財務関連サステナビリティ情報の保証を巡る動向
近年、投資家からの財務関連サステナビリティ情報の開示ニーズの高まりを受け、サステナビリティ情報自体の重要性やサステナビリティ指標についての保証ニーズも高まっています。国内外の動向に加え、制度保証が企業にどのような影響を与え、どのような取組みが必要とされるかについて解説します。
財務関連サステナビリティ情報に関する国内外の動向に加え、制度保証が企業にどのような影響を与え、どのような取組みが必要とされるかについて解説します。
近年、投資家からの財務関連サステナビリティ情報( 以下、「サステナビリティ情報」という)の開示ニーズの高まりを受け、サステナビリティ情報自体の重要性が増しています。
同時に、サステナビリティ情報として開示している各種指標について、その信頼性向上のため、サステナビリティ指標についての保証ニーズも高まっています。
本稿では国内外の動向について解説するとともに、制度保証が企業にどのような影響を与え、どのような取組みが必要とされるかについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることを、あらかじめお断り致します。
POINT 1
保証制度化のスピード感
国外での保証制度化は待ったなしの状況であり、国内動向に注視が必要である。グローバル展開する企業は国内のみならず、展開する国・地域の制度動向まで注視が必要である。
POINT 2
制度化に向けた取組み
算定方針の適切な整備、数値誤りなどが生じないような仕組み作り、仮に数値誤りがあったとしても、適時適切に発見できるような内部統制を整備・運用することに加え、ITシステムの構築を含む、開示早期化を視野に入れた体制構築が重要だ。
POINT 3
所管部署の整理
財務関連サステナビリティ情報の保証にあたり、部門横断的な取組みが必要である。そのためには、「誰が」、「何を」、「いつ」、「どのように」リードしていくかを整理しなければならない。
POINT 4
制度開示外の情報とマテリアリティの関係
マテリアリティに関連した指標と、任意に開示しているKPIの関連性を整理、その関連性を踏まえた戦略的な準備が重要となる。
ハイライト
I.財務関連サステナビリティ情報の国内外の保証を巡る動向
II.企業への影響と必要な対応
III.さいごに
I.財務関連サステナビリティ情報の国内外の保証を巡る動向
従来、サステナビリティ情報は任意開示でした。ところが、国外に目を向けると、サステナビリティ情報を制度開示とする動きが活発化し、さらには開示に加えて保証を義務化する動きも見られます。
まず、欧州ではついにCorporate Sustainability Reporting Directive(CSRD:企業サステナビリティ報告指令)が2022年12 月に最終化されました。このCSRDでは、幅広いトピックについて、企業のマネジメントレポートのなかでサステナビリティ情報の開示が制度化され、また保証も義務付けられることになりました。
次に、米国では2022年3月に上場会社等に気候変動リスクの開示を求める規則案が公表されました。おおむねすべてのSEC登録企業に気候変動に関する開示が提案され、さらに一部の上場会社には、温室効果ガス排出量のうちScope1、2について保証を受けることが提案されています。
わが国に目を向けると、2023年1月に企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正が行われ、今後、有価証券報告書に以下のサステナビリティ情報が記載されることになりました(図表1参照)。
図表1 2023年3月期改正後の有価証券報告書の概要
- サステナビリティに関する考え方及び取組み(新設されたサステナビリティ情報の記載欄において開示)
- 多様性に関する3つの指標(女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女の賃金の差異)の情報(従業員の状況において開示)
一方、保証については、制度化に向けた制度の公開草案などは公表されていませんが、金融庁に設置された金融審議会/ディスクロージャーワーキング・グループ(以下、「DWG」という)の2022年12月の報告では、サステナビリティ開示基準の制定やサステナビリティ情報に対する第三者による保証に関する提言が示されています。
前述のとおり、現状では国内外ともにサステナビリティ情報の開示は多くの場合任意であり、サステナビリティ情報の保証も任意となっています。国際会計連盟(International Federation of Accountants 以下、「IFAC」という)などが実施した「TheState of Play: Sustainability Disclosure & Assurance 2019-2021 Trends & Analysis(サステナビリティ情報の報告とその保証状況)1」の調査によると、調査対象企業の58%が保証を受けています。調査結果によると、保証を受けている企業の割合は前年と比較して平均で約7ポイント上昇しており、保証ニーズが高まっていることが読み取れます。
また、KPMGが各年で実施している「グローバルサステナビリティ報告調査20222」では、第三者保証の取得状況は2年前と比較し、ほぼ横ばいという結果が示されています(図表2参照)。
図表2 サステナビリティ報告に対する第三者保証の取得割合
出所:KPMGジャパン「KPMGグローバルサステナビリティ報告調査2022」
N100:58の各国・地域の売上高上位100社
G250L2021年度の「Fortune Global 500」の売上高における上位250社
しかしながら、日本のN100(売上高上位100社)の場合、2020年に保証を受けていた企業は66%でしたが、2022年では75%と9ポイント上昇、保証を受けている企業が増加していることが見受けられます。
ところで、保証には「合理的保証」と「限定的保証」という2つのレベルが存在します(合理的保証のほうが高い保証水準)。前述のIFACが実施した調査によると、監査法人またはその関係会社が保証を実施している割合は61%ですが、そのうちの97%が限定的保証業務を提供しています。この結果から、現時点では保証水準は限定的保証が圧倒的に多いことが分かります。
一方で、その保証水準を財務情報と同等レベルで要求したい投資家サイドは合理的保証を求めているとも言われます。しかし、合理的保証の前提となる内部統制の構築や保証提供者に対して生じる社会的なコストの負担という点を比較考量すべき、あるいはその導入時期はサステナビリティ情報の開示制度の成熟度合いを踏まえて慎重に実施すべきといった議論が、2023年2月に行われたIFRS Sustainability Symposium でも盛んに語られていました。
国外の状況に再び目を向けると、欧州・米国ともに、保証が義務化される当初は限定的保証が導入されることになっています。欧州のCSRDでは合理的保証基準の採択に関する検討を2028年9月に予定しており、米国では企業の規模によるものの、限定的保証に関する2年間の実績を経たうえで合理的保証に移行することが提案されています。
わが国においても、今後、サステナビリティ情報に対する保証の導入が検討されることが想定されており、その際には保証水準についても検討されることが考えられます。
II.企業への影響と必要な対応
サステナビリティ情報の国内外の保証を巡る動向を踏まえると、今後の変化(企業への影響)と備えるべきことは、以下のように考えられます。
(1)保証制度化の情報収集
欧州、米国の動向や国内のDWGで行われている議論を踏まえると、遠くない将来において、情報の信頼性を確保するという観点から、わが国においても保証が制度化される可能性が高いと考えられます。したがって、わが国の制度化動向を注視することがまず必要となります。その際、グローバルにビジネスを展開する企業はわが国の制度動向のみならず、展開する国・地域の制度にも併せて注視が必要です。
保証が制度化された場合には、保証対象となる指標についてのデータ収集、集計に関する精度向上が必要となる可能性があります。このため、グループレベルで開示するにあたり、どのような数値を各拠点から収集するのか、収集したデータを集計するだけにとどまらず、どのような内部統制を構築するのか、という点まで含めて検討していくことが重要と考えます。
保証が制度化された場合には、当初は限定的保証の保証水準が求められると考えられますが、保証水準がより高い合理的保証に移行していくことも考えられます。このため、より高い保証水準にも対応できるよう、データ収集・集計・チェック体制を充実させておくとよいでしょう。そのコストやタイムスケジュールを検討するためにも、制度化に関する情報収集は重要です。
(2)開示早期化への取組み
現状の実務では、3月決算の場合、ゴールデンウィーク明けにデータが収集され、そこから集計、第三者保証機関からの検証を受け、お盆前後に開示する企業が多く見られます。この点、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による暫定決定では、当初1年間の猶予期間を設けるとされているとはいえ、今後、現状の開示スケジュールよりも早期に開示することが要求されることとされています。
このため、算定方針を適切に整備し、数値誤りなどが生じないような仕組み作りが重要であると考えられます。また、数値誤りがあったとしても、適時適切に発見できるよう、内部統制を整備・運用することも重要です。
上場会社については、すでに決算開示の早期化が実現されており、内部統制の整備・運用についても工夫されています。他方、サステナビリティ情報の開示については内部統制の充実は途上であり、今後、これを効果的・効率的に行っていくことも重要と考えられます。
また、現状、サステナビリティ指標のデータ収集頻度は年に1回という企業が多いですが、適時に異常点や誤りを発見できるよう、複数回に分けてデータを収集し、確認・分析を適時に行うことも有効です。
この点、投資家からは、重要な指標であり、その数値が経営意思決定に資する、あるいは利用されているのであれば、現状の多くの日本企業が開示するタイミングになるはずがないという意見もあり、一考に値すると考えられます。
(3)マテリアリティとの関係性検討
制度保証の対象となる指標以外について、任意保証を受けている指標が存在する場合、どのような検討が必要になるでしょうか。この点、企業で識別したマテリアリティと保証対象の指標の関係性の整理が必要になる可能性があります。
マテリアリティについては、色々な説明がされることがありますが、企業が重要と考えている事項(例:気候変動対応、人権の尊重、ダイバーシティの確保など)として説明されることがあります。このため、マテリアルとされた事項に関連する指標については、目標を設定し、毎年その実績を提供していくことが考えられます。
なお、当該実績について当該情報の信頼性を確保するための保証を受けておらず、マテリアリティに関連しない指標に保証を受けている場合には、自己矛盾が生じていると受け止められる可能性があります。このため、マテリアリティと保証対象の指標との関係性について再確認することが望まれます。
III.さいごに
以上を踏まえると、サステナビリティに対する保証について、以下の点が重要と考えられます。
保証の制度化に向けた取組み
ITシステムの構築を含む、国内外グループ会社における情報収集・集計・チェック体制の構築とともに、開示早期化を視野にいれた体制構築をすること。
所管部署の整理
現在は、現行の制度開示(有価証券報告書)の所管部署と、任意開示(統合報告書、サステナビリティレポートなど)の所管部署、指標担当部署(GHG排出量であれば環境、社会性指標であれば人事など)とが分かれていることが一般的と考えられます。仮に任意開示していた指標が制度開示の対象となる場合、責任所管部署を明確にしたうえで、関連部署間の連携を確保することが従来以上に重要になると考えます。
実務では、欧州・米国の制度化を受けて、本社主導で行うか、現地子会社が主体となるかを含めて責任所管部署が明確に定まらない事例も生じ始めています。サステナビリティ情報の開示は、部門横断的に行われることが多く、通常、担当役員などが複数となり、整理に時間を要することも想定されるため、早期の着手が必要と考えます。
制度開示外の情報とマテリアリティの関係性
制度開示下において、マテリアリティに関連した指標との関連性に留意することが必要と考えます。両者の関連性を示すと図表3のようになります。今後、表中の「整合性なし」に該当する指標がある場合、これに十分な理由があるかどうかを踏まえ、戦略的に準備を進めていくことが重要と考えます。
図表3 制度開示下におけるマテリアリティに関する指標
マテリアリティ | 保証 | 結果 | |
---|---|---|---|
任意開示指標 | 関連する | あり | 整合的 |
なし | 整合性なし | ||
関連しない | あり | 整合性なし | |
なし | 整合的 |
執筆者
KPMGあずさサステナビリティ
アシュアランス事業部
パートナー 山田 岳
パートナー 佐藤 研一郎