対策が必要です。
(iv)受領情報の廃棄
そして、協業目的に対して情報の活用が必要なフェーズを終えた後のリスク低減のために、受領情報の廃棄を行うことも重要です。相手方との契約条件も踏まえ、適切な保管期間等を過ぎた後は、情報を廃棄することにより、関係のないメンバーが意図せず受領情報に接触し、コンタミネーションや漏洩などにつながることを防ぎます。
4.まとめ
※1:内閣府「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(重要経済安保情報保護活用法)」
※2:内閣官房「経済安全保障上の重要技術に関する技術流出防止策についての提言」
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 渡邊 崇之
マネジャー 中川 祐
シニアコンサルタント/弁理士 松本 尚人
KPMGでは、サステナビリティに関する課題を起点としたビジネスの創出・実証検証のための環境として「SXテックハブ」を立ち上げ、大企業・スタートアップ企業をつなぐコラボレーション活動を推進しています。本連載は、SXテックハブの過去のセミナー企画の内容に基づくものです。 関連のセミナーは下記からお申し込みいただけます。 |