本連載は、2024年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
存在感を増すOEMの役割とは
自動車産業のサービス領域において、多くの新規ビジネスが立ち上がっています。クルマから得られるデータを元に車両管理や運行の最適化などを行うサービスを提供すべく、既存のプレーヤーのみならずスタートアップ企業などの参入も盛んになっています。
今後、自動車産業のバリューチェーンは変化し、付加価値が生み出される領域はより下流のサービスへ移行していくことが予測されます。そこでは新旧入り混じったサービスの融合が実現され、新しいビジネスモデルの出現も期待できます。
そのようななか、上流を担ってきた完成車メーカー(以下、OEM)の存在感はさらに増すことになるでしょう。なぜなら、OEMでなければ(あるいはOEMと密に連携しなければ)実現できないことが増えていくと思われるからです。
自動車業界に起きている4つの変化
そもそも現在自動車産業で起きている変化を振り返えると、大きく4つにまとめることができます。
(1)SDV(ソフトウェア定義車両)/ビークルOS等による車両統合制御の高度化 (2)エンジリアリングチェーンのDX(デジタルトランスフォーメーション)化とサプライチェーンの見える化・基盤化 (3)車両の保有・利用シーンにおけるサービスやソリューションの出現と融合 (4)LCA(ライフサイクルアセスメント)やLTV(顧客生涯価値)基盤の整備と進行 |
このうち、(1)(2)はOEMを中心としたモノづくりにおける進化、(3)はモビリティなどで馴染みも深いサービス領域の拡大、(4)は気候変動などに対応する全体感を持った取組み、といったものです。
これまで、OEMの守備範囲はモノづくりであり、販売店に車両を卸した以降は(一部を除き)あえて自身のビジネス領域とは捉えることはありませんでした。その結果、幅広い業種・業態の育成に貢献してきたと言えるでしょう。しかし現在は、(1)(2)はもちろん、(3)(4)に関しても子会社や直接投資を通じてリーチしており、新しい“サービス収益”の確保に向けて、着実に歩みを進めてきていることは周知の事実です。
【自動車・モビリティ業界における変化の領域】
OEMにとっての付加価値創造領域
加えて、ADAS(先進運転支援システム)/AD(自動運転)などの運転支援技術が高度化されるほどOEMの車両制御は一段と統合されていくため、ソフトウェアとハードウェアはより密接に関連づけされます。そのため、外部機能との接続の巧拙は、運動性能・安全性などに直結する事柄となります。
この流れは必然的にサービス領域にも引き継がれ、OEMに大きなアドバンテージを生じさせます。もちろん、どこまで本気で取り組むかについてはOEM次第ですが、車両データと車両が収集するデータを、設計段階から企画できるOEMとは、あらゆるサービスを提供する企業が「組みたい」と思うでしょう。
昨今、消費者は「購入や所有」より「体験」を重視していると言われます。顧客と自動車業界との接点を「顧客体験」で捉えると、図表のように表現できます。
【OEMから見た付加価値創造の機会】
消費者の総支出において自動車関連事業への支出総額は大きな割合を占めず、かつ頻度は限定的です。したがって、少ない機会で最大の効果を発揮するための施策が求められます。消費者のマインドシェア(≒ウォレットシェア)を高めていくために必要なことは、ぼやけたターゲット顧客のペルソナではなく、積み重ねてきた履歴に戻づいた「個」客への対応であり、この根幹を支えるのはやはりデータと言えます。
優れたサービス設計の裏には「データ分析に基づいた徹底的なプロダクトアウト」があります。そのためにOEMが果たせる役割(共創の基盤づくり)は、無限の可能性を秘めていると言って良いでしょう。
日刊自動車新聞 2024年7月1日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社 の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMG FAS
執行役員 パートナー 自動車セクター リーダー
井口 耕一