近年、サステナビリティ関連の法規制強化や地政学リスクの高まり等を受け、企業には従来のサプライチェーン管理に加えて、ESG/SDGsの観点を踏まえたサプライチェーンの変革(=サステナブルサプライチェーン推進)が求められています。
本稿では、ESG経営時代に求められるサステナブルサプライチェーンを解説するとともに、サステナブルサプライチェーン実現に向けたポイントについて考察します。
目次
1.サステナブルサプライチェーンの動向
グローバルに張り巡らされたサプライチェーンを持つ日本企業には、国家間摩擦や紛争、安全保障貿易などの経済安全保障・地政学リスク、ESGやSDGsといった社会的要請などの影響を受け、サプライチェーン上のリスクが上昇しています。ステークホルダーからの関心はもちろん、消費者が企業のサステナビリティ対応を製品購入の参考にする傾向も強くなってきており、顧客・取引先からもサステナビリティに配慮したサプライチェーンが求められています。さらに各種法規制の強化も踏まえ、サステナブルな調達の取組みに関する開示や対応の必要性が近年急激に高まっています。
図表1は、KPMGコンサルティングで契約しているESGリスクデータベースより収集した、直近1年間のサプライチェーンに関連するリスク事例の報道件数をグラフ化したものです。
国内外で約5,000件以上あるなかで、特に「製品・サービスの環境・健康被害」の報道件数が最も多く発生しています。一方で、件数にかかわらず、「劣悪な雇用条件」「人権侵害と企業の加担」「強制労働」などの人権に関連した課題は、顕在化した際の影響が最も高くなる傾向にあると言え、その多くがサプライチェーン上の上流サプライヤーで発生しています。
【図表1:過去約1年間におけるサプライチェーン関連のESGリスク報道件数】
出典:リスク情報データベースを基にKPMG作成 ※同一事例に対して複数課題の計上を含む
このように、環境・人権リスクも含め、生物多様性損失、温室効果ガス排出など、世界中のESG課題の多くがサプライチェーン上で顕在化しており、企業活動における責任あるサプライチェーン構築の必要性が高まっています。企業におけるサステナビリティへの対応は“強靭なサプライチェーン”の転換をもたらします。これまでの後追い、横並びの対応から抜け出し、長期的な視点で自社のサステナブルサプライチェーンの戦略・ロードマップを策定し、構築していくことが重要です。
2.サステナブルサプライチェーンとは
サステナブルサプライチェーンとは、「倫理的かつ持続可能な製品やサービスを提供するためのサプライチェーン(調達・生産・物流など)を、企業が確実に実行していること」を意味します。言い換えると、「仕入れて」「作って」「売って」「使う」という一連の流れを、自社だけでなく全体としてサステナブルなものに変えていくこと、それを説明できるようにすることです。
サステナブルサプライチェーンは回収して再利用する「サーキュラーエコノミー」にも密接に関連しており、サステナブルサプライチェーンを進めることで自社およびサプライヤーが同じベクトルに向かって業務を実施し、かつトレーサビリティを確保することが重要です(図表2参照)。
【図表2:サステナブルサプライチェーンとは】
出典:KPMG作成
特に、サステナブルサプライチェーンの実現には、サプライヤー、生産委託先、物流会社、販売代理店などのサプライチェーン上のあらゆるサードパーティの理解を得ながら、共創関係を築いていくことが必要です。
3.サードパーティも含めたサステナブルサプライチェーン実現の壁
サプライヤーや物流会社などのサードパーティと共創するためには、外部および内部視点のそれぞれにおいて、いくつか乗り越えるべき壁が存在します。
(1)外部視点
- 法規制などの強い要請がない限り、サードパーティに対して依頼・指示を行う大義名分が作り難い
- サプライヤーとの交渉力が弱く、ビジネス関係の維持を考慮し現場部門からの協力も得られない
- 対応指示をした結果、コストが高騰し、購入価格に転嫁される
(2)内部視点
- 調達担当部門はESGに関する知見がない
- 調達部門だけでなく、物流関連部門、事業部門、リスク管理部門など、社内横断的に複数の部門が関与し、かつサードパーティの種類も多いため、全社で統一管理できない
- そもそも対象とするサードパーティの全体像が把握できていない(事業上の重要性の分類もできていない)
上記のような外部および内部視点が相まって、世界中に張り巡らされている自社のサプライチェーンを正確に理解したうえで可視化し、管理することは非常に難しいと言えます。
しかし、サステナブルサプライチェーン対応は、自社の意思とビジョン、戦略を問われるものになるため、トップダウンでの方針策定と、グループ会社も含めた各関連部門(経営・調達・サステナビリティ部門など)との役割・責任分担、適切な権限移譲を行うことが求められます。また、その内容など、ステークホルダーに対して適切に情報の開示を行うことも重要です。
4.サードパーティと連携したサステナブルサプライチェーン実現に向けたポイント
【図表3:サステナブルサプライチェーン実現に向けたポイント】
出典:KPMG作成
(1)「ビジネス・製品の社会的価値を共に創る」発想
サードパーティを巻き込んだ対応を進めるためには、サードパーティからの理解を得ることが最も重要です。そのためには、「サプライチェーン全体を通じたESG対応」によってもたらされるベネフィットを共有するためのビジョン、エコシステムを提示し、理解と共感を得る必要があります。
さらに、サードパーティとの交流会や勉強会などを通じて、取組みの意義や関連する自社の事業・サービスが具体的にどのような社会価値と紐付いているのかを発信することが重要です。また、定期的にサードパーティからのアンケート等を取得し、サードパーティの理解レベルを上げるなど、寄り添った対応を行うことも有効です。
(2)事業上の重要性×リスク×実行力による分類と管理レベルの設定
非常に多くのサプライヤーに対して一律に対応することは現実的ではないため、優先順位付けが推奨されます。優先順位付けのポイントとしては、以下の3点を踏まえてサードパーティを分類し、アプローチ(管理レベル)を決定することが重要です。
<事業上の重要性>
- 中長期的に注力する主力・成長事業にかかわっているか
- サードパーティに対する自社の依存度が高いか
- サードパーティの代替可能性があるか
- 取引金額・取引量はどの程度か など
<リスク>
- サプライヤーの所在・地域リスク(政治・地政学・自然環境・社会リスクなど)
- 企業の財務状況(資本力・売上利益など)
- 企業のコンプライアンス(過去の不祥事リスクの有無など)
- 調達部材の不足や調達が困難になるリスク など
<実行力>
- 企業規模(上場・非上場)
- 人員リソース
- 自社への理解度・ロイヤルティ(協力が得られやすいか) など
また、将来的には、検討項目のデータをデータベース化し、自社サプライヤーエンゲージメント施策の実行や意思決定基盤への活用を見据えることが重要です。
(3)中小・ベンチャー企業への支援策充実
上場企業であれば、自社による主体的な対応(モニタリング・コミュニケーションを含む)が可能な一方、中小・ベンチャー企業では企業体力や人員リソースの面から、主体的な対応が難しいことが想定されるため、中小・ベンチャー企業への支援策の充実が有効です。
支援策は以下のようなものが想定されます。
<インセンティブ付与>
- パフォーマンスの高いサプライヤーの優先採用
- サプライヤー表彰 など
<教育・サポート>
- 課題理解の促進(ワークショップ、トレーニング)
- リスク対応サポート(知見・技術提供、経済的支援等)
<契約条件の見直し>
- 調達条件にESGパフォーマンスを考慮(調査結果やGHG排出量、情報開示・保証/認証の取得状況など)
<共同プロジェクトの実施>
- 共同プロジェクトによる対応
- ツール・プラットフォームの提供
(4)システム・ツールによる一元管理・効率化
サプライヤーとの取引の一連のプロセスは、いまだに手作業や複数回同一の作業を繰り返す等、非効率となっているケースが散見され、バイヤー・サプライヤー双方の負荷は高まる一方です。サステナブルサプライチェーン実現の1つの目的である共創関係を強固なものにしていくために必要な機能要件をDXにより実装し、バイヤー・サプライヤー双方の業務効率を最大化していくことが重要です。
また、サードパーティとの取引の一連のプロセスをカバーし、関連データを含めたツールを整備することで、サプライヤーのリスク検知や、サプライヤーとの一層のコラボレーションを促進できます(図表4参照)。
【図表4:サプライヤーコミュニケーションツール(例)】
出典:KPMG作成
5.まとめ
昨今、欧州委員会による「コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案(CSDD指令案)」の発表(2022年2月)、経済産業省による「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の発行(2022年9月)、ドイツによる「サプライチェーンにおける企業のデューデリジェンス義務に関する法律(ドイツ・デューデリジェンス法)の施行(2023年1月)など、サステナブルサプライチェーンに対する社会的要請は強まっており、今後さらに強まることが予想されます。
このような世界の潮流を見据えると、今後、サステナブルサプライチェーンに対する取組みの加速が想定され、気付いた時には競合他社と比較して相対的に対応が遅れている状況となることも懸念されます。そうならないためにも、サステナブルサプライチェーン実現に向けて経営陣・CSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー等)・購買部門統括役員等の経営トップが自ら旗を振り、早急にサステナブルサプライチェーン実現に向けた一歩を踏み出すことが重要と考えます。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 土谷 豪
シニアコンサルタント 外川 元太