企業では、DX(デジタルトランスフォーメーション、以下「DX」という)を実現してどのような姿に変わろうとしているでしょうか。また、経理財務部門などのCFO組織は、そのためにどのような組織にトランスフォームしようとしているでしょうか。経理DXという言葉が普通に使われるようになった現在、CFO組織の皆様は、これらの問いに充分に答える用意をしておく必要があります。
本稿では、経理DXの実現像として、経理財務領域のデジタル化の代表的な取組みとデジタル化の先にある経理財務領域の変革について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1
全社DXの実現にCFO組織が貢献することこそ経理DXの本質
DXの本質は、デジタルを活用してビジネスの価値を高め、収益力を向上することにある。CFO組織には、経営層や事業部門に対し、デジタルを活用したビジネスチェンジと収益力との相関を示し、DXの実現にファイナンスの面から貢献することが求められている。こうした貢献を果たすために、CFO組織は、非財務指標を含む全社データマネジメント機能やFP&A(Financial Planning & Analysis)機能を担うべく組織変革を進めることが重要である。
POINT 2
スコアキーパーとしての現行業務を徹底的にスリム化することが経理DXへのファーストステップ
経理DXを実現するためには、スコアキーパーとしての現行業務を自動化・省力化し、新しいデジタルビジネスへの対応にリソースを振り向けることが必要である。
請求書プラットフォーム等を用いたペーパーレス化・自動化、決算デジタルプラットフォームを用いた決算業務の標準化等が注目される。データフローの下流に位置するCFO組織の業務改革では、組織内部の業務処理にとどまらず、上流となる他部門のプロセスに対しても垣根を超えて改革していくことが効果的である。
POINT 3
新たなテクノロジーの普及に備え、CFO組織におけるデジタル人材の確保が急務
テクノロジーが加速度的に発展する社会において、CFO組織に期待される役割や実務は、今後も変化し続けていく。新しいデータやツールを有効に活用するための知識とスキルを持つことは、CFO組織の変革の成否を分ける重要な要素となる。研修やジョブローテーションを通じて自社に適合したデジタル人材を確保し、CFO組織の変革に備えることが重要である。
I.経理DXとは
2022年7月に経済産業省から発表された「DXレポート2.2」では、改めてDXの定義が説かれました。同レポートでは、 DXとは、現行ビジネスをデジタル化して省力化するだけではなく、デジタルを用いたビジネス上の付加価値の創出と、これによる収益力の向上こそが本質であると強調されています(図表1参照)。
図表1 DXを成功させるための方向性
出典:経済産業省「DXレポート2.2 (概要)」をもとにKPMGにて編集
この定義によれば、CFOが所管する経理・財務・税務・IR等の各部門(以下、「CFO組織」という)においても、現行の会計情報の記録・集計業務をデジタル化して省力化するだけでは足りないということになります。たとえば、CEOとともに新しいデジタルビジネスによるバリューチェーンが将来どのようにキャッシュを最大化するのか、どのように企業価値を高めるかなどを明らかにして、ビジネスの意思決定に貢献する組織へと変革することがCFO組織のDXの本質と言えます。
しかし、足元では既存のスコアキーパーとしての作業などに忙殺され、こうした変革がそもそも望めない実状があります(図表2参照)。
図表2 CFO 組織における現状の業務量の割合
経理財務DXの実現には、そのファーストステップとして、情報の整流化とデジタル化によって現行業務を徹底的に自動化・省力化することが必要不可欠です。そのようにして確保したリソースを新しいデジタルビジネスへの対応に振り向けることにより、経理財務領域に変革をもたらすことが可能となります。
II.足元の問題
CFO組織において、単純な作業が増えてしまっている要因はどこにあるのでしょうか。経理財務業務では、会計システムや連結システムを利用した業務のデジタル化が実現されている一方で、連結・単体決算業務や子会社管理を問わず、まだ多くのExcel※ファイルが作成・使用されています。Excel上で行われていることは、情報の機械的な変換や集計、加工であり、専門的な判断が求められる箇所は多くありません。単に、他部門が作成したExcelを受領して別のExcelに転記するだけといった作業が、定期的なルーチンワークになっていることもあるでしょう。ファイナンスの専門家であるCFO組織の人員が、単純な「作業」に多くの時間を割かれてしまっているのです。
紙の書類を多く取り扱うことも単純な「作業」が増えてしまう要因の1つです。リモートワークの浸透と電子帳簿保存法の要件緩和等をきっかけにペーパーレス化に取り組む企業が増えているとはいえ、依然として紙書類の受領・収集・チェック・システム入力・保管に多くの時間が費やされています。こうしたExcelと紙書類が中心の業務処理は、作業手順を効果的に規定する枠組みとはなりえず、より属人的・非効率なものになりがちです。
このような厳しい状況にありながら、新たな制度改定にも対応を迫られています。主要なものでは、インボイス制度、BEPS 2.0といった税制改正への対応、新リース会計基準への対応、ESG開示等が挙げられます。なかでもESG開示においては、従来CFO組織が取り扱ってきた情報(科目、金額、数量等)にとどまらず、多種多様な情報を取り扱うことが求められます。
CFO組織が自身の役割を定義し直して現行業務の自動化・省力化を成し遂げない限り、このまま「作業」時間だけが増え続けることにもなりかねません。
※Excelは、米国Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標または商標です。
III.現行業務の自動化・省力化
1.請求書の電子化・プラットフォーム化
昨今、経理財務業務の自動化・省力化に役立つさまざまなデジタルソリューションが提供されています(図表3参照)。
図表3 経理財務業務の自動化・省力化に役立つさまざまなデジタルソリューション
なかでも2020年からのコロナ禍を通じて急速に利用が増えているものの1つに請求書プラットフォームがあります。企業間の請求書の授受を、複数の企業が同じクラウドサービスにアクセスして、定型的な電子情報のかたちで授受することを可能にするものです。
紙の請求書受領における業務処理では、(1)郵送物の受取、(2)システムへの取引(仕訳)入力、(3)上長への回付、(4)回付書類の受取、(5)入力内容のチェック・承認、(6)請求書に検印、(7)書類の保管、といったように、業務効率を妨げるさまざまな手順を含みます。この業務を請求書電子化ソリューション上での電子的なやり取りに変えることができれば、画面で確認・承認・会計連携指示を行うのみとなり、リモート勤務でも業務が完結します。書類保管や、監査対応でのコピーといった煩わしさからも解放されます。業務プロセスを工夫することで、会計仕訳連携までを完全に自動処理されるようにしておき、事後に確認する方法を取ることも可能です。
このような仕組みの導入はもちろん自社だけでは成立しません。可能な限り多くの取引先の賛同を得ることが成功のポイントです。この点については、取引先にとっても印刷・封入・郵送コストが不要になるなどのメリットを享受できることに加えて、リモートワークやペーパーレスの普及による環境の変化からも、多くの取引先で賛同を得られ易くなっています。請求書電子化ソリューションは、2023年10月の適格請求書制度(インボイス制度)のスタートとそれに伴うデジタルインボイスへの移行により、いっそう普及していくものと予測されます。
2.決算業務の電子化・プラットフォーム化
取引入力に関する業務が自動化されていく一方で、月次締め業務や決算業務といった領域は、システム化されないまま個別のExcelファイルを多用している企業が多いのが現状です。ERPシステムや単体会計システム、連結会計システムといった基幹業務を司るシステムの導入は当たり前になっていますが、決算業務自体は、そのようなシステムからのアウトプットや事業部から受領したデータ等を各様のExcelフォーマットで加工して決算伝票を手入力するといった姿がほとんどと言えるでしょう。
このような実態を、決算デジタルプラットフォームを用いて改善する取組みが行われています。決算デジタルプラットフォームは、会計データおよび非財務データを他システム(ERP等)と連携しながら活用しつつ決算業務プロセスの各タスクを総合管理し、マネジメント・監査人・経理担当者がアクセスして、決算業務、非財務含む開示作成業務および監査を同一プラットフォーム上で実施するもので、業務の可視化・効率化・品質向上を企図したデジタルソリューションです。主な機能として、タスク/ワークフロー管理・勘定照合・マッチング・仕訳入力等を備えています(図表4参照)。
図表4 決算デジタルプラットフォーム
ポイントは、決算業務を構成する決算ワークシートの編集や決算仕訳入力、勘定照合やチェックといった作業の手順をプラットフォーム上で定義することにより、作業場所をデジタル化することです。これによって属人的な作業を排し、さらに決算業務の標準化やRPA等を用いた更なる自動化・決算業務のシェアード化の検討を進めることで、決算ピーク期の作業負荷を減らすことが可能です。
国内で決算デジタルプラットフォームが導入され始めたのは2019年頃と比較的新しいソリューションですが、数年で既に複数の成功事例が聞かれるようになりました。月次締め業務や決算業務はCFO組織の業務において重要なボリュームゾーンです。シェアード化・分社化・HD化といった組織のトランスフォーメーションを果たすために、当該業務を効率化・標準化する決算デジタルプラットフォームは欠かせない要素になると考えられます。
3.前方業務に踏み込んだ標準化・自動化
デジタルソリューションの導入では、個人でバラバラに行われている手順等を、ソフトウェアが想定するフローに統一し、事業、取引先、担当者のレベルで例外的な対応が行われないように標準化することがポイントです。また、コードとマスタを統一しておくことも重要です。例外的な手順、特殊なコードやマスタ属性は、完全な自動化や外部委託の阻害要因となるからです。
標準化を行ううえでは、CFO組織の外部、すなわち情報が発生する上流のプロセスまで踏み込んで検討することが重要です。CFO組織の業務効率化の難しさは、自組織が情報の下流に位置するがゆえに、自組織内だけでなく、上流の事業部門に働きかけて一体的に改革しなければならない点にあります。反対に、上流の事業部門で発生する情報の単位や粒度、範囲が揃っていれば、自ずと業務が効率化されることになります。
言い換えれば、子会社や事業部門から電子メールで個別に情報を集めるという従来のやり方を残していると、その分だけルーチンワークが増えることになります。上流である事業部門において、情報がどのように発生するのか、情報の発生方法に応じて記録手段はどうあるべきか、あるべき手段をとれない理由は何か、場合によってはある程度の不正確さを許容することで解決できないか。CFO組織の業務の合理化は、こうした上流組織との協業もしくは積極的な働きかけによって、効果的なものになるといえます。
IV.CFO組織に求められる進化
ここまで、経理財務領域の足元の業務処理をデジタルソリューションを活用して自動化・省力化する方法をご紹介してきました。ここからは現行の業務処理を自動化した後のCFO組織にどのような役割が求められることになるのか、どのようなトランスフォーメーションが考えられるのかを取り上げていきます。
1.全社データマネジメントへの進化
今後、CFO組織に求められる役割の1つに、全社におけるデータマネジメントを担うことが考えられます。
現代の企業では、DXの推進、ビジネスにおけるデータ活用の浸透、M&A等によるビジネススコープの拡大、電子帳簿保存法やインボイス制度への対応、ESG開示への対応等により、さまざまな部署が独自の用途、独自の方法で、データを収集・保持しており、データの氾濫状態にあります。この状態が放置されると、企業のデータ管理に係る役務やインフラの重複や非効率が拡大するだけでなく、肝心のデータが整理されないままとなり、新たな付加価値を生むことができなくなります。そのため、全社グループレベルのデータ品質を高めることの重要性は増しています。特に、情報の受け取り手に位置するCFO組織には組織横断的なガバナンスを構築し、存在するデータの用途の把握、最適化、用途に適したデータの粒度や精度のコントロールといった、データマネジメントの役割を担うことが求められています。
過去、2010年代後半には、情報システム部門等の主導により、データレイクやデータマネジメントプラットフォームの構築が試みられた例も見られましたが、効果的に活用されている事例は多くありません。その原因は、テクノロジーだけが先行し、どのようなデータをどの目的で活用したいかといったビジネスニーズが希薄なままであったことに加え、実効的なデータマネジメントが不在のまま、用途不明の低品質のデータしか集まってこなかったことにあると考えられます。図表 5にデータマネジメントの標準的な取組みを例示しましたが、膨大で高品質なデータを維持するためには、データの生成から、データの集約、データの活用まで一貫したマネジメントが必要となります。
図表5 データマネジメントの枠組み
2.非財務指標への対応
CFO組織がデータマネジメントの役割を果たすなかで避けて通れないのが非財務指標です。そのなかでもとりわけESGデータへの対応は、ESG開示の社会的要請、人的資本開示の義務化、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の域外適用といった外部環境の変化を受けて、高い関心を集めています(図表6参照)。
図表6 EFRAGから公表されている公開草案(ESRS)では、開示項目が136項目におよぶ
ESGデータの種類は、気候変動や汚染に関するものから、人的資本に関するもの、コミュニティに関するものまで、多岐にわたります。これらはいずれも投資家にとって関心の高い開示項目であり、それゆえ企業価値の向上に直結します。財務指標と同様に、KPIツリーを構成する指標として目標管理を行い、改善に向けた積極的な提言を行っていくべきと考えられます。
ESG開示について企業内のどの組織が主導するかについては一律ではありません。CSR活動との親和性から総務や広報といった部門が担うケースや、サステナビリティ担当部門を新設して主導するケースが多く見られます。しかし、投資家から見た非財務指標の重要性は高まる一方であり、これらを企業のPDCAサイクルに組み込んで定着させるためにCFO組織が重要な役割を担うことは間違いありません。なお、市販の連結会計ソフトウェア等の動向として、温室効果ガスのレポーティングツールと連携するように拡張する方針であることが示されるなど、ESGデータをCFO組織が取り扱うことを想定した業務基盤が今後提供されていくものと推察されます。
3.経理部門からFP&Aへの進化
近年CFOには、投資家やアナリストへの説明責任を果たすことが強く期待されています。こうしたIR上の説明責任の高まりを受け、それを支える専門家集団として、従来の経理財務機能は経営管理・経営企画の性格を併せ持ったFP&A(Financial Planning & Analysis)へと再編する事例がみられるようになりました。
図表7に示すように、FP&A組織では一般的な財務・経理・税務の機能スコープに限定されず、経営企画および経営管理、ファイナンスの機能を持ち、企業価値向上を目指すCFOのミッションをサポートします。外部環境分析による利益期待水準の設定、将来的なストーリーや予測的分析、事業ポートフォリオの組み換え・撤退判断など、企業価値向上に向けた積極的な提言機能を担うことになります。
図表7 経理 DXによってFP&A 組織へ
企業のDX推進の取組みが進行するにつれて、上流から下流へ流れるデータは加速度的に増加します。バリューチェーン全体のデータ、すなわち、企業内の財務情報や業務システムのデータだけでなく、たとえば最終消費者の購買行動や購入後の利用シーン、評判といったデータまで、さまざまなデータが生まれます。CFO組織は、こうしたデータから顧客価値の向上と将来の収益への貢献の関係を分析し、ファイナンスの専門家として経営・事業に助言・提言を行う役割を果たす組織へとトランスフォームするべきと考えられます。
V.新たなテクノロジーの普及とCFO組織に求められる適応
新たなテクノロジーの普及もCFO組織の進化を加速させています。
CFO領域で用いられるシステム基盤は、過去20年で大きく進歩してきました。
オフコンやメインフレームはERP等オープン系の会計システムへと置き換わり、データウェアハウスで時系列データを蓄積し、データマートやBIツールによって自由に加工してレポーティングできるようになりました。RPAやETL等で加工作業を自動化したり、SaaS型の取引プラットフォームを利用して企業間の取引を電子化することも可能となっています。
それでは今後、CFO領域で用いられるソリューションはどのように拡張していくのでしょうか。
まず、機械学習モデルで強化されたアプリケーションがいっそう意欲的に活用されていくことになると考えられます。画像認識や構文解析は、すでに実用段階まで性能が向上していることから、ほかにも予測エンジンを活用した業績見込、自然言語Botを活用した経理サポートデスクといったシーンで効果を発揮するでしょう。
将来的には、デジタルツインやブロックチェーン、NFTといったテクノロジーも身近なものになります。企業の棚卸資産や固定資産といったリアルなものの「ツイン(双子)」すなわち複製をデジタルで構築し、メタバースにアクセスすればいつでも現状・将来予測を把握できるといった状態が当たり前になるかもしれません。企業間の取引についても、取引自体の実在性がブロックチェーンによって証明され、監査対応も今とは違ったものになるでしょう。
テクノロジーが加速度的に発展する社会においては、こうした新しいデータやツールを有効に活用するための知識とスキルを持っておくことが、CFO組織の変革の成否を分ける重要な要素の1つとなります。もし、CFO組織の人材が新しいテクノロジーやトレンドから遠ざかっていると、上流プロセスの整流化も自動化も効果的に行われず、企業価値向上に向けたファイナンスの専門家として企業のDXなどの事業に貢献する組織へのトランスフォームも遠のきます。
CFO組織におけるデジタル活用の取組みは、今後もなくなることはありません。自社DXの取組みへの関与や研修、ジョブローテーションを通じて自社に適合したデジタル人材を育成し、CFO組織の変革に備えることが経理DXの取組みを継続し、中長期の成功へと導く近道となります(図表8参照)。