本稿は、インドネシア大統領選挙の結果が、日本企業に与える影響を考察した記事です。以下に記載する内容は、2024年3月1日執筆時点のものであることを、予めお断りします。
1.インドネシア現政権の路線継続の見通し
2024年2月14日、インドネシアで5年に1度の大統領選挙の投開票が実施されました。民間調査機関の速報によると、72歳のプラボウォ国防相が6割弱の票を得て、当選した可能性が高まっています(2024年3月1日執筆現在)。公式結果は3月20日までに公表される見通しですが、同氏はすでに事実上の勝利宣言を行いました。同日行われた国会議員選挙では、プラボウォ氏が党首を務めるグリンドラ党は第1党の座を逃したものの、勢力拡大に向けて動いていると言われています。
プラボウォ氏は副大統領候補にジョコ大統領の長男を据え、現政権の路線継続を訴えることで、高い支持率を誇る同大統領の支持層を取り込んできました。そのためプラボウォ氏が大統領に就任する場合も、政策に大きな変更はないとの見方があります。外交について同氏は中立外交の維持を主張しており、「経済では中国、安全保障では米国と関係を深めてバランスを取る」と見る専門家もいます。経済政策でもジョコ大統領が進めてきたインフラ開発や産業の高度化を継承する可能性が指摘されています。
これまでのジョコ政権の政策を振り返りながら、プラボウォ氏が次期大統領に就任する場合のビジネス影響について考えます。
2.インフラ投資の動向
今後のインドネシアでの商機の1つは堅調な経済発展を背景とした、インフラ関連投資です。ジョコ大統領は、日本円で約4兆円を2024年度予算に計上するなど、湾港や道路、電力などのインフラ開発に注力してきました。地域間格差を是正し、さらなる経済成長を実現するために、新首都(ヌサンタラ)への首都移転計画も進められています。
特に首都移転計画では、関連建設費用の約8割を投資などで賄う予定であり、多くの外国政府・企業がインフラ投資に関心を示しています。日本政府も現地政府と共同で日系企業の環境技術を紹介する現地セミナーを開くなどして、日系企業の受注に力を入れています。建築・都市開発の分野でも日本側とインドネシア側で情報交換の覚書を交わしたり、日本の企業団が新首都周辺を視察したりするなど、大規模事業への参画を模索しています。プラボウォ氏も移転計画を継続する方針で、引き続き関心を集めそうです。
他方でインドネシアでは度々、計画中のプロジェクトがスピード感の違いや財政負担がないことを理由に他国企業による提案に切り替えられる事案が発生しています。そのため、このようなリスクにも留意する必要があります。
3.脱炭素政策での商機
年月 | 主な施策 |
---|---|
2019年8月 | 2025年までにEVの生産台数に占める割合を20%にすることを目標に掲げる |
2021年2月 | EV車両・部品を国内で製造する事業者を法人税減免の優先対象に |
2021年7月 | 長期戦略で2060年までにカーボンニュートラルを達成することを明記 |
2021年9月 | インドネシア国有電力会社(PLN)が再生可能エネルギー導入を推進する事業計画を発表 |
2022年9月 | 新規石炭火力発電所の開発を原則禁止に |
2023年3月 | アジア・ゼロエミッション共同体の官民投資フォーラムで、日本企業と脱炭素分野の覚書を締結 |
2023年9月 | インドネシア初の排出権取引市場を開業 |
2023年11月 | 公正なエネルギー移行パートナーシップの包括的投資政策計画を正式に発表 |
日本主導の枠組み「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」では、日本企業は現地企業と脱炭素分野で複数の覚書を締結し、協業に向けて動いています。また、日米が主導し、再生可能エネルギーへの移行を支援する「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」で、インドネシアは包括的投資政策計画(CIPP)を発表し、多大な支援を受ける予定です。インドネシアの電源構成の約6割は石炭火力と言われ、カーボンニュートラルを達成するには課題も多く、今後プラボウォ氏が脱炭素政策を推進する場合、同国で日本の再生可能エネルギー・脱炭素技術を活かす機会が広がりそうです。
自動車産業については、後述の資源囲い込みによる影響もあり、EV関連分野で中国や韓国企業による投資が相次いでいます。プラボウォ氏もEVを推進していくだろうとの指摘もあり、ガソリン車を中心に展開する日系の自動車メーカーは今後EV化への対応がますます求められる可能性があります。
4.資源囲い込みは拡大するおそれ ー資源ナショナリズム
資源囲い込みの動きには注意する必要がありそうです。現政権は資源輸出だけでは経済発展に限界があると考え、資源の国内加工を義務付けて、産業の高度化を目指す姿勢を強めてきました。自国資源を自国第一で活用しようとするこのような姿勢は、「資源ナショナリズム」と呼ばれることもあります。
たとえば2020年1月、同国政府はEV用バッテリー部材ともなるニッケル鉱石の輸出を禁じ、国内での加工・製錬を義務付けました。同国産は世界のニッケル生産の約半分を占めており、海外企業は同国での精錬・加工拠点設置に動いています。EV普及でニッケル鉱石の需要は急拡大すると見られており、日本企業のニッケル調達に与える影響に注目が必要です。また、2023年6月には、ボーキサイト鉱石の輸出が禁止され、今後、銅などその他鉱物の未加工品にも輸出禁止措置が広がる可能性も指摘されています。
【ニッケルの生産国(2023年推測値)】
国名 | 生産量(トン) | 世界シェア(%) |
---|---|---|
インドネシア | 1,800,000 | 50.0 |
フィリピン | 400,000 | 11.1 |
仏領ニューカレドニア | 230,000 | 6.4 |
ロシア | 200,000 | 5.6 |
その他 | 970,000 | 26.9 |
出典:米地質調査所のデータを基にKPMG作成
プラボウォ氏はこの分野で現政権の方針を引き継ぐ考えを示しました。選挙期間中、同様の政策を鉱物資源、植物、海洋資源の「21分野まで広げる」との発言もありました。対象分野で未加工の産品を調達している外資企業は、インドネシアでの加工拠点の設置や代替調達先確保の必要性が高まる可能性があります。サプライチェーン再編に伴う価格変動が起きることも考えられ、継続して注視する必要がありそうです。
5.まとめ
関連リンク
本稿に関連する、各記事、セミナー、サービスを紹介します。