本連載は、日刊工業新聞(2023年2月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
データ活用によるリスクマネジメントの変革
経済のボーダーレス化が進み、事業活動の複雑さが増すなか、企業は地政学や経済安全保障リスク、サステナビリティの要請、技術革新など、大きな経営環境の変化に直面しています。変化や複雑さに対応するため、企業のリスク管理にも変革が求められています。
リスク管理およびその体制は、汎用的あるいは多義的に捉えられる場合も多くなっています。日常業務に組み込まれた管理方法や体制を指すこともあれば、各種リスクへの対策やその実行主体を包括的に意味することもあるでしょう。
本稿では、組織全体のリスクを統合的に管理し、リスク対策に取り組む経営手法の全社的リスク管理体制(ERM:エンタープライズリスクマネジメント)について、その見直し機運が高まっていることに着目します。
近年、企業統治における行動規範を定めたコーポレートガバナンス・コードでは、環境変化の下で成長を実現するために課題を認識し、経営者が適切にリスクテイクすること、それを支える全社的リスク管理体制を整備することが強調されています。また、リスク管理の代表的なフレームワークなどでは、事業活動と一体となって機能させ、リスクと機会の双方を評価していくことが重視される傾向にあります。
一方、日本企業における全社的リスク管理の実務は、損失を被る可能性の高い事象(リスク)を対策の実施状況を踏まえて評価し、定期的に経営層に報告する運用が多い傾向にあります。しかし、これでは変化と複雑さの時代に経営による健全なリスクテイクを支える機能として十分とは言い難いものです。
経営管理におけるデータ活用の必要性が高まる現在、全社的リスク管理にも同様の変革が求められます。経営指標や法規制などの外部環境要因による自社の事業活動への影響をモデル化し、データを用いて分析する手法を取り入れることが考えられます。たとえば、為替の動きや原料価格、製品価格の変動をリスク要因として捉え、その耐性やリスクテイクの範囲をシミュレーションすることが可能です。
また、会員制交流サイト(SNS)上のデータによる品質問題やレピュテーションリスクの兆候把握、サプライチェーン各所の価格や需給変動の伝播を時系列に相関・パターン分析した欠品・過剰在庫の予兆把握なども有益でしょう。人流、交通網・交通量、気象情報、各種施設や地理情報などの収集可能なデータの種類や分析・活用の手段も広がりを見せています。
データやデジタル技術を活用し、事業活動におけるリスクと機会を捉え、迅速なコントロールと健全なリスクテイクの判断がデジタル変革(DX)時代の全社的リスク管理体制に期待されています。
日刊工業新聞 2023年4月14日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター 西村 陸