欧州CSRD/ESRSの概要と3つの対応オプション
CSRDはEUにおけるサステナビリティ(ESG)開示に関する法令であり、EUタクソノミーの開示も含んでいます。またISSBの基準開発に先行しています。そして、日本企業を含むEU域外のグローバル企業への適用が予定されています。本稿では、CSRDの概要と対応のポイントを解説しています。
CSRDはEUにおけるサステナビリティ(ESG)開示に関する法令で、EUタクソノミーの開示を含み、ISSBの基準開発に先行しています。CSRDの概要と対応のポイントを解説します。
サステナビリティ情報の開示に関する議論が加速しています。欧州議会とEU理事会は、2022年6月にCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)が暫定合意 1に達したと発表しました。それより前の2022年4月には、EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)がESRS(European Sustainability Reporting Standards:欧州サステナビリティ報告基準)の公開草案を発表しています。
サステナビリティ情報を含む非財務情報の開示に関して、EUはこれまでNFRD(Non-Financial Reporting Directive:非財務情報開示指令)によって規制していました。しかし、暫定合意を受けてNFRD適用企業は2024年1月から、大規模企業は2025年1月から法的拘束力のあるCSRD(含:ESRS)が適用されることになります。NFRDでは、日本企業のEU現地法人の多くが対象外でしたが、CSRDは適用対象が拡大されています。そのため、日本企業のEU現地法人も適用対象となる可能性があります。
そこで本稿では、EUで整備が進められているCSRDとその下位に位置づけられるESRSの概要、およびCSRDに対応する際の3つのオプションとその選定に係る5つの検討項目について説明します。なお、本稿では暫定合意後に公表されたCSRDと公開草案であるESRSに基づいて記載します。また、原則として、EU域内に現地法人を有する企業を前提とします。
なお、本稿の意見等を含む内容は執筆者の個人的見解であり、筆者の所属する法人の公式見解ではありません。文中の誤り・表現についてはすべて執筆者の責任に帰します。
POINT 1
加速するサステナビリティ情報開示に関する議論
2022年4月にEFRAGからESRSの公開草案が、2022年6月に欧州議会とEU理事会がCSRDの暫定合意に達したと公表されるなど、EUではサステナビリティ情報の開示に関する議論が加速している。
POINT 2
CSRDでは、日本企業のEU現地法人も適用対象となる
サステナビリティ情報の開示を促すために、EUは現行のNFRDの代わりに法的拘束力のあるCSRDを策定。CSRDは適用対象がNFRDの約5倍に増加すると予測されることから、日本企業のEU現地法人も適用対象となる可能性がある。
POINT 3
CSRDに対応する日本企業の3つのオプション
日本企業のEU現地法人がCSRDの適用対象となった場合、対応オプションが3つあると考えられる。どのオプションを選択するのかは、各企業の固有の事情によるが、その際の検討ポイントが5つある。
POINT 4
求められる開示項目は、環境、社会、ガバナンス
CSRDでは開示項目のキーワード等が、ESRSでは各開示項目の詳細な内容が報告基準という形で示される。ESRSは、コンセプトや原則、共通の開示項目、環境、社会、ガバナンスの 各項目に関する開示項目を定める全部で13本の基準書、136の開示項目で構成されている。
I.EU法令の概要
1.EU法令の階層
CSRDとESRSの役割分担を理解するには、その前提としてEU法令の階層を知る必要があります。そこで、最初にEU法令の階層について説明します。なお、両者は名称は異なりますが、上下関係にあります。
EU法令には、3段階のレベル分けがあります(図表1参照)。
図表1 EU法令の階層
最上位のレベル1は、その法令の目的、用語の定義、ルールの大枠を定めたもので、詳細な内容はレベル2に委任されています。このレベル1と2は、法令として強制力(binding)があります。
そして、最下位のレベル3はガイドラインやQ&Aのような法的拘束力のない(nonbinding)もので構成されます。なお、レベル3はレベル1、2の適用前に実務上の利便性を考慮してあらかじめ用意されるものと、適用開始後にステークホルダーからの照会事項や要望事項に応じて用意されるものがあります。
本稿で説明するCSRDはレベル1、ESRSはその下のレベル2に位置づけられます。つまり、サステナビリティ開示項目の内容としては、CSRDで開示項目のキーワード等の要点が示され、ESRSで各開示項目の詳細な内容が報告基準という形で示されることになります。
2. EUタクソノミー・トライアングル
CSRD はサステナビリティ開 示の 法令ですが、EUサステナブルファイナンスの中央に鎮座するEUタクソノミー(TR:Taxonomy Regulation2)を中心としたトライアングルのなかで、企業開示に関する法令として位置づけられています。それを図示したのが図表2です。
図表2 EUタクソノミーを中心としたトライアングル
どのような経済活動(例:各種製造業、再エネ発電など)が グリーン(environmentally sustainable)であるかを決めるのがEUタクソノミーの役割です。グリーンを法令で決めることによって、グリーンウォッシュ(グリーンでないものをグリーンと偽ること)を防止する一方で、グリーンであると判定された経済活動にグリーンマネーによる投資を呼び込み、サステナビリティを活用したEUの経済成長を目指す。それがEUサステナブルファイナンスの目標です。したがって、CSRD、SFDR (Sustainable Finance Disclosure Regulation:サステナブルファイナンス開示規則)とのトライアングルは、この目的を達成するための仕掛けになっています。
CSRDは主に事業会社を適用対象とする企業開示の法令であり、SFDRは主に金融市場に参加する金融機関を適用対象とした金融機関自身と金融商品に関する開示の法令です。たとえば、SFDRの適用対象となる金融機関は、グリーンな銘柄から構成される投資信託を組成する際に、CSRDによって開示された企業情報を参考にして組入銘柄を選定することが想定されています。一方で、グリーンマネーによる投資を必要とする事業会社は、自らの事業活動(EUタクソノミーの経済活動)に関するグリーンの状況をCSRDに基づいて開示することで、金融機関およびそれが組成・販売する金融商品を通じてマネーを調達することができます。
II.CSRDの概要と3つの対応オプション
1.NFRDからCSRDへ
サステナビリティ情報を含む非財務情報の開示に関しては、現時点ではNFRD(Non-Financial Reporting Directive:非財務情報開示指令)が規制しています。その適用対象は、後述の大規模企業に該当したうえで、従業員500名以上のEU規制市場上場企業および銀行等です。
NFRDは、非財務情報に関するガイドライン(レベル3)として “Guidelines on non-financial reporting (methodology for reporting non-financial information)”を 2017 年に公表し、気候関連開示に関するガイドラインとして“Guidelines on non-financial reporting:Supplement on reporting climate-related information”を2019年に公表しています。
これらのガイドラインにしたがって充実した開示が期待されていたものの、期待レベルに達する開示を行う企業が多くないと、EUは認識しています。その主たる原因の1つとして、ガイドラインがレベル3であって拘束力を有しない(non-binding)ことを挙げています。
そこで、CSRD では 開示基準であるESRSをレベル2とすることで拘束力を持たせ、期待レベルの開示を促す意図があると考えられます。現行のNFRDとCSRDを比較すると図表3のようになります。
図表3 NFRDと CSRD
後述するように、CSRDではNFRDよりも適用対象が拡大されるために、CSRDの適用会社数はNFRDの5倍近くになると見込まれています。また、NFRDとは異なり、CSRDのサステナビリティ開示情報には外部からの限定的保証3 が必要とされています。限定的保証の基準は、2026年10月1日よりも前にECが採択するとされています。
2.CSRDの主な開示項目
CSRDで要求される主な開示項目およびトピックは、図表4のとおりです。
図表4 CSRDの主な開示項目
これらの開示項目の詳細は、レベル2のESRSが基準書という形で定めることになります。
3.CSRDの適用対象と適用開始時期
CSRDは、EU域内の企業規模別に適用開始時期が異なります。その概要は、図表5のとおりです。
図表5 CSRDの適用対象と適用開始時期
現行のNFRDは図表5の一番下の企業に適用されており、上場している大規模企業を主な適用対象にしています。一方、CSRDの適用は、まずNFRD適用企業からはじまり、その後、大規模企業(上場・非上場を問わない)から上場している中小規模企業へと拡大していきます。企業規模の要件は、3つのうち2つ以上該当することを要します。
4.EU現地法人(子会社)の開示義務に関する免除規定
CSRDはEUのローカルルールであることから、その適用対象はEU域内企業です。したがって、日本企業がEU域内に有する現地法人(子会社)が図表5に該当する場合には、CSRDの適用対象になると思われます。
しかし、EU域外の第三国に親会社を有する場合には、その親会社(例:日本の親会社)がCSRDもしくはEUのサステナビリティに関する開示基準と同等であると、ECによって評価されたサステナビリティ開示基準に準拠して連結サステナビリティ情報を開示すると、EU現地法人(子会社)はCSRDの開示義務を免除される旨の定めがあります。
5.経過措置
EU加盟国の 法令に服さない親会社を有する企業グループに所属するCSRDの適用対象となるEU子会社に関しては、CSRD発効日(未定)から7年間の経過措置が認められています。経過措置では、前期までの5年間のうち、最低1年度以上で最も(連結)売上が多いEU域内の子会社すべてを含む連結サステナビリティ情報を開示すれば、その他の子会社についてはサステナビリティ開示を免除する定めとなっています。
6.CSRDの域外適用
域外適用の概要は、図表6のとおりです。
図表6 域外適用
CSRDが域外適用されるためには、第三国に所在するEU域外の親会社が、EU域内において2会計期間継続して150百万ユーロ超の(連結)売上があることが最初の要件となります。この要件を満たした場合では、EU子会社が大規模企業に該当する場合、もしくは上場企業(除:零細企業)である場合には、域外適用の対象となります。また、仮に該当するEU子会社がない場合であっても、EU支店のEU域内での売上が40百万ユーロ超である場合には、同様に域外適用の対象となります。
域外適用の対象となった場合には、EU外の親会社に関する連結サステナビリティ情報をEU域内の子会社もしくは支店が開示します。
連結サステナビリティ情報はおおむねCSRDに従って作成することになると推測されますが、一部の開示項目が免除されることを窺わせる規定ぶりとなっています。2024年6月30日までにECが採択することになっている域外適用のための開示基準の内容がどうなるのかは、現時点では不明です。なお、域外適用は2028年1月1日から開始され、翌年から開示がはじまる見込みです。
7.CSRD対応の3つのオプションと5つの検討項目
仮に、日本企業グループのEU現地法人が大規模企業の定義に該当するために、2025年1月からCSRDの適用対象になると仮定すると、3つの対応オプションが考えられます(図表7参照)。
図表7 3つの対応オプションと5つの検討項目
第1はEU現地法人がCSRDに基づいたサステナビリティ情報を作成・開示するオプションA、第2は経過措置を利用して(連結)売上の大きい(複数の)EU現地法人がCSRDに基づいたサステナビリティ情報を作成・開示するオプションB、第3は日本の親会社が免除規定を利用してCSRDもしくはそれと同等の基準に基づいてグローバルな連結サステナビリティ情報を開示するオプションCです。AとBはEU域内で対応する方法、Cは連結グループとしてグローバルに対応する方法です。どれを選択するのかは、各企業の判断になると思います。
次に、オプション選択の判断に際しての検討項目ですが、これには一般的に5つの項目があると想定されます。
1つ目は、企業グループの内部要因です。EU域内対応(A・B)を選択するならば、EU現地法人にサステナビリティ情報の開示を担える人材や組織があるのか、現時点においてその実務経験があるのかなどの調査が必要です。多くの企業グループでは、人材・組織は日本の親会社にしかなく、サステナビリティに関する情報開示の実務経験もそこに集約されているのではないでしょうか。
2つ目は、グローバル対応(C)を選択した場合の同等性評価です。EUからCSRDと同等であると評価された日本のサステナビリティ報告基準を利用する場合、(1)現時点では、同等性評価の基になるCSRDのサステナビリティ報告基準であるESRSが確定していないこと、(2)EUによる同等性評価の対象となる日本のサステナビリティ報告基準の具体的な検討がはじまっていないこと、(3)EUのサステナビリティ開示基準に関する同等性評価の詳細な枠組が動き出すまでには相当程度の時間がかかると見込まれていることをどのように評価するのかが論点になると思われます。
3つ目は、SFDRの適用対象となるEUの資産運用会社など金融機関への対応です。SFDRは、金融商品を組成・販売する資産運用会社等の金融機関に対して、投資意思決定に際して考慮したサステナビリティに与える主要な負の影響(PAI:Principal Adverse Impact、例:温室効果ガス排出量、生物多様性、人権等)を投資家に開示する義務を負わせています。これらの情報は、CSRDに基づく開示情報から入手することが想定されており、投資先企業がEU域内企業であれば、CSRDに基づくグローバルなサステナビリティ開示情報からPAIに関する必要な情報を入手することができます。しかし、投資先企業がEU域外企業であって、オプションAもしくはBによってCSRD対応している場合には、PAIに関するグローバルな情報を入手できない可能性があります。このようなPAIに関する入手可能な情報の不均衡は、資産運用会社等の投資判断に影響を及ぼす可能性を生じさせ得ると推測されます。
4つ目は外部要因です。外部のいわゆるグローバルコンペティターとの関係が検討対象となります。投資先企業がEU域内企業=グローバルコンペティターであれば、資産運用会社等はその連結グループに関するグローバルなサステナビリティ情報を、CSRDに基づく開示情報から入手することが可能になります。一方で、投資先企業がCSRD適用対象となるEU現地法人を有する日本企業であって、そのCSRD対応がオプションAもしくはBであった場合には、サステナビリティ情報がカバーする範囲はEU域内に限定されることになります。このような場合、EUの資産運用会社としては、EU域内企業と日本企業とのサステナビリティ情報に関する比較をグローバルベースで行いたいと考える可能性がありそうです。仮にCSRDに基づいたグローバルベースのサステナビリティ情報を入手できないということになれば、投資判断に影響を及ぼす可能性が生じ得ると推測されます。
最後は、2028年からの域外適用です。CSRD適用当初にEU域内対応(A・B)を選択するとしても、いずれは域外適用となる可能性があります。それによる将来的な負担を考慮した場合のEU域内対応の合理性、あるいはEU域内対応を実施している間に域外適用に向けたプランを立案・実施することの合理性など、さまざまな状況を想定する必要があると思われます。
III.ESRSの概要
1.ESRSが求める開示の4要素
ESRSは、具体的な開示項目に関する基準書です。大別してセクター共通の基準書とセクター別の基準書がありますが、前者は2023年6月まで、後者は2024年6月までにECが採択するとされています。なお、2022年4月に公表された公開草案は、セクター共通の基準です。
サステナビリティ情報の開示は、4つの要素から構成されます(図表8参照)。
図表8 ESRS開示の 4 要素
1つ目はすべての企業が開示すべきセクター共通の項目、2つ目は各産業セクターに属する企業が開示すべきセクター個別の項目、そして3つ目が各企業の固有の項目です。最後のEUタクソノミーに関する開示項目には、EUタクソノミーに基づいてグリーンであると認められた経済活動の売上割合、資本的支出割合、費用割合を開示することになります。
2.ESRSの開示項目数
ESRSは、図表9にあるように13本の基準書から構成されています。
図表9 ESRSの開示項目数
ESRS1はコンセプトや原則を記載していることから、開示項目を含むのは、共通の開示項目を定めるESRS2、E (環境)に関する開示項目を定めるESRS E1~E5、S (社会)に関する開示項目を定めるESRS S1~S 4、G(ガバナンス)に関する開示項目を定めるESRS G1~G2の12本です。そこに含まれる開示項目数は、136項目となります。
この136項目をCSRDの適用対象となる日本企業のEU現地法人が単独で開示できるか否かは、重要な課題ではないかと思われます。
3.ESRSによる開示のイメージ
ESRSに準拠したサステナビリティ情報は、財務報告に含まれるマネジメントレポートに記載することになります。
ESRSは開示形式として、たとえば図表10のような構成を推奨しています。
図表10 サステナビリティ情報開示イメージ
記載するサステナビリティ情報は、その旨の見出しを付すなどして識別可能とすること、全般的情報、E (環境)に関する情報、S(社会)に関する情報、G(ガバナンス)に関する情報で構成するなど、ESRSの各基準書が要求する開示項目に従って記載することになります。
また、EUタクソノミーに基づくグリーン売上割合等の情報は、E(環境)に記載するとされています。これは、EUタクソノミーに関する法令が、現時点ではE(環境)に関する部分だけが適用もしくは適用見込みとされているためと考えられます。
IV.さいごに
さまざまなサステナビリティ開示基準が議論されていますが、EUのCSRDは最も先行して開発が進んでいると考えられます。その動向に留意するとともに、他の開示基準の検討状況なども踏まえた慎重な対応が求められます。
1 EUでは、EC(欧州委員会)から提出された法案に対する修正等に関して、EU議会とEU(閣僚)理事会が合意すると法案が成立します。6月の合意は、最終合意ではないことから暫定合意とされています。従って、最終合意までに追加の修正等がなされる可能性があります。
2 EUの法令には大別して、Directive (指令)とRegulation (規則)の2種類があります。前者は成立した法令を各EU加盟国で適用するに際して国内法とする手続を要するもの、後者は成立した法令がそのまま各EU加盟国の法令となるものを指します。
3 当初は限定的保証ですが、将来的に合理的保証とすることが予定されています。
執筆者
あずさ監査法人
KPMG サステナブルバリューサービス・ジャパン
Taxonomy シニアエキスパート 加藤 俊治