KPMGでは、グリーントランスフォーメーション(Green Transformation、以下、GX)を起点とした新規事業をテーマとしたセミナーを開催しています。
SXテックハブセミナー連載シリーズ「GX推進のためのオープンイノベーションと技術情報管理・知財」では、セミナーの内容を踏襲しつつ、さらにオープンイノベーションやそこでの技術情報管理に論を広げて、全3回にわたり解説します。
第1回ではGX推進の意義と取組みアプローチについて解説しました。第2回目となる今回は、GXビジネス推進において重要となるスタートアップとのオープンイノベーションについて解説します。
<SXテックハブセミナー連載シリーズ>
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1.GX領域におけるスタートアップ企業の動向
GX領域における社会課題・顧客課題の解決に際しては、さまざまな先端技術が必要となります。たとえば2021年に改定された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」において、再生可能エネルギーの導入拡大の観点では、立地の柔軟性や低コスト化を目的とした、次世代型太陽電池や浮体式洋上風力発電の技術開発や、潜在的なエネルギー供給源としての宇宙太陽光発電システム(SSPS)の研究開発・実証、等が挙げられています。
また、火力発電から排出される二酸化炭素を削減するための、二酸化炭素の回収・貯留(CCS)やカーボンリサイクルについても、さらなる技術開発・コスト低減・社会実装が必要とされています。
(2)GX領域におけるスタートアップの活動
これらの先端技術については、大学発スタートアップ企業を含むディープテックスタートアップ企業が国内外で多数設立され、研究開発に取り組んでいます。気候変動抑制に資する技術開発に取り組むClimate tech startupに対するグローバル投資額は増加傾向にあり、2022年に750億ドルに至っています※1。
GX領域の一例として、化石燃料の代替エネルギーとしての水素関連市場が挙げられます。需要面では、製鉄・化学等の重工業や、船舶・航空機といった輸送業等での需要の増加から、水素の需要は2050年には4億3000万トンに拡大し、2022年の9500万トンから約4倍に増加が見込まれます※2。供給面でも、増大する需要に対応すべく、各国でロードマップを策定し、大規模プロジェクトが進展しています。
年間生産量2500万トンと世界最大の水素供給国である中国は、水素産業のリーダーとしての地位を確立する取組みを進めています※3。米国は、水素産業への2億3000万米ドルの大規模投資や、世界最大級のグリーン水素プラントの建設を進めています。これにより関連市場(水素ガス・関連機器)の世界市場は2030年度に約91兆円と、2021年度の約3.5倍に拡大すると予想されています※4。
水素市場においてもスタートアップは大きなポテンシャルを有しています。水素より運搬・貯蔵などが取り扱いやすく、水素キャリアとして期待されるアンモニア関連を含め、米国、中国、ドイツ、日本を含むグローバルで事業化の取組みが進められています。
これらのスタートアップ企業は、グリーン水素(再生可能エネルギーにより製造した水素)の製造技術、水素燃料のモビリティ機器への実装技術、水素の貯蔵・輸送技術、といった技術の開発に取り組み、既存企業にないユニークな優位性を構築しています。
国内におけるGX関連スタートアップでは、政府系補助金の供給スピードが課題として挙げられています。GX実行会議で実施された「GX2040リーダーズパネル」では、補助金の審査頻度の増加、審査書類準備や監査の負荷軽減等によりディープスタートアップへの補助金供給を加速し得ると指摘されています。
2.GX推進におけるオープンイノベーションの重要性
スタートアップ企業は、最先端研究における技術知見、グローバルなアカデミアネットワークへのアクセス、意思決定や仮説検証・方針転換におけるスピード感や柔軟性等の点で、既存の大企業に対する優位性を有する傾向にあります。このため、スタートアップと同等の技術を大企業が自前で開発・実装することは経済的に合理的でない場合が見られ、相互のアセットを持ち寄ることによるオープンイノベーションでの推進が有力な選択肢になり得ます。
特に、社会全体の変革と連動して事業化していくGXビジネスにおいては、事業を立ち上げるまでに解決すべき課題が多岐にわたり、不確実性が高い特徴があります。こうした不確実性を乗り越えてGXビジネスを実現するためには、仮説検証のサイクルをスピーディに回す必要があり、大企業のアセット・ノウハウだけでなく、スタートアップの機動力がカギとなります。
日本政府での「GX2040ビジョン」策定へ向けた検討においても、「スタートアップと大企業との協働加速」が重要課題として指摘されており、今後もさらなる環境整備や公的支援施策の実施が予想されます。
【オープンイノベーションの実践によるGX産業の成長】
なお、大企業が先端技術を有するスタートアップ企業とのコラボレーションでGXビジネスを推進するに際しては、M&Aやマジョリティ出資により自社グループ内に取り込むことも戦略上の選択肢に含まれます。
しかし、上述のような企業特性の違いや、既存の自社事業ポートフォリオとの距離(いわゆる“飛び地”となるケース)、中長期的な追加投資の必要性などから、自社のマネジメントスタイルが適さない場合もあり、M&A後に苦戦するケースも見られます。事業提携やマイノリティ出資での資本提携からスタートして双方の親和性・マッチングを見極める等、慎重な判断が必要です。
(2)スタートアップとのオープンイノベーションにおける留意点
実際にオープンイノベーションを推進するにあたっては、中長期的に実現するビジョンの共感・共有、双方が保有するアセットの親和性など論点も多く、両者の信頼関係をベースに、慎重に協業契約に落とし込む必要があります。経済産業省や公正取引委員会が公表した「事業会社とスタートアップのオープンイノベーション促進のためのマナーブック」や「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」においても基本的な論点が挙げられています。
本稿では、GX領域におけるスタートアップの動向およびオープンイノベーションの活用について解説しました。次回の第3回では、オープンイノベーションにおける技術情報と知財のマネジメントについて解説します。
※1:経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」
※2:国際エネルギー機関(IEA)「Net Zero Roadmap A Global Pathway to Keep the 1.5 ℃ Goal in Reach 2023 Update」
※3:アステュート・アナリティカ「世界の水素市場」
※4:富士経済グループ「水素関連の世界市場を調査」
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 渡邊 崇之
マネジャー 中川 祐
シニアコンサルタント/弁理士 松本 尚人
KPMGでは、サステナビリティに関する課題を起点としたビジネスの創出・実証検証のための環境として「SXテックハブ」を立ち上げ、大企業・スタートアップ企業をつなぐコラボレーション活動を推進しています。本連載は、SXテックハブの過去のセミナー企画の内容に基づくものです。 関連のセミナーは下記からお申し込みいただけます。 |