サステナブルサプライチェーン体制を構築し遂行することは、組織が「経済的」「環境的」「社会的」な持続可能性に貢献するために必要な施策の1つとして理解されています。
ISO20400(「持続可能な調達に関するガイダンス⦅Sustainable procurement - Guidance⦆」以下、ISO20400)によって示された国際的なガイドラインを参考とし、サステナブルサプライチェーンを組織横断的な取組みとすることで、リスク管理、法規制対応が強化できるだけでなく、顧客へのエンゲージメント強化、イノベーションの創出による事業機会の獲得、社会的責任の達成による企業ブランド力の向上等の効果も創出することが可能となります。
1.ISO20400とは
ISO20400とは、持続可能な調達に関する国際的なガイドライン(認証規格ではなくあくまでガイドラインの位置付け)であり、企業や組織が調達活動を通じて社会、環境、経済の持続可能性を追求するための枠組みを提供しています。ISO20400は、サプライヤー選定、契約管理、リスク評価、情報開示、イノベーションなどの重要な要素を包括し記載されているため、このガイドラインを企業が活用することで、自社サプライチェーン全体でのサステナビリティを向上させ、ビジネスの競争力を高めることが期待できます。
また、ISO20400はサステナブルサプライチェーン体制の構築に向けて、社内外のステークホルダーそれぞれを対象として、たとえば経営層に対しては自社のサステナビリティポリシー・戦略の策定のために実施すべき事項等が整理されています。
【図表1:ISO20400に記載されている内容とその対象者】
組織の持続可能性に事業機会を見出そうとしている企業や組織にとって、ISO20400は戦略的な手引きであり、社内のサステナビリティの実現・向上に向けた具体的な手段を提供する貴重な指針であると言えます。
2.サステナブルサプライチェーン体制の目指す姿
【図表2:ISO20400が目指すサステナブルサプライチェーン体制とは】
調達体制の構成要素 | 要件 |
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サービスモデル |
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組織 |
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人材 |
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業務プロセス |
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テクノロジー |
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ガバナンス |
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上記の要素・要件を整備し、サステナブルサプライチェーン体制を構築することによるメリットは図表3のとおりです。
サステナブルサプライチェーン体制をグローバルで構築することにより、競争上の優位性や業界でのリーダーシップを発揮することが期待できます。持続可能な成長と社会的な影響力を高めることにより、その結果として顧客やステークホルダーからの信頼を築き、企業価値の向上にもつながることが期待されます。
逆の言い方をすると、サステナブルサプライチェーン体制が構築できていない企業は、将来、相対的な競争力の低下や、商品・サービスの価値低下などが懸念されるため、数年先を見越した対応が求められます。
【図表3:サステナブルなサプライチェーン体制を構築しておくことで享受できるメリット】
環境的 |
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社会的 |
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経済的 |
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3.経営層が担うべき役割と実施方法
【図表4:経営層が担うべき役割とその実施方法】
サステナビリティビジョンと戦略の策定 |
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組織文化の醸成と促進 |
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モニタリングと評価策定(KPI振り返り) |
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特に経営層には、組織内のさまざまな部門や関係者との連携が必要となり、サステナビリティポリシーに基づいた調達実務の実現をサポートすることが求められています。たとえば、調達部門などのSCM関連部門とCSR部門、サステナビリティ推進部門等の連携が不十分な場合、サステナブルサプライチェーンの実現を図ることは困難であると想定されます。
そのためには、組織全体での目標や方針の統一および社内連携を円滑に進めるために、役割・責任を明確にしたうえで、各部門の情報を共有するためのプラットフォームの構築等を行い、トップダウンでの経営層による強いリーダーシップが求められます。
4.サステナブルサプライチェーン体制構築に向けたアプローチ
【図表5:KPMGのサステナブルサプライチェーン体制の構築支援ステップ】
ステップ1:現状診断
企業のサステナビリティ目標や、調達戦略に基づき、ISO20400の枠組みに対する現在の取組みを評価し、現状の取組みレベルを把握します。また、調達活動に関連する主要ステークホルダーにインタビューを実施し、上記評価も加味してISO20400に対する現在の取組みの現状整理を行うことが重要です。
【図表6:サステナブル調達体制の成熟度評価の観点】
ステップ2:目指す姿の設定
課題整理結果を踏まえ、自社が中長期的に目指す姿(レベル感)の設定を行います。必ずしも最初から先進企業レベルを目指す必要はなく、自社の成熟度や戦略も踏まえて、目指す姿(≠あるべき姿)を設定し、段階的にレベルアップしていくことが重要です。
ステップ3:ギャップ分析・課題整理
目指す姿と現状を比較し、サステナブルサプライチェーン体制の構築および高度化に向けた具体的な課題の整理と対応に向けた検討を行います。対応検討においては、サステナブル関連部門・SCM関連部門などの組織横断的なワークショップなどを通じて特定された、主要なカテゴリーに対する詳細な活動計画を策定することも有効です。
ステップ4:ロードマップ策定
目指す姿とのギャップ分析の結果を踏まえ、自社のサステナビリティ経営方針・理念(Vision)を意識したサステナブルサプライチェーン体制の構築に向けたロードマップを策定します。
ロードマップの策定にあたっては、優先順位付けが重要となります。優先順位付けの観点としては、企業のマテリアリティ(重要課題)や、事業特性上のリスク、社内外のステークホルダーの要請・関心などを踏まえて、優先順位をつけ、直近1・3・5年間などの短期から中長期的なロードマップを策定することが有効です。
ステップ5:体制構築・システム
策定された到達点に対して、現実的に推進していくためには社内での体制構築を行うことが重要です。また、場合によっては外部専門家の活用や、業界横断的なコンソーシアムなどを活用した取組みとするなど、実効性を高める施策を検討することが求められます。
また、人力で対応するには限界もあるため、システム・ツールを活用した効率化・高度化の検討も必要になるでしょう。たとえば、サステナブルサプライチェーンに関して想定されるシステム・ツールは以下のとおりです。
- サプライチェーン透明化システム
システムを活用することで、サプライチェーン内の情報をリアルタイムで可視化し、原材料や製品の流通経路を追跡し、サプライヤーの持続可能性や環境への影響を評価することが可能となります。 - サプライヤー評価・監査システム
ランキング・モニタリングを行うことを目的としてサプライヤーの持続可能性やコンプライアンスを評価するためのシステムを導入し、適切なサプライヤー選定やパフォーマンスのモニタリングが可能となります。これにより、労働基準や環境基準に準拠したサプライヤーを選定し、リスクを軽減することができます。 - データ分析と予測システム
スケールアップを単に推進するのではなく、ビッグデータや人工知能(AI)を活用したデータ分析システムを導入することで、サプライチェーン内の持続可能性に関連するパターンや傾向を把握し、予測することができます。たとえば、エネルギー使用量や廃棄物の削減のための最適なプロセスや最適な輸送ルートを特定することができます。 - サプライチェーンプラットフォーム
技術的に自社での取組みが困難な場合、サプライチェーン内の関係者間で情報共有や協力を促進するためのプラットフォームを構築することが重要です。これにより、サプライヤーや顧客、他の関係者との連携が容易になり、持続可能なイノベーションやベストプラクティスの共有が行われます。
【図表7:成熟度評価の結果に基づいた目指すべき到達点の可視化】
5.まとめ
前述のようなサステナブルサプライチェーン体制の構築は一朝一夕で対応できるものではなく、現実的には壁(課題)が存在します。
たとえば、サプライヤーや物流委託先などのサードパーティーとの関係性によっては、協力を得ることが難しいケースや、協力を得られた場合でも情報の信憑性が疑わしいケースも散見されます。サプライヤーを始めとしたサードパーティーとの共創関係を築き、時間をかけてエンゲージメントを高めていくことも重要です。
また、サードパーティーのスキル・知識不足、予算やリソースの制約なども乗り越えるべき壁として想定されます。これらの課題を克服するためには、一定の基準を基に、自社にとって重要かつリスクが高い「戦略的サプライヤー」にリソースを集中するなどメリハリある対応を行うこともポイントとなります。
最後に、サステナブルサプライチェーン体制の構築は企業に多くのメリットをもたらすだけでなく、人権侵害や気候変動対応などの世のなかの社会課題の解決につながる重要な要素となります。
その実現に向けては、経営層がリーダーシップを発揮し、社内外に対する積極的な情報発信・コミュニケーションを行ったうえで、戦略的に取り組むことが求められます。単なる作業として形式的に実施するのではなく、本質的に社会課題に対するアプローチができるような施策を検討し、意識を持って取り組むことが望まれます。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 土谷 豪
シニアコンサルタント 白杉 誠基