本連載は、2024年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
1.二輪車市場のトレンド
今や二輪車は、日本企業がグローバルで45%前後の市場シェアを持つ産業分野に成長しています。新車の年間販売規模は世界全体で約5,500万台に達し、主なマーケットはインドや中国、東南アジアといった国・地域です。そのなかでもインドは世界最大の二輪車市場で年間販売台数は約2,000万台であり、国民の主な移動手段の1つとなっています。本稿執筆現在、インドでは電動二輪車(EVバイク)の需要が拡大しており、新たなトレンドとなっています。
2.インドでEVバイク需要が拡大
インドにおける2023年のEVバイクの販売台数は約90万台となり、2022年比で30%以上増加しました。この要因には、補助金などの優遇措置の効果が挙げられます。インド政府は大気汚染対策やエネルギー安全保障のために二輪車を含む自動車の電動化に取り組んでおり、国家レベルの電動車普及促進策「FAME-India」を導入し新車購入の際に補助金を支給してきたほか、物品サービス税の減税といった需要増加策を実施しています(図表1参照)。
【図表1:FAME-India第2フェーズにおけるEVバイクに対する購入補助金】
また、EVバイクは経済性に優れているとの試算があり、エネルギー効率化に取り組むインドの非営利団体AEEE(Alliance for an Energy Efficient Economy)によると、車両購入費用や燃料費、メンテナンス・修理費用を含む総保有コスト(8年間)は電動車で2.36ルピー/km、ガソリン車は4.5ルピー/kmで、およそ半分となっています。
3.国産化政策が進行
インドは2024年時点でEVバイク用の電池セルやパックを中国や韓国などからの輸入に依存しています。インド政府は、電気自動車(EV)部品の輸入低減のための政策として国産化促進策や投資優遇策を実施しています。国産化促進策には、電動パワートレイン部品を対象とする段階的生産プログラム(PMP)があります。このPMPでは、国産化の達成期限が部品ごとに決められており、FAME-Indiaによる新車購入補助金の要件に設定されています。
また、投資優遇策として、生産連動型インセンティブ(PLI)スキームを実施しており、EVと電動パワートレイン部品を含む自動車および電池セルを対象としています。PLIスキームに参加しているメーカーは、投資額などの要件を達成したうえで、生産量に応じて政府補助金を受け取ることができます。
これまでインド政府は国家予算からの支出を伴う産業支援策はほぼ実施していませんでしたが、PLIスキームでは多額の産業補助金を給付する方法を採用しています。このような状況を受け、新興企業や既存メーカーが成長戦略として相次いでEV分野に参入し、インド政府の政策に沿う形で主要部品の国産化が進んでいます(図表2参照)。
【図表2:インドの電動車関連の主な政策】
4.日本企業の成長戦略
インドのEVバイク市場でどのように成長機会を獲得するか、二輪車メーカーとサプライヤーは問われています。このようななか、日系企業が地場系スタートアップや新興企業に出資する動きが見られています。
これはスモールスタートで投資リスクを抑えつつ迅速な市場参入を目指すうえで合理的な方策と言えます。日本企業にとって、インド市場で成長を目指す方法はさまざまありますが、顧客ニーズを理解している地場企業との提携や補完関係の構築は1つの選択肢と言えるでしょう。
インドでEVバイク分野の事業基盤を築く重要性は、内需の成長性だけに起因するものではありません。インドはすでに乗用車および二輪車のガソリン車で輸出拠点化を実現していますが、これは国産化とスケールメリットによるもので、EVバイクでも同様のことが見込まれます。
主な二輪車市場である東南アジアやアフリカでもEVバイク需要が拡大するポテンシャルがあり、インドからの完成車および主要部品の輸出も選択肢になり得ます。インドでの事業戦略を描くうえで、内需の成長性に加えて、環インド洋の市場開拓も考慮することが必要と言えるでしょう。
日刊自動車新聞 2024年9月2日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社 の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 中田 徹