サステナビリティ開示 人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向(前 2/2)
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3577号(2022年10月24日)に「サステナビリティ開示 人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向(前)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3577号(2022年10月24日)にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
ハイライト
- はじめに
- サステナビリティ開示(人的資本・多様性を含む)の全体像
- 最近の人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向
- 厚生労働省が所管している法令とのつながり
この記事は、「週刊経営財務3577号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
5.女性活躍推進法の概要
(1)女性活躍推進法の全体像
2016年から施行されている女性活躍推進法のスキームの全体像は、常用労働者の数が101人以上の事業主を対象として、図表4のとおり 1 企業において女性活躍の取組みを推進するPDCAサイクルを回すことを促すこと、2 女性の職業選択に資するよう企業の情報公表を促進すること、であると考えられる。
【図表4】女性活躍推進法のスキームの全体像
以下では、PDCAサイクルの各ステップについて解説する。
1.自社の状況把握、課題分析(図表4内の1)
最初のステップでは、行動計画を策定するために自社の女性の活躍に関する状況を把握し、課題分析を行う。状況把握においては、次頁の図表5で示す基礎項目と呼ばれるものが、必ず把握すべき項目とされている。
【図表5】状況把握時の基礎項目
|
※2022年7月の女性活躍推進法に基づく厚生労働省令の改正により追加された項目。詳細は「5.(2)「男女の賃金の差異」の情報公表」を参照。
上記のうち2つ目の「管理職に占める女性労働者の割合」は、DWG報告で提言された項目であり、今後、有価証券報告書の開示項目として追加される可能性があるため、補足説明する。
女性活躍推進法において、当該割合は、以下の算式で計算される。
管理職に占める女性労働者の割合=女性の管理職数÷管理職数×100(%) |
出所:厚生労働省から公表されているパンフレット「女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画を策定しましょう!」より
上記算式において「管理職」とは、「課長級」と「課長級より上位の役職(役員を除く)」にある労働者の合計をいうとされている。
2.行動計画の策定(図表4内の2)
2番目のステップでは、状況把握と課題分析の結果を勘案して、行動計画を策定する。企業は計画策定後、労働者に周知するとともに、自社のHP等により外部へ公表する。
行動計画には、「計画期間」「数値目標」「取組み内容」「取組みの実施時期」を盛り込む。その際、以下に留意する必要がある。
- 「計画期間」は、各事業主の実情に応じておおむね2年間から5年間に区切り、定期的に行動計画の進捗を検証しながら、改定を行う。
- 「数値目標」の設定にあたって、常用労働者の数が301人以上の事業主は、「女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供に関する項目」(16個の指標が含まれている)と「職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備に関する項目」(8個の指標が含まれている)の区分ごとに1つ以上の項目を選択する必要がある。
3.取組みの実施と効果の測定(図表4内の3)
取組みの実施後、定期的に数値目標の達成状況や、行動計画に基づく取組みの実施状況を点検・評価する。
4.実績の情報公表(図表4内の4)
女性活躍推進法では、事業主の規模に応じて一定の項目の情報公表を義務付けている。常用労働者の数が301人以上の事業主は、「女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供に関する項目」(8個の指標が含まれている)と「職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備に関する項目」(7個の指標が含まれている)の区分ごとに事業主が適切と認めるものをそれぞれ1項目以上選択し、2項目以上を自社のHP等で公表する必要がある(図表6を参照)。さらに、2022年7月の女性活躍推進法に基づく厚生労働省令の改正により、常用労働者の数が301人以上の事業主は、「男女の賃金の差異」を公表することが義務付けられた(詳細は「5.(2)「男女の賃金の差異」の情報公表」を参照)。情報公表の内容については、おおむね年1回以上更新する。
【図表6】情報公表にあたって選択する項目
女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供に関する項目 | 職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備に関する項目 |
---|---|
|
|
出所:女性活躍推進法に基づく厚生労働省令を踏まえ、筆者作成
(2)「男女の賃金の差異」の情報公表
2022年7月8日に、女性活躍推進法に基づく厚生労働省令が改正され、常用労働者の数が301人以上の事業主は、男女の賃金の差異について状況把握と情報公表することが義務付けられた。この改正が行われた背景は、1 男女間賃金格差は長期的に見れば縮小傾向にあるものの、欧州主要国と比較すると依然として大きいこと、2 欧州主要国では男女間賃金格差そのものを公表する新たな立法の進展が見られたことから、女性活躍推進法のスキームをさらに実効あるものとするためであるとされている。
1.男女の賃金の差異の算定方法
男女の賃金の差異は、以下のように算定することとされている。
数値の算定及び公表にあたって留意すべき主な点は、以下のとおりである。
- 情報公表は、「全労働者」「正規雇用労働者」「非正規雇用労働者」に区分する。
- 正規雇用労働者とは、期間の定めなくフルタイム勤務する労働者をいう。非正規雇用労働者は、パートタイム労働者をいう。
- 総賃金は、1事業年度に支払った賃金の総額をいい、賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払う全てのものをいう。
2.開示にあたっての留意点
上記のとおり、様々な留意事項を踏まえた算定式自体はシンプルであるものの、この指標の開示だけでは企業としての行動計画が理解されない可能性がある。
特に、「男女の賃金の差異」の要因は、男女間の役職者、管理職者数の違い(管理職比率)、継続勤務年数の違いなどが影響する。例えば、女性労働者の新規採用を強化する等の取組みを進めると、女性の平均年間賃金が下がる可能性があり、その結果、相対的に男女の賃金の差異が拡大することもあり得る。
よって、開示にあたって企業は、自社の女性管理職比率や平均継続勤務年数などの状況把握・課題分析を行った上で、取組み状況との関係も踏まえ、数値の増減理由を説明することが望まれる。言い換えれば、企業が女性活躍推進法に基づく行動計画で公表している取組方針やサステナビリティ情報の「戦略」の枠で開示される人材育成方針(多様性の確保を含む)と整合的な説明ができているかが開示にあたって重要であるといえる。
6.育児・介護休業法の概要
(1)2021年改正の背景
1992年から施行されている育児・介護休業法において、育児休業については、法律施行当時から男女ともに取得することができたが、施行30年を迎えた現在、男性の育児休業取得率は年々上昇しているものの、女性に比べて大きな差がある(2020年度の取得率は女性が81%、男性が12% 2 )。
こうした背景を踏まえ、出産・育児等による労働者の離職を防ぎ、希望に応じて男女ともに仕事と育児を両立できるようにするため、2021年改正では、職場全体の雇用環境整備を進め、男性の育児休業取得をこれまで以上に促進する措置がとられた。
2022年4月1日から施行されている「雇用環境整備の措置」は、育児休業と産後パパ育休の申し出が円滑に行われるようにするため、事業主は、「研修の実施」「相談体制の整備」「事例の収集・提供」「育児休業・産後パパ育休制度と取得促進に関する方針の周知」のいずれかの措置を講ずることが義務付けられるようになった。
また、2023年4月1日から施行予定の「育児休業等の取得状況の公表の義務化」は、常用労働者の数が1,000人を超える事業主に対して、育児休業等の取得の状況を少なくとも年1回、公表することを義務付けるものである。育児休業等の取得の状況とは、「育児休業等の取得割合」又は「育児休業等と育児目的休暇の取得割合」のいずれかであり、それぞれの算定式は以下のとおりである。
(2)開示にあたっての留意点
上記のとおり、算定式自体はシンプルであるものの、この指標の開示だけでは企業行動が理解されない可能性がある。
2021年改正は、育児休業を取得しやすい雇用環境整備に取り組んだ結果を、育児休業等の取得割合等として公表するという趣旨であるとされており、事業主は、上司・同僚の理解も含め育児休業を取得しやすい雇用環境を整備することが重要であるとされている。
よって、開示にあたって、企業は、自社の雇用環境整備の取組状況も踏まえて、数値の増減理由を説明することが望まれる。言い換えれば、男女の賃金の差異と同様にサステナビリティ情報の「戦略」の枠で開示される社内環境整備方針と整合的な説明ができているかが重要であるといえる。
7.人的資本・多様性に関する開示にあたって検討すべき課題
人的資本・多様性に関する開示を検討するにあたっては、指標の開示方法だけでなく、市場関係者との対話を見据え、基本方針/行動計画が指標の変動要因を説明できるものになっているかについて再確認することが望まれる。具体的には、以下のような点について検討すべきと考えられる。
|
8.おわりに
本稿では、2023年3月期における有価証券報告書の作成にあたって重要になると考えられる人的資本・多様性に関する開示の全体像、並びに女性活躍推進法及び育児・介護休業法の直近の改正内容について解説した。次稿「【サステナビリティ開示】人的資本・多様性に関する開示を巡る国内の動向(後)」では、内閣官房に設置された非財務情報可視化研究会から本年8月に公表された人的資本可視化指針の概要について解説する。
(参考文献)
「女性活躍推進法に基づく男女の賃金の差異の情報公表について」厚生労働省 雇用環境・均等局 雇用機会均等課長 石津克己(経営財務 No.3570 (2022年9月5日号))
2「令和2年度雇用均等基本調査」厚生労働省(2021年7月30日公表)より。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
前田 啓(まえだ けい)