社会のなかで複雑に絡み合う物事を解きほぐす~「図解・可視化」のエキスパートに聞く~

ビジネス環境が多様化・複雑化していくなか、ビジネスモデルを理解するためにはどうすればよいか。新たなビジネスのアイデアを作るには何が必要か。見えないものを見える化し、複雑に絡み合った物事を解きほぐす「ビジネスモデル図解」を発案の株式会社図解総研 代表取締役・近藤哲朗氏に伺います。

KPMGアドバイザリーライトハウスが、ビジネスモデル図解を発案されたビジュアルシンクタンク・株式会社図解総研代表取締役の近藤哲朗氏にお話を伺います。

これまでは一部の経営層などにしか考えられてこなかったビジネスモデルを、一般の社員にも理解してもらうためには何が必要か。ビジネスの環境が多様化・複雑化していくなかで柔軟な経営を実現していくために、いろいろな立場の社員がアイデアを出し合うにはどうしたらいいのか。今回は、言葉だけでは捉えきれないイメージを共有するための、共通言語としてのビジネスモデル図解を発案されたビジュアルシンクタンク・株式会社図解総研 代表取締役の近藤哲朗氏に、KPMGアドバイザリーライトハウス代表取締役兼KPMGジャパンチーフデータオフィサーの中林真太郎がお話を伺います。

対談者

社会のなかで複雑に絡み合う物事を解きほぐす

左から:
株式会社 図解総研
代表取締役 近藤 哲朗 氏

株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
代表取締役パートナー 兼
KPMGジャパン
CDO/チーフデータオフィサー 中林 真太郎

お問合せ

1. 3×3の9マスでビジネルモデルを図解する意義

中林:弊社はデータや情報など見えにくいものを見える形にして、それによって得られた気づきを具体的な活動や行動に紐づけるための多様な手法を蓄積しています。近藤さんの書かれている“図解”に関する書籍を拝見し着眼点の鋭さに感銘を受けました。まず、なぜ最初にビジネスモデルを題材に図解してみようと思ったのでしょうか。

近藤氏:私は小さい頃から長い文章を読むのも書くのも苦手で、ビジネススクールのレポートも全て図で提出していました。その延長で、2017年にSNSでビジネスモデル図解を投稿したのです。自分なりにビジネスモデルを理解するために図解し、シェアするためです。それが話題となり拡散されたことで「ビジネスモデル2.0図鑑」(KADOKAWA、2018年)の出版につながりました。半分は趣味で始めたものですが、時代の要請にちょうど合っていたということなのだと思います。

中林:見えないものを見えるようにする過程では、数字をグラフにしたり、文字を分析して単語の使用頻度を分類したりします。最近では文字だけでなく画像や動画の分析も増えています。しかしビジネスモデルは文字でもイメージでもない“概念”のようなものだと思います。それをどのようにして、図解として具現されたのでしょうか。

近藤氏:ビジネスモデルを記述するフレームワークとしてはビジネスモデルキャンバスが有名ですが、これは文字で表すため、ビジュアルとして違いを理解するにはハードルがあります。他にもさまざまなフレームワークはありますが、ビジネスモデルに精通していない人には少し難しいだろうと感じていました。そこで、3段で記述するルールを設けてみたのです。制約が強いほど表現できる幅は減りますが、難易度は下がります。最終的にはさらに制約制限を増やし、3×3の9マスで図解することにしました。

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出典:株式会社図解総研提供

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株式会社 図解総研
近藤 哲朗氏

ビジネスモデルはある意味で特権的な、難しい概念ですから、一般の社員には近寄りがたいもののように思われています。でも、これからの時代はみんなでビジネスモデルを考えていくべきです。「こういう仕組みがあったらいい」というアイデアを、みんなで出し合えたほうがいい。ですから、より民主化されたツールがあれば「自分でも考えられるかも」と思ってもらえるのではないかと考えていました。

中林:ビジネスモデルは定量的なデータではありませんから数字で計ることは難しいと思いますが、さまざまな要素が複雑に絡み合った構造をどのようにして、“関係性”として図解するのでしょうか。

近藤氏:捉え方としては方程式に近いです。ビジネスモデルという1つの大きな概念のなかに複雑な変数がたくさん含まれていて、その変数がどう関わり合っているのか、公式を見つけ出すようなイメージです。また、儲けの仕組みは複雑ですから、ビジネスモデル図解では2つの段階に分けています。まず儲けの仕組みを適切に分解して何の変数があるかを特定していく段階があり、次に特定した変数を可視化するビジュアライズの段階につなげます。前段がなければ、図解はできません。データの可視化で言えば、データをどう解釈するかとか、意味付けするかというのが前段に当たります。

中林:ビジネスモデルをたくさん分解してきて、毎回表れるような変数はありますか。あるとしたら、どのような変数でしょうか。

近藤氏:ビジネスモデルはそれぞれとても複雑で、いまだに全貌を解き明かせているわけではありません。しかし、「誰が」「どんな事業を」「誰に対してやるのか」という構成は普遍的です。そこで、ビジネスモデル図解のフォーマットを3段構造にし、上の段を顧客、真ん中の段を事業、下の段を事業者としています。この3×3=9つのマスはそれぞれに意味がありますが、1つずつ見るのではなく全体のバランスを見る必要があります。たとえば、商品と顧客、自社のリソースと商品というようにマス同士の比較を通して、そのビジネスモデルがきちんと成立するのかを見ていきます。あの9マスで、そのための最低限の情報が整理できるようになっています。

今はいろいろな事例を書くことで、「本当にこの9マスで書けるか」をテストし続けているところです。書けない事例が出てきたら、いろいろな事例やはずれ値を入れて、フレームワークの強度を上げるという作業をやり続けています。

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株式会社 アドバイザリーライトハウス
中林 真太郎

2.先行事例の枠組み化がもたらす新たなアイデア

中林:「ビジネスモデル2.0図鑑」が注目されたことで、ビジネスモデルを書けない人やビジネスモデルを作っていきたいと思っている人などから相談はありましたか。

近藤氏:新しいビジネスモデルを作る過程でアイデアを出しやすくするために使いたい、あるいは、既存のビジネスモデルを可視化して社内のコミュニケーションに使いたいという相談はありました。後者は、「大企業で縦割り組織になっているため、隣の部署が何をやっているのかがわからない」というものが多いです。他社の事業を分析することもあります。

中林:なるほど。思考実験における踏み台となるものを用意するわけですね。何もないところから何かを創造するのが得意な人たちと、ある程度のベースをうまく組み替えていくのが得意な人たちなら、やはり後者のほうが多いと思います。

近藤氏:なかなかゼロイチでは考えにくいですから、それはありますね。

中林:そこで何かしらの踏み台を作ってあげると、イノベーションが起きやすくなります。考える素材になりますし、議論が誘発されやすいからです。踏み台がない状況で議論したり、新しいことを考えたりするのは、実際には難しいと感じることも多くあります。

近藤氏:そうですね。今後、日本の市場がだんだんと縮小していくという状況で、既存事業が収益化されていても伸び悩んでいたり、新しいビジネスモデルを作らなければならなかったりと、日本のいろんな企業がそういう状況に陥っています。そういう時にありがちなのが、バズワード症候群です。何かしらの技術的なトレンドと紐づいていて、バズっているものにどうしても飛びついてしまう。しかし、それだけですと結局、既存事業とのシナジーがなかったり、技術的なトレンドが急に下火になったりした際に、その事業自体が低迷するリスクがあります。この背景にある問題は、バズワードに飛びつかざるを得ないくらいアイデアが湧かないということです。

中林:なぜ、アイデアが湧かないのだと思いますか。

近藤氏:他の事例を知らないからです。この世の中には面白いビジネスモデルが本当にたくさんあって、大勢の先駆者がいます。にもかかわらず、他社の事例も知らないし、自社の事業すら知らないことがある。自分の部署で何をやっているのかは知っていても、自分たちの会社のお金の流れも、どんな事業があってどういう事業ポートフォリオで、どこに注力しているのか、どの事業がどれだけの売上の比率なのかも全然知らないのです。どれも統合報告書などに書いてあるのに、読まない。だから、わかりやすいワードに飛びついて事業案を考えてしまうのです。

では、なぜ事例を知らないのか。そもそも事例を知る枠組みを知らなくて、自分のなかにストックできていないからです。たとえば、「この事例はこの変数が優れているからいいんだ」というように、自分なりに変数を分解して、体系化していないと、事例はなかなかストックされません。事例を知るための枠組みやツールにもいくつか選択肢がありますから、自分に適したツールや事例の集め方、変数の分解の仕方を知っておくべきだと思います。

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3.独自の競争優位性こそがビジネスモデルの本質

中林:ビジネスモデルのビジネスモデルたる所以は、魅力的に見えるモノとその周りのお金の流れが紐づくことで生まれる独特の競争力にあります。「なるほど、そこがあるから強いんだ」という価値は1つではなく、企業にはたくさんあります。図解することで、これまで気づけなかったいろいろな価値を発見することができそうです。

近藤氏:「ビジネスモデル2.0図鑑」の次に書いたのが「会計の地図」(ダイヤモンド社、2021年)という会計の本です。これを書いたのは、会計を通して考えるとお金の流れが見えてくるからです。

たとえば、創業10年足らずで時価総額1,000億円以上の上場を果たした、スポットアルバイト仲介サービス企業A社のバランスシートは、立替金が異常に多くなっています。これはどうしてか。たとえば登録ワーカーが飲食店で、時給1,000円で5時間働いたとしたら、登録ワーカーは即日でA社から5,000円もらい、A社は飲食店に5,000円+手数料30%を請求し、翌月末に入金してもらうという流れになります。つまり、入金までの間、立替金として5,000円、売掛金1,500円が計上されることになるのです。

これは、通常はプラスには見えません。立替金がある間、企業にはキャッシュがなくなるからです。そのキャッシュを埋めるには資金調達が必要で、A社もいろいろな銀行から借入しています。しかし、立て替えられている企業は大手ばかりですから、これは「絶対返ってくるだろう」という、ある意味担保にもなり得るような魅力的な立替金です。ですから、一見するとバランスシートは変な形でも、この立替金こそがいわゆる「スキマバイト」ビジネスモデルのポイントなのです。

手数料30%というのもポイントです。人材派遣モデルと思えば30%という手数料は普通ですが、実態はマッチングモデルです。同じマッチングモデルでもフリマサイトの手数料が10%程度であることを考えると、このビジネスモデルはすごい。しかも、「スキマバイト」という新しい造語を作り出すほどブランド認知も高く、とても良くできています。

さきほど在庫滞留率を見ているという卸売会社の話が出ましたが、普通は在庫回転率が高いほうがいいとされています。でも、その企業はニッチな商品まで全部揃えているという独特のポジショニングを形成しています。これでは、他社はなかなか追随できません。経営の定石から外れているため実現が困難ですし、コストもかかるからです。

そういうふうに、あえて「あっちをやったら、こっちはできない」というトレードオフになるような意思決定をして、ユニークなポイントを最初に押さえてしまう。そして「定石ではそうしない」ことにグッと入り込んでポジショニングすることで、他社には真似できない独自の進化ができるのだと思います。それがバランスシートにも表れるので、本当に興味深いです。

4.図解化すると見えてくるビジネスの隙間

中林:アルバイトの領域において、需要と供給のマッチングサービスを提供されている企業様は、“隙間”をテーマに、新しい価値提供方式を構築されていますね。

近藤氏:ほかにも、フリマサイトサービスは非常に興味深いです。市場へは後発参入で本当に勝てるかどうかもわからないのに、売上ゼロ、ビジネスモデルもない状態で資金調達して、それを全部広告に投下するという大胆な戦略。「とにかくネットワーク効果を最大化することがこのビジネスの勝ち目だ」ということで、GMV(流通取引総額)を最大化するために広告で認知度を上げて、ユーザー数を増やすことに全振りする。スマホやフリマアプリの普及と相まって、一気に市場が拡大したと言われています。

ビジネスの世界では、常軌を逸したような投資による勝負が時々見られますが、この現象はある特定の市場が急激に成長する時に発生する傾向があります。あるVCの関係者も、スタートアップは伸びる市場であることが一番のポイントだと言っています。何のビジネスかということよりも、成長する市場を見つけていち早く参入できるかどうか、どこの市場を取るか、いかに時代のニーズに合わせて変数を捉えるか。それがスタートアップにおいては非常に重要だと考えています。

最初の話に戻りますが、目に見えないものをきちんと価値として創り出し、それがビジネスとしても成功して、最終的には市場で評価される。私はそれがイノベーションだと思っています。人口が減り、高齢化が進み、社会が閉塞感を感じているからこそ人工(にんく)によらないアイデア、ビジネスモデル、イノベーションが必要だと思うのです。

中林:現代日本では色々なことが飽和している、隙間が小さくなっている、と感じる方も少なくないように思います。前述の隙間を上手に捉えたアルバイトの領域における新しい需要・供給のマッチングサービスなども、実は小さな隙間ではなくあらためてビジネスとして定義したことで、隙間ではなくなっていったということだと思います。隙間を見つけて最初に感情の面で“面白いな”と感じられることがイノベーションの源泉になっていることは言うまでもありません。課題とソリューションの接着点を発見した時に高揚する感覚、これを大事にすべきだと感じています。

お話を聞いていて思うのは、高度に構造化された社会のなかで、どうやって意識的に隙間を見つけて議論するのか、どうやってその議論を共有し、楽しいと思える状態にするかということです。

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近藤氏:世の中にはブラックボックスがたくさんあります。これだけ便利で、みんながいろんなところで努力しているのに、それでも変わらないものがある。もちろん変わらなくていい部分もあります。しかし、今の技術や時代の要請とともに変わるべきなら、それはアップデートしないといけない。私としては、そういう目に見えないものをどんどんあらわにして、もっとみんなで共有できるようにするべきだと思っています。一部の人にしか使われない概念、特権的な仕組み、不透明なプロセス、そういうブラックボックスになっているものを解体して、もっとみんなが参加できるといいですよね。

中林:図解すると見えにくかったものや不足している接着点に気づき、社会課題の新たな解決につながりそうです。

近藤氏:現代社会はいろんなところで、物事の因果関係が複雑に絡み合っています。だから、私らは図解というツールを使って、目に見えていないものを可視化しながら、みんなのコンセンサスを取って全体像を捉えようとしています。図解は図を用いて解き示すことですが、単に図にすればいいというわけではありません。今の時代には、図解というやり方がすごく求められているように感じます。

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