東京地下鉄株式会社(以下、東京メトロ)が全社を挙げて多角的に取り組んでいるサステナビリティ経営について、KPMGコンサルティング(以下、KPMG)は、そのパートナーとして伴走しました。「人的資本経営」「脱炭素経営」「社会的インパクトの算定」の3つの角度から、東京メトロのSX(サステナビリティトランスフォーメーション)を紐解きます。
本記事では、脱炭素経営へ向けたスコープ1, 2, 3の排出量算出の経緯を、東京メトロ サステナビリティ推進部の世木幸子氏と、KPMGコンサルティングの須本エドワードが対談で振り返ります。
【インタビュイー】
東京地下鉄株式会社
サステナビリティ推進部 世木 幸子 氏
KPMGコンサルティング株式会社
マネジャー 須本 エドワード
2050年CO2排出量ゼロを目指して
-東京メトロが脱炭素経営に取り組み始めた経緯を教えてください。
世木氏:日夜車両を動かし多くの人を運ぶ鉄道会社にとって、CO2の排出量削減や使用電力量の削減は大きな課題です。特に最近は、世界的に環境問題を重大事項と捉え、改善しようという動きが年々強まってきています。
この流れを受けて、東京メトロは2020年9月に「安心で、持続可能な社会」の実現を目指し、自社のマテリアリティ(重要課題)を特定しました。
その1つに「気候変動の緩和」が含まれています。「気候変動の緩和」に向けた具体的な取組みを推進するべく、東京メトロはCO2排出量を2030年度に2013年度比で半減、2050年に実質ゼロにすることを目標に掲げました。
この目標達成のために「省エネルギー化の推進」と「再生可能エネルギーの活用」という2つの軸で取組みを進めています。
須本:東京メトロはマテリアリティを特定する以前から、環境に配慮した鉄道作りをされていました。先駆者のような存在です。
世木氏:東京メトロは歴史的に見ても省エネに意欲的で、先端技術を積極的に採用し、車体のアルミ化による車両の軽量化やモータシステムの効率向上などに力を入れてきました。車両の消費電力量は、1961年に日比谷線を走行していた3000系と比較して、同じく日比谷線を現在走っている13000系の2022年度試験車両では約3分の1に抑えられているなど、進化を遂げています。
トンネル構造も工夫しており、鉄道が電力を最も使うタイミングは、アクセルを入れる時とブレーキをかける時なのですが、東京メトロでは、トンネルの勾配を使用電力の削減に利用しています。駅を出発するとアクセルを大きく踏むことなく車両が動くようにトンネルが下り坂になり、次の駅に着く前にはブレーキがかけやすいように上り坂になっているのです。銀座線ができた1920年ごろから、このような仕組みでトンネルが作られています。
一方で、鉄道事業を維持するためには大量の電力が必要になるため、多くのエネルギーを使う企業として気候変動の問題に対し率先して、責任を持って解決すべきだとも考えています。そこでCO2排出量の削減にグループ全体で取り組んでいくことを目標に掲げました。
海外動向も見据えたスコープ1~3の算定
-スコープ1, 2, 3の排出量算定と第三者保証の取得の実施は、どのように進めたのでしょうか。
世木氏:脱炭素経営のファーストステップであるスコープ1, 2, 3の排出量算定にあたっては、まずは「第三者保証を取得したい」という考えがありました。そこでスコープ1, 2, 3の算定の方針や、算定の具体的な方法についてKPMGにアドバイスをいただきました。
CO2などのGHG(温室効果ガス)排出量の算定・報告をするための国際基準である「GHGプロトコル」に準拠した算定方法や、その実践方法のレクチャー、作業のスピードアップや正確性の確保に役立つデジタルツールの提案、スコープ3に関するサプライヤーエンゲージメント(取引先をどのように巻き込んで脱炭素に向けて活動していくか)の策定についても支援していただきました。
第三者保証は2023年の年末から受けはじめて、2024年に入って取得が完了しました。とても細かく審査されましたが、その直前にKPMGにサポートいただけたことは、審査がスムーズに進んだ要因だと感じています。
須本:CO2排出量削減に関する情報が投資判断に用いられることも増えてきており、脱炭素化の取組みは各企業にとって事業拡大のチャンスにつながるなど重要な経営戦略となってきています。
このような傾向が強まると、投資家が統一された基準で横並びに企業を評価するようになるため、国際的な基準に沿って算出された数値を示そうと取り組む企業も増えつつあります。
一方で、「この算出方法で良いのだろうか。これ以上何をすればいいのだろうか」と悩む企業は少なくありません。
世木氏:国際的なイニシアチブやGHGプロトコルの知見がほとんどない状態でしたが、専門的な用語をなるべく使わず、わかりやすくレクチャーしていただきました。ガイドラインが英語で書かれていることも私たちが理解を深めるうえでのハードルでしたので、言語面のサポートもありがたかったですね。海外の鉄道会社の動向や取組みを参考に、CO2排出量削減の施策なども提案していただきました。
環境リーディングカンパニーを目指して
-東京メトロのCO2削減貢献量を算出したところ、177万トンという数値が出ました。これは東京都の削減量の約3%に相当します。
須本:この数字は予想以上でした。もちろん、CO2削減貢献量の算出は1回に限った取組みではありません。目的を決めて改善し、その分を含めた貢献量はどれくらいになるか、繰り返し算出していくことになります。
東京メトロは2024年4月から丸ノ内線と南北線の2路線を再エネ化したので、今後さらに数字は上がっていくでしょう。
世木氏:この結果に満足するだけでなく、さらに削減貢献量を増やせるよう努力していきます。
一方で、現時点での削減貢献量を算出して公表したことは、社内的にも大きな意味があると思っています。発表した以上は環境リーディングカンパニーを目指していかなければなりません。今回の発表は、現在の活動にさらにドライブをかける宣言だとも思っています。お客様に少し先の未来を感じてもらえるような地下鉄の運営をしていきたいです。
須本:次のステップは、スコープ3の削減目標を設定し、目標達成に向けた取組みを考えていくことですね。スコープ3はどうしても排出量が大きくなるうえ、1社単独で削減することが難しくなります。スコープ3の削減には、まず課題を洗い出し、誰と連携して、どの順番で解決すべきなのかを考える必要があります。
東京メトロの皆さまは、プロジェクトに入る前から環境問題への関心や好奇心、社会貢献への強い意欲を持ち、「短期間で成果を得よう」とされていました。また、脱炭素経営を進めるには経営陣のコミットが欠かせませんが、東京メトロの経営陣の方々の理解と興味が日々深まっていったのも印象的でした。今後さらなる取組みを進めていくうえで、大きな強みになると思います。
世木氏:スコープ3の削減目標設定と施策立案は今後の課題の1つです。排出量の算定ができたとしても、そこからどのように取引先を巻き込んで削減していくのか、具体的な目標と道筋を定める必要があると考えています。お客様やお取引先様と二人三脚で進めていきたいと思います。
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