海外事例から見る分散型エネルギービジネスのいま
脱炭素ビジネスの1つとして、「分散型エネルギービジネス」への世界的な期待が高まっています。課題が山積するなかでも、海外のエネルギー事業者は自己変革を続け、ビジネスの機運拡大に備えています。本稿では、分散型エネルギービジネスで、グローバル先進各社が展開を進める興味深い事例を紹介します。
脱炭素ビジネスの1つとして世界的に期待が高まっている「分散型エネルギービジネス」における、グローバル先進各社が展開を進める興味深い事例を紹介します。
脱炭素ビジネスの1つとして、「分散型エネルギービジネス」への世界的な期待が高まっています。エネルギービジネスが劇的な構造転換に直面し目下解決すべき課題が山積するなかでも、海外のエネルギー事業者は、多様化する顧客ニーズを常にとらえ、「どの領域で先手を打つか」という問いに対する見極めとたゆまぬ自己変革を続けています。同業他社や異業種の事業者との関係性を新たな価値創造を前提としたパートナーシップに刷新し、来るべき分散型エネルギービジネスの機運拡大に備えています。本稿では、分散型エネルギービジネスで、グローバル先進各社が展開を進める興味深い事例を紹介します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者らの私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1
今後普及が期待される「分散型エネルギービジネス」だが、いまだ収益化を狙えるビジネスモデルは確立されていない
分散型エネルギービジネスは、セクターという従来の境界を越えた包括的な社会インフラ事業。多業種のプレーヤーが一体となって乗り越えるべき規制・技術的課題は多岐に存在するものの、政府の積極的な旗振りや政策・規制整備の欠如あるいは不足を背景に、収益化が狙えるビジネスモデルはいまだ確立されていない状況にある。
POINT2
海外先進事業者は、分散型エネルギービジネス実現に向けた「共創」を前提としたケイパビリティの拡充を急いでいる
分散型エネルギービジネスの普及に向けた道のりは険しいものの、海外先進事業者は、他社に先んじて顧客を囲い込むために、さまざまなビジネススキームを試行錯誤のもと展開中。その実現に向け、異業種の事業者やスタートアップとの協業・買収を加速している。
目次
I.分散型エネルギービジネスに対する高まる期待
II.分散型エネルギービジネス 普及に向けて山積する課題
III.海外事業者の取組み
IV.さいごに
I.分散型エネルギービジネスに対する高まる期待
今後、中長期的に著しい成長が期待される脱炭素ビジネスの1つに、「分散型エネルギービジネス」が挙げられます。分散型エネルギービジネスとは、地域自治体、中小企業あるいは家庭が保有する屋根置き太陽光、蓄電池、電気自動車(EV)、熱源機やコージェネレーション(熱電併給)設備などの比較的小規模な分散型エネルギーリソース(Distributed Energy Resource、以下「DER」という)を、遠隔・統合制御により柔軟・効率的に地域内で融通して収益を得るビジネスの総称です。
1.変化するエネルギービジネスの構造
近年、エネルギービジネスを取り巻く環境は、需給双方におけるパラダイムシフトを背景に、大きな構造変化に直面しています。革新的なAI・デジタル技術は、デマンドレスポンス(以下、「DR」という)やバーチャルパワープラント(VPP)など需要家側のDERのアグリゲートや最適制御を実現するだけでなく、ユーザーエクスペリエンス(顧客経験)の提供によるサービスの差別化を可能とするなど顧客・需要家とのつながり方までも刷新しています。
同時に、幅広い非エネルギー事業者が、脱炭素社会の実現に向けて商品やサービスの電化を加速させながら、エネルギー業界への異業種参入を活発化させています。その結果、低炭素エネルギー製品やサービスは大いに多様化され、一方的に供給を受けるという旧来型のエネルギーサービスを超え、多様なエネルギーサービスの組合せを需要家自身が選択できるようになりつつあります。
2.分散型エネルギービジネスへの世界的な気運の高まり
世界各地では、脱炭素化と安定供給、さらにはコスト抑制を同時に実現することが可能な手段として、分散型エネルギービジネスの普及に対する要請がますます高まっています。たとえば欧米では、地政学情勢の不安定化を背景としたエネルギー安全保障の強化や、エネルギー価格の高騰、進行するインフレによる影響緩和の一環として、分散型エネルギービジネスに期待が集まっています。また、いまだエネルギーへのアクセスがない人口を多く抱えるアジアやアフリカの発展途上国では、エネルギーに加えて情報への公平なアクセスの実現を標榜し、電力系統運用のための大規模なインフラを必要としないオフグリッドもしくはミニグリッドなシステムの構築が急がれています。
このような背景から、DER向けの投資および事業化に向けた取組みの機運は、世界的に今後さらに加速することが予測されています。1,2
II.分散型エネルギービジネス 普及に向けて山積する課題
一方、分散型エネルギービジネスの普及には、目下解決すべき課題が山積しています。
まず、ビジネス自体の収益性が低く構造化が難しい点が挙げられます。分散型エネルギービジネスでは、個々の需要家側機器から提供される柔軟性は限られているため、収益化には多大なデジタルインフラコストを掛けて取引量を規模化する必要があります。
また、分散型エネルギービジネスには、DERを保有する自治体、中小事業者や一般家庭のみならず彼らが利用するDERやサービスを提供する家電メーカー、EVや建物/不動産事業者など幅広いステークホルダーが関与します。依然として需要の見通しが不透明でビジネスモデルが確立されていないなかでは、DERを保有する需要家の取込みや、他業種事業者からの理解・協力を得づらい状況にあります。
結果として、事業運営に係る調整コストは多大なものとなり、現状はコスト効率が悪く、初期・運用コストの回収が難しいビジネスと言わざるを得ないのです。
加えて、分散型エネルギービジネスに必要なインフラ・テクノロジーの欠如や未統合も大きな課題です。配電網の更新、ピア・ツー・ピアの電力取引システムや計量および決済システム、DRで必要とされる各種DERの一括制御に必要な互換性のあるプラットフォーム、標準化された取引データの利活用・管理機能やサイバーセキュリティなど、多業種のプレーヤーが一体となって乗り越えるべき規制・技術的課題は多岐にわたります。
これら課題の根本原因には、分散型エネルギービジネスがセクターをまたぐ複雑な取組みであるにも関わらず、政府の積極的な旗振りや政策・規制整備がないために、非エネルギーセクター事業者との足並みが揃わないことが挙げられます。結果、これまでエネルギービジネスの主役であった主要エネルギー事業者は、分散型エネルギービジネスを大々的に展開できず、要素技術の開発を主な目的とする実証事業を小規模に行うに留まり、いまだそれらをつなぎ合わせて収益化を狙うビジネスモデルは確立されていないのが現状です。
III.海外事業者の取組み
ただ、このように解決すべき課題が山積する転換期においても、グローバル先進各社は、他社に先んじて分散型エネルギービジネスにおけるポジションを確立し顧客を囲い込むために、新たなビジネスモデルの模索に必死です。彼らは、2050年のネットゼロ実現を前提に、シナリオスタディを実施のもと、プレゼンスの拡大や主導すべき新たな脱炭素化分野を特定し、個社固有のケイパビリティの刷新・再構築に努めています。その実現に向け不足が生じる分野については、価値創造を前提とした異業種プレーヤーとの協業や、スタートアップやベンチャー企業への投資あるいは機能買収により、ケイパビリティの拡充を急いでいます。
1.海外の事例紹介
グローバル先進各社が展開を進める分散型エネルギービジネスのなかでも興味深い取組み事例を、いくつかに区分して紹介します(図表1参照)。
図表1 分散型エネルギービジネス事例の概要と想定パートナリング事業者
1.既存技術・ケーパビリティ駆動型 | 2.自治体等向け伴奏型EaaS (Energy as a Service) |
3.非エネルギー高排出セクターにおけるマイクログリッド構築型 | |
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事業例 |
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対象顧客 |
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提供するケーパビリティ・サービス |
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パートナリング例 |
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(1) 既存技術・ケイパビリティ駆動型
まずはじめに挙げるのが「既存技術・ケイパビリティ駆動型」のビジネスモデルです。
このなかでは、DERを既に保有し再エネ発電事業に取り組む(あるいは取り組もうとする)自治体が主導するコミュニティ電力事業者や、中小企業など向けに再エネ発電・電力小売事業者などが、従来から保有する個々の機能を専門サービスとして提供します。エネルギー事業者は、開発に伴う規制対応、アグリゲーション・最適化や発電計画・インバランス管理などの業務代行、電力取引の最適化など既存システムを通じた市場アクセスの提供、さらには地域の中小企業が運転開始後の運営管理および保守(Operation and Maintenance、以下「O&M」という)業務を主管することを前提に、実際のO&Mを担う現地スタッフの育成・トレーニングなどをアドバイザーやコンサルタントの立場から支援します。
地域の中小企業や人材グループとの分業体制を取り入れることで、地元経済の活性化や雇用創出のみならず、事業自体に対する地域社会の「オーナーシップ」を醸成し、事業の継続、ひいてはエネルギー事業者自身のサービス提供の継続可能性を高めることを狙います。
米国では、税制支援の拡充を背景に、再エネ発電事業者が小規模・一括ファイナンスやリースに特化する金融事業者と協働し、電力価格高騰などの影響を過度に受けているとされる都市部の低所得者世帯・地域を対象としたコミュニティ電力ビジネスを加速しています。そのなかでは、地域の女性およびマイノリティグループにより所有・運営される中小企業と事業提携するなど、人財育成や多様性の確保を通じた地域オーナーシップの醸成を標榜しています。
(2) 自治体等向け伴走型EaaS(Energy as a Service)
分散型エネルギービジネスを通じて、自治体が抱える社会課題の解決と脱炭素化を同時に実現する「伴走型EaaS型」も興味深い取組みの1つです。地方自治体を対象に、「既存技術・ケイパビリティ駆動型」と同様のサービスに加え、自治体の脱炭素ロードマップの策定支援をはじめ、地域中小企業や公共施設などに導入するエネルギー機器やモビリティの選定、アップグレード、さらにはリースやサブスクリプションなど、エネルギーに関する包括的なソリューション・サービスをワンストップで提供します。
自治体をターゲットに伴走型の支援を提供することで、地域規制へのロビイングの容易化に加え、土地・公共施設や中小企業への一括アクセスに繋げることが狙いです。自治体のみならず地元企業・団体の個別ニーズの細かい把握・充足に加え、種々の他セクター事業者との連携・調整が必要とされますが、昨今では国内全土の地方自治体を取りまとめる地方自治体協会とパートナーシップを締結し自治体向けEaaSに特化したオペレーティングモデルを策定・導入することで、各地の自治体への横展開を容易化して加速する事業者も現れています。
(3) 非エネルギー高排出セクターにおけるマイクログリッド構築型
昨今では、排出量削減を課題とする畜産・農場事業運営などエネルギーセクター以外の分野で、分散型エネルギービジネスの取組みを進める事業者も散見されるようになりました。メタンは、地球温暖化係数がCO2の25倍以上とされ、特に大規模酪農・畜産産業が盛んな米国では、政府主導の税制支援およびイニシアチブにより、家畜由来のメタン排出の大幅な削減とそれらを地産地消燃料として発電することで熱源として利用するという取組みが急速に進められています。
これらの取組みのなかでは、家畜の糞尿から生じるメタンをベースに再生可能天然ガス(RNG)を生産し、それをコミュニティ内で構築したマイクログリッドを通じて、熱源、ベースロード電源、モビリティ向けの燃料として利用します。納屋上に設置した太陽光や蓄電池と併用することで、「再エネ電力100%化」が可能なうえ、天然ガスパイプラインに接続して余剰RNGを売ガスすれば収益も得られる仕組みです。
畜産・乳製品・食品加工事業者の収入を補填でき、食の安全保障への寄与も期待されています。昨今では、メジャー企業を中心に、マイクログリッド・RNGに特化するEPC事業者や既存ガスパイプラインとの接続を実現するパイプライン事業者との協業や買収が加速しています。
2.スタートアップ、ベンチャーとの協働
一方、以上の事業の実施や高度化で必要とされるものの、どの非エネルギーセクター事業者もいまだ具備していない「未開拓分野」のケイパビリティについては、スタートアップやベンチャーとの協業や買収による機能の拡大が盛んに行われています。ベンチャーキャピタルのDER分野における投資額は、2015年から2倍以上にまで拡大しています(図表2参照)。
図表2 世界におけるデジタル、エネルギー効率性と需要家側の柔軟性向上に資する新興企業への初期段階のベンチャーキャピタル実質投資額推移(2015-2021)
出典: IEA “The potential of digital business models in the new energy economy”を基にKPMG作成
分散型エネルギービジネスの普及に向け試行錯誤が進められるなか、その協業分野は発電から利用側までバリュー チェーンを通じて多岐にわたります(図表3参照)。
図表3 海外主要事業者による分散エネルギー事業におけるスタートアップ・ベンチャーへの投資例
分野 | 取組み概要 |
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発電 |
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蓄電 |
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グリッド |
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モビリティ |
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家庭 |
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電力取引 |
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排出量管理 |
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その他 |
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IV.さいごに
エネルギービジネスが劇的な構造転換に直面するなか、海外のエネルギー事業者は、多様化する顧客ニーズを常にとらえ、「どの領域で先手を打つか」という問いに対する見極めとたゆまぬ自己変革を続けています。それと同時に、同業他社や異業種の事業者との関係性も、新たな価値創造を前提としたパートナーシップに刷新し、来るべき分散型エネルギービジネスの機運拡大に備えています。
実現に向けた道のりは非常に険しいものですが、なかには分散型エネルギービジネスの普及に向け、政治的な素地をまず整え、参入事業者の「共創」による民間投資の最大化を後押しする国も現れています。英国では、省エネや節電による電力料金高騰緩和を目的として需要家からの地域DERの利活用ニーズが高まっており、政府がエネルギーデジタル化戦略の導入や産学官の連携体制整備に着手しています。これに基づき、送電事業者や産学研究者などは、需要家側が保有するDERの合理的かつ効率的な統合に向けた計画・規制および各種DERのオープンソースシステムの整備に関する課題解決に向け取組みを加速しています。
分散型エネルギーは、2050年のネットゼロ実現や中長期的なエネルギー安全保障の強化、また特に日本では災害に対するレジリエンス強化のために必至とされる分野です。これは、セクターという従来の境界を越えた包括的な社会インフラ事業であり、クロスセクターでの「共創」が前提条件となるでしょう。エネルギービジネスが歴史的な転機を迎えるなか、今後も実現に向けた取組みを先んじて進める事業者や国の動向に注目が集まります。
1 2024年までに化石燃料由来などの集中型電源の5倍のDER容量が導入される見込み。
European Parliament “ Will distributedenergy resources (DERs) change how we get our energy? ”
2 2030年までには、世界の1億世帯において、2020年比で4倍以上(630GW)の容量となる分散型太陽光発電パネル、3倍以上(6億台)の設置台数となるヒートポンプが導入されるほか、乗用車・バスなどの約20%がEV化されるという予測もあり、DERの大幅な追加・拡充が見込まれている。
IEA “Unlocking the Potential of Distributed Energy Resources”
執筆者
KPMGジャパン エネルギー&インフラストラクチャーセクター
エネルギーセクターリーダー
KPMG FAS 執行役員 パートナー 宮本 常雄