日本においても官民を挙げた情報化社会の高度化が進んでいます。デジタル技術を通じたデータの利活用が不可欠になる一方、プライバシーやセキュリティへの懸念もあり、データの性質に応じた適切な処理が、行政や企業に求められています。データアナリティクスやデータマネジメントという考え方を企業が実装する際のプロセスや課題について、KPMGコンサルティングのアソシエイトパートナー、安田 壮一に聞きました。
―DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて日本が目指している社会は、どのようなものですか。
安田:世界各国と比べて遅れを取っているとされてきた社会のデジタル化に対し、2021年にデジタル庁が発足し、ようやく日本でも国を挙げてデータ戦略を推進することになりました。「包括的データ戦略」を策定、具体的な取組みの方向性を示し、国として向かうべき姿、日本企業が目指すべき姿が描かれています。
ポイントとなるのは「アーキテクチャ」です。データの利活用を通じて新たな価値を創出する人間中心の社会といったビジョンを実現させるためには、アーキテクチャとその共有が重要です。デジタル庁では7つの階層で表現しています(下図参照)。
【包括的データ戦略のアーキテクチャ】
安田:第1層の「インフラ」は5G通信やデータセンター、計算インフラといった整備。第2層の「データ」は活動の基盤となるデータの整備。第3層の「連携基盤」はデータをシステマティックに連携させるためのAPIやカタログなどのツール。第4層の「利活用環境」はPDS(Personal Data Store)や情報銀行といった連携されたデータを使いこなす環境の整備。第5層の「ルール」は、データガバナンスや利活用のトラスト基盤といった必要なルールの整備です。第1層から第5層までがデータ環境整備になります。
そして第6層がBPR(Business Process Reengineering)での実装段階です。企業であれば「いかなるステークホルダーがいかなる価値を生み出すか」、そのために「どういった業務やデータを提供すべきか」という視点が重視されます。社会実装と業務改革を通じて、ゴールに当たる第7層の「新たな価値の創出」につながるという全体構造です。
―データを精査してマネジメントしていくという取組みが企業に必要となるなか、現状と理想とのギャップに悩む企業も多いのではないでしょうか。
安田:確かにそうですね。ある調査によれば、データマネジメントの課題として「データ統合環境の整備」「経営層または事業部門の理解・参画」「データ分析・活用のための体制/組織の整備」といった項目が上位に並び、私もクライアントと話をしているなかで同様の悩みについて感じることが多いです。データを生業とする企業と、そうではない企業とで取組みの進展の差を感じることもあります。
―個々の企業によってデータマネジメントの成熟度には違いがありそうですね。その進展の違いについてどのように理解していますか。
安田:成熟度に応じて大きく低中高の3つのステージに分類しています。1つ目は低のステージ。DXやデータ利活用に対して検討中であり、どのように進めていくべきか不安を感じています。2つ目は中のステージ。DXへの取組みは進めているものの、適切なガバナンス面で不安を抱える場面が多く、トップダウンでDXや生成AIの導入が決まったものの、セキュリティ面などがおざなりにされるリスクがある状況です。3つ目の高のステージは、冒頭のアーキテクチャに対して攻守ともにバランスよく進めていて、施策の改善に取り組んでいます。
KPMGは成熟度に応じて、2つの切り口で支援しています。1つは低や中の成熟度のクライアントに向けたロードマップの策定や戦略立案といった支援です。ケイパビリティや人材などのリソースが足りない場合は、クライアント企業に入り込んだ伴走支援も行います。もう1つは中や高の成熟度のクライアントに向けた価値創出に向けた支援です。メタデータ戦略やデータ品質管理戦略などを活用し、新事業を含めた業務実装とPDCAによるデータマネジメント体制の確立を目指しています。
―KPMGのデータマネジメントに対する支援について、特徴的な点は何ですか。
安田:グローバルで共通したフレームワークを持っていることです。具体的には11の項目で構成されているKPMG ADM(Advanced Data Management)フレームワークと称するものです。KPMGがグローバルで蓄積したベストプラクティスと、世界中に支部を持つデータ専門家のための非営利団体DAMAが作成するDMBOK(Data Management Body Of Knowledge:データマネジメント知識体系ガイド)といった業界標準を組み合わせて開発しました。11の項目ごとにKPIや実施すべき内容を定義しているのが特徴です。
データ戦略やデータアーキテクチャ、メタデータ、データ品質、マスタデータ、データオペレーション、ドキュメント管理、データ統合、データセキュリティ、ビジネスインテリジェンス、アドバンスドアナリティクスという11項目ごとにクライアント企業の成熟度を診断することから始めるケースが多いです。
【KPMG ADM(Advanced Data Management)フレームワーク】
データマネジメント要素 | 概要説明 |
---|---|
データ戦略&データガバナンス | 組織内の包括的データ管理活動の構築・強化を目的とし、戦略から業務レベルまで、データ価値にかかわるオーナーシップと説明責任を確立する取組み |
データアーキテクチャ&データモデリング | アプリケーションレベルまたはエンティティレベル(概念・論理・物理データモデル)の概略図によって表される全体図を提供する取組み |
メタデータ | アプリケーション、プロセス、レポート全体にわたるさまざまなメタデータタイプを一元的なリポジトリに管理する取組み |
データ品質 | データの完全性、正確性、一貫性、適時性に重点を置く取組み |
マスタデータ&参照データ | 組織横断による唯一のバージョンのマスタデータを作成する取組み |
データオペレーション | 作成/取得から廃棄までのデータライフサイクル全体を管理するプロセス。ポリシーと手順の実装、データの取得、移行、変換、保存、有効期限、廃棄など |
ドキュメント&コンテンツ | コンテンツ、ドキュメント、その他の構造化された情報または構造化されていない情報へのアクセスを可能にする取組み |
データ統合&相互運用性 | アプリケーションと部門間のデータの移動と統合を管理するプロセス |
データセキュリティ | ビジネス要件やコンプライアンス要件を満たしながら、データセキュリティを物理的および論理的の両側面から確保すること |
ビジネスインテリジェンス(BI) | 業務機能とコンプライアンス要件のサポートなど、効果的なビジネス分析と意思決定支援を目的として、データ提供のための技術環境と適切なプロセスを構築し、維持すること |
アドバンスドアナリティクス | 構造化・非構造化両方のデータから、ナレッジと洞察を抽出するための科学的な方法、プロセス、アルゴリズムとシステムを活用する学際的な分野 |
―データマネジメントでの企業の成熟度を測定した後は、どのような施策を講じるのでしょうか。
安田:ギャップを明確に示したうえで、打つべき施策について協議をし、対策を支援する流れになります。KPMGは大きく3つ、「戦略」「組織・人材」「オペレーション」の切り口でデータマネジメントへの具体的支援を行っています。
まずは「戦略」です。成熟度診断においてあぶりだされた体制的な弱さを踏まえ、現状把握とあるべき姿を整理します。理想とのギャップを埋めるために、ロードマップを策定するなどして方針を固めていきます。その後、実装においては「組織・人材」と「オペレーション」の視点で要件整理を行います。ここではマスタデータの管理やセキュリティなど運用要件に留まらず、必要な人材といった組織要件も整理するケースもあります。この間、経営陣や各部門、データマネジメントの関連組織とすり合わせをしていく必要も生じます。
こうして実際の運用に入っていくわけですが、要件が整理されただけでは不十分で、ビジネスに即した人材要件を詳細に詰めなくてはいけません。AIの活用などテクノロジーが日進月歩しているなかで、人材要件が陳腐化する速度は今までに増して速まっており、どういった観点で人材要件をアップデータすべきかご相談する機会も増えています。
運用の設計に関しては成熟度によって支援する内容は変わります。実情に応じた運用設計に基づく関連マニュアル文書の準備も必要です。マニュアルと人材要件に応じた教育やトレーニングを通じて人材のスキルセットを伸ばしていく施策も求められます。
マニュアルと親和性の高い話としてポリシー/ガイドラインの策定があります。継続的な取組みにおいてマニュアルを変更する際には上位概念が必要で、「戦略」としてポリシー/ガイドラインの策定を支援しています。支援の期間はクライアントの状況に応じて異なりますが、「戦略」策定で3ヵ月程度、要件整理で少なくとも半年ほど、それ以降の運用に関しては数年といった長期的な伴走支援に至るケースも少なくありません。
―クライアントに対し、今後、データマネジメントに関してどのような支援を続けたいと考えていますか。
安田:ビジネスとテクノロジーの両面でデータを一貫して考えられる人材が日本企業では足りていないと感じています。内製化に向けて支援することは多いのですが、ビジネス側の視点でデータマネジメントができる組織作りをサポートしたいと考えています。たとえば、データ分析のノウハウの提供もその1つです。クライアントが抱える課題に対して、データ分析ステップの整流化や可視化を踏まえた共同作業を行うことで、実地に即したノウハウを提供します。これは特に管理部門に対して展開しているもので、どちらかといえば守りのデータアナリティクスという観点で、サービスを展開しています。
【データ分析アプローチ例:データ分析ステップの整流化・可視化を踏まえた共同作業にて、より具体的なノウハウを提供】
安田:また、データマネジメントやデータアナリティクスは、DXやITといった全社的な動きと密接にかかわっていて、データの品質やマスタデータの管理という側面だけでもITマネジメントやDXガバナンス、セキュリティとも連携した動きが求められます。KPMGではリスクコンサルティングを一貫したサービスラインと捉えており、クライアントにとって幅広い領域で相談できる相手となれればと考えています。
DXやデータの利活用は重要な経営戦略になっていますが、データマネジメントを専門に構わる企業はとても少ないのが現状です。多くはIT企画室や情報システム部といった横断的な実務部門のスタッフが、データのケアを兼任しています。生成AIなど新たなデータテクノロジーは潜在的なリスクも大きく、データをきちんとマネジメントしていくことは企業のガバナンスの面からも、本来はもっと重要視すべきテーマだと考えています。データマネジメントに対する不安や懸念を感じた際には、いち早くご相談をいただけますと幸いです。
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