本連載は、日経産業新聞(2023年3月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

商業化が可能なレベルになったハイパースペクトルセンサー

近年、人工衛星の地球観測技術に大きな変化が起きています。衛星の「目」の性能が格段に向上し、これまで見えなかったものが見えるようになってきています。
「リモートセンシング衛星」と呼ばれる地球観測衛星には、可視光を使う「光学衛星」と、マイクロ波を使う「SAR(合成開口レーダー)衛星」があります。
光学衛星は人が目で見るのと同様の画像が得られますが、夜間や雲が多いと観測できません。一方、衛星からマイクロ波を照射して反射を捉えるSAR衛星は夜間や悪天候時でも観測できますが、光学衛星に比べて画像の扱いが困難です。

近年、世界の宇宙関連企業が開発に取り組んでいるのが、高い波長分解能を持つ「ハイパースペクトルセンサー」を搭載した光学衛星です。
従来の光学衛星は3~10程度の周波数帯の光から画像を作っています。これでも十分きれいな画像が得られますが、対象物の細かい判別はできませんでした。
その点、ハイパースペクトルセンサーでは、可視光線とその周辺の周波数帯を100以上の細かい波長域に分けて観測することが可能となります。このため、対象物が反射するわずかな周波数特性の違いを検知することで、これまでとは段違いの物体判別能力を持ちます。
たとえば、従来の光学衛星で地上の植物を観測した場合、樹木と草の区別はつきますが、スギとヒノキといった樹種の判別までは困難でした。一方、ハイパースペクトルセンサーを搭載した光学衛星では、一見すると似通った樹種の区別も可能となります。

ハイパースペクトルセンサーはさまざまな活用が期待できます。たとえば、森林を構成する樹種や育成状況が把握できれば、森林の二酸化炭素(CO₂)吸収量の推定が可能となります。また、土壌成分の情報が取得できるようになれば、地表を覆う鉱物の種類が判別でき、資源探査が劇的に効率化されます。地上の細かな変化がわかることから、災害調査や災害予知への適用も考えられます。
実は、ハイパースペクトルセンサーを搭載した衛星は20年以上前からありました。米航空宇宙局(NASA)が2000年11月に打ち上げた地球観測衛星1号(EO-1)に初めて搭載され、現在は日本を含む複数の国・地域が同センサーを搭載した衛星を運用しています。

開発の難度が高いため小型化や低価格化が難しく、データの取扱いが難しかったハイパースペクトルセンサーですが、技術の進歩で商業化が可能なレベルになってきています。複数の民間企業が同センサーを運用または計画しており、これまで得られなかったさまざまなデータが今後取得できるようになるでしょう。
データ活用のネックになっていると言われるデータの価格も、今後低廉化が進むと予想されます。急速に利便性が向上している衛星データを何に活用し、どんな価値を引き出すか、利用者側の取組みの進歩が望まれる段階に入っています。

日経産業新聞 2023年3月31日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー ジャスティン・ペッテンギル

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