ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~

ユニコーン企業が多く選出される米国と比較し、日本におけるスタートアップの成長環境の課題、日本でも上場後も成長を続ける成長企業、官民を中心としたエコシステムの現状を鑑み、日本におけるユニコーン企業創出の可能性を考察します。

ユニコーン企業が多く選出される米国と比較し、日本におけるユニコーン企業創出の可能性を考察します。

次世代の産業革新や雇用創出を目的として、近年、日本政府は評価額が10億ドルを超えるユニコーン企業の創出を推進してきました。しかしながら、日本のユニコーン企業の社数は米国や中国・インドに比べて少なく、その差は年々広がっています。これは、日本ではそもそもユニコーン企業を創出しにくいスタートアップ環境であることが原因と考えられます。

逆風を受けて評価額が低下しているスタートアップ企業が出始めたことで、今は成長の実態が伴わないスタートアップ企業が高い評価額を得ることが難しくなってきました。しかしながら、日本経済の成長・発展のためには、世界に伍する骨太のスタートアップ企業が日本から創出される必要があります。本稿では、ユニコーン企業が多く創出される米国と比較し、日本におけるスタートアップの成長環境の課題、日本でも上場後も成長を続ける成長企業、官民を中心としたエコシステムの現状を鑑み、日本におけるユニコーン企業創出の可能性を考察します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
米国シリコンバレーには人材、資金調達環境、ベンチャーキャピタル(以下「VC」という)やアクセラレーターによる支援、事業拡大スピードなど、ユニコーン企業を創出する環境がある。一方、日本はマーケットサイズが小さく、スタートアップへの投資額も米国の100分の1に過ぎない。アクセラレーターやエンジェル投資家も少なく、その活性度はきわめて小さい。

POINT 2
日本でユニコーン企業を創出するには、スタートアップ創出を支える好循環の形成が必要となる。そのためには、大企業や新興上場企業によるスタートアップのM&Aを増やさなければならない。

POINT 3
米国では、設立10年以内にユニコーン企業に成長するスタートアップが数多くある。日本は10年以内ではないが、IPO後に着実に成長し続け、結果的にユニコーン相当になる企業も出てきている。

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I.はじめに

近年、日本政府は、次世代の産業革新や雇用創出を目的として、ユニコーン企業と呼ばれるスタートアップの創出を推進してきました。ここでのユニコーン企業とは、評価額が10億ドルを超える未上場スタートアップ企業のことです。しかし、日本のユニコーン企業の社数は、米国や中国、インドに比べて少なく、その差は年々広がっています(図表1参照)。これは、そもそも日本ではユニコーン企業が創出されにくいというわが国のスタートアップ環境が原因とも考えられます。

図表1 ユニコーン企業の国際比較

ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~-1

出典:CB Insights「 The Complete List of Unicorn Companies」を基にKPMG作成(2018年11月および2022年12月時点)

加えて、直近では一部企業をはじめ米国株式市場などが低迷していることもあり、2022年のIPOマーケットでは、上場社数は92社と多かったものの、ダウンラウンドIPO1と呼ばれる上場事例が増えています。

時価総額という評価額の尺度は、市況により大きく変動します。近年の世界的なユニコーン企業増加の背景には、投資家がスタートアップ企業の将来の成長に対する期待値を最優先してきたことで、資金調達のたびに評価額が増加してきた状況があります。しかしながら、ウクライナの情勢や金融政策の引締めなどの影響により、評価額が低下しているスタートアップ企業も目立ちはじめています。これは、将来の成長性だけでなく、足元の収益性も重視する傾向の表れとも考えられます。したがって、期待されていたほどの成長の実態が伴っていないスタートアップ企業は、高い評価額を得ることが難しい環境になってきていると言えるでしょう。ただし、日本経済の成長・発展のためには、世界に伍する骨太のスタートアップ企業が日本から創出される必要があるという、わが国の課題に変わりはありません。

II.日米におけるユニコーン企業創出環境やスタートアップ成長環境

1.ユニコーン企業創出の多いシリコンバレーのスタートアップ環境

米国シリコンバレーでは、ユニコーン企業が多く創出されています。その理由を、スタートアップ環境における人材・資金調達環境 ・ VCやアクセラレーター・事業拡大スピードなどの観点で整理します。

(1)人材(多国籍人材やシリアル・アントレプレナー)
スタートアップ企業の時価総額には、そのビジネスモデルの対象マーケットの大きさも影響します。ここで、米国のスタートアップ企業のビジネスモデルでは、米国市場だけでなく、海外マーケットも狙ったモデルであることが多くあります。

また、シリコンバレーでは世界中の大企業や多国籍の優秀な人材が集まっていることから、世界中の起業家もそのエコシステムを求めて起業するという特徴があります(図表2参照)。これにより、米国および海外マーケットにも対応できる多国籍のチームメンバーが組成でき、より高い成長につながると考えられます。

図表2 全米およびシリコンバレーの人口人種別比較

ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~-2

出典:「Silicon valley index 2020およびUnited States Census Bureau」を基にKPMG作成

さらに、シリコンバレー企業ではスタートアップのエグジットは、IPOよりもM&Aが主流です。そして、多くの場合、自社を売却したスタートアップ経営者は、シリアル・アントレプレナーとして新しい事業を起業します。そのようなケースでは、売却前の事業よりもさらに大きな事業規模のビジネスを創業することも多く、さらに経営ノウハウもあることから、新しい事業の成功確率を高めることになります。

あるいは、自社を売却したスタートアップ経営者がエンジェル投資家となり、投資やメンターシップによって新たなスタートアップの成長を支えるケースもあります。

(2)潤沢な資金調達環境
スタートアップ企業の成長段階には、プレシード、シード、アーリー、ミドル、レイターという各成長ステージがあります。そのなかで、米国においてはプレシード段階では技術シーズの事業化を促進するGAPファンド2が多く存在すると言われています。また、レイターステージでは非上場の段階でも、セカンダリーマーケット3で多額の資金調達を行うことが可能です。これらから、スタートアップは成長のステージごとの資金ニーズに対して、各ステージでVCなどが存在し、シームレスな調達環境があると言われています(図表3参照)。その結果、時価総額もステージごと、つまり成長とともに段々と吊り上がる傾向となります。

図表3 シリコンバレーにおける各ステージのVCなどの存在

ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~-3

出典: SVB Financial Group「 Silicon Valley Bank Stages of venture capital」を基にKPMG作成

しかも、その資金調達環境下では、米国におけるスタートアップへの投資は近年なお増加している状況でもあります。『ベンチャー白書2022』によると、米国スタートアップ投資額は2017年が9兆7,111億円、2019年が15兆8,913億円、2021年は36兆5,273億円となりました。

(3)VCやアクセラレーター
スタートアップ環境を支える重要な存在として、シリコンバレーの名だたるVCがあります。このなかでもトップVCと呼ばれる一部の老舗VCから、多くのユニコーン企業への投資が行われてきました。

これらのVCは、徹底したリサーチにより、マーケットリーダーとなるスタートアップを早い段階から見つけ出し、投資やさまざまな成長支援を行いリターンを出します。それにより、機関投資家などから評価されるとともに多額の資金を集めることが可能となります。そして、それをまたスタートアップに投資するというわけです(図表4参照)。

図表4 ユニコーン企業への上位投資VCなど一覧

ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~-4

出典: CB Insights「The Complete List of Unicorn Companies」を基にKPMG作成/2022年12月時点

また、VCのキャピタリストには、投資領域の博士号を有しているといった専門性や起業経験を有している特徴もあります。

そしてシリコンバレーには、シード期のスタートアップ企業にビジネス拡大を中心とした資金投資や経営ノウハウなどをサポートする、米Y Combinatorや米TechStarsといったアクセラレーターが非常に多く存在します。

そこでは、起業経験もあり、各テクノロジービジネスに専門性のあるメンターによるメンタリングがあります。そのなかで、スタートアップ企業は経営ノウハウ以外にも、スタートアップ界隈でのネットワークや事業提携の機会を拡げることができます。

(4)事業スピード
シリコンバレーでは、スタートアップの事業の広がりのスピードにも特徴があると言われています。仮説と検証のサイクルを高速かつ繰返し行うことで、プロトタイプの作成やユーザーのアーリーアダプターをいち早く掴むというわけです。

また、2012年頃からのIoTブームとともに、米KICKSTARTERなどのクラウドファンディングで、各種センサーやカメラなどさまざまなデバイスが生み出されてきました。これは、プロトタイピングやハードウェア試作へのニーズが高まってきているからとも言われますが、それらを支えるプロトタイプの試作企業が多くあることも要因の1つと言われています。シリコンバレーには、試作市場でのものづくり中小工場が数千社ほどあります。それら中小企業が、短納期で量産の前段階までの製品開発を支えているのです。

2.日本のユニコーン企業の現状

(1)日本の現状と資金調達環境
日本においてユニコーン企業と呼ばれるスタートアップは、現在6社ほど(スマートニュース株式会社、株式会社SmartHRなど)です。日本のユニコーン企業数は、過去数年も同程度であり、さほど増加していません。その理由としては、米国に比べてビジネスのマーケットサイズが小さいこと、スピード不足であること、資金調達環境が不十分で投資額が依然として少ないことが挙げられます。

特に資金調達環境については、日本におけるスタートアップへの投資は米国と比してまだまだ少ないという現実があります。2021年のスタートアップ投資額は、日本が3,418億円なのに対して、米国は36兆5,273億円と桁が大きく違います(『ベンチャー白書2022』)。日本のVCのファンドサイズや1社あたりの投資規模は年々増加しているものの、米国に比べれば小さいことが背景にあります。

(2)日本のアクセラレーターなど
東京のエコシステムには、自治体や金融機関などではない専門的なアクセラレーターやそのシステムで成長し経験を積んだメンターおよびエンジェル投資家が非常に少ないと言われています。世界銀行の調査によると、日本のアクセラレーターと支援プログラムのうち75%は企業や公的プログラムとの提携で、専門的アクセラレーターは約25%に過ぎません。しかも、専門的アクセラレーターの大半は小規模で、相互のつながりはほとんどないとされています。

それに対して、ニューヨークの支援プログラムの約75%は企業や政府とは独立した専門的アクセラレーターにより運営されており、エコシステムのなかで中心的な役割を担っているとされています(図表5参照)。

図表5 東京/ニューヨークのアクセラレーターなど活性度
(点はエコシステムのステークホルダー、線はアクセラレーション・メンターとの関係を示す)

ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~-5

出典: 世界銀行 東京開発ラーニングセンター「東京のスタートアップエコシステム」2021年9月

サンフランシスコ、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールなど世界の主なエコシステムに多数のアクセラレーターが存在するのに対して、東京のアクセラレーターは非常に少なく、しかも東京には強力な専門的支援インフラがないため、創業者は実践的知識やネットワークへのアクセスを制限されているとも言われます。

このような日本におけるスタートアップ環境において、スタートアップ企業がユニコーン企業となるための成長可能性についてさらに考察します。

III.日本でユニコーン企業を創出するために

1.日本経済を支える大企業と新興上場企業

図表6は、2000年以後設立した時価総額の高い上場企業の一覧です。これを見ると、日本経済を支えているのは、1990年前後の日本の成長期を支えてきた大企業群と2000年以降に設立されて上場した新興上場企業群があることがわかります。

図表6 日本における時価総額上位企業(抜粋)

ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~-6

出典:各社HPや株価情報サイトの各銘柄時価総額を基に作成(2022年12月時点)
トヨタ自動車、オムロン、京セラ、ローム、日本電産の時価総額は上場時ではなく2010年3月期の情報を掲載

(1)日本の成長期を支えてきた大企業

トヨタ自動車株式会社、オムロン株式会社、京セラ株式会社など、1990年前後の日本の成長期を支えてきた大企業は、地道な研究開発による高い技術により、高付加価値製品を開発し、日本国内マーケットだけでなく、海外マーケットに拡大することで企業成長を実現し、当時の世界シェアを確保していきました。日本電産株式会社も海外企業のM&Aを積極的に行い、成長を続けています。

時価総額は、将来の成長率への期待値です。現在は高い世界シェアのために、その成長カーブは緩やかとなっていますが、経済を支える大企業群として今もなお日本経済を力強く牽引しています。

(2)新興上場企業の成長
2000年以降に設立され、上場した新興上場企業の存在も大きいものがあります。エムスリー株式会社、株式会社SHIFT、株式会社エス・エム・エスなどの新興上場企業は、上場時の時価総額と比較しても高い時価総額となっています。これらの企業は、上場後も本業の着実な成長とともに、M&Aによってスピードをもって成長している新興上場企業です。

新興上場企業のなかでもエムスリー株式会社のように、自社の成長戦略において海外展開やM&Aを積極的に活用して非連続な成長を遂げている企業もあります。これらの企業は、上場前にはユニコーン企業ではなかったものの、上場後も着実に時価総額を伸ばし、1,000億円を超える企業に成長しています(図表7参照)。

図表7 エムスリー株式会社の成長の沿革

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出典:エムスリー株式会社 有価証券報告書および株価情報サイトの時価総額を基にKPMG作成

それら新興上場企業や大企業がスタートアップへのM&Aを増やせば、結果としてスタートアップの経営者がシリアル・アントレプレナー、エンジェル投資家やキャピタリストとなり、新たなスタートアップ創出の支えとなるという好循環が生まれるでしょう。

2.次世代産業の支援国策

さいごに、日本におけるスタートアップ支援の国策についても触れます。イノベーティブな製品やサービスに挑戦するスタートアップほど、その製品サービスの市場が十分にないことが多いからです。その場合、政府や自治体が主導して、次のような市場や需要を創出する施策があります。

(1)アンカーテナンシー
米国のスタートアップであるSpaceXは、ユニコーン企業としても有名です。米国では、宇宙産業を支えるために特定産業を支援していますが、SpaceXにも有人月面着陸機の開発と実証ミッションという大型発注を行っており、それが同社の成長につながっています。このような民間の産業活動において政府が一定の調達を補償する契約は「アンカーテナンシー」と呼ばれ、日本政府の成長戦略にも掲げられています。当該施策は次世代産業の育成を目的としていますが、一方で広範なマーケットが存在している可能性が高い産業や成長性のあるスタートアップ企業を生まれやすくしているとも考えられます。

(2)スタートアップエコシステム支援プログラムなど
日本政府としても、宇宙産業以外にも未開拓の分野に進出し、次の成長の担い手となる企業を創出する環境整備を図ろうとしています。そのなかには、スタートアップ企業の海外展開を集中的に支援するアクセラレーションプログラムやSBIR(Small Business Innovation Research)制度といった、投資資金が多くなる研究開発型スタートアップなどの研究開発や社会実装を促進するための補助金や委託費の制度等が数多くあります。

IV.さいごに

日本の国内マーケットは米国などに比べて小さいため、日本のスタートアップは米国などのスタートアップに比べれば、現時点では事業展開規模やスピードが伸ばしにくい環境にあります。

一方で、官民が一体となったスタートアップのエコシステムもあります。エコシステム自体も年々強固なものとなり、また日本における起業家の数も増えていることから、今後も高い成長性を持ったスタートアップが創出されていくことが期待されます。

米国では設立後10年以内に時価総額が10億ドル超に成長するユニコーン企業が数多くありますが、日本では10年以内でなくともIPO後も成長戦略により着実に成長し続け、結果的にユニコーン相当の企業となる新興上場企業もあります(図表8参照)。このように、ユニコーン企業自体を増やすことが目的ではなく、スタートアップが成長して実体のある企業が生まれることを期待したいと思います。

図表8 ユニコーン企業の成長曲線イメージ

ユニコーン企業の創出について ~日米におけるユニコーン企業創出過程の考察~-8

出所:KPMG作成

KPMGインキュベーション部では、次世代の産業を創出するような大学発スタートアップや、それらのスタートアップの創出・成長を支えるエコシステム形成について探索しています。スタートアップのプレシード・シードという企業の黎明期におけるサポートにより、スタートアップの着実な成長を支えられる環境支援を行います。

1 ダウンラウンドIPO
ダウンラウンドとは、スタートアップの資金調達における増資時の株価が、前回の増資時の株価を下回っている状態のことで、ダウンラウンドIPOとは、IPO時の株価が前回増資時の株価を下回った状態のこと。

2 GAPファンド
大学の基礎研究と事業化の間に存在するGAPを埋めることにより、大学先端技術の技術移転や大学発スタートアップの創出を促すファンドのこと。

3 セカンダリーマーケット
ここでは米国における非公開株式流通市場のことを指す。

執筆者

あずさ監査法人
常務執行理事 企業成長支援本部 インキュベーション部長 パートナー 阿部 博
企業成長支援本部 インキュベーション部 マネジャー 北郷 高史郎