Part1では、自身の価値観を形成しつつ問題を定義し、そこに至るストーリーを描くことがアーティストの役割であると解説しました。
後編にあたる本稿では、生成AIとアーティストはどのように共創していけるのか、アート領域の変化を踏まえて、ビジネスではどのような変化が起こるのかについて考察します。
AIとアーティストの共創
アーティストは、2つのアプローチから生成AIを活用できると考えられます。
(1)作品イメージのクオリティの向上
ほとんどのアーティストは、自身の構想をどのように作品に落とし込むか考えることに多くの時間を費やしています。一方で生成AIは、言語化された構想が入力されると高速で作品案を提示してくれます。その作品案自体は自身の構想が完全に再現されたものではありません。しかし、生成された作品から今までの考え方にはなかった発想や表現方法を得て、作品イメージのクオリティを上げることが可能です。この活動を対話的に繰り返すことで、アーティストだけでもAIだけでも生成不可能な作品を創り上げることができます。これはまさしく、AIとアーティストの「共創」が体現されていると言えます。
(2)創作プロセスの効率化
特に商業的側面の強いアート領域では作業の大幅な効率化が実現しつつあります。たとえばアニメーション制作の領域では、比較的動きの少ない風景画を生成AIが担う動きが加速しています。もちろん生成画像の修正は人間が行うのですが、今後の生成AIの成長により、修正に要する作業量の低減や、風景画以外の画像生成が可能になると考えられます。
ただし、Part1にて述べたとおり、創作作業を完全に機械化することで、作品から感じ取れるストーリーの独自性は消失します。自身の価値観を通じて問題を提起する構想が、アーティストにとって一層重要になっているのです。
アーティストと生成AIの関係から考えるビジネスへの影響
大量生産・大量消費時代が終わりを迎え、感染症や地政学リスクの拡大など一層不確実な未来が訪れようとしている現在、過去の延長線上で事業を考えることは困難を極めます。
また言うまでもなく、テクノロジーによる定型業務の効率化は今後も加速していくでしょう。長期的には、膨大な量の変数から、効果やリスクを計算して最適な経営判断を提案してくれるAIが開発される可能性もあります。タスクさえ設定されれば、どんなに難易度が高いと考えられるケースであっても、AIが人間の能力を上回ることも考えられます。
こうしたなか、アーティストと同様の役割の変化がビジネス領域においても顕在化しつつあります。
アーティストと対比として企業をビジネスマンと定義し、Part1にて紹介したアーティストの役割に倣い、以下の表のように整理します。なお、この変化の好事例としてパタゴニア社の対応も表に含め、詳細を後述します。
【アーティストの役割とビジネス領域の対応関係】
アーティスト | 自身の価値観を形成 | 問題(主張)を定義 | 問題(主張)を反映したストーリーを描く |
---|---|---|---|
ビジネスマン | パーパスを定義 | 取り組む課題を設定 | 課題解決に向けた事業・取組み・製品をデザインする |
ビジネスマンの好事例(パタゴニア社) | 健全な地球環境の維持 | 大量生産・効率化を重視する工業的農業による炭素の放出 | 炭素を地中に隔離できる不耕起栽培を通じて生産した衣類を提供 |
アウトドア用品を手掛けることで有名なパタゴニア社は、健全な地球環境の維持をパーパスとして掲げています。同社では、パーパス実現に向けて、さまざまな製品で使用されているコットンなどの繊維の栽培により、大量の炭素が放出されている現状を課題と認識しました。その結果、不耕起栽培と呼ばれる栽培方法でこの課題にアプローチし、健全でありつつも大量の炭素を貯蔵できる土壌を維持してコットン栽培を行っています。
このようなプロセスを経て販売されるスポーツウェアは、環境意識の高い消費者の共感を呼んでおり、単なる機能以上の価値を感じる、エンゲージメントの強い顧客を獲得しています。また同社は、自社のホームページにもその問題意識やストーリーを積極的に掲載しており、ストーリーを描いて顧客の共感を得ている良い事例と言えます。
より良い未来を創っていくために、一人ひとりが自分自身の価値観に基づいた問題意識を持ってあるべき未来を先駆的に創造する能力が、これからの企業には求められるでしょう。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 山口 大貴