本レポートは、KPMGが考える「個人保険の未来」について解説しています。
国内およびグローバル市場を悩ませ続ける予測不能な経済の不確実性、急速に変化する顧客の期待、ESG課題の重要性の高まり、市場に投入される革新的な新しいモデルやテクノロジー、進化する競争環境、そして絶えず変化する規制環境など、保険業界にはさまざまな変化のシグナルが現れています。
本レポートでは、こうした変化の力が、保険会社にどのような競争機会をもたらしているのかを探ります。
また、今日の優れたビジネスモデルについても考察し、将来的に成功をもたらすと思われる新たなビジネスモデルのいくつかを紹介します。
目次
変化のシグナル:保険分野はなぜ変わるのか
経済の不確実性は、保険会社だけでなく、保険顧客にも変化をもたらしています。KPMGの調査によると、41%の顧客がパンデミック以前よりも暮らし向きが悪化していると回答しています。また、パンデミックの発生中には、世界的にブランドに対する信頼が著しく低下しました。顧客は、日々直面するリスクをより強く認識し、次のブラックスワン現象(予想できず、起きた時の衝撃が大きい出来事)から身を守るためにより良い補償を求めるようになっています。
このような顧客を獲得するためには、保険会社が顧客に働きかけ、健康・医療保障や自身の保障ニーズとの差分など、保険未加入の部分を強調し、よりパーソナライズされた、透明性が高く、信頼できる保障を提供する必要があるでしょう。
個人向け保険会社の経営層は、カスタマージャーニーがつながっていないことを認識しているようです。KPMGが実施した調査によると、保険会社の46%が、顧客体験の改善を優先する必要があると考えており、また半数以上が、顧客満足度を成功の最大の指標とみなしていることがわかりました。しかし、この調査では、常に期待を上回る顧客体験を提供していると考えている保険会社がわずか14%であることも明らかになりました。
顧客体験が主要な購入要因となりつつあるため、保険会社は個人向け保険の新契約、利用、更新をよりシンプルかつ迅速に、また一層テーラーメイドにすることに注力する必要があります。価格は重要な要素であることに変わりはありませんが、将来的に成功する保険会社は、加入手続きから請求・支払い機能までの一連のプロセスにおいて、使いやすいデジタルツールやデジタルサービスを活用し、より良い顧客体験を創造する会社になる可能性が高いと思われます。
将来的には、販売・流通、引受、保険契約管理、保険金請求など、保険のバリューチェーン全体にわたって、顧客の行動様式に基づく補償や意思決定の新たなチャンスが到来するとKPMGは考えています。そして保険会社は、データをナレッジシステムに蓄積し、包括的な顧客像を作り出すことで、顧客の行動様式に応じた商品・サービスを提供することになるでしょう。
新たな競争相手が足元に迫ってきています。KPMGの調査によると、保険業界のリーダーの30%が、インシュアテックとの競争の激化を、顧客戦略を実行するうえでの最大の障害と考えており、この新しい環境のなかでどのように利益を上げて成長していくかを自問し始めています。
インシュアテックは3つの価値提案に焦点を当てています。
- 簡素化された体験
インシュアテックは、より簡素化され、完全にデジタル化されたフロントエンド体験を提供する傾向があり、流動的なモバイルアプリケーションやウェブページの形をとるのが典型的です。これは、顧客に最高のデジタル体験を提供するだけでなく、透明性、信頼性、安心感を確立するのに役立ちます。 - モジュール化された商品とサービス
従来の保険会社の顧客は、自身のニーズに合わない商品による長期的な保障に「縛られている」と不満を持つことが多いようです。インシュアテック企業はこれをチャンスと捉え、 顧客が必要なときに必要な補償を購入できるような、利用ベースの保険やジャストインタイム(JIT)保険商品の提供に注力しています。 - 高度な分析能力
インシュアテック企業は、保険商品を提供するテクノロジー企業であり、その逆ではありません。つまり、アジリティとテクノロジーを組み合わせて、データから価値あるインサイトを引き出すことに特に長けています。顧客データを活用して収益性を高め、顧客体験を向上させることは、これらの企業にとって重要な課題です。
伝統的な保険会社がインシュアテックと再保険会社の仲介役として果たすべき役割は明確であり、中抜きや優位性のない一般化によってバリューチェーンにおける自社の居場所を手放したいと考える伝統的な保険会社はほとんどないでしょう。単なる保険引受の財務提供企業と化すよりは、むしろエコシステムのなかでインシュアテック企業と提携し、顧客にアプローチしたほうが良いと言えます。
保険セクターの気候リスクに関する2019年のレポートによると顕在化する気候リスクは主に次の2つがあります。
(1)物理リスク
たとえば、暴風雨、豪雨、洪水、雹(ひょう)、干ばつ、山火事、熱波などに関する損害は、明白なリスクです。こうした自然現象の深刻さと頻度が高まるにつれ、保険会社はリスクの増大と経済バリューチェーンへの潜在的混乱に直面するでしょう。また、一部の生命・医療保険会社では、気温上昇や大気汚染について懸念しています。
(2)移行リスク
世界が低炭素社会に向かってどのように発展していくか、またそれに応じて政策、規制、技術がどのように発展していくかに関する「未知の」リスクです。投資モデルに影響を与え、リスク計算を混乱させ、新たな規制とのギャップや課題を生み出す可能性があります。
ESGは本業から遠ざかるように感じるかもしれませんが、現実には、ステークホルダーおよび将来の成長にとって、ESG要素は不可欠です。持続可能な選択肢に意識的に投資することで、保険会社は透明性と持続可能性を求める顧客の要望に応えられるでしょう。さらに、新しく革新的な商品やビジネスモデルを生み出すことで、実際に目に見える価値を生み出していることがわかります。
規制当局が保険セクターにおいて積極的な役割を果たし始めていることは間違いありません。レジリエンス、顧客中心主義、倫理的な価格設定の実践の支援により顧客を保護することを目的とした規制が、世界中で導入(および強化)されつつあります。
気候変動やサイバーリスクに関連する新しい規制や、AI倫理やデータ保護といったテーマが、規制当局や保険会社にとってますます重要視されるようになってきています。
また、地域や国ごとによる規制は、個人向け保険会社にとって、コンプライアンスをより複雑にさせ、運用を難しくさせる要因になっています。たとえば、米国とEUの両方で事業を展開するグローバル企業は、米国内のさまざまな州の規制に加え、EUの新しいデジタルオペレーショナルレジリエンス法(DORA)のような地域の要件に準拠する必要があります。
保険会社がよりデジタルで顧客中心のオペレーティングモデルに移行するにつれ、規制要件の量と範囲が拡大する可能性が高いことは明らかです。
この解決のためには、データプライバシー、価格設定、消費者保護などの問題に焦点を当て、積極的な変革のための領域を特定するために、組織をより顧客中心的に捉えることも重要ですが、最終的には、リーダーシップにかかっています。
規制を業務上の制約として機能する管理的・審査的なものにするのではなく、保険会社の運営方法に本質的に組み込まれるようにすることが、将来成功するビジネスモデルとなるでしょう。
変革へのアプローチ:保険業界における成功と勝利を導くビジネスモデル
(1)ダイレクトチャネルモデル・一時払い
一般的なリスクに対する比較的基本的な補償を備えたコモディティ化した商品(自動車保険、住宅保険、旅行保険など)を提供することで、トップラインに焦点を当て、取扱高を増加させている保険会社です。洗練されたマーケティングの専門知識を活用してマスマーケットの顧客を惹き付け、標準化された無駄のないプロセスによってサービスコストを慎重に抑制します。
(2)総合的商品提供モデル
これらの保険会社は、包括的な商品提供により、顧客の予算内のシェアを最大化することを目的としています。最も成功している保険会社は、高度なCRMとデータ分析能力を組み合わせて構築した単一の顧客ビューの活用により、顧客生涯価値の最大化を図っています。このような保険会社は、バンドリングによって「ワンストップショップ」の保険を求める顧客にアピールすることが多々見受けられます。
(3)仲介チャネルモデル
仲介業者(ブローカー、銀行、代理店など)を利用して保険契約を締結し、幅広い顧客層にアクセスする保険会社です。仲介モデルの保険会社は、標準化された「メニュー」を提供する傾向があり、選択した仲介チャネルを通じて商品を販売します。また、地元の有力者からのアドバイスに頼ることが多いため、営業部隊に標準的なプロセスや商品を提供することで、一貫性を確保し、規制違反や不適正販売を低減させています。
(4)富裕層向けオーダーメイドモデル
これらの保険会社は、富裕層(HNW:High Net Worth)および超富裕層の顧客に焦点を当て、補償内容、サービス、評判によって差別化を図る、少量で利益率の高い商品を提供しています。顧客は専門的な補償(航空、美術品、宝飾品など)を求める傾向があり、制限もほとんどありません。リスクとリレーションシップに基づく価格設定は、しばしばアンダーライターの経験と手作業によるプロセスに依存します。
(5)ニッチモデル
ニッチなリスクに特化した保険会社での、特殊なニーズを持つ顧客向けの保険です。ニッチなリスク分野での専門知識と商品の革新性により、高い利益率を獲得することが可能です。提案内容は、旅客船や 小型船舶、非標準的な自動車など、特殊な商品や珍しい商品の補償に重点を置く傾向があります。
個人向け保険の分野では、変革の波が押し寄せており、保険会社は自らを変革することが求められています。そして、ビジネスモデルの適応を図るために次のようなさまざまな新しいトレンドを模索していることがわかります。
- プラットフォームとエコシステム
他の産業(住宅、モビリティ、健康など)がプラットフォームとエコシステムを中心に融合しているように、保険もエコシステムに組み込まれる機能が増えていくでしょう。保険会社は、多くのエコシステムに参加する機会を得ることで、プラットフォームや顧客にとっての魅力を高めることができるでしょう。同様に、アジアを中心に登場している販売チャネルとして、金融系のスーパーアプリやユニコーン企業で台頭しているB2B2Cモデルがあります。 - コモディティ化
保険会社は各市場で差別化を図る努力を続けていますが、オンライン比較ツールのユーザーにとって、主要な購入決定は価格に基づく傾向があります。同時に、インシュアテック企業の台頭は、保険が真にデジタルな体験を通じて提供されることを実証しました。つまり、真のデジタル体験とは、シンプルでパーソナライズされた、要望どおりで理解しやすく、自動化された体験を提供することで、迅速な請求書処理と継続的なサービス改善を約束することです。 - グローバル化
業界と消費者が急速にデジタル化するなか、多くの識者は個人保険市場がより国際化すると予想しています。多国籍プラットフォームへの移行、複数の市場やさまざまな規制の進展に対応できるSaaS(Software-as-a-Service)ソリューションの増加は、市場が急速にグローバル化する可能性を示唆しています。 - 行動様式ベース
利用ベースまたは行動ベースの保険提供によるモデルは、顧客が必要なときにだけ補償を提供するにとどまらず、保険契約者の良い行動への還元として保険料を引き下げます。これにより、顧客満足度が向上するだけでなく、リスクの低い保険契約者を獲得することで、保険金請求コストを全体的に削減することができます。しかし、その一方でデータのプライバシーや利用情報の解釈、新たな詐欺リスクなどの課題も生じています。
個人向け保険会社が直面する大きな課題は、いかにして差別化するか、ということです。市場の競合他社との差別化には、場合によってはコストリーダーシップ、関連性の改善、あるいはビジネスやオペレーティングモデル全体へ浸透したパーパスの明示などが必要でしょう。たとえば、健康とウェルネスに関する提案は、保障の必要性の認識を高めるのはもちろん、付加価値の高いサービスを提供します。
(1)パーパス主導型モデル:顧客は、パーパスを提案の中核に据えている保険会社との取引を望んでいます。
保険会社が現在のグローバルな課題や問題にどのように対応しているかを評価できるよう、ESGをパーパスの中心に据えることを期待するようになるでしょう。
(2)大規模多機能型モデル:価格は引き続き主要な購買要因になると予想されます。保険会社は、低コストの事業モデルの構築に粘り強く取り組む必要があります。
顧客が便利で簡単に取引できるような幅広いデジタル保険モデルを構築すると同時に、コスト削減と競争力のある価格設定を促進するために、フロント、ミドル、バックオフィス全体を通して再構築し、業務プロセスのサイズを変更する必要があります。
(3)アジャイル注力型モデル:データは、保険会社が他社と差別化するための重要な資産になるでしょう。
リアルタイムのデータ分析により、保険会社は顧客のニーズを先取りした補償や、適切な商品・サービスの提供が可能となります。クレーム防止や保険金請求への対応を強化するために新しいデータソースを利用することで、保険会社は顧客のロイヤルティを高め、商品・サービスをクロスセルする能力を向上させることができます。
【KPMG Connected Enterpriseの8つのケイパビリティ】
KPMGのアプローチは、8つのコネクテッドケイパビリティのすべてを、企業全体で最大の価値を提供するレベルにまで改善することを主眼としています。これらのケイパビリティは、保険会社のオペレーティングモデルに対応し、デジタルトランスフォーメーションの優先順位付け、形成、実行を可能にします。
KPMGは、保険会社がこれらのコネクテッドケイパビリティの成熟度を評価し、変革のアジェンダと計画を策定し、最大の価値を提供するために、企業全体で能力の改善に取り組めるようサポートします。
※本レポートは、KPMGインターナショナルが発行した「Future of Personal Insurance」を、KPMGインターナショナルの許可を得て翻訳したものです。翻訳と英語原文間に齟齬がある場合は、当該英語原文が優先するものとします。
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