税務(移転価格)管理 × テクノロジー:消費財メーカーで想定されるセグメント管理など
近年、税務業務は一層複雑化し、海外も含めたガバナンスの重要性も高まっています。その一方で、昨今のテクノロジーの進化により、税務の領域においてもテクノロジーを活用したオペレーションの変革が進みつつあります。本稿では、テクノロジーの動向と移転価格税制に係るテクノロジーの活用の方向性について考察します。
本稿では、テクノロジーの動向と移転価格税制に係るテクノロジーの活用の方向性について考察します。
近年、税務業務は一層複雑化し、海外も含めたガバナンスの重要性も高まっています。その一方で、昨今のテクノロジーの進化により、税務の領域においてもテクノロジーを活用したオペレーションの変革が進みつつあります。進化したテクノロジーを活用して、業務の効率化や負担軽減、さらにはより高いレベルでの事業管理や移転価格管理を実現するというわけです。移転価格業務を例とすれば、いわゆる運用・管理の業務はもちろんのこと、データを整備すれば文書化や調査対応などの後続業務の工数削減にも大いに役立つ可能性があります。また、消費財メーカーで想定されるさまざまな事業管理が損益情報として体系的に整理できれば、移転価格の分析やロジック構成にも寄与するでしょう。
しかし、テクノロジーといってもさまざまなソフトウエアやカスタマイズソリューションがあります。そのため、導入する際には、まず業務を整理して実現したいことを検討するというように目的意識と活用イメージを持つことが重要です。本稿では、テクノロジーの動向と移転価格税制に係るテクノロジーの活用の方向性について考察します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1 税務業務の複雑化に対し、テクノロジーを有効活用する動きが出始めている
移転価格管理業務を整理し、テクノロジーを活用することで、社内の限られた専門人材のリソースをより付加価値の高い業務にシフトさせることができる。
POINT 2 多種多様なITツールやソフトウエアがあるが、導入には目的意識が大事
まずは自社の業務を整理し、テクノロジーで実現したいことを検討する。テクノロジーの導入には、目的意識と活用イメージを持つことが重要である。
POINT 3 海外子会社に依頼する情報の整理や収集した情報の有効活用
各国・地域の税制に加え、国際税務がますます複雑化している。海外子会社からの効率的な情報収集や情報の体系化を図り、事業管理と税務管理の双方に役立つ情報の活用を検討することが望ましい。
ハイライト
I.はじめに
II.移転価格関連業務の整理
III.どのようなITツールを導入すべきか
IV.移転価格業務における活用エリア
V.消費財メーカーで想定されるデータ管理
VI.さいごに
I.はじめに
最近、生成AIが世界的に大きな注目を浴びています。これまでのAIは、情報の予測や特定が主流でしたが、生成AIの実用化に伴い、人間の代替として、答えを生み出す力を持つAI技術の活用に期待が高まっています。このようにテクノロジーは著しい発展を見せていますが、情報の信頼性などの観点において、テクノロジーが主体となってビジネスを管理できるほどの技術的高度化にはまだしばらく時間がかかるものと考えられています。
こうした状況において、税務分野へのデジタル投資が難しいところはどのような領域に、どのタイミングで、どれだけの投資をするのかを見定めていくことにあります。本稿では、税務部門の業務のうち筆者の専門である移転価格税制を中心とした対応業務を中心に述べますが、この分野に限らず日々の業務のどの部分にテクノロジーが活用できそうなのかを考え、業務を整理していくことが、テクノロジー活用の第一歩になるのではないかと思います。
II.移転価格関連業務の整理
移転価格税制に係る諸問題は、1つの国・地域の税務問題にとどまりません。各国・地域制度の違いだけでなく、実務的な判断が多分に入り込む余地があり、立場の異なる者同士の対立が生じやすいからです。特に、各国・地域での税務調査対応に加え、事前確認制度(以下、「APA」という)や課税問題に発展した場合には、当局間の協議など交渉戦略が必要となることもあります。したがって、一般的にはAIによる代替・自動化が難しい分野と考えられています。
それでは、どのようなところにデジタル化の余地があるのでしょうか。もちろん取引の複雑性や業界の違い、アドバイザーの活用度合いなどを含む企業方針などによって実際の状況はさまざまでしょう。そこで、ここでは一般的な移転価格管理に基づく運用業務に関して、図表1を想定して説明します。
図表1 移転価格管理業務の業務整理の概念図
また、国際税務の分野は、語学や専門知識・経験などの観点で、対応できる人材が社内で不足しがちです。そこで、ここでは日々の多種多様な業務を整理し、システム対応が可能な部分をテクノロジーに代替し、貴重な人的リソースをより付加価値の高い分野に割り振っていくことを主たるコンセプトとします。
特に、近年では企業の税務情報の透明化などを含めたBEPSの流れを受けて、税務ガバナンスの重要性が高まっています。継続的に国際税務の業務負荷が高まるなかで、いかに現行業務を効率化しつつ、本社としての統制を利かせていくか。BEPS2.0の導入と併せて、テクノロジーの導入を検討し始めている企業が増えています。
テクノロジーの導入では、ITシステムやツールを使用して何ができるのかを具体的に知ることも必要ですが、それ以上に自社の業務を整理して、どの部分を定型的な業務として潜在的に置換えが可能なのか、人が担うべき重要な業務は何か、そのなかでもITツールがどのように支援できるか、実現したいことをしっかりイメージすることが重要です。それを意識しながら業務に当たることには大きな意味がありますし、その延長上で、単に従来の業務をITで代替するだけでなく、これまで管理してこなかった、または人力では管理ができなかった切り口での計数管理を行うことにより、税務分野に限らず、税務にも関連し得る投資判断などの事業目線で付加価値を生むような検討に資する情報をもたらす可能性もあります。
III.どのようなITツールを導入すべきか
世の中にはさまざまなソフトウエアが出回っていますが、各社で共通する業務が必ずしも多いとは言えない移転価格のように検討を進めるべきか、悩ましいケースも多いかと思います。確かに、パッケージソフトなど一般化された既製品にはさまざまな機能が付いていて、安価に使用できることから、ニーズにマッチする場合には高い費用対効果が期待できます。しかし、使わない機能や自社の運用と合わない部分も多く、導入はしたものの使用しなくなってしまったという企業の声も少なからず聞こえてきます。そこで、ここでは代表的な2つのパターンを紹介します。
1つ目は、ガバナンスとしての情報統制や本格的なデータ管理の自動化を志向する場合です。この場合、システム上の根本的なデータの持ち方から検討しなおすことが考えられます。たとえば、基幹統合システム(ERP)ソフトなどの深いレベルで、移転価格運用上必要となる情報を埋め込み、セグメント情報や管理情報を自動的に抽出できるようにするなどです。ただし、これは大掛かりになりがちで、それがデメリットとなります。
2つ目は、今あるデータを前提にカスタマイズする場合です。後付けで海外子会社とつながるデータプラットフォームを構築し、そのうえで小型のカスタマイズアプリ(機能)を適宜追加していくという方法です。この数年で比較的手軽に使用できるツールも多く出回るようになってきたことから、実現したい機能に的を絞り、「複数の情報ソースにまたがるデータを統合していくデータ加工」から、「モニタリングの目的で定期的に必要となる複数のグラフを自動でアウトプットするビジュアライズ」までの過程を自動化する比較的簡易なツールを用いた管理を導入するケースも見られ始めています。メリットは、小型で迅速な開発が可能なこと、複数の部門を跨ぐ大掛かりな対応が必要になりにくいこと、比較的予算を抑えて機動的に導入しやすいこと、必要な機能のみに絞ることで使いやすくなることです。他方で、現状で管理していない情報を整理しようとしても、根本的に管理情報が足りないなどの限界もあります。それぞれ実現できること、必要なコストや期間、利便性などを総合的に勘案し、サポート体制なども含めてメリット・デメリットを比較検討する必要があります。いずれにしても、新たなツールを導入する場合には、それを有効活用するために、しっかりとした目的意識と具体的な活用イメージを事前に持っておくことが重要です。
IV.移転価格業務における活用エリア
移転価格の対応に関して、典型的には「プランニング」、「運用・管理」、「コンプライアンス( 文書化)」、「税務調査対応・相互協議( 以下、「MAP」という)・APA」の業務が想定されます(図表2参照)。
図表2 典型的な移転価格対応業務
プランニングに関しては、取引ごとに個別性が高く、システム化することが容易でない場合が多いと考えられますが、運用・管理に関してはITツールを用いることで必要なデータを容易に取得できるようにしたり、リスク状況を期中であっても随時チェックできるようにしたりすることで、対策を立てやすくするといった活用方法があります。もちろん、リスクの外観チェックに留めるのか、詳細に個別の取引までドリルダウンして確認できるように作り込むのかなど、目的と予算によって対応の程度は変わってきます。たとえば、「現状では、海外子会社の損益は決算データしか見ていない」という場合には、比較的簡易なツールであったとしても、海外子会社の損益状況を可視化し、モニタリングできるようにすることは、ガバナンスやリスク管理の観点からも費用対効果が高くなると思われます。
また、運用・管理に資する情報が十分にシステム化されている場合、後段の文書化や税務調査、APAなどで必要となる基礎資料の作成においても効率化ができるというメリットがあります。
ローカルファイルは、各国要件への適合や作成方針の検討など専門性を必要とする場面が多いですが、たとえば国別報告書に関しては提出フォーマットが統一されているため、必要情報の収集から作成、結果表示など、比較的検討余地があると言えるでしょう。
税務調査、MAP、APAなどの税務当局とのやり取りが必要な部分は担当者が自ら対応する場面が多くなりますが、相当程度の時間をデータ準備や分析に充てている場合には、データ管理がしっかりできていると効率性が大きく向上する可能性があります。
V.消費財メーカーで想定されるデータ管理
多くの企業は有効な事業管理を主目的として、さまざまな管理情報を収集・蓄積しています。これらを税務などの別の目的のために加工していくうえで、1次データとして統一フォーマットやデータベースで十分な情報を持たない場合には、表計算ソフトなどを用いて別途海外子会社に依頼した情報を本社で編集するというケースが多く見受けられます。しかし、情報の形式をそろえたり、複数の情報ソースを一元化したりするなど、情報収集のルール化や手順といった業務を整理すれば、点在する多種多様なデータを収集・加工・集計し、必要なメッシュで効果的な情報として仕立て上げることが可能になります。
具体的なデータ管理の例としては、連結決算のために各社から集める連結パッケージのデータに付随して、会社単位の財務情報から「バリューチェーン全体の損益可視化」できるようにすることが挙げられます。海外子会社から収集するデータパッケージに、管理上必要となるデータを追加し、その情報を取り込むことで、本社側で複数拠点の損益情報を自動的に集計してまとめ上げるのです。こうした仕組みは、製造業の企業にとって有用になると思われます。また、事業別セグメントの情報や取引先別の損益管理情報などを収集している場合、グループ内で会計システムがつながっていれば、本社が容易に情報を集めて一覧化することができます。しかし、そうでない場合は、事業管理上必要な情報として本社が表計算ソフトベースで集めていることも多いようです。こうして収集した情報が十分に活用されていればよいのですが、収集した情報が活用されずに埋もれてしまっていたり、特定の目的のみに使用され、似たようなデータを収集するために複数部署が海外子会社に依頼をかけていたりといった話も少なからず聞こえてきます。
最近は、日本のCFC(外国子会社合算)税制やBEPS2.0の関係で、海外子会社から収集すべき情報が多様化・複雑化しています。海外子会社の経理担当者の負担が増加していることから、いかに効率的に必要な情報を子会社に依頼するのかが喫緊の課題となっています。
また、移転価格税制は、取引の質や内容によってさまざまな分析方法が求められますが、文書化などで詳細な情報が必要になった場合に、手作業で各期のデータを集めて、個別に集計しているケースも多くあります。
図表3 移転価格分析用の管理データ例
図表3はあくまで例示になりますが、企業の事業管理方法や適用される移転価格算定方法によってさまざまな情報管理の方法が考えられます。特に、事業管理と財務管理がリンクしている場合には、移転価格の合理性を税務当局に説明するうえで必ずしもデータベースで一元管理まではできていなかったとしても、事業管理データが有効に使用できる場合も少なくありません。ここでは、消費財メーカーの事例を紹介します。
1つ目は、ブランディングを含む販売戦略が重要な化粧品業界やラグジュアリー製品業界です。これらの業界は製品開発力もさることながら、事業の収益ドライバーとなるブランド力の向上やグローバルレベルでのマーケティング活動が非常に重要となります。移転価格税制に基づくグループ内の適正な利益配分を検討するうえでも、たとえばマーケティング部門のコストの内訳を分析する必要が生じる場合があります。それがローカルの顧客を対象とした販売活動の延長なのか、国をまたぐリージョナル活動なのか、それともグローバルレベルのブランド戦略と言える活動なのか。データ上の判別がつきにくくても、実質的な活動の意味合いが大きく異なる場合がありますが、移転価格分析ではその費用の性質を理解することが重要となります。こうした費用の集計がシステム上でできることにより、経理担当者の手間が省けるだけでなく、分析の深度とロジックの説得力が大きく変わってくることがあります。
2つ目は食品を扱う製造業の事例です。食品は、国・地域によってテイストや商品サイズ、パッケージなどを調整し、現地になじみやすいようなローカライズを行うことが多くあります。こうしたローカライズを本社が主導して行う場合もありますが、ローカルの好みに合わせて、現地子会社主導で実施する場合もあります。こうした活動が現地で人気商品となる重要な要因であるにもかかわらず、係るコストが現地子会社の損益に埋もれてしまい、現地子会社の貢献度を定量的に測定しにくいといった場合があります。現地子会社の高収益要因として、こうした現地子会社の貢献を定性的に税務当局に説明をしても、定量的に数値を示すことができない場合、客観性に基づく説得力に欠ける説明とならざるを得ません。必要な説得材料に資する定量的なデータをシステム化して、必要な時にすぐに集計できるようにしておくことは有用と考えます。
そもそも会社として、「こういった形でデータを集計したことがない」という場合には、初期のデータ設計や集計方法の検討が必要となりますが、事業管理上、区分に資する情報を一定程度管理している場合(たとえば、予算取得に使用した社内管理コード)には、それを会計データとつなげて一定のロジックで集計することで、完全ではない可能性はあるものの合理的な定量数値として、一定の説得力のある根拠とできる場合があります。
VI.さいごに
テクノロジーの進化は著しく、データアナリティクスの分野が注目を集めていますが、それを税務の観点で活用できる体制が整っているかという点では、まだまだこれからの企業も多いかと思います。税務管理、特に事業と密接な関係のある移転価格管理に関して事業管理データと連携ができることで、さまざまな要因分析やロジックの構築に資する情報が得られる可能性を秘めています。
他方で、税務の分野は、事業内容や国際税務で求められる情報が変化していくなかで、大きなIT投資を行うことが難しいと感じている企業も少なくないと思われます。まずは、実際の業務で同じような作業を繰り返していたり、収集している財務情報などで活用できていないと感じていたりする部分があれば、そこから見直すことも一案です。テクノロジーは実際に使ってみないとイメージがわかないと言われることが多いです。改めて業務内容や手元にある関連データなどを整理し、まずは問題意識を具体化してみてはいかがでしょうか。
執筆者
KPMGジャパン 消費財・小売セクター
パートナー 森 雅史