KPMGでは、グリーントランスフォーメーション(Green Transformation、以下、GX)を起点とした新規事業をテーマとしたセミナーを開催しています。本稿は、セミナーの内容を踏襲しつつ、さらにオープンイノベーションやそこでの技術情報管理に論を広げて、全3回にわたり解説します。

第1回にあたる本稿では、GXの概要を振り返りながら、GXビジネスへのアプローチや企業が取り組む際に重要となるポイントについて解説します。

<SXテックハブセミナー連載シリーズ>
「GX推進のためのオープンイノベーションと技術情報管理・知財」

1.GXのおさらいと現在地

GXとは、化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換する社会変革を意味しており、日本政府の中長期計画にも組み込まれています。

2015年に合意されたパリ協定では、世界共通の長期目標として、工業化以前からの気温上昇を2℃未満に抑える目標を設定するとともに、1.5℃に抑える努力を継続すること等を定め、各国の削減状況に関するPDCAの枠組みが設定されました。その後、日本では2020年10月に2050年のカーボンニュートラル・脱炭素社会の実現を目指すことを宣言し、2021年4月には2030年度に2013年度比で46%削減するとの目標も示されました。

2021年6月に策定された「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、14の重要分野における実行計画が定められ、予算、税制、金融、規制改革・標準化等の政策ツールを総動員して、脱炭素化へ向けた社会変革を雇用創出や経済成長につなげる方針が示されました。予算措置として、2兆円規模の基金を造成し、チャレンジングな2030年目標へ向けた研究開発に取り組む企業を支援することが定められました。

2022年6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、重点投資領域の1つとして「GXへの投資」が定められ、内閣官房における「GX実行会議」が設立されました。2023年7月に閣議決定された「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(GX推進戦略)では、「GX経済移行債」などのGXを後押しする金融政策手法が策定され、さらにGX実行会議で取りまとめられた「分野別投資戦略」では、製造業やエネルギー産業における投資戦略の具体策を提示しました。

2024年には、5月13日の第11回GX実行会議において、「GX2.0」への検討・着手が宣言され、「産業構造、産業立地、技術革新、消費者行動といった経済社会全体の大変革と脱炭素への取組を一体的に検討し、2040年を見据えたGX国家戦略として統合していく」※1ことが示されました。その後、「GX2040リーダーズパネル」での有識者ディスカッション等を経て、並行して検討されている「第7次エネルギー基本計画」「地球温暖化対策計画(改定)」とあわせ、2024年末の素案取りまとめを目指して「GX2040ビジョン」策定検討が進められています。
 
これらの総合的な政策策定・推進を通じ、化石燃料の代替としての水素・アンモニア、洋上風力等の再生可能エネルギー、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素の回収・貯留)等といったエネルギーの供給・消費、CO2の排出の構造転換に資する技術の社会実装へ向けたルール形成やインフラ整備が進められています。

2.GXビジネスの事業特性とアプローチ

(1)GXビジネスの事業特性

I.高い不確実性と収益貢献までの期間
GXビジネスは、社会全体の変革を伴うことから、関係するステークホルダーは多岐にわたります。さらに、通常の新規事業と比べても不確実性が高く、収益貢献までの期間も長期間を要する傾向にあると言えます。また、技術的なブレイクスルーの実現だけでなく、変革後に実現する姿についてのステークホルダーを巻き込んだ合意形成、関連法規制等の整備についての官公庁との調整、ビジネスプロセスを実現するためのサプライチェーン関係者との調整・合意形成、といった過程を経る必要があります。

収益化が実現されるまでの期間は、先行投資・キャッシュ流出が続くことになるため、GXビジネスに取り組む企業はそれに耐え得る体力を備えていることが求められます。大企業であれば、安定的に利益とキャッシュを創出できる基盤事業があったうえでGXビジネスに取り組むといった事業ポートフォリオ戦略が求められ、スタートアップ企業であれば、公的助成金や長期での運用を行うベンチャーキャピタルからの資金調達などが必要となります。

II.公的支援の存在
上記のようにGXビジネスは不確実性が高い傾向にありますが、GXの実現に向けた民間企業の取組みを後押しするべく、政府等の公的機関も補助金や税制優遇といった各種政策ツールを用いた支援を行っています。

GX実行会議の「分野別投資戦略」では、初期投資の負担軽減、生産段階におけるコスト負担支援、市場創造に向けた規制・制度、カーボンプライシングの段階的引き上げの組み合わせにより、民間企業での初期投資・事業化の実現性を高める環境整備が検討されています。たとえば、鉄鋼業においては、大型革新電炉転換や還元鉄の確保・活用等のプロセス転換投資支援、公的基金によるR&D(研究開発)・社会実装加速、GX価値の見える化等を通じた市場創造といった支援メニューが設定されています。また、その他の脱炭素へ向けたインセンティブ強化として、2028年度からの化石燃料賦課金導入、2033年度からの発電事業者等への有償オークション導入といった、企業におけるGX投資前倒しを促す施策が挙げられます。

他方、GXに資する新技術等を社会に浸透させるための標準化戦略も検討されています。2023年に再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議にて改定された「水素基本戦略」においては、すでに進められている水素ステーション関連の国際規格の開発に加えて、電動自動車、燃料電池、燃料アンモニア関連技術、などの戦略的な国際標準化に取り組むことが規定されています。また、GXに関する産官学の協働プラットフォームである「GXリーグ」においても、グリーンスチール(従来よりもCO2排出量を抑制した鉄鋼)などの「グリーン関連商材」に関する国際標準化の取組みを進めることが提言されています。

(2)GXビジネスへの取組みの重要ポイント

上記のような事業特性を踏まえ、GXビジネスの成功確率を高めるために、以下のようなポイントが事業化に向けたアプローチにおいて重要です。

I.環境負荷領域の見極めを通じた潜在市場規模の把握
ビジネスの企画段階では、まず、潜在的なGX市場規模を把握することが重要です。化石エネルギー由来のエネルギーはあらゆる産業で使用されていますが、CO2排出量が多い産業領域ほど、排出量削減に寄与する製品・サービスを導入できた場合に大きな収益が期待できます。

排出量の産業部門別分布としては、電気・熱配分前ベース(発電や熱の生産に伴う排出量を、その電力や熱の生産者からの排出として計算)で見た場合は、40.4%をエネルギー転換部門が占めますが、電気・熱配分後ベース(発電や熱の生産に伴う排出量を、その電力や熱の消費量に応じて配分して計算)では、産業部門(鉄鋼13.6%、化学工業5.4%等)、くらし関連部門(運輸部門17.4%、家庭部門14.7%等)といった分布となっています(2021年度排出量ベース)※2

II.政府施策とのアラインとルール形成に向けた働きかけ
続いて、GXを推進する事業者を後押しする各種支援策について、自社の優位性構築のために活用すべき外部環境として把握します。経済的な優遇措置は自社の負担軽減に直結し、法規制の変化への対応は、自社サービスの差異化の機会となり得ます。現在の動向だけでなく、今後のルール形成動向の把握・先読みや、官公庁への働きかけにより自社の戦略に適合する方向性での規制化を促すような、能動的なルール形成活動も効果的です。

III.自社の知財見極めに基づく戦略検討
これらの環境認識(潜在市場規模・国の取組み)を踏まえ、技術・知財や顧客接点等の自社アセットも考慮して、新規事業として取り組むGXビジネスの戦略・方針を策定します。

GXビジネス領域への新規参入における成功可能性を高めるために、まずは自社の技術やノウハウを含む知財の棚卸を行うことが重要です。自社既存事業とのシナジーや、既存技術・ノウハウをどう活かすのかを見極めて、戦略的な参入・推進判断をするためには、他社優位となる自社知財権をどの範囲で、どの程度保有できているのかを、GXビジネスのバリューチェーンに沿って考慮する必要があるからです。自社知財の見極めは、新規事業の投資判断の正確性を高めるうえで、極めて重要なステップと言えます。

さらに踏みこんだ戦略検討の場面においても、知財が有効になるケースがあります。たとえば、公開された他社特許情報を技術・製品ごとにマッピングすることで、自社技術の相対的な優位性の分析に活用することができます。また、対象業界における技術課題や、各プレイヤーにおける技術開発・知財権取得のための投資動向を把握できるため、次の打ち手の検討にも有効です。

市場競争力を生み出す技術を特定し、自社の立ち位置や、業界全体の成長分析の精度を高めるために、業界レポートや有識者インタビューなどに特許情報を組み合わせて分析する、「IPランドスケープ」と呼ばれる調査手法を採用する企業は増えています。

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2021年に取りまとめた「脱炭素領域における特許競争力の国・地域別分析」から見ても、日本企業はGX領域において、国際的に見劣りしない技術力を有していると言えます(図表1)。「世界最大の機関投資家」とも呼ばれるGPIFによる低炭素技術特許分析は、有効なGX特許の保有が、機関投資家からポジティブに評価される可能性の示唆と捉えることができます。こうした知財への投資を、GXビジネスの価値創造に実際につなげるためにも、技術・知財を活かしたGXビジネスの戦略策定が求められます。

【図表1:脱炭素技術における特許競争力各国比較】

GXビジネスへの取組みアプローチと知財_図表1

出典:年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「2020年度 ESG活動報告 別冊 GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析」を基にKPMG作成

【図表2: GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析による尺度】

  特許スコアの計算尺度 評価されやすい知財の視点
特許前方引用 他者の特許出願において当該特許が引用された数(+) コアとなる技術を保有し、知財化できている
特許後方引用 当該特許の出願時に引用している他者の特許の数(ー)
市場カバレッジ 評価対象の特許が出願された国のGDPの合計(+) 先進国を中心に、グローバル市場での権利確保ができている
CPCカバレッジ 国際的な特許分類のカバー率(ー) 複数のソリューションに活用できる横断的な技術として知財化されている

 出典:年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「2020年度 ESG活動報告 別冊GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析」を基にKPMG作成

IV.パートナーとの連携によるスピード感ある事業化推進
戦略策定後は実際に事業化を推進することになります。しかし、上述のとおりGXビジネスは不確実性が高いため、PoC(概念検証)・実証実験の実施およびその結果に応じた方向転換をスピーディに繰り返し、ステークホルダーに受容されるビジネスモデルを構築していくことが重要です。不足する技術や知見を互いに補完しあえるパートナーを探索し、コラボレーションにより事業化を図る戦略(オープンイノベーション)もGX領域では非常に有効です(オープンイノベーションによるアプローチは第2回で解説します)。

他方、オープンイノベーションは、実験データ・設計ノウハウといった重要情報の連携が発生する場合もあり、自社競争力の喪失や協業パートナーとの紛争といったリスクも伴います。こうしたリスクを確実にコントロールするような技術情報・知的財産の適切な管理も、同時に重要な課題だと言えます(詳細は第3回にて解説予定)。

SXテックハブセミナー連載シリーズの第1回として、本稿ではGXビジネスへの取組みアプローチを概観したうえで、GX推進において、知財やオープンイノベーションが重要なファクターであることを解説しました。続く第2回では、先端技術の社会実装に取り組むスタートアップ企業とのオープンイノベーションが、GX領域における顧客価値の創出と事業化推進に際しての重要な戦略オプションであることを解説します。また、最終回となる第3回では、オープンイノベーションを効果的に進めるうえで必要となる、技術情報・知財の管理について、近年の環境変化とその対応も含めて解説します。

※1:経済産業省「齋藤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要
※2:内閣官房「分野別投資戦略

※図表1・2参考資料:年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「2020年度 ESG活動報告 別冊 GPIFポートフォリオの気候変動リスク・機会分析

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 渡邊 崇之
マネジャー 中川 祐
シニアコンサルタント/弁理士 松本 尚人

KPMGでは、サステナビリティに関する課題を起点としたビジネスの創出・実証検証のための環境として「SXテックハブ」を立ち上げ、大企業・スタートアップ企業をつなぐコラボレーション活動を推進しています。本連載は、SXテックハブの過去のセミナー企画の内容に基づくものです。

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