生成AI×Finance ~生成AIを活用した財務経理業務変革

財務経理業務改革に向けた生成AI活用のユースケースとAIガバナンスおよびリスクマネジメント、データマネジメントへの影響、生成AI適用後の出口戦略について解説します。

財務経理業務改革に向けた生成AI活用のユースケースとAIガバナンスおよびリスクマネジメント、データマネジメントへの影響、生成AI適用後の出口戦略について解説します。

2022年11月に公開されたChat GPT1は、その自然言語処理能力の高さと無償で機能を利用できる障壁の低さから、爆発的な勢いで全世界へとユーザーを拡大しています。その特徴を理解して利用することにより、財務経理領域においても、既存のデジタルソリューションでは解決が難しかった業務の高度化や効率化の実現に大きな可能性を見出すことができます。KPMG Insight Vol.65/2024年3月号2では、生成AIの活用に対する総括的な内容を紹介しました。2回目となる今回は、財務経理業務改革に向けた生成AI活用のユースケースとAIガバナンスおよびリスクマネジメント、データマネジメントへの影響、生成AI適用後の出口戦略について解説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

1 ChatGPTはOpenAI社の商標です。
2 KPMG Insight Vol.65/2024年3月号「生成AI×Finance ~財務経理領域における生成AIの活用」

POINT 1 生成AIが効果を発揮するユースケース
財務経理業務において、生成AIが効果を発揮するユースケースは多く存在する。経理チャットボットや文書ドラフト生成は分かりやすく効果を実感できるユースケースの代表例であるが、他にも判断や処理の自動化、分析の支援において、生成AIは効果を発揮する。

POINT 2 各ユースケースにおける活用のポイント
生成AIを活用するうえでは、全ユースケースに共通のポイントと個別ユースケースで考慮すべきポイントの両方があり、それらを網羅することで最大の効果を発揮する。

POINT 3 生成AIはデータマネジメントに影響
生成AIは、企業のデータマネジメントに多くの影響を及ぼす。生成AIにより、データマネジメントに求められる要素も増えるが、一方で、データマネジメントの負荷低減につながる取組みともなり得る。

I.財務経理領域における生成AI活用のユースケース

はじめに財務経理領域における生成AI活用のユースケースについて、その内容と各ユースケースにおける生成AI活用のポイントを解説します。

1.経理チャットボット

ユースケースの1つ目は、経理財務領域における社内の問合せに対応するチャットボットです。経理部門は、事業部門や子会社の従業員からくる各種業務規程における取扱いや会計システムの使い方等についての問合せに多くの時間を費やしています。これは財務経理組織内でも同様で、新しい取引における仕訳や業務処理の相談、減損等の決算仕訳に関する質問、連結決算手続上の取扱いの照会等、日々、さまざまな問合せに対応しています。

生成AIを活用したチャットボットが、このような問合せに対応することで、質問者は課題を自己解決することができ、財務経理部門側は対応時間を削減できます。また、人が対応することにより属人化されていたナレッジがシステム内で整理・蓄積されることで、知識が見える化されて、経理組織の強化と人材育成に利用することができます。

経理チャットボットを導入するには、セキュアな生成AIの活用基盤を構築することはもちろんですが、規程やマニュアル等必要なインプット情報が文書化されていることも重要となります。生成AIを活用したチャットボットの導入方法はいくつかありますが、たとえば、製品化されているチャットボットサービスをそのまま導入する場合でも、インプット情報を適切に登録しなければ正しい回答は得られません。同様に、生成AIを用いたチャットボットシステムを自社で構築する場合でも、適切なインプット情報を与えていなければ、経理領域の専門的な質問をしても、財務経理の専門知識を加味しない一般論的な内容や間違った内容を回答することになり、望んだ結果が得られることはありません。

チャットボットの導入では、どのような問合せに対応するかを整理し、その回答の根拠となる社内文書を用意します。回答のベースとなるインプット情報の体系や改廃等の適切な反映、内容の充実度も回答精度に影響することから、インプット情報とすべき文書の現状調査と整備が非常に重要です。(図表1参照)。
 

図表1 よくある問い合わせ例と必要な文書

  分野 問い合わせ内容 回答に必要な文書
1 連結決算 グループ会計処理方針や連結パッケージシートの入力方法 グループ会計方針書、連結決算マニュアル、連結パッケージ作成マニュアル等
2 単体決算 固定資産の減損や税効果等の決算処理方法 グループ会計方針書、会計基準等
3 単体決算 現場部門からの新しい取引が発生する場合の会計処理の方法や会計システムの使い方 経理規程、細則、通達等
4 固定資産管理 固定資産等の資産化や耐用年数の取扱い 固定資産管理規程/管理細則
5 経費管理 立替経費精算システムの使い方や経費規程の取扱い 立替経費精算システムユーザーマニュアル、経費規程
6 税務 消費税の課非区分等の判断 消費税法、税法通達、QA等
7 税務 請求書や領収書の電子帳簿保存法上の取扱い 請求書/領収書管理マニュアル


一方で、生成AIは100%の回答精度を保証するものではありません。そのため、間違った回答が出てしまったときの対応方針や是正措置等、ルールを整備し業務を構築する必要があります。

2.文書ドラフト生成

2つ目は、生成AIの代表的な機能といえる「文章生成」を活用するケースです。会社法で要求される事業報告や金商法における有価証券報告書、決算説明会資料や統合報告書および事業計画(中計)等、財務経理部門(および経営企画部門、IR部門)では、外部に開示する文章を作成する多くの業務が存在します。社内稟議や通達および規程類、報告書等の内部文書も含めると、文章を作成するシーンは非常に多くあります。

現状では人がゼロから作成しているこれらの文書作成を、生成AIがストーリーや構成のアイデアを提案したり、文章を洗練させることで、作業効率は向上します。また、生成AIが決まった構成やストーリーに基づいて文章の型を作成したり、具体的な情報の収集と転記をすることで、文章作成の自動化範囲を拡げることが可能です。

文書ドラフト生成を実現するには、前述の「経理チャットボット」同様、セキュアな生成AIの活用基盤を構築することに加えて、作りたい文書に応じた情報収集の仕組みを整理・構築することが重要となります。たとえば、事例を参考にサステナビリティ関連の開示文書を作成する場合、有価証券報告書等の他社事例を収集・整理したデータベースと連携して、参考とすべき事例を検索・特定します。一方、有価証券報告書の経営者による業績分析の記述情報のように、その企業として書くべき項目や構成が定まっており、企業に固有の情報に対する正確性や整合性が求められる場合には、企業の内部資料と連携する仕組みが有効となります。このように、出力したいアウトプットの文章種別の選択と、それに適したインプットデータの収集方法(外部情報/内部情報)を交通整理することで、作成される文書の精度とユーザーの利便性はより向上します。(図表2参照)

図表2 開示文章作成の流れ

生成AI×Finance ~生成AIを活用した財務経理業務変革-2

生成AIによる文章ドラフト生成の導入効果について、1つの文章作成作業だけで見ると、削減される業務時間は多くはないかもしれません。しかし、応用できるシーンは広範囲にわたるため、まずは生成したい文章の対象を1つ定め、スモールスタートでクイックに実現してから、他の文章作成タスクへ横展開することが望ましいと考えます。

3.判断の自動化

3つ目は判断の自動化です。財務経理業務には、処理や手続きを行うために、まずは判断し、該当すべき取引を選定するような局面があります。実質リースの判定や本人/代理人の判断、連結/持分法範囲の決定等、人が契約書等の情報を読み込んで検討・判定し結論を出すというケースです。ここでは、生成AIに会計基準で求められる要求事項をインプット情報として与え、読み込ませた契約書等の情報をその要求事項にあてはめて判定し、結果を回答させることを考えます。

判断の自動化を実現するには、プロンプトと呼ばれる生成AIに対する指示が重要となります。契約書等をインプットして、「○○を判定して回答を返してください」と単純な指示を出しても、求める答えは返ってこないため、判断のポイントや具体例をプロンプトに丁寧に示すことが重要です。たとえば、指示の前提を補足することや判断のための細かい条件、判断の具体例を明示することがあげられます。これにより、従来のルールベースによる判定処理では実現できなかった、文脈に応じてさまざまな異なる表現の文章から判定要件への適合度を測定し、その判断の根拠となるポイントを整理して回答することが実現できます。

この指示の工夫を「プロンプトエンジニアリング」と呼びますが、これは生成AIから希望する回答を得るうえで重要なポイントです。たとえば、実質リースの判定を行うケースでは、IFRS第16号や日本基準の「リースに関する会計基準公開草案」において、リース取引の要件がいくつか定められていますので、その要件をプロンプトに記載することで、要件の判断を行わせることになります(図表3参照)。

図表3 実質リースに該当するかの判定

生成AI×Finance ~生成AIを活用した財務経理業務変革-3

4.処理の自動化

4つ目は処理の自動化です。販売や購買、経費等の業務プロセスでは確認、照合、異常検知、分析の作業が存在しますが、そのなかでも同質的で、多数の取引やプロセスで発生頻度が高く、手間のかかる業務はERP(基幹システム)等で自動化が進んでいる一方で、財務経理業務のなかには人の手による作業が残っています。これらの業務効率化のため、決算デジタルプラットフォームやワークフローシステム、AI-OCR、RPA等さまざまなデジタルソリューションが利用されていますが、生成AIもその選択肢の1つです。

生成AIを利用して、処理の自動化を実現する場合、多様な帳票の読取りができることが大きな利点となります。たとえば、購買システムの発注検収データとベンダーから送付される請求書の照合作業を、人に代わって生成AIに実施させることが考えられます(図表4参照)。さまざまな様式の請求書を適切に読込み、情報を抽出し指示を実行する事ができ、言葉のゆらぎや異なる表形式からの情報抽出にも柔軟に対応することができます。

図表4 購買請求書照合の流れ

生成AI×Finance ~生成AIを活用した財務経理業務変革-4

また、生成AIが数値の照合を可能にする点も重要なポイントです。従来、生成AIは数値計算や数値情報の照合処理等は苦手とされてきました。しかし、テクノロジーは日々進化しており、数値情報の計算や分析もその精度が格段に上がっています。

5.分析の支援

最後は分析の支援です。財務経理領域や経営管理領域、内部監査領域では、財務情報の分析を行うために、EPM(Enterprise Performance Management:経営管理システム)も活用されていますが、EPMによる分析は計数的なものに留まり、さらに深堀するための要因調査としてさまざまな部門に質問や依頼をして、多数の資料や情報を集め多大な時間をかけて分析しています。生成AIを活用すれば、必要な資料を常に同じ場所に格納しておくことで、計数的な分析結果に定性的な文章情報(さらには非構造化データも)を結び付けて、要因や背景を加味した分析結果を出すことができます。

この生成AIによる分析の支援を実現するためには、定量情報と定性情報の連携が重要となります。定量情報と定性情報を併せて整備することで、生成AIがそれらを結び付けて分析することが可能となり、これまでよりも早く広範囲に分析した結果を提供できることになります。たとえば、予算管理における全社月次P/Lの予実比較において、生成AIを使用することにより、営業等のフロント部門が有する情報を関連付け、予算未達の背景や理由をあらかじめ出力してくれれば、分析作業が効率化されるうえに、人間が気付きにくい部分のインサイトを得ることが可能となります(図表5参照)。

図表5 P/L予実比較の流れ

生成AI×Finance ~生成AIを活用した財務経理業務変革-5

また、サステナビリティへの社会の期待の高まりにより、今後は財務情報に加えて、非財務情報の管理も必要となります。つまり、今まで以上に情報の量や範囲が拡大し、分析の作業量は増加することになります。それにつれて、生成AIによる分析の支援が活躍するシーンは増えていくだろうと予測しています。

ここまで、財務経理領域において生成AIを活用できる5つのユースケースを見てきました。各ユースケースにおいて発揮される生成AIの特徴や活用に向けたポイントは少し異なるところもありますが、共通して注意すべき点もあります。それは、生成AIによる出力結果の精度は工夫により向上しますが、100%を保証するものではないということです。したがって、その誤謬リスクを低減するための業務運用や統制を構築しながら、効果の最大化を目指すことになります。

II.AIガバナンスとリスクマネジメント

昨今の生成AIブームのなか、AIガバナンスとリスクマネジメントの整備運用をこれから検討される会社も多いと認識しています。企業が財務経理領域におけるAI利用を進めても、組織としてAIに対するガバナンスが欠如しAI特有のリスクの認識と対策が不十分である場合、AI導入による期待効果が十分に得られないどころか、思わぬ事故につながり、損失を招くことになりかねません。

特に財務経理領域では、企業の将来計画や財務情報、外部開示を取り扱うため、少しの失敗が業績や投資家・社会からの評価に大きな影響を与える可能性があります。また、誤った情報や、本来は外部に出てはならない情報が外部に開示されることで、法令違反につながるおそれもあります。そのため、AIの適切な活用に向けてポリシー、組織体制、プロセスおよび統制等のガバナンスを整え、リスクを適切に管理していく必要があります。本章では、リスクマネジメントの流れについて簡単に説明していきます。

1.AI利用におけるリスクの特定

AI活用におけるリスクマネジメントの第一歩は、リスクを特定して一覧化することです。次に、一覧化された各リスクが顕在化した場合の影響の度合いを定義し、対応に向けた検討の優先度付けを行います。

経理チャットボットの例でいえば、AIシステムの実装時に、チャットボットにインプットした情報や得た回答が外部に漏れないよう情報漏えいリスクに注意します。また、外部ベンダーのサービスを利用する場合には、サードパーティリスクも識別します。一方、AIシステムの運用後はチャットボットの間違った回答(ハルシネーション)をそのまま用いて処理を行ってしまうリスクに注意する必要があります。また、本来そのデータを閲覧する権限がないはずの従業員またはAIがアクセスできてしまうといったリスクも識別されます。

2.リスクへの対応の検討

次に、各リスクに対する具体的な対応策を検討します。経理チャットボットの例でいえば、情報漏えいリスクに対し構築手段やインプットするデータの取扱いに対する方針を整備します。AI運用後は、チャットボットの利用ユーザーのアカウント管理や利用状況モニタリングも欠かすことのできない対策です。また、ハルシネーションリスクには、AIが生成した結果を人がチェックする体制やプロセスの構築も必須ですし、AIの結果をAIが検証するという仕組みも有効です。データへの不適切なアクセスのリスクに対しては、データの整理や区分け、適切なアクセス権の付与等の仕組みを構築し対応することが重要です。これら、リスク対応手続きの業務を設計し、内部監査や内部統制の評価項目としてRCM等で可視化し、各リスクに対する統制を整備することが求められます。

3.定期的なモニタリングの実施

最後は、定期的なモニタリングです。学習し成長するAIに対し、これらの活動が特定されたリスクを十分に低減しているか、是正や追加的な手続きが必要となるか、想定していなかった新たなリスクが生じていないか等、継続的にモニタリングし、改善していきます。

リスクを低減し、リスクと向き合いながらさまざまな場面でAIを利活用していくことで、AI導入の活動(攻めの戦略)とAIガバナンス(守りの戦略)が表裏一体で機能し、その結果として生成AIの利用が成功につながるものと考えます。

III.生成AI利用によるデータマネジメントへの影響

1.データマネジメントとCFO組織

データの利活用が進む現在の企業において、データマネジメントは非常に重要な取組みです。このような変化のなかで、CFO組織に求められる役割の1つに全社におけるデータマネジメントがあります。

現代の企業は、さまざまな部署が独自の用途・方法でデータを収集・保持しており、データの氾濫状態にあります。この状態を放置すれば、データ管理に係る役務、インフラにおける重複や非効率が拡大するだけではありません。肝心のデータが整理されず、新たな付加価値創出が困難になることもあります。

特に、情報の受け取り手に位置するCFO組織には組織横断的なガバナンスを構築し、存在するデータの用途の把握、最適化、用途に適したデータの粒度や精度のコントロールといった、データマネジメントの役割を担うことが求められています。

全社グループレベルのデータ品質を高める重要性が増している今、膨大で高品質なデータを維持するには、生成から集約、活用まで、CFO組織による一貫したデータマネジメントが必要です。

2.生成AI利用によるデータマネジメントの効率化

データマネジメントの対象領域は広範囲で複雑であり、それを網羅するうえではDMBOK等を参照する必要がありますが、ここでは主要な領域として「データの利活用プロセス」「データの可視化」「データの管理体制」の3つにおける生成AI活用に向けたポイントを解説します。(図表6参照)

図表6 データマネジメントの全体像

生成AI×Finance ~生成AIを活用した財務経理業務変革-6

まず、最も影響が大きいと想定されるのが「データの利活用プロセスの構築」です。ユースケース「分析の支援」で述べたとおり、生成AIを利用することで人間が独力で実施するよりも分析対象とするデータの範囲や量は格段に増加し、分析の高度化が可能となります。また、一次的な分析を生成AIが担うことにより、人は最終的な分析のみを実施するだけで済み、負荷軽減にもつながります。

次に「データの可視化」です。データを可視化するには、データをタイムリーに取得することが重要であり、データの所在の特定やデータ収集が重要となりますが、その作業を生成AIが担うことが可能です。それにより、人はただ見たい情報を指示するだけで、生成AIがデータの特定、収集を実行し、人が実施すべきプロセスは格段にシンプルになります。

最後の「データの管理体制の整備」の影響ですが、生成AIが一定の作業範囲を担うことにより、従来と比べて格段に負荷軽減となります。しかも、生成AIのベースとなる大規模言語モデル(LLM)を利用したデータ管理のメリットは非常に大きく、従来であれば、集められたデータを有効に活用するためには、コード統一によるデータの一元管理が必要となりますが、生成AIを利用することにより、コンピュータは人間と同様に、コードではなく勘定科目名称や取引先名称によりそれぞれの内容を認識することができます。これまではコードが一致して初めて同一と見なされていたエンティティやオブジェクトが、あたかも人が認知するように、名称のみで判断することができ、柔軟なデータ管理が実現するとともに、コード管理から解放されるというわけです。

3.生成AI利用のためのデータマネジメントの精緻化

我々は、今後、生成AIを活用していくうえで、データマネジメントの重要性がさらに高まると予測しています。また、財務経理領域において生成AIを利用する場合、インプットされる情報は財務数値情報だけでなく、文章による文字情報も対象になると考えます。そのため、収集すべき情報の範囲がこれまでよりも格段に広がり、従来、必要な情報を情報の生成側が適切な形式で提出するプロセスでは、生成側の負荷が高くなり過ぎ、その質も生成側に依存することから、適時に適切な情報が収集できないケースが増えると想定しています。結果として、生成AIを有効活用するためのデータマネジメントとは、情報の生成側に依存することなく、情報の利用側が適時に適切な情報にアクセスできる環境の構築が求められると想定しています。

一方で、課題もあります。それは、本来は参照できない情報にアクセスできてしまう可能性があることです。従来は生成側が出せる情報を選択して提供していたので、参照できる情報はあらかじめ制限がかかっていました。しかし生成AIでは、情報の利用側が適時に参照するため、本来は参照できては問題のある情報を参照してしまうことが考えられます。

たとえば、企業内において、担当者からの問合せに対して回答するチャットボットを生成AIを利用して構築するケースで見てみましょう。社内に管理されている情報を参照先の情報としていると、本来は一般社員には公開していない経営会議の議事録等の情報を基に回答してしまうことが想定されます。そうした事態を回避するには、従来以上にデータのアクセス権限を細かく設定し、生成AIを経由した場合でも適切な対象者のみがその情報にアクセスできる環境を構築する必要があります。

IV.生成AI利用における出口戦略

1.生成AIと経理DX

ここまでで説明してきたように、生成AIは財務経理業務において多くの恩恵をもたらし、業務全体のDXを加速させる起爆剤になると考えられます。また、第I章で紹介したユースケースのように生成AIを単体で利用するだけでなく、複数のシステムやRPA等と組み合わせることにより、生成AIの適用範囲は拡がり、効果も単体で利用するよりも大きなものになると考えられます。

企業のDX推進の取組みが進行するにつれて、上流から下流へ流れるデータは加速度的に増加します。バリューチェーン全体のデータ、すなわち企業内の財務情報や業務システムのデータだけでなく、最終消費者の購買行動や購入後の利用シーン、評判といったデータまで、さまざまなデータが生まれます。CFO組織は、データから顧客価値の向上と将来の収益への貢献の関係を分析し、ファイナンスの専門家として経営・事業に助言・提言を行う役割を果たす組織へとトランスフォームするべきと考えます。

特に近年では、CFOには投資家やアナリストへの説明責任を果たすことが強く期待されています。こうしたIR上の説明責任の高まりを受け、それを支える専門家集団として、従来の経理財務機能は経営管理・経営企画の性格を併せ持つFP&A(Financial Planning & Analysis)へと再編する事例が見られるようになりました。経理DXを実現した結果として捻出したリソースを、このようなFP&A組織の立上げや増強に活用していくことで、経理財務領域の提供業務の高度化を実現し、企業全体としての最適化を図ることが、真の意味での経理DXであると考えます。

2.経理AIエージェントへの発展

昨今の生成AIの発展には目を疑うものがあり、各国政府や関連する企業の対応を鑑みると、その進化は今後も当分は続くでしょう。そして、その先には、AIエージェントという次の大きな進化が期待されています。

現在の生成AIは、基本的に人が与えた1つのタスクを人の代わりに実施するという使われ方です。しかし、AIエージェントは現在の生成AIよりも大きな単位で指示を受け、それを自ら複数のタスクに分解したうえで各タスクを実行し、その結果をまとめて人に返します。このAIエージェントの仕組みを財務経理領域で応用すれば、生成AIよりもさらに適用できる業務の幅は広がり、さらなる財務経理業務の高度化・効率化に寄与するものと予測します。

V.さいごに

生成AIに対して、多くの企業が興味を持ち、そのメリットを享受することを目指し、導入前のPoCや実際の業務への適用を社内プロジェクトとして推進しています。一方で、生成AIの活用に対して、以下のような理由から消極的になっている企業もあります。

  • 生成AIがすごいと聞くが、どのような業務に適用すべきかが分からない
  • 完全な答えが返ってくるとは限らないので、使いものにならない
  • 経理職能のスキルアップの妨げとなる(業務が自動化されることで、業務経験を積む場がなくなる)

しかし、生成AIを業務に適用する流れは、財務経理業務のみならず企業の業務全体で止められない流れになろうとしています。生成AIを適用しない理由を探すのではなく、生成AIをいかに活用できるのかを検討し、その技術の進歩に対応できる体制や環境を構築しておくことが、財務経理部門にとって、いま必要な取組みであると考えます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
ディレクター 生田 武則
シニアマネジャー 城戸口 甚平