本連載は、日経産業新聞(2023年11月~12月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

EUの外資規制強化の背景

欧州連合(以下、EU)が外資規制を強めています。2023年7月、EUは、域外の政府から多額の補助金を受けた外資企業によるEU企業の買収を制限する規則を導入しました。ドイツなども規制強化に動いています。地政学リスクが高まるなか、EUの影響力を維持するためには重要産業を守ることが必要との意識が強まっているようです。

日本企業にとって、欧州の動きも見逃せません。EUの新ルールは「外国補助金規則(FSR)」と呼ばれます。「EU内の売上高5億ユーロ以上」「域外からの補助金など5千万ユーロ超」に該当する企業が買収する際に、欧州委員会に届け出ることを求めるものです。補助金が市場をゆがめていると判断されれば、該当企業には是正措置が命じられます。

EUは2020年に人工知能(AI)や、半導体がかかわる域外企業の投資案件などについての審査を加盟国に求めています。外資規制ではありませんが、2023年10月には外国が貿易規制などで「経済的威圧」をしてきた場合の対抗措置を最終承認し、域内経済を守る姿勢を鮮明にしています。規制強化の流れは加盟国も同じです。ベルギーは同年7月、「安全、治安、戦略的利益」にかかわる分野で外資が同国企業に投資する際に、当局への届け出を必要とする「外国直接投資スクリーニング制度」を導入しました。ドイツも、外資による投資の審査を厳しくする新法を検討する動きがあるようです。

これらの背景には、外資の拡大を適切に管理しなければEUの安全保障が脅かされるとの意識の高まりがあります。2016~17年にかけて行われた中国資本による買収をはじめ、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)禍で欧州株が一時急落して買収攻勢を受けやすくなり、危機感は一層強まりました。欧州委員会は2022年「EUは外資を受け入れ続けるが、無条件ではない」との声明を発表しています。

米国も中国もAI、半導体などの先端技術分野で技術的優位を築こうと、国内産業を優先する動きを見せています。EUも米中に追随せざるをえない側面があり、今後も規制を強化する可能性があります。規制の方向性は、EU内でしばしば議論を主導するドイツとフランスの政界・産業界に着目しておくと示唆が得られると考えられます。主要政党の公約にも多くのヒントがあります。EUやEU加盟国の規制は理論上、日系企業も対象になり得ます。

欧州の拠点を中心にEUと加盟国双方の規制について情報を収集し、経営戦略部門と共有しておきたいところです。法務部門が法解釈や判例を調べておくことも有用でしょう。経営陣は収集した情報をあらかじめ整理しておけば、投資先や買収先の候補を見つけた時に可否の判断をしやすくなります。

日経産業新聞 2023年11月22日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 白石 透冴

経済安保時代の経営課題

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