本連載は、2023年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

電気自動車の開発で求められる投資判断

自動車業界各社は、脱炭素化社会に向けて、ガソリンエンジンに代わるパワートレインのために数十億ドル以上の投資を行う意向を表明しています。実際、自動車メーカーは、パワートレインの新しい支配力となりつつある電気自動車(EV)を含め、将来の電動化戦略を相次いで公表しています。電動化への開発投資は巨額になる傾向で、各社の経営に大きな負担となりかねません。また、この動きのなかで、さらに難しい投資判断を求められているのが、自動車メーカーほど経営基盤が強固とは言えないサプライヤーです。

ここで、年間売上高が1兆円超かつ関連する公表データが取得可能な主要自動車メーカーおよびサプライヤー計46社について、アジア、北米、欧州の地域ごとにグルーピングした上で、売上高に占める研究開発投資比率を2022年度までの直近5期分算出し、その推移を比較してみました。

その結果、図表1にあるように、欧州地域は他の地域より比率が高めとなっていますが、これは欧州連合(EU)が政策的にEVシフトを世界に先駆けて進めてきたことを裏付けるデータと言えます。
次に、全体的に2020年度以降、2022年度にかけて比率が下落傾向となっていますが、この最大の要因は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延や半導体の供給不足問題など、サプライチェーンの混乱の影響により、各社とも2020年度頃の売上が一時的に落ち込んだためと考えられます。

【図表1:対象企業の売上高研究開発投資比率(東アジア/北米/欧州)集計対象 企業(46社)】

自動車業界の電動化戦略と開発投資の実態_図表1

出典:対象企業の公表情報を基にKPMG作成

また、図表2が示すように、各社の研究開発投資の対前年増加率は2020年度こそマイナスとなったものの、それ以降は大きく伸びており、研究開発投資額の増減よりも売上の増減が影響したことがうかがえます。言い換えると、事業環境が不安定な状況でも、各社、将来の電動化戦略などを見据えた研究開発投資は優先的に行ってきたことを示唆しています。

【図表2:対象企業の研究開発投資の対前年増加率】

自動車業界の電動化戦略と開発投資の実態_図表1

出典:対象企業の公表情報を基にKPMG作成

国際財務報告基準・国際会計基準(以下、IFRS)では、IAS38号「無形資産」により一定の要件を満たす開発費を資産計上するよう要請しています。これは、原則として研究開発費を発生時に全額費用処理するよう要請されている日本や米国の会計基準とは異なる取扱いとなっています。
IAS38号に基づく開発費の資産化率は業種によって異なりますが、自動車業界ではその特性から多くの開発費が資産化されています。

そこで、まず上述した46社のうち、IFRSを原則適用している欧州の企業とIFRS(もしくは同等の基準)を任意適用している一部のアジアの企業について、研究開発投資総額のうち開発費を資産化した割合(開発費資産化率)を直近5期分算出し、その推移を比較してみました。

その結果は図表3(地域比較)が示すとおり、欧州地域は平均して30~35%の資産化率かつ2019年度以降毎年増加傾向にあるのに対し、日本を含むアジア地域は平均して20%未満の水準かつ2020年度をピークに若干下落傾向にあることが見てとれます。

これは、投資した開発費が、IAS38号の資産化要件の1つでもある将来の経済的便益を創出する可能性が高いと評価している経営者が、アジアよりも欧州の自動車企業の方に相対的に多く、近年その傾向がより顕著であることを示しています。別の視点では、世界をリードするEV化の成功と将来の収益性確保に対する欧州の経営者の自信の表れと言えるかもしれません。

次に、開発費資産化率を自動車メーカーとサプライヤーの対象企業で比較してみました。
その結果は図表3(業種比較)が示すとおり、35%前後の自動車メーカーに対しサプライヤーは7~8%程度に過ぎず、サプライヤーの経営者にとってより一層将来の不確実性に対する懸念が大きいことがうかがえます。

【図表3:対象企業の開発費資産化率(地域比較 業種比較)】

自動車業界の電動化戦略と開発投資の実態_図表3

出典:対象企業の公表情報を基にKPMG作成

以上の考察から、自動車企業、特にサプライヤーの経営者は、今後新技術の開発が加速し巨額の投資が要求されるなかで、自前での開発継続か、他社との提携や協業の模索か、もしくは事業転換や事業撤退の選択かといった難しい意思決定を迫られることになるでしょう。

日刊自動車新聞 2023年10月2日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

あずさ監査法人
パートナー 永田 篤

クルマ社会の新しい壁