税務情報の透明化・税務行政のデジタル化と税務ガバナンス~テクノロジー・メディア・通信(TMT)セクターでの海外先行事例を踏まえて~
グローバルでの税務情報の透明性を高める取組みや税務行政のデジタル化の進展が納税者に与える影響とその対応策について、海外での事例を踏まえて解説します。
グローバルでの税務情報の透明性を高める取組みや税務行政のデジタル化の進展が納税者に与える影響とその対応策について、海外での事例を踏まえて解説します。
1.はじめに
OECDによるBEPS対応プロジェクトが2012年6月に正式に立ち上がって以降、国際的な租税制度は大きな転換点を迎えています。この記事を執筆している2023年6月においても、日本においてBEPS2.0の第2の柱(GLoBEモデルルール)に関する法令が公表されるなど、税を取り巻く国際的な環境整備は着実に進んでいます。BEPSプロジェクトを各国が協力して短期間で進めた背景には、前世紀末から急激に進む企業のグローバル化やデジタル化に対し、各国の税務当局において、税務当局と納税者との間の大きな情報格差に起因した二重非課税問題を解決するため、多国間で情報を共有し、税務情報の透明性を高めることが重要であるとの共通認識があったものと考えられます。
当局間での情報連携、社会からの税務情報の開示要請は、さらに強まることが予想されることから、企業は税務に関する外部環境の変化によって発生する新たな課題を認識し、対応していく必要があります。本稿では、今後の課題と対応について、KPMGのサポート事例も踏まえて考察します。
2.近年の国際税務環境の進展
わが国でも2016年より開始された、BEPSプロジェクトを踏まえた移転価格文書化の法制化(移転価格文書化制度)、共通報告制度(CRS)導入による非居住者金融口座情報の各国税務当局間での情報共有、さらには各国における電子申告・インボイス制度の導入開始など、税務情報の透明性に対する開示要請と制度化の進展は目を見張るものがあります。この流れは、世界的な経済のデジタル化の進展により加速しており、日本においても2024年4月1日以降開始事業年度より適用されるBEPS2.0の第2の柱に関する法令が制定されたことで、今まで以上に多国籍企業の税務情報が共有される環境ができあがりました。また直近では、EUやオーストラリアにおいて、各国での税負担状況などに関する情報を記載した国別報告事項についての税務当局への提出のみならず、当該情報の公開制度が法制化される流れとなっています。
徴税権限は国家が持つ重要な権限であることや、歴史的な経緯から、世界において1つとして同じ租税制度はなく、グローバルに経済活動を行う多国籍企業にとって、以前からそれらへの対応は頭痛の種となっていました。今後は、当局間での税務情報の連携や社会からの情報公開の要請が高まるなか、適切に納税を実施し、税務情報を開示していく体制を構築できない場合、国際的な税務コンプライアンスリスクが高まり、ESGをはじめとした企業自身のさまざまな評価にも影響を与える可能性があることから、多国籍企業にとっての国際的な税務ガバナンス向上は今まで以上に喫緊の課題となっています。
3.税務行政のデジタル化・高度化に伴う新たな問題
近年、税務情報の透明性向上の要請に基づく税務当局間での情報連携や電子申告・インボイス制度の普及が急速に進むなか、多国籍企業が認識すべき課題は、情報の非対称性の存在についての認識と、これらをいかに解消していくかです。
日本をはじめ世界各国は、所得課税を中心に、納税者が自らの帳簿書類などの記録に基づき税額を算定し納付する「申告納税制度」を採用しています。これは、租税の公平性を維持しながら、複雑化する経済社会において税徴収を効率的かつ効果的に実施するための1つの有効な方法として、現在も世界各国の租税制度を支える基本的な仕組みとなっています。申告納税制度では、納税者側が自らの情報に基づいて税を計算納付することから、税務当局と納税者を比較した場合、納税者側が多くの情報を有することとなり、税務実務の場面においては、情報の非対称性によって一般的には納税者が相対的に有利な立場にありました。例えば、日本では法令によって税務当局に調査権限が与えられていますが、申告納税制度下において、調査を通じて税務当局が納税者の納税申告を更正するには、一般に立証責任が税務当局にあると考えられています。しかし、取引相手国における情報の入手が難しい国際取引については、税務当局においてもその立証責任を果たすための証拠の入手に困難が伴う状況が多くあったと推察され、税務当局に比べて納税者が優位な立場にあったと考えられています。
しかしこのような環境は急速に変化しつつあります。近年の税務当局間での双方向での情報交換制度の急速な進展に伴い、納税者との情報の非対称性が解消されつつあり、また、近年の人工知能(AI)を用いたデータ処理技術の向上により、各国税務当局のデータ処理能力が飛躍的に進歩していることから、情報の非対称性に起因して納税者有利と思われていた環境が、一気に税務当局有利な状況に変わる可能性が出てきました。
特にBEPS対応プロジェクト導入以降は、企業側が各国税務当局に提出する資料の共通化・連携が行われており、また、諸外国における電子インボイス制度の導入開始も相まって、今までは不可能と思われていたリアルタイムでの取引情報の把握、クロスボーダーでのデータ連携・照合を行い、これら処理されたデータに基づくリスク評価に基づき、税務リスクの高い企業・分野に対する効率的かつ効果的な税務調査が可能な環境が整ってきました。諸外国の事例として、デジタル行政の先進国とも言われる中国においては、電子インボイス情報に基づき、企業側が会計処理を行うよりも先に税務当局が企業の取引情報を把握するケースも出てきており、税務当局側の情報把握・管理能力は飛躍的に高まっています。
このように、税務当局が納税者と同等、場合によっては納税者が認識していない税務リスク情報を納税者より早く認識することで、今まで埋もれていた税務コンプライアンスリスクが顕在化する可能性が急速に高まってきました。多国籍企業においては、各国当局間での税務情報の連携、データ処理能力の向上に併せて、グローバルで税務情報をリアルタイムに把握・管理することが、税務ガバナンス向上の上で大きな課題となっています。
これら税務ガバナンスを向上させるための課題解決にあたっては、既存の人的資源のみで対応することは難しく、テクノロジーを活用した税務情報の一元管理と、リアルタイムでのデータ管理体制の構築を速やかに進める必要があります。
4.税務ガバナンス向上のための対応事例
多国籍企業による税務ガバナンス向上の施策は、BEPSプロジェクトが開始されて以降、欧米企業を中心に積極的に行われています。特に、世界的なデジタル化の進展やM&Aの加速によって急速にクロスボーダーでの取引が増加したことで、BEPS2.0の導入も見据え、世界中の進出先国においていかに税務ガバナンスを構築していくかが、欧米のテクノロジー企業で喫緊の課題となっています。KPMGではTax Reimaginedと題して、欧米企業を中心に税務ガバナンス体制の見直しをサポートしてきました。
まず、先行事例における税務ガバナンス構築における主な課題としては、(1)財務・税務に関するグローバルでの統一プラットフォームの欠如、(2)データ分析、グループ企業間での提出報告書の照合管理など、ルーティンワークに費やす時間の増加、(3)地域ごとの運用・管理体制の欠如、(4)専門人材の不足、(5)事業環境の変化に応じた適切な対応が取れる組織体制の欠如、(6)進出先国における標準的な税務コンプライアンス体制の構築プロセスの欠如があげられました。
このうち(1)、(2)は、本稿で取り上げた課題であるリアルタイムでの税務情報の把握に関する部分であり、対応したほぼすべてのTMT関連企業において課題となっていました。KPMGでは、リアルタイムでの情報収集体制の構築と適切な人的資源の再配置が対応のポイントにあると考え、税務ガバナンスの再構築を支援しました。先行事例における対応ポイントは以下の通りです。
(1)親会社・地域統括会社を中心とした税務マネジメントの高度化
親会社主導での税務情報の一元管理を行えるよう、親会社・地域統括会社を中心に税務専門チームを構築。従来、限られた人的資源が税務申告業務などのコンプライアンス業務へ大半の時間を割いていたところ、税務戦略・計画などを中心とした高度な税務マネジメント業務を行える体制に
(2)コンプライアンス業務のアウトソーシング
自社運用、ローカルプロバイダーへの一部委託など、地域ごとに異なっていた体制について、作成するデータの性質に応じて、KPMGをはじめとした単一プロバイダー、既存のシェアードサービスセンターに対するアウトソーシングに変更
(3)会計・税務情報のリアルタイムでの一元管理
(2)におけるコンプライアンス業務のアウトソーシングの利用、シェアードサービス化と合わせて、会計・税務データの標準化を進め、リアルタイムで一元管理できるようなプラットフォームを導入
上記先行事例からは、世界を代表する欧米多国籍企業であっても、各国の税務情報を自社内においてリアルタイムに一元管理を行うことは至難の業であることがうかがい知れます。その主な原因として、申告書のフォーマット・記載事項など、各国での取扱いが細かな点で異なっており、資源が限られているなか、すべての進出先国の税務コンプライアンスに対応し、かつ税務情報をリアルタイムでグローバルに一元管理するための仕組みを自社内に構築することが難しいということが挙げられます。また同時に、国際的な租税環境の変化に既存の体制の枠内で対応する場合、コンプライアンス業務に係るコスト(潜在的な税務調査対応、ESG対応などのリスク管理コストを含む)が、アウトソーシングのコストを上回っていくことが見込まれることもあると考えられます。
日本企業も、2024年からのGLoBEモデルルールの適用を念頭に、税務ガバナンスの再構築を検討する段階に入っており、その対応にあたっては、欧米企業の先行事例が参考になるものと考えられます。
執筆者
KPMGジャパン
テクノロジー・メディア・通信セクター
シニアマネジャー 森 雅樹