東京地下鉄株式会社(以下、東京メトロ)が全社を挙げて多角的に取り組んでいるサステナビリティ経営について、KPMGコンサルティング(以下、KPMG)は、そのパートナーとして伴走しました。「人的資本経営」「脱炭素経営」「社会的インパクトの算定」の3つの角度から、東京メトロのSX(サステナビリティトランスフォーメーション)を紐解きます(全3回)。

本記事では、年間177万トンのCO2削減に貢献した同社の社会的インパクト算定プロジェクトについて、東京メトロ サステナビリティ推進部の新井皓貴氏と、KPMGコンサルティングの鈴木雄介が対談で振り返ります。

【インタビュイー】

東京地下鉄株式会社
サステナビリティ推進部 新井 皓貴 氏

KPMGコンサルティング株式会社
シニアマネジャー 鈴木 雄介

KPMGコンサルティング_鈴木と東京メトロ_新井氏

左から KPMG 鈴木、東京メトロ 新井氏

社会的インパクト算定の背景とは

-東京メトロが自社の環境問題に対する取組みの社会的インパクトを算定しようと考えた経緯を教えてください。

新井氏:走行時のGHG(温室効果ガス)排出量が少ない鉄道は、車やバスなどと比べて環境負荷が少ない乗り物です。加えて、東京メトロは50年以上前から省エネ車両の導入などの取組みを進めてきました。

しかし、スコープ1~3の排出量と削減貢献量を算定するにあたり、鉄道が環境に配慮した乗り物であることをお客様がどの程度認識しているかアンケートを実施したところ、4割近い方が、他の乗り物と比べて鉄道がエコだとは認識していないことが判明し、私たちにとっては当たり前だった「鉄道=エコ」というイメージが、意外にもお客様には認識していただけていなかったことがわかり、驚きました。

アンケートの結果、お客様の認識を変えていくための施策が必要だと感じた一方、これはサステナビリティ経営を進めるうえで大きなチャンスでもあると思いました。

鈴木:東京メトロの脱炭素化に向けた施策が他社より進んでいるという事実を知ってもらえれば、東京メトロを利用する方が増えると期待できます。

一方で、利用者増により鉄道の稼働量が増えれば、スコープ1, 2の排出量は増加してしまいます。また、他の鉄道会社と相互直通運転をしている路線では、東京メトロで取り組んだ削減施策が他社に影響を及ぼしたり、他社の排出したCO2が東京メトロの路線に影響を及ぼす、という複雑な背景もあります。どのように整合性を図り、正しく発信するかという点も課題でした。

新井氏:プロジェクト当初は、なぜ社会的インパクトを算出・開示する必要があるのかを社内で理解してもらう必要がありました。いわゆる社内承認を取ることが最初のハードルでした。そこで目を付けたのが、先ほどの結果と、アンケート回答者の95%が「環境問題に興味がある」と回答していた点です。

つまり、多くのお客様が環境問題に関心があるのに、東京メトロの環境性能の高さが伝わっておらず、十分にその価値を生かせていないと考えました。

「東京メトロに乗ることがエコなアクションになると知ってもらうことで、メトロを利用する人数・頻度が増えれば、当社の利益にもつながるし、東京都の環境問題の改善にも貢献できます。ゆえに、人々に東京メトロがエコな乗り物だと改めて示すことには大きなメリットがある」という説明をしたところ、社内の理解を得ることができました。

社会のインフラを支える東京メトロに勤める人の多くは、心のどこかで「社会貢献をしたい」という気持ちを持っているので、この説明が功を奏したのではないかと思っています。

東京メトロ_新井氏

東京メトロ 新井 氏

鈴木:社会的インパクトの算定は、これまではその算定方法や基準が企業によって異なっていたこともあり、取り組みにくい環境でした。しかし最近、CO2削減貢献量の算出に関して、具体的なグローバルのガイドラインが生まれ、社会的インパクトを算定しようとするグローバルの潮流が大きく後押ししています。

東京メトロをはじめ、日本の鉄道業界では安全運行や環境対策のためにさまざまな努力をしつつも、それらを発信する仕組みや機会というのはこれまでほとんどありませんでした。しかし、たとえばイギリスの鉄道業界では、共通の社会的インパクトの算定フレームワークに沿って、各鉄道会社が自社の及ぼす社会的インパクトを以前より算定開示しています。

WBCSDガイドラインに準拠した算定

-社会インパクトの算定はどのように進められたのでしょうか。

新井氏:算定にあたって課題となったのが、社会的インパクトをどう定量化するかという点です。東京メトロ社内には社会的インパクトを正しく算定・開示するノウハウや経験がなく、私たちだけで進めることは難しい状況だったので、KPMGに相談しようと考えました。

最初に、そもそも社会的インパクトとして出せそうな項目は何かを話し合いました。東京メトロは「安心で持続可能な社会へ」という目標を掲げていて、環境問題の改善だけではなく安全な運行によって交通事故の削減にも貢献しています。そのため社会的インパクトを出すにしても、さまざまな切り口がありました。そこで、まずはどの項目を算出するか話し合い、まずはチャンスの大きい「環境」という項目に定めて、具体的な算定方法を検討したという流れです。

鈴木:社会的インパクトを算定する目的についても時間をかけてディスカッションしました。社会的インパクトを算定する目的は企業によって異なりますが、その目的が曖昧だと、何をどう算定するのか明確にならず、算定が進まなくなってしまうことがよくあります。

新井氏:誰に、何を伝えるための算定なのか。かなり時間をかけて項目と目的を決めたうえで、KPMGから具体的な算出方法を提案してもらいました。日頃はこうしたディスカッションを深く行う機会もないので、とても新鮮でした。

KPMGコンサルティング_鈴木

KPMG 鈴木

鈴木:我々が提案した算出方法は、WBCSD(World Business Council for Sustainable Development)というほぼ唯一のグローバルでのガイドラインに準拠するかたちで、「お客様が東京メトロの路線を使うことで、車での移動と比較して年間でどれくらいのCO2の削減に貢献しているか計算する」というものです。

東京メトロは国内だけでなく、世界に視野を広げようとしていますので、比較可能性を高める国際基準での実績や数値を示すことが重要です。WBCSDというグローバルな基準に則って、数値の信頼性を担保するのがベストな選択だと考えました。

新井氏:算出方法は、どのようなものでも良かったわけではありません。サステナビリティチームとしても、他社の鉄道に比べて東京メトロは車両単位でのCO2排出量が少ないことはわかっていたので、定量化すれば圧倒的な強みになるだろうと予想していました。自社に有利な情報だけを使って算出するのではなく、胸を張って公表できる基準に沿って算出することが重要でした。

社会的インパクト算定が、「共創」を促すきっかけに

-社会的インパクトの算定は、東京メトロにどのような効果をもたらすと考えていますか。

新井氏:東京メトロの環境優位性は重要な経営資源であり、この環境優位性を用いて需要を創出することが目下のミッションだと考えています。そのミッション達成には、社会的インパクトの数字が役立つと期待しています。

東京メトロの電車に3回乗れば、木を1本植えたことと同じくらいのCO2削減貢献になります。このことを世の中に広く知っていただき、「東京メトロを使うことは脱炭素行動なんだ」とお客様が胸を張って言えるようになることを目指したいです。

鈴木:CO2削減貢献量を数字で出すことで、ユーザーの意識啓発につながると期待しています。東京メトロは交通インフラとしてなくてはならない存在ですが、だからこそ、利用者自身も東京メトロが発揮する社会的インパクトを作るための重要なステークホルダーの一部です。

インフラ企業として大きな存在感がある東京メトロだからこそ、利用者や取引先との共創でさらに大きな社会的インパクトを発揮できると思いますし、そうした動きを促す意味でも社会的インパクトの算出は役割を果たすと考えています。

また鉄道が向かう駅には駅ビルなど商業施設があり、たくさんの人が集まり、その人たちを想定してバスやタクシーも集まってきます。このように鉄道が存在することの影響は広範囲に及びます。その影響がどの範囲まで及ぶのかを計測・数値化することは、鉄道事業の魅力や意義をアピールすることにつながるでしょう。

東京メトロ_路線図

図表提供:東京メトロ

「CO2削減貢献量177万トン」のインパクト

-東京メトロのCO2削減貢献量を算出した結果、年間177万トンいう数値が出ました。この結果を見て、どのように感じましたか。

新井氏:予想をはるかに超えており、役員も全員驚いていました。これは東京都の排出量の約3%に相当します。お客様や取引先に伝えれば、東京メトロに対してポジティブな印象を持っていただけるのではないでしょうか。

鈴木:サステナビリティチームをはじめ、東京メトロは全社的に環境問題に対する意識がとても高いと感じています。CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)の開示や社会的インパクトの算定も、直近1年ほどでゼロから取組みを進め、しっかりと軌道に乗せ始めています。このようなスピード感のある企業はなかなかありません。

新井氏:東京都、ひいては日本全体のサステナビリティを考えると、東京メトロ1社だけの取組みでは限界があるとも思っています。その際に社会的インパクトで算出した数値を使い、誰とどうコラボレーションするかを考えることも東京メトロの今後の課題の1つだと思っています。これからも東京メトロの課題の解決に協力していただけると嬉しいです。

KPMGコンサルティング_鈴木と東京メトロ_新井氏

左から KPMG 鈴木、東京メトロ 新井氏

※所属や肩書は2024年3月の取材当時のものです。

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